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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第03章 猫舌ロイヤルミルクティー
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第27話 撫で方

 マリーさんはその猫耳を一瞥すると、あたかもそれとは無関係かのように少年に尋ねた。

「あまり詳しくはないのだけれど、あなたはネコビト族ね」

「はい、そうです。隠していてすいません」

 ネコビト族ということはタミーさんと同じだ。マリーさんもそうなのかどうかは知らないけれども、猫の関係者であることは確かだ。今まで緊張した雰囲気だったけれども、これは穏便にすみそうだな。そう思って気を緩めると、マリーさんの鋭い眼光が僕を突き刺す。その意味は、余計なことは話さず黙っているように、ということだろう。僕がうなずくと、再びマリーさんが話し始めた。 


「これからのあなたの処遇を決めたいのだけれど、その前にあなたがここにいた理由を簡潔に話してくれるかしら」

 コタローの語ったところによれば、顛末は次のような話だった。コタローがようやく魔法カードが引けたので、その効果を確かめるために、仲間と三人であちこち腕試しをしていたのだという。この近辺を通りかかったとき、「不定形の生物を『硬』の魔法で固めればひょっとして楽に倒せるのではないか」と誰かが言い出した。しかし思惑は外れ、余計に倒しづらくなっただけだった。あきらめて逃げてきた帰り道、運悪くワニに遭遇したのだそうだ。しかしランクDの彼らで倒せるはずもなく、一人怪我をしてしまう。全滅を恐れたコタローが、囮役を引き受け、仲間を逃がしたそうだ。

「移動速度のカードが二枚あるので、足には自信があったんです。わたし一人になってから逃げ切れると思ったんですけど甘かったです」

「話はだいたい分かったわ。それで、あなたの仲間二人も、ネコビト族なのかしら?」

「違うと思います。知り合ってまだ一ヶ月ほどですが、おそらく普通の人間です」

「本当? 嘘ついてたら承知しないわよ」

「本当です、信じてください」

「分かったわ。ネコビト族の人が嘘をつくと、確か耳がピーンと立つから分かるのよね」

 コタローはその鎌かけにも動ぜず、先ほどまでと変わらずにちょこんと座っている。どうやら嘘はついていないらしい。


 念のためと称して、コタローの荷物の検分が行われた後、マリーさんの裁定が下った。

「では、あなたに選択権をあげるわ。わたしたちの下僕になるか、ここから一人で逃げ出すかよ」

「げ、下僕ですか……」

「逃げるなら止めないわよ、今はね」

 コタローには敵探知のスキルが無い。運が悪ければまたワニに出くわさないとも限らない。先ほどの戦いを見る限り、一人で倒せる相手でもないし逃げ切れるわけでもない。安全にここを抜け出したいならついてくるしかないだろう。

「どちらにせよ、これは預かっておくわね」

 マリーさんは、コタローの冒険者カードをにこやかにぶらぶらと揺らしている。気のせいだろうか、なんだか楽しそうである。

 出発前にタミーさんから注意されたのだが、冒険者カードには身分証としての機能のほかに、倒した敵をカード化させる能力があるそうだ。また、カードを再発行してもらうには、かなりのお金が必要らしい。そればかりでなく、ペナルティを課されることもあるそうだ。簡単に言うと、冒険者カードを紛失したら冒険者としてやっていくのはとても難しくなるらしい。だからカードは肌身離さず持つようにと厳しく言われていた。

 マリーさんは猫をじゃらすかのようにカードを揺さ振っている。それを物欲しげに見ながら、コタローはあきらめたように頭を下げた。

「仕方ありません。命を救っていただいたのですから、ご恩はお返しさせてください」

「それじゃあさっさと出発するわよ。コタロー、ご自慢の脚力スキルを見せてもらえるかしら。あなたはワニの肉を持ってきてちょうだい」

「は、はい。ってこれ全部ですか……」

「当然よ、がんばってね」


 二人がいろいろ話している間、この状況について僕はいろいろ考えていた。マリーさんは猫族であるということをコタローに知られたくないようだ。これからのことを思うと、その理由はなんとなく想像がつく。僕たちは街に用事がある。コタローを保護して連れ帰りたいところだが、村に戻るには遠すぎる。これからの旅路を同行してもらうつもりだろう。しかし、街に連れて行けばトラブルの種になるのかもしれない。そこで下僕ということにして、そのリスクを軽減する。それを説明しないのは、コタローが油断してボロを出すのを恐れているためではないだろうか。

 この推測は、コタロー本人の意志を考えていなかったりなんだりと穴だらけだ。それでも大筋はこれであっているに違いない。マリーさんがやたら冷たい態度だったり、冒険者カードを取り上げてコタローが付いて来ざるを得ないようにしむけたりすることもそれなら納得がいく。よし、マリーさんがムチでコタローを操るのなら、僕はアメの役をやろう。そう思ってマリーさんを見ると、固い表情を崩していつもの優しそうな微笑みを見せてくれた。


 コタローはワニのカードを荷袋に入れている。重量がありすぎるようで、どうやってそれを運ぶかすこし手間取っているようだ。先ほどそれらを集めたので、その重さはよく分かっている。一人で持つにはちょっと重過ぎるだろう。優しくしてやろうと決めたばかりだ。少し持ってやろうとしたがマリーさんに止められた。

「だめよ、ハルトさんは自分の荷物があるでしょう」

「お気遣いありがとうございます。でもいいんです、少しでも恩返しさせてください」

「いや、便利そうなカードがあるとはいえ、まだ回復し切れていないんじゃないのか。僕も少し持つよ」

「いえ、本当に大丈夫です、お気持ちだけで十分です」

 コタローがあまりに健気な態度を見せるので、僕はついコタローの頭を撫でてやった。

「分かった、でもつらくなったらいつでも言うんだぞ」

「あ、あの……、これって」

 コタローは少し戸惑っている。ああ、そうだった。猫族の人たちに取って、頭を撫でるのは仲間と認めた証なんだった。少しだけしまったと思いつつ、ちょっと安心させてやろうと僕はそれを肯定することにした。

「形はどうあれ、とりあえず仲間だからな」

「……仲間と認めてくださったんですね! それにそれをご存知ということは、ひょっとしてネコビト族の方なのでしょうか」

 あたり一面にネコマネキ草が咲いているのに気が付いた。ここはお花畑だった。甘い香りが漂っている。その風景に溶け込むようにコタローが期待にあふれた眼差しを僕に向けてきた。思い過ごしかもしれないが、コタローの目が潤んでいるように見える。仕草や話し方や雰囲気やらがとても親しげになった気がする。ひょっとして、猫族の頭を撫でるのは地雷を踏むような行為だったのではないだろうか。

「えーと、喜ばせて悪い、残念ながら違うんだ」

 コタローの変化に戸惑いつつ、そこまで答えて話をどう続けるか思案していると、マリーさんが助け舟を出してくれた。

「出発するわよ、コタロー、地形探知能力があるなら、先導してちょうだい」

「は、はい、おまかせください」

 コタローはこちらを振り向く度、すごく嬉しそうな笑顔を見せるようになった。これならムチの役の方が良かったかもしれない。


 マリーさんはコタローにいろいろと問いかける。この先がどういう地形になっているかとか、あそこは歩けるのかとか。

 そんなやり取りに慣れてきたころ、自然と会話のようなものがはじまりつつあった。会話というよりも、まだ良く分からないことを確認しあうような感じである。

「お二人はどうしてこちらにいらしてたんですか?」

「これよ。この花を摘みにきたの」

「コタローはなんで冒険者をやっているんだ?」

「えーと、人を探しているんです、それでなのです」


 やがてそれはあまり触れてほしくないところにたどり着く。

「そういえば、お二人の冒険者ランクはどれくらいなんですか」

「わたしはBよ」

「ぼ、僕もそうかな」

「Bですか! すごいですね。やっぱりこういうところに来るからにはそれなりのランクなんですね」

 ごめんなさい。Fランクです。そんなキラキラとした目で見つめないでください。

「本当はね、ハルトさんはBランクじゃないのよ」

 マリーさんが余計なことを言い始めた。タミーさんが吹き込んだに違いない。

「え、それはどういうことですか」

「元のランクだといろいろ面倒だからBランクってことにしてあるの。本当はなんだったかしら、えーっと、エーなんとかランク。そうそう『エ』ではじまるのよね、ハルトさん、何でしたっけ?」

 エフです。言わせないでください。ここは何も言わない方が良さそうだ。黙っていることにしよう。

「エーなんとかですか? エービーシーディー」そう言いながら指折り数えるコタロー。やがてはっと気付いたようにこちらを見て言った。

「ひょっとしてAランクですか!」

「さあ、どうかしら。ちなみにAランク以外にもエで始まるのがあるわよ」

 コタローはそう言われて一瞬考え込む。やがて何かに気付いたように僕を見ながら叫ぶ。

「あ、そうか! まさか伝説のSランク?!」

 話が大きくなっていく。ごめんなさい、ごめんなさい。僕は無言を貫くことにした。


「お二人ともすごいですね。やっぱりそれだけのランクになると、ゴールドカードとかお持ちなんですか?」

「詳しくは教えられないけどそうね。言っても差し支えないカードといえば、ハルトさんの持っている猫語のカードくらいかしら。そうそう、それを使ってネコビトの人と話をしたことがあるそうよ」

「ほ、本当ですか! さすがSランク! なるほどそれでふむふむ」

 だから違うって! Sランクじゃないって! コタローのまん丸な目は疑うことを知らずにまっすぐに僕を見つめる。先ほどからだましているような感じだったので心苦しかったのだが、猫語のカードのことは嘘じゃないから少し心が休まる。

「ハルトさん、カードを見せてあげたらどうかしら」

 マリーさんがそういうので「うん」と返事をして猫語のカードを出してみせる。それを見るとコタローはやたらと恐れ入った様子でかしこまる。

「すごいです! ゴールドカードとか初めて見ましたよ! さすがワニを一撃で倒しちゃうだけのことはあります! 本当にすごいです!」

 違いますよ。僕は見ていただけですよ。倒したのはマリーさんです。僕をにこやかに見守るマリーさんの姿がちらちらと視界に入ります。マリーさん、あなたはそんな人だとは思いませんでした。タミーさんとは別のやり方で僕をいじめるんですね。

「これからは兄貴と呼ばせてください! こんなすごい人に仲間と認めてもらえて私は幸せです!」

 安易にカードを見せてしまったのは軽率だったか。これでランクの裏付けがとれてしまったようなものだ。村に帰ってから誤解を解くのが大変だ。

 コタローのテンションは上がりまくっている。でもねコタロー、きみが嬉しそうにするたびに、僕の心は申し訳ない気分で満たされていくのですよ。


 見通しの良い草原に出た。しばらくはマリーさんの指示もないだろう。

「もし良かったら、久しぶりに猫語で話してみたいのですが、よろしいでしょうか」

 マリーさんにお伺いを立てるかのようにコタローが言うと「仕方ないわね、5分だけよ」とマリーさんが返す。それを聞くとコタローは安心したかのように、ニャーニャーと語りだした。


「にゃー、ゴールドカードをお持ちとか、すごいにゃん兄貴! ところで兄貴を信じてちょっと教えてほしいことがあるんですにゃ。兄貴の話したネコビト族のこと、詳しく聞かせてもらえにゃいですか」

 ちなみに会話の内容はマリーさんに筒抜けになる。それを知らないコタローが何かおそろしいことを言いだすんじゃないかと少し心配であった。ほっと安心しつつ、マリーさんからの緘口令を思い出してこう答えた。

「すまない、約束があるのでそれは言えないんだ」

「そ、そうですよね。実はですにゃん、わたし、人を探しているって言ったじゃにゃいですか。あれって僕の姉のことにゃんですよ。それでその人から何か手がかりが得られにゃいかと思いまして」

「なるほどね、それでお姉さんの名前はなんていうの?」

「はい、ターマターマと申します。わたしの口から言うのも何ですが、とてもよくできた姉でして、その美しさ、優しさ、賢さは言葉では言い表せないのですにゃん」

 僕は偶然にも同じ名前の女性を知っているが、おそらく別人なんじゃないかと思う。さっきちらりと見えたコタローの毛並みとか年齢とかから考えるとタミーさんでほぼ間違いない。だが、コタローの言っている条件には合わない。

「例えばその美しさだけを取ってみましても、わたしはこれまで姉以上の人に出会ったことはにゃいのです」

 コタローがシスコンなのは良く分かった。マリーさんも同じくらい綺麗だと思うんだけど、どうなのだろう。お姉さんとマリーさんを比べてどうなのかと聞いてみてもいいのだが、前途有望な若者の未来をわざわざ閉ざすこともあるまい。

「分かった。一緒に旅をしていれば、おそらくまたその人と会える機会があるだろう。そのときコタローが聞いてみるといい」

「ありがとうございます! 兄貴は優しいですね! それに比べて……」

 そう言ってコタローはマリーさんの方を見る。おい馬鹿やめろ。それ以上言うな。

「そろそろ5分よ」

 もちろんまだ5分も経っていない。マリーさんはにこやかに笑っている。その微笑に何かを感じたのだろう。コタローはか弱く「はい」とだけ返事をした。


 それ以降マリーさんのコタローへの扱いがさらに厳しくなったのだが、その詳細は言うまでもない。



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