第21話 回復
その日の夜、村のみんながお見舞いに来てくれた。ほとんど話したことがない人たちばかりだが、みんな好意的だった。なぜか全員僕の頭を撫でていく。遅れてやってきたタミーさんにその理由を聞いてみた。
「仲間と認めた証だにゃ。猫族は仲間を大切にするにゃ。ハルトしゃんはもう村の一員にゃ」
そう言ってタミーさんは肉球でぐりぐりと僕のおでこを撫で回す。ちょっと痛いくらいだ。乱暴なもてなしだが、意味が分かるとそれも心地よく思える。恥ずかしさの入り混じった嬉しさがこみ上げてくる。
「もうちょい魔法で治したほうが良かったかもしれないにゃ。だけど時間をかけることも大切にゃ。休暇だと思ってゆっくり休むにゃ」
「そういうものなんですか」
「そうなのにゃ。魔法を使えば確かに治るけれど、体のリズムが乱れるにゃ。」
体のリズムってなんだろう。よく分からないので詳しく聞いてみる。
「体が治そうとしているときに急に良くなってしまうと、その治そうとしている力が行き場をなくしてもてあまされるのにゃ。何事もほどほどが肝心にゃ」
なるほど、『過ぎたるはなお及ばざるが如し』とかいうことか。よく分からないがそういうことなのだろう。ちゃんと理由があったのだな。ひょっとしたらタミーさんが治すのに疲れて、サボりたいだけなのじゃないのかなと心のどこかで疑ってしまっていた。ごめんなさいタミーさん。
それにしても先ほどからずっとタミーさんは撫で続けている。頭を揺らされるので首のほうまで疲れてきた。もう十分だろう。いつまで続けるのだろうと思った矢先、突然ピタリと動きを止めてこう言った。
「そういえばスキルカードの中身は何だったのかにゃ?」
あの青白いカードのことだろう。まだ見ていないと答えると「シルバー以上は確定にゃ。早く確かめるにゃ」とせき立てる。動けないから後でと言うと、無理やり魔法で回復させられてしまった。おかげで少しは動けるようになったが、さっきのちょっと良さげな話はなんだったのだろう。気を許すとすぐにこれだ。いろいろあったせいか、そのときふと僕の心に魔が差した
僕はにっこり微笑んで静かに手招きする。タミーさんはそれを見ると、尻尾をまっすぐに立てて近寄ってくる。スキルウインドウを開くと顔を寄せて食い入るように覗き込んできた。僕はその隙をのがさず、タミーさんの頭を抱え込んだ。
「にゃー! 何するにゃ! は、放すにゃ!」
「この前はよくもスロット数のことで馬鹿にしてくれましたね。これは仕返しです」
そう言ってタミーさんの猫耳を触らせてもらう。これは良いものだ。魔法とは別の意味で癒される。
「オール1をオール1と言って何が悪いにゃ! うにゃにゃっ」
反省がないようなので、僕は触り続けることにした。先ほどまで興味深げにピーンと立っていた猫耳も、恥ずかしいのか後ろ向きに張り付くように伏せられている。
「僕もタミーさんを仲間と認めたんですよ。たっぷり撫でさせてもらいますね」
「そこじゃないにゃ! 撫でるなら頭にゃ! やめるにゃ! ごめんにゃさい! ごめんにゃさい!」
ひとしきり猫耳を堪能できたし、謝罪の言葉も聞けたので僕はタミーさんを解放することにした。自由になったタミーさんは、僕から距離をとると不服そうにこちらを見ている。
「そんな目で見ないでください。ちゃんとカードはお見せしますから」
「本当かにゃ? また騙すんじゃないのかにゃ」
「今のことをマリーさんに黙っていてくれたら、お見せしますよ。それどころかこの先ずっと僕のカードを見せてもいいですよ」
「にゃ、にゃにゃにゃ……。ず、ずるいにゃ、卑怯者!」
「僕はどちらでもいいですよ、タミーさんが決めてください」
しばらくタミーさんは考え込んでいたが、へこんでいた猫耳が次第に活力を取り戻し、やがて力強くこちらを向いた。これからもずっと見せてもいいという一言が効いたらしい。少しばかりずるそうな微笑を浮かべ、タミーさんは口を開いた。
「分かったにゃ。それで手を打つにゃ。それじゃあさっさと見せるにゃ」
その悪者っぽい笑顔が気になったものの、おそらく僕自身もそういう顔をしているのだろうなと気付き、表情をひきしめる。そして真顔でひとつお願いをする。
「では、マリーさんにもお見せしたいので、すいませんが呼んできてもらえますか」
「分かったにゃ、まかせるにゃ!」
タミーさんはよほど早く見たいのか、すぐさま部屋を飛び出して連れて来てくれた。
そういったわけで急遽カードを確認することになった。二人にも見えるようにスキルウインドウを開くと、僕はカードを差し入れる。
わくわくしながら見守るみんなの目の前で、そこに表示されたカードは金色にきらめいていた。
『ゴールドコモン
補助:マンチカン語 特殊』
また言語カードか。ゴールドが引けたとはいえ、がっかりとは言わないが複雑な気持ちである。魔法や探知系、あるいはすぐに役立ちそうな『石工』や『農耕』あたりを期待していたのだ。
二人とも喜んでくれているが、僕の反応がおとなしいのを見て、タミーさんが解説してくれた。
「マンチカン語っていうのはそこそこメジャーにゃ。近隣の人間達が使っている言語の一つにゃ。これはかなりの当たりカードにゃ」
ちなみにタミーさんもマリーさんも、既にマンチカン語を話せるらしい。
嬉しくないのかと尋ねられたので、僕の気持ちを正直に話す。するとマリーさんがさらに説明してくれた。
「確かにそうかもしれないわね。でも、製作系のカードを引けたとしても、必ずしもすぐに何かを作れるようになるわけではないの。もちろんランクの高いカードなら話は別だけどね。カッパーランクなら、数日その製法を学んだくらいの知識と経験しか得られないわ。製作系のカードに期待しすぎるのは禁物よ」
製作系のカードは、シルバーで数週間、ゴールドで数ヶ月分の努力と同じくらいの効果があるそうだ。ただし製作カードは成長するので、所持していない人よりも上達は早くなるという。言語のカードはだいたい一年分の経験に匹敵するが、その代わりにカードは成長しないという。
「これはいいカードよ。直接何かができるようにはならないけれど、間接的にできることが増えるのよ。例えばそうね、村の門番、正門側の方ね。これは猫語が話せるだけでは務まらないわ。『にゃー』としか言えないようじゃ、来訪者に応対できないでしょう? それに、言葉を覚えてカードが不要になったら、高値で取引できるのが魅力よ。さっきのスキルカード三枚分くらいになると思うわ」
そう言われてようやくこのカードの価値が分かってきたような気がした。
「三枚分になるなら今すぐ交換してしまった方がいいかもしれないですね。いやむしろこのカードでマリーさんに借金を返済した方がよさそうだ」
「お金のことなら後で大丈夫よ。それよりスキルカードに交換してもいいけど、少しもったいないわね。言葉を覚えるのに言語カードほど便利なものはないのよ。せっかくだからこの機会に覚えた方がいいわよ」
「マリーさんの言うとおりだにゃ。それに近くに立派な先生もいるのにゃ! マンチカン語でもマタータービ語でも、分からないことがあったら遠慮なくきいてくれてかまわないにゃ」
二人にそう言いくるめられ、猫語に続いてもうひとつ言葉を覚えることになってしまった。それを考えると少し気が重くなるが、そんな僕をタミーさんがニヤニヤと見つめている。
「教えてほしいときは先生と呼ぶといいにゃ。懇切丁寧に指導するにゃ」
タミーさんはそう言って楽しそうに微笑んだ。先生という響きが気に入ったらしい。しかしその時、僕の中に眠る野生の勘が働いた。ひょっとしたらさっきの仕返しを根に持って何か悪巧みでもしているのではないだろうか。
「えーと、教えてもらうならマリーさんの方がいいかな。タミーさんお忙しそうだし……」
「遠慮することないのにゃ。忙しいのは二人とも同じにゃ」
「じゃ、じゃあそのうちね」
「にゃ、ムチを用意しておくにゃ」
タミーさんの目がきらりと光る。やはり復讐を考えているようだ。
「あ、そうだそうだ」と僕は話題を切り替えることにした。
何の話題にするか迷ったが、そんな話の流れだったので、村の門番の仕事をまわしてもらうようお願いしてみた。一瞬タミーさんに反対されかかるが、マリーさんが説得してくれた。正門側であれば比較的安全であること。たとえ何かあったとしても、住居が近くにあるのですぐに救援に来れること。裏門側の修復を急がねばならず、人手が足りないこと。説得と言うよりも、そんな事実を単に並べただけなのだが、最終的にタミーさんが「昼間だけにゃ」と条件を付けて許可してくれた。ちょっと過保護気味かもしれないとは思ったが、心配してくれるというのはありがたいことなのだろう。
「それにしてもやれることは門番だけですか。ちょっぴり残念ですね」
マリーさんはそれを聞いてしばらく考えた後、タミーさんに別の話題を振るように話しかけた。
「そういえばそろそろ街に買出しに行った方が良さそうね。収穫前がいいと思うのだけれど、どうかしら、タミーさん」
「そうだにゃ。いろいろ欲しいものが溜まってるにゃ。冬が来る前に一度行ってもらいたいにゃ」
「それでどうかしら」とマリーさんは僕を見る。
「にゃ?! ハルトしゃんを連れて行くつもりかにゃ!?」
三月に入ってから第03章を毎日連載する予定でしたが、諸事情によりここから不定期更新に切り替えます。
また、かぎ括弧内最後の句点は無い方が主流らしいのでこの章からつけないことに統一します。
これまでの章についても、誤字脱字等の手直しとあわせて順次修正を予定しております。
2012.03.01 猫




