第19話 報酬
雨天時には魔法は使いにくい。レベルが低いと発動のタイミングを調節できず、それが手を離れ何かものがあたった瞬間に力が解き放たれるからだ。遠くの方で魔法を投げつけられなくなったプレイヤーたちが難儀しているのが見えた。
しかし隠密二枚差しで至近距離まで近づけるちびっ子には、あまり影響がないようだった。それに剣技もうまい。さっきは認めたくなかったが、今ならそれを素直に受け入れられる気がする。何体目かの戦闘中、話しかけてみた。
「なあちびっ子」
「なんの御用ですか?」
「お前剣の使い方上手だな」
少女は返事をしない。
「俺へたっぴでさ」
「……自覚はあるのですね」
「戦い方を教えてくれないか」
「小学生に教わろうなんて恥ずかしくないのですか?」
お前小学生だったのかよ。言動からひょっとしてと思っていたが、ちょっとショックだ。
「んー。小学生とかあまり関係ないんじゃないかな」
「………………シロネコ先生と呼びなさい」
「はい?」
「これからちびっ子と呼ばないでください! シロネコ先生と呼んでください!」
「間をとってちびっ子先生じゃだめ?」
「だめです!」
「……シロネコ先生、よろしくおねがいします」
「うむ。よろしい」
「だからこうしてこうしてこうだってば」
「こうしてこう?」
シロネコ先生の教え方はどうにも分かりづらい。戦闘中はその動きが綺麗に見えたのだが、空気を相手に戦うポーズだけを見せられても、変な踊りを踊っているようにしか見えない。
「それだと隙が大きいの! こうしてこうなの! そこからこう突くかこう防ぐかの二択なの!」
「ここからって……。そんな判断できる暇ないよ」
「体に覚えさせるの! そうすれば勝手に動くの!」
「そ、そういうもんですか……」
「素の能力値はそんなに変わらないんだから、慣れと反応速度と反射神経の勝負なの! 誰だってみんな最初はヘボなの。ぶつくさ言ってないで体を動かすの!」
「あらあら、二人ともいつの間に仲良くなったの?」
「なっ、仲良くなんかなってないです! ヘンタイさんがしつこいからしかたなく教えてやってるのです」
「チビ子ちゃんはやさしいのね」
「えへへへ。また褒められちゃった」
三人に増えたことで戦闘はかなり楽になった。ただ、シロネコ先生にはちょっと物足りないようで、気がつくとすぐに二匹目を引っ張ってくる。おかげで強化や回復が追いつかない。シロネコ先生はスパルタで鍛えてくれてるみたいだけど、矢とかカードとか回収する暇くらい残してほしいものですよ。
でもそのおかげで思っていたよりも大分早くノルマを達成できた。
「シロネコ先生ありがとうな」
「ヘンタイさんのために手伝ったんじゃないのです。おねえさまのために手伝ったのです! ねーおねえさま」
「うんうん、ありがとうね、チビ子ちゃん」
安全地帯でいったん休憩をとってから、次のクエストを攻略することになった。話し合いの結果、鉱石を採りにいくことに決まり、坑道入り口を探して山道を突き進む。途中何度かモンスターと戦ったが、俺の探知と先生の魔法とでかなり容易に進むことができた。
入り口はかなり分かりにくい場所にあったが、先生の地形探知能力のおかげで難なく見つけることができた。
「こんなところにあったんじゃ、スキルがないと誰も見つけられないんじゃないのか」
「入り口はここだけじゃないみたいです。あれだけの人数用だから、おそらくこの山全体に広がっているんじゃないかな。ね、お姉さま」
「そうね、かなり大規模なダンジョンかも。山奥にいけばもっと分かりやすい入り口があるんじゃないかしら」
坑道内はあちこちに明かりが灯っている。内部はそれほど複雑ではなかった。途中途中でくねくねと折れ曲がってはいるものの、一本道が続き、たまに分岐や小部屋があるくらいだ。戦闘は大変だったが、地形探知と敵探知のおかげで、かなり楽をすることができたと思う。不意打ちをくらわないのは有利だ。死角が多く発生するこういったダンジョンでは、敵探知能力はかなり頼りになる。
クエストの内容は、3種類の鉱石を持ち帰ることだった。最初のひとつは難なくみつけることができた。鉱石を拾ってみると制約がふたつついていた。『一人一個のみ取得可能』と『受け渡し不可』である。たくさん持ち帰ればプレイヤー相手に売りさばけるかもしれない、そういう淡い期待は打ち砕かれた。そうなると代わりに宝箱か何か、おまけの戦利品みたいなものがほしくなる。
「あっちに五匹の反応があるな。多分ネズミだと思う。こっちも五匹だ。おそらくコウモリだろう」
「コウモリめんどうだよー。ネズミ行こうよー」
敵は強くないものの、いずれも数が多くて厄介だ。コウモリの方はひらひらと飛び回り剣で相手にするのは難しい。それでも『オート攻撃』を利用すれば多分なんとかなるのだが、シロネコ先生からオート禁止のきついお達しが出ているので使えない。禁止にしたらめんどうになったらしく、コウモリを避けているのはご愛嬌なのだが。
そんなわけでネズミの方がまだましだ。このダンジョンに出てくるネズミはさきほどのプレーリーラビリンスマウスよりは少し弱いのだが、一度に数匹を相手にしなければならないので、これまでのように一筋縄ではいかない。
「こんなにいっぱい敵がいるのでは、一人では無理でしたわ。おねえさまにご一緒させてもらえて本当に助かりましたわ」
「この数相手だと、二人でも大変だったと思うわ。こちらこそありがとうね」
「みつけにくい入り口から入ったから、難易度が高いのかもしれないな。あるいはパーティ用とか」
「そうかもね。敵が多過ぎる分、鉱石をみつけやすいとかありそうね」
「そうですねー。多分おねえさまの言うとおりですわ」
二つ目の鉱石をみつけて三つ目を探していたころ、レーダー最下部にふと大きな灰色の点が映った。なんだろうと気になったものの歩いていくうちに反応は消え、他のことに気をとられた俺はそのことをすっかり忘れてしまっていた。
やがて無事三つ目を発見した帰り道、再びその場所を通りかかると、同じようにその光の点が現れる。
「ちょっと待って、このずっと下のあたりに、すごく大きな反応があるんだ」
「下の方には通路も何も見当たらないよ?」
「俺の探知は範囲+10%がついてるから、それでなんとか見つけられたみたいだ。範囲ギリギリに引っかかったみたいだ」
「レベルが低いと見つけ出せないようになっているのかもね。ボスかしら」
「かしらかしら。行ってみない?」
「でも行き方がわからないだろう」
「クロネコくん、反応の正確な位置はわかる?」
そう言われて俺は場所を探るため歩き回る。
「ここの真下かな」
「何かそのへんに手がかりみたいなものはないかしら。少し探してみない?」
委員長の提案により、周囲を探索する。10分ほど探し回っただろうか、壁に小さなスイッチのようなものが隠されていたのを委員長が発見した。
「どう思う?」
「押したらボス部屋直行とかだったりしたら怖いけど、大丈夫だろう」
「押しちゃう?」
「押しちゃおっか。えい」
すると轟音があたりを包み、体の心まで響く振動とともに、スイッチの横の壁が押し下がっていく。
「アタリっぽいね」
「だね」
あたりが静かになると、地下へと続く縦穴が姿を現した。その奥深く、ちらちらとかすむ赤い光がほのかに見える。
「ずっと下のほう、探知範囲外まで続いてるー」
俺たちは設置してあった梯子を使い、何者かが待つ地下へと降りていった。かなりの高さだ。やがてその底へとたどり着く。
そこは鍾乳洞のような石柱に覆われた広場だった。地面には、赤く光る大きな魔方陣のようなものが刻み込まれているのが見えた。そしてその中央には、鎖に繋がれた赤い悪魔のような巨大なモンスターが静かに座している。
魔法陣の手前には石碑が置かれ、ご丁寧に注意書きが記されていた。
『囚われし赤き獣 ランクE相当:2パーティ以上での攻略をお勧めします。最大6人まで参加可』
委員長がみんなに確認する。
「念のためきいておくけど、どうする?」
「ここまで来ちゃったしな。戦力足りないかもしれないけど、このまま突っ込むのもいいし、帰っちゃってもいいよ」
「足りないくらいが逆に燃えるです! ヘンタイさん怖いなら一人で帰ってもいいのですよ?」
「じゃあいきますか。覚悟はいいかしら?」
俺たちはうなずき合い、その赤い獣に向かって一歩を踏み出した。




