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ねこじたトリニティ  作者: ニャンコ先生
第03章 猫舌ロイヤルミルクティー
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第24話 接し方

 毎朝恒例となりつつあるが、今朝も猫さんコンビに起こされた。眠い目をこすりつつ着替えをすませる。あくびをしながら部屋を出ると、待ち構えていた二人に次々に荷物を渡された。せめて顔くらいは洗わせてほしいと頼み、冷たい水でようやく目が覚める。

 背負い袋を複数背負い、腰のベルトにもいろいろと小さな袋を付けられる。取引は基本物々交換だそうで、荷物の中には村の特産品が入っているという。護身用に小ぶりの剣、槍、盾を渡される。全部あわせるとかなりの重量である。槍は杖がわりに役に立つそうだ。

 朝食は歩きながらとるらしい。一杯だけ水を飲ませてもらい、僕達は出発した。アイちゃんとタミーさんが尻尾と手を振って見送ってくれた。


 パンをかじりながらしばらく歩く。

「それじゃ、歩きながらいろいろ説明をしていくわね。まずは、道中猫語で話すのは基本禁止ね。二人きりのときでも念のためマンチカン語で話すようにしてね」

「マンチカン語で話すのは分かりました。でも理由を教えてもらえますか」

「村の秘密を守るためよ。それにちょっと想像してみてもらえるかな、見知らぬ二人がずっとにゃーにゃー言い合っていたとしたらどう思う?」

「なるほど、変に思われるかもしれませんね」

 続けて貴重なものの順番、もしものときに捨てて良い順を教えられる。とはいえ本当に高価なもののほとんどはマリーさんが持ってくれているらしい。

「いざという時はその食料が入った袋を捨てて逃げればまず大丈夫よ」

 そんな時が来ませんようにと祈りつつ森の中へ入っていく。森は下草が生い茂り、歩くのがかなり困難であった。時折何かの動物らしき反応があったが、物音で気が付いたのか一定の距離からは近づいてこない。

 旅の解説も一区切りがついたので、気になっていたことを聞いてみる。

「マリーさん、ひとつ伺ってもいいですか」

「もちろんよ、なあに」

「タミーさんって、なんだか偉い人みたいだけど、そうなんですか?」

「そうね、偉いって言えば偉いのかも。みんなから大切に扱われているのは確かね。でもなぜそんなことを聞くの?」

「村のみんながタミーさんに少し丁寧すぎると感じたんです。それだけだったら気にしなかったんですが、タミーさんには誰も逆らえないとか、立場がどうとかマリーさん言っていたじゃないですか」

「あら、そんなことわたし言ったかな」

「言いましたよー。もしタミーさんがそういう何か重要な人なら、僕も態度を改めた方がいいのかなと思うんです」

「接し方は今のままでいいんじゃないかしら。タミーさんも嫌がっていないみたいだものね。でも猫耳にイタズラするのはだめよ。たとえ仕返しでもね」

 そう言ってマリーさんはこちらを振り向き、にっこりと笑って続けた。

「タミーさんは約束を守って何も言ってないわよ。でもね、わたし耳がいいのよね。二人のやりとりが聞こえちゃったのよ」

「いや、あれはその……、ごめんなさい!」

 これは迂闊だった。マリーさんの耳の良さがまさかそれほどとは思わなかった。悪巧みでもしていそうなタミーさんの笑顔に、何か引っかかるものを感じていたのだが、それはこういうことだったのか。マリーさんに聞かれていることを知っていたに違いない。

「スキル枠のことではわたしも笑ってしまったのだし、今回は特別に見逃してあげるわ。でもタミーさんとの約束は守って、これからもカードは見せてあげてね。できればわたしにも見せてくれるとうれしいな」

「は、はい……」

 お仕置きは免れたようだが、どうやらそれが罰ということらしい。お世話になっていることだし、カードはしばらく二人に見せるつもりだったのでそれはもちろんかまわない。むしろ見てもらって、助言がほしいというのが本当のところだ。しかし、どうにもうまく飼い馴らされてきているような気がしないでもない。イタズラがばれたのにお咎めなしでほっとした自分に気が付くと、そう思えて仕方がない。


 それにしてもマリーさんの笑顔には怖いものがある。『笑顔:威圧』とか、そういうスキルカードでも持っているのではないだろうか。耳の話が出たので、マリーさんの猫耳をさわらせてくれる約束を思い出したものの、それをここで言い出せるほど僕には度胸がなかった。僕は話題を変えることにした。

「……えーと、そういえば言語カードってなんで価値が高いんですか?」

「あら、もうこの話はおしまいなのかしら。まあいいわ、言語カードね。需要があるのは、ひとつには便利だからよ。前に話したと思うけど、特に旅の商人さんなんかだと多言語話せたほうが活動範囲を広げやすくなるわ。ここまではいいわね?」

「はい、それはなんとなく分かります」

「それから交渉用に突然必要になることもあるの。そのときのために、街や村ではカードをキープしておくことが多いわね。ハルトさんに使ったのはそのためのカードよ」

「そうだったんですか、それじゃ早めに返した方がよさそうですね」

「早いに越したことはないけれど、あのカードはわたしの私物だからそんなに焦らなくてもいいわよ。それにね、言語カードにはほかにも秘密があるの」

「秘密ですか?」

「もちろん今までに挙げた理由でも、十分価値があるのは間違いないわね。でも、その秘密があるからこそ、とても重要なカードになっているのよ」

「どんな秘密なんですか」

「じゃあヒントだけね。言語カードは、ただ単に言葉を話せるようにするカードではないの。たとえその言語を話すのに必要とされる発声器官を持ち合わせていなかったとしても発音ができるようになるの」

 それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、子猫のアイちゃんだ。仮にアイちゃんがスキルカードを使うことができるのならば、おそらく言語カードを使うことによって人間の言葉を喋れるようになるのだろう。

「それってつまり、アイちゃんが人の言葉で話せるようになるってことですよね。でもそれがカードの秘密の使い方なのですか?」

 するとマリーさんには珍しく、威圧効果のない笑顔で微笑みながらこう言った。

「ふふふ、この話はここでおしまい」

 それは先ほど僕が急に話題を変えた仕返しだろうか。気になるところで話を終えられてしまった。先ほどの猫耳の話を蒸し返されては困るので、「はい」とだけ返してしばらく黙っていることにする。


「そうそう、タミーさんのことなんだけどね」

 僕はギクリとしつつも再度「はい」と答える。

「この旅の間は、そのことは話さないようにしてもらえるかしら。それに限らず、村のことは所在も何もかも秘密ということになっているの。村人以外では、ごく限られた人しか知らないわ。さっきの猫語の話と一緒で、この辺りなら誰もいないからいいけれど今のうちから気をつけてね」

 それを聞き、村人が人間のことを恐れているという話を思い出した。そういうことなら村の話はしないことにしよう。

「わかりました。ではひとつだけ、タミーさんが大事にされているわけを教えてもらえませんか」

 マリーさんはそれを聞くと、目を細めて何か考えている様子だった。僕は畳み掛けるように聞いてみる。

「タミーさんは実はお姫様とか?」

「そうね。これまでの話をまとめて考えれば、その質問の答えはでるはずよ。分からなかったとしても、今回の旅を通じて想像はつくんじゃないかしら。そういうわけで、村に帰るまでの宿題ね」

「そ、そんなぁ。言語のカードの秘密もうやむやのままじゃないですか」

「じゃあそっちもヒントを出してあげるわね。わたしのスキル構成を考えればちょっとだけ答えに近付くわ」

「それだけですか。も、もう少しヒントをください」

 結局ヒントはそれ以上もらえなかったものの、言語カードの秘密とやらについてはいくつか考えが浮かんだ。そのうち有力そうなものは二つだ。

 その一つは、有効な動物、たとえばドラゴンのようなものに使うということだ。そうすればおそらくとても強力な仲間となる。マリーさんの出してくれたヒントから考えても、これが一番有力な答えだ。注目すべきはおそらく『情報共有』のスキルなのだろう。

 もう一つは遠距離通信。それに適した発声器官を持っていなくても発音ができると聞いたが、その場合どこから音が出るのかが分からない。もしかしたら遠く離れた場所に声だけを発することができるかもしれない。それが可能なら、言語カード持ちが二人居れば会話ができるようになる。とはいえこの論理は飛躍しすぎか。

 その他に腹話術や一人で重唱などといったものを思いついた。それができるかどうかは分からないが、後でこっそり練習してみよう。


 足にはあまり自信がないと伝えてあったので、途中何度か休憩を挟みながら体力を確認しつつペースの調整をする。マリーさんが道を切り開き、先導してくれるおかげでなんとか予定の行程を進むことができているようだ。

 沢を越えたあたりでマリーさんが立ち止まる。

「よく頑張ったわね。ここまで順調よ。ちょっと早いけどお昼ごはんにしましょう」

 出発当初は意気揚々と会話を楽しんでいたものの、息が切れはじめたあたりで話が途切れ、僕は知らぬ間に無口になっていた。久しぶりに口を開いて、昼食に同意させてもらう。

 マリーさんは沢の水でお湯を沸かしている。お茶をいれるらしい。

「もうしばらく歩いたら、湿地帯に入るわ」

 そう言われて地面の感触が変わりはじめているのに気が付いた。穏やかに湿り気を帯び始めている。


 いよいよ湿地帯だ。写真や映像では見たことがあるが、実際に足を踏み入れるのは初めてだ。



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