第15話 黒猫
委員長は少し恥ずかしそうにウインドウを開く。そんな仕草がちょっとかわいかったが、見せようとしてくれないので横から無理矢理覗き込む。
個別のチュートリアルで引いたという弓術と技量のカードを使って組んだらしい。じっくり見ていると、委員長は「そんなジロジロ見ないで……。恥ずかしい……」などとのたまった。そんなことを言うのは手持ち無沙汰で暇だからなのだろう。なんて返したらいいのか分からないので放置していると「黙っているなんてむっつりスケベだよね」などと言われ始めた。勘弁してくれ。
成長スロット
基礎 空き:0/1
『基礎:技量 レベル 01/20 +10%』
脚力 空き:0/1
『脚力:移動速度上昇 レベル 01/20』
武術 空き:0/1
『武術:弓術 レベル 01/20』
魔法 空き:0/1
『魔法:治癒魔法 レベル 01/20』
補助 空き:0/1
『補助:盾 レベル 01/20』
感知 空き:0/1
『感知:仲間情報感知 レベル 01/20』
製作 空き:0/1
『製作:薬調合 レベル 01/20』
フリースロット 空き:0/3
『基礎:防御力 レベル 01/20』
『基礎:腕力 レベル 01/20』
『補助:カード操作 特殊』【ロック】
保存スロット 空き:0/3
『脚力:運搬力上昇 レベル 01/20』
『感知:自己感知 レベル 02/20』
『製作:料理 レベル 01/20』
こうして見比べてみると、委員長は基礎系カードで能力を底上げしまくっていて、とても強そうに見える。俺もプリーストセットを選んだほうが良かったのかもしれない。
俺は素直な感想を告げてみた。
「なんだかいい感じにまとまってるな。弓で遠方から削って、近付かれても防御力は高いし盾もある。足の速さを利用して距離を取ったなら、回復することも再度弓で攻撃に戻ることもできる。攻撃力も腕力でカバーしてるし、技量でさらに何かボーナスがつきそうだし。俺と比べてひと回り強いような気がするぞ」
「てへへー。でもそううまくいくとは限らないし、その分情報収集能力も落ちてるからね。この能力をフルに発揮するにはクロネコくんのスキルが必要だよ。なんて言えばいいのかな。クロネコくんが指揮官で私がその命令に従う兵士って感じかな。よろしくね、隊長殿!」
そう言われれば悪い気もしない。それにきちんと役割分担はできているようだ。俺が前衛をこなしつつ強化と情報収集、委員長が後衛で火力と回復というところか。
「あれ、自己感知つけないのか」
「うん、まだヒットポイントしか分からないみたいだし、それなら仲間情報感知で代用できると思ってね。カード操作のロックが解けてから入れ替えて育てようと思ってるの」
「ああ、これ気になってたんだ。そのうち外せるようになるの?」
「もー! さっき説明されてたじゃない。冒険者ギルドで試験受ければ外せるようになるって話よ」
「そうだったっけ。そう言われればそんな気もしてきた。じゃあ早速冒険者ギルド行こうぜ!」
「…………やっぱり全然チュートリアル聞いてなかったのね。まだ入れないわよ」
そう言われても俺みたいな初心者には初めて聞くようなことだらけで、短期間で情報を詰め込みすぎたから覚え切れなかったんだよ。そう言いたかったが、黙っておいた。
委員長が説明してくれる。あと45分ほどでこのゲームが正式スタートするのだという。クエストが開放され、門が開き待ちの外に出られるようになる。長かったチュートリアルもいつの間にか終わっていたらしい。時間が長めなのは休憩時間ということだそうだ。
「実際のところ、まだチュートリアルみたいなものだけどね。今私たちがいる初心者島のエリアを出て、ようやく本編開始みたい」
「ふむふむ、ありがとう」
時間があるので二人ともいったん休憩を取ることにした。ログアウトのカウントダウンがはじまる。またね、とお互い手を振っていると、いつの間にか現実世界に戻っていた。ヘッドギアを外すと、俺の腹の上で黒猫が眠っている。起こさないようにそっとベッドに移し、俺は軽く背伸びをしてから小腹を満たすために食料をあさろうと部屋を出た。
それにしても週明けはどんな顔して委員長に会えばいいのだろう。ゲームの中と同じノリで話しかけたら迷惑になるかもしれない。普通に接するべきなのか。そうするとほとんど接点がなくなるな。そんなことを考えながら俺は食事をとった。
ついでに雑用をいろいろとこなしてくると、すでに30分近く時間が過ぎていた。そろそろ戻った方がいいだろう。準備をして横たわると、いつの間にか起きていた黒猫がまた腹の上に乗ってきて丸くなる。手をそえてやさしく撫でると、喉を鳴らし始めた。システムは順調に起動していく。心地よいゴロゴロという音に包まれるように、俺は再びゲームの世界に戻っていった。
肌に感じるやわらかな日差し。喉を潤してくれそうな清らかな水の流れる音。ゆるやかに通り過ぎる風とそれに乗ってくるさわやかな花の香り。それらが次第に鮮明になっていく。目を開けるとそこはトリニティの世界である。
委員長はまだ戻っていないようだ。再びベンチに座り、オンラインマニュアルを読むことにする。また馬鹿にされないように少しはおさらいしておこう。
マニュアルを開いて間もなく委員長がやってきた。
「あ、ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ」
「まだ時間あるよね。どうする?」
委員長はそう言って俺が開いていたオンラインマニュアルをちらりと見た。俺はそれをできるだけ自然に閉じて、お誘いしてみた。
「一緒に街の中を散策とかどうかな」
「いいわね。行きましょう」
二人で歩きながら、おなかの上で猫が寝ていた話をしてみた。委員長の反応がやたら良い。やはりトラネコという名前をつけるだけあって猫好きのようだ。委員長の家にも猫がいるらしい。お互い後で写真を見せ合おうという話になった。
そうやって歩いているうちに、いつの間にか時間になっていたのだろう。アナウンスが流れた。
『お待たせいたしました、ただ今より各施設を開放いたします。また、クエストが受諾可能となりました。冒険者ギルドなどで受けられます。ファーストアイランドからの出航は、特定のクエスト完了後、後日可能となります。詳しくは冒険者ギルドでご確認ください』
俺たちは顔を見合わせ微笑みあう。冒険がはじまった。




