第13話 シロネコさん
気がつくとレーダーらしきものが視界の片隅に現れていた。おそらくいつの間にか有効になっていた『敵位置探知』の能力のおかげだろう。探知範囲内ならプレイヤーだろうがモンスターだろうが何でも教えてくれるようだ。俺はふと浮かんだ疑問を委員長に投げかけてみた。
「この位置探知ってスキルだけど、ひょっとして仲間位置探知と同じ能力じゃないのか?」
「クロネコくんチュートリアル聞いてなかったんでしょ。えーと、仲間関係の感知カードを誰かが装備していないとパーティを組めないのよ。正確に言うとパーティーリーダーになれない、だったかな」
すらすらと答える委員長。さすがである。
「ん、それじゃ敵位置探知はハズレ?」
「その分敵位置探知のほうは探知範囲が広かったはずよ」
「なるほどなー。そうか、ありがと。さすが委員長だな」
「また委員長って言った! 教えてもらっておいてその態度は何よ!」
そうやってまた両頬をつねられるおしおきを受けた。それは決してご褒美ではない。断じて俺は喜んではいない。
レーダーを見ながら人込みを避けるように歩いていくと、いつの間にか商店街のような通りに出ていた。運営が混雑回避のために設置したのか、カードショップや冒険者ギルドがいくつも同じように立ち並んでいる。俺達は空いてそうな店に入ることにした。
交換できるカードを確認する。ある程度予想はしていたが、カード引き換え券で入手できるカードは、スターターパック中のカードのいずれかだった。
ショップでは他に『スキルカード:ランク1』というものが売られていた。この中にはランダムでさまざまなカードが入っている。ゲーム内マネーで買えるようだが、手持ちがないので値段だけ確認しておく。
委員長が外に出ようというので店を出た。二人で木陰の黄色いベンチに腰掛けた。日差しは強い。気のせいかもしれないが、樹木の陰に入ると少し涼しく心地よい。どこからともなく鳥の声が聞こえてくる。座ってみるとなかなか居心地の良い場所だった。
「ちょっとごめん。あのね、これからわたし、何人か知り合いに挨拶しないといけないの。クロネコくんには悪いんだけど、ここでカード構成を考えるとかして待っていてくれるかな」
「え、ああ、うん」
どうせならその知り合いに紹介してほしいなとも思ったが、何か理由があるのだろう。素直に言われたまま待っていることにした。
「ごめんね。できるだけ早く終わらせるから」
そう言って委員長は立ち上がり、いつの間にか集まっていた一団のもとへと歩いていった。委員長はその集団に挨拶をすると、皆で歓談を始めたようだ。続々と人は集まってくる。それが十数人を超えたところで俺は数えるのをやめた。楽しげに話す委員長の姿を見ていると、言いようのない寂しさが襲ってきた。俺の心は少しだけ萎縮した。
気を取り直し、構成を考えるのに集中することにする。スターターパックのウインドウを開き、再度にらみ合いだ。
さて正直のところ俺には遠距離系の弓や魔法をうまく扱える自信がなかった。クローズドベータ参加者の事前情報によると、それらの攻撃方法ではプレイヤー自信の腕前が大きく影響するらしい。
個別のチュートリアルでもそれらの攻撃手段は一通り試した。近接系の武器には『オート攻撃』モードがあり、これを利用することでコンスタントにダメージを与えることができる。たとえ目をつぶっていても一定確率で攻撃が当たるのでかなり楽だ。一方弓での攻撃にはそれがなく、手動で目標を狙うことになる。止まっているマトを相手に練習したが、かなり難しかった。動いている対象に当てられる気がしない。
魔法はそれよりひどかった。ひとことで言えなら手榴弾を投げつけるようなシステムだ。手元に魔法エネルギーを生成するとそれが球体となるのだが、それを目標にぶつけて発動させることでようやく一つの魔法が完成する。そんなシステムだから近付かないと当たらない。それなのに魔法を生成するために片手を空けておく必要があり、エネルギーを溜めるまでの隙も大きい。威力はあるのだが、上級者向けという印象だった。
だけど難しい分、さくっと攻撃を決めたら格好いいだろうな。もしも戦闘中突然新手が現れてピンチになった時に、落ち着き払って端から倒していったなら、委員長も俺に惚れ直すかもしれない。それなら弓と魔法どちらを選ぶべきか。いや両方という手もあるな。
そんな愚にもつかないことを考えていたら、いつの間にか挨拶とやらが終わったらしい。委員長を中心とした人だかりは三々五々散らばっていく。
見ていると一人の女の子がいつまでも委員長にくっついている。委員長と女の子は何か話していたが、やがてその子はがっくりうな垂れると、突然こちらを振り向き、勢いよく迫ってきた。近付くにつれ『シロネコ』と書かれたその子のネームタグが見えてきた。
それをぼんやり見ていたら、その子は俺の前で立ち止まり、開口一番こう叫んだ。
「お姉さまを独り占めするなんてずるい!」
「えーと……、ご、ごめんさい……」
事情が良く分からなかったが、勢いに負けつい謝ってしまった。女の子は地団駄を踏みながらさかんに言葉にならない何かをわめき散らしている。
やたら小さな女の子だ。俺と頭一つ分くらい違うだろうか。突然怒鳴られたこともあり、それを見ていたら反発したい欲求が芽生えてきた。俺は少し気まぐれをおこして立ち上がり、少女の頭を撫でながら言ってやった。
「よしよし、落ちつこうね。一緒に深呼吸しよう。吸ってー。吐いてー。吸ってー。吐いてー」
それが少女の逆鱗に触れたらしい。両手をぐるぐる振り回して暴れだした。
「うがー! 馬鹿にしたー! 名前返せー! あほー! ばかー! とんまー!」
そこへ委員長がやれやれという様子で少し遅れて到着する。
「こら、チビ子! だめって言ったでしょ」
「だってお姉さまー。あいつがいじめるのー」
女の子はあからさまなうそ泣きをして委員長に抱きつき、そうやって甘えた声を出した。委員長はやさしく少女の頭を撫でながら、よしよしと慰めている。
「うんうん、近寄っちゃだめよ。お馬鹿がうつるからね」
俺も頭を撫で撫でしてやったのに全然態度違うじゃないか、とのど元まで出掛かったがそれを制する。委員長もさりげなくひどいこと言ってる。何だろう、この疎外感は。
「じゃあみんなのところに帰ろうねー。一人で帰れるよね」
ちびっ子は元気良くうんとうなずく。
その言葉を俺が言ったらまた暴れだすんだろうなと思っていると、少女は最後にこちらを向いて「フシャー!」と威嚇音を出して去っていた。
それを二人で見送ると、俺は先ほどからいぶかしんでいたところを委員長に尋ねてみることにした。
「今の人たちはどういった関係の方たちですか。特にあのちびっこいの」




