第16話 期待
ファーストアイランドは今俺達がいる初心者島だ。ここでいろいろ学んでから本島にわたって本格的に冒険をするらしい。こういったゲームでは良くある話だとのこと。
「まずは冒険者ギルドに行こうか。クエスト受けましょ!」
すれ違う人々はみなきらきらと瞳を輝かせている。まだ誰もみつけていない何か素晴らしい物を自分が発見できるかもしれない。そんな淡い期待が胸をよぎる。
手近にあった空いていそうな冒険者ギルドに入る。便利だからいいのだが。いくら初心者島だといってもギルドが立ちすぎじゃないのか。
店内にはいくつも窓口が並び、そのそれぞれにNPCらしき受付嬢が並んでいた。
その一つに座り話しかけようとすると、ウインドウが開いた。
「いらっしゃまいませ、こちらメニューとなっております」
クエストの確認と受諾
クエスト完了報告
ギルドポイント交換
冒険者ランク確認
ランキング確認
モンスター情報
ギルドショップ
「ご注文はお決まりでしょうか?」
なんだかファミレスにでも入ったような気がする。そういうノリなのか。
俺はひとまずクエストを見てみることにした。
現在受諾可能なクエスト一覧
ランクF『武器と防具:王様に会いに行こう』
報酬 (初心者向け装備セット ×1)
20ギルドポイント
ランクF『スロット拡張その1:狩りをしてみよう』
報酬 初心者向け保存スロット拡張ポーション ×1
20ギルドポイント
ランクF『スロット拡張その2:薬草を集めよう』
報酬 初心者向け保存スロット拡張ポーション ×1
20ギルドポイント
ランクF『スロット拡張その3:鉱石を取ってこよう』
報酬 初心者向け保存スロット拡張ポーション ×1
20ギルドポイント
ランクF『一人前の冒険者:カード操作を覚えよう』
報酬 連絡船乗船証 ×1
20ギルドポイント
隣に座っている委員長に話しかける。
「クエストどれから受ければいいだろう」
「全部受けちゃっていいんじゃないかな」
「そうか。そうだな」
言われるまま5件、端から受けていった。
最後のものをのぞいて、一般のゲームでよくあるお使いクエストのようなものだ。もうちょっとワクワクするものを期待していたが、初心者島の練習用だからこれくらいがいいのだろう。下手に難解なクエストを出されても、クリアできなかったりしたら困るし。
ついでに他の項目も見てみよう。『ギルドポイント交換』を選んでみる。今のところ交換できるのは一種類のみらしい。
100ギルドポイント 『スキルカード:ランク1+』
クエスト五回こなしてようやくカード一枚分か。おまけみたいなもののようだから、もらえるだけましだと思うことにしよう。カードを集めるのが優先なら、クエストを優先するよりもお金をためてカードショップで買ったほうがいいのかもしれない。
次は『冒険者ランク確認』を選択してみる。
あなたの冒険者ランクは F です。 0/5
冒険者ランクに応じて受諾できるクエストが増加します
これもわりとどうでもいい情報だった。0/5というのはおそらくクエストを達成したら増えるのだろう。5つクエストをクリアすれば昇格できるということでいいのかな。
そこまで確認したところで委員長が立ち上がった。
「クエスト全部受けた?」
「ああ、受けた。それで今他の情報確認してた」
「たいした情報なかったし、それならもう行きましょう。急がないと混雑するわよ。まずは武器と防具ね」
ランキングとギルドショップが気になったが、どうせはじまったばかりでお金もないのだし、ランキングもどんぐりの背比べだろうし、それまでの情報が委員長の言うとおりたいしたものではなかったりしたので同意してギルドを出る。委員長につれられるまま小走りに城へと向かう。だんだんとプレイヤーの反応が増えてきた。道すがら、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「えーと、トラネコさん、そういや委員長って呼んでも怒らないの?」
「だっておしおきしてもクロネコくん喜んでるみたいで逆効果だし……」
そう言って委員長は体をうねらせる。
「そ……、そんなことないよ!」
「そうやってムキになって否定してるところが逆に怪しいし……」
「視線をそらさないで! お願いこっち見て! 顔背けないで! 誤解だよ!」
「それじゃ、ちゃんと名前で呼んでくれたら、そのご褒美におしおきしてあげるわ……、って言ったらどうする?」
少し想像してみた。それはちょっとうれしいかもしれない。
「なんで黙るの!? やっぱりヘンタイさんなの?! 否定しなさいよ!」
「う……、いや、さっきから全力で違うって言ってるよ!」
「そうかしら、わたしにはあの手この手でご褒美を催促しているようにしか見えないわ」
「ノー! ノーです! 断じて違います!」
「わかった。信じるわ。もう金輪際おしおきはしません。これでいい?」
「お、おう……」
「なんで悲しそうな顔するの?! やっぱりそういう人だったんだ……。ひどい、信じてたのに……」
「ち、違うよ! そもそも信じてくれるって言ったのに、おしおきしないっていうのは逆じゃないか! 信じるって言ったのに信じてくれてないからさびしくなったんだよ! 俺を信じるならおしおきするべきだ!」
「今さらっと本心を言ったわね」
「違う!」
「一瞬でも信じたわたしが馬鹿だったわ。それにそもそも論を持ち出すのなら、わたしを委員長って呼ぶことのほうを問題にすべきよ。わたしのことをそう呼び続けるのって失礼じゃないの? 瑣末なことにこだわってないで、それをどうやってなおすべきかを話さないと建設的な会話にならないわ」
痛いところを突いてくる。それを持ち出されると弱い。守勢に転じよう。
「ああ、うん、その通りだ、ごめん」
「まあいいわ。他人の性癖についてとやかく言うのは野暮ってものよね。わたしも悪かったわ、ごめんね。それじゃこうしましょう、今日一日、委員長って呼ぶのをやめたらご褒美におしおきをしてあげます」
「は、はい……。でもできればご褒美はもっと別のものの方がいいです」
「なんでわたしが嫌がってるのをやめさせたいだけなのにご褒美あげないといけないのよ! むしろ調教してあげた手間賃の分、私がもらうべきじゃないの? あ、そうか、被虐趣味は持ち合わせていないってことにしておきたいわけね。面倒くさいけど分かったわ。じゃあご褒美のおしおきを受けるか受けないかはクロネコくんの自由意志にまかせる。受けないを選べばそういった性的趣向はないってことになるの。これでいい?」
もうこの件については下手に言い返さないほうがいいだろう。状況をどんどん悪化させるだけだ。
「お、おう……」
「そんな顔しなくても安心していいわよ。ちゃんと達成できたらご褒美を要らないっクロネコくんが言っても、てきとうな理由こしらえておしおきしてあげるから安心して」
もうどう答えればいいのかわからない。なんでそんなに追い詰めるの? 誰か助けて!
「あれ? 返事がないなあ……、あ! そうか、ごめん、今のは言っちゃまずかったわね。なしなし。忘れて。でも安心してね」
「もう好きにして……」
「よしよし、じゃあ練習ね。わたしのことを呼んでみて」
「トラネコさま……」
「なんで『さま』を付けるの? 違うよ! 私は女王様じゃないよ!」
もう話題を変えたほうが良さそうだ。
「それにしても人がすごく多いな。本気で攻略狙っている人たちは、もう謁見も終わって戦闘はじめてるころかな」
「んー、本気の人たちは、今頃チュートリアルでも受けているんじゃないかしら」
「そうですよね。チュートリアルですよね」
委員長の冗談だろうか。よく分からないことを言う。ついさっき打ちのめされたショックから立ち直れていない俺は、これは罠なんじゃないかと警戒してしまう。どう突っ込みをいれたらいいのか迷っていると、クエストのイベントが始まったようだ。王様が現れて何か話し始めた。
いいタイミングだし、ここは黙っておとなしく聞いておこう。




