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月曜日

部屋の時計が7時を示すと同時に、携帯から流行りのアイドルが歌う新譜が流れ出す。


布団から、のそっと白い腕が伸びてくる。

それは手当たり次第に枕元をバシバシ叩き、やっと携帯を見つけると目覚ましを止めた。

そしてまた布団の中に引っ込んで、腕の主はスースーと寝息を立てた。



「サエ!サエ!?遅刻するよ!」


母の甲高い声で、漸く沙絵は目を覚ました。


「…やっば。」


「サエ!」


「分かってるよ、うるさいなぁ!」


沙絵は飛び起きて制服に着替えると、メールを着信した携帯を鞄に突っ込み部屋を飛び出した。


「サエ、ご飯は!」


「行ってきます!」



月曜。

また一週間が始まる。



「セーッフ!」


「はい、アウトー。早く席付け。」


勢いよくドアを開けた男子生徒を見もせず、先生がHRを続ける。


「ちぇ、見逃せよ。」


唇を尖んがらせて、圭悟が沙絵の隣の席に座った。

沙絵はからかう様に圭悟に囁く。


「何回目ですかーケーゴくん。」


「今月9回目…。」


「だっさー。」


「うっせ。」


「じゃ、以上でHRを終わる。それからな圭悟、お前今に罰則作るぞ。」


クスクスとクラスから笑い声が聞こえる。

圭悟は1週間に2度は遅刻する遅刻魔だ。

だが病欠は1度たりともない。

常に元気なムードメーカーだ。

茶色の短髪に、ピアス数箇所。靴のカカトを常に踏んでいる典型的なイキがり男子。


「だって俺って低血圧じゃんかー。」


「お前の血液事情なぞ知らん。委員長号令。」


沙絵の後ろの席の少女が声をあげる。


「きりーつ。れー。」


「あぁ、名城も。明日から気をつけろよ。」


先生は教室から出て行った。

グリンと圭悟の首が沙絵を見る。


「…おい。」


「なにかな。」


引き攣った笑みで圭悟を見る沙絵。


「今日サエも遅刻した。」


委員長・透子がシレッと圭悟に教える。


「ちょっとトーコッ!」


「てんめぇ!」


「あたし、まだ1回目だもん~!」


言い合う2人を放っておいて、透子は1限目の準備を始めた。

前髪を斜めに流したボブヘアー。成績優秀、容姿端麗。だが少し言葉遣いが悪い。告白してきた男子を容赦なくぶった切る姿は尊敬に値する。中学時代からの、沙絵の親友だ。


「あぁそうだ、見てトーコ。」


圭悟との喧嘩を終えた沙絵が、椅子ごと透子に振り向いた。圭悟はトイレにでも行ったらしい。

そして携帯を見せる。


「『件名:おめでとうございます』?」


怪訝な顔をする透子に、沙絵が続きを読むよう促す。

透子は画面を慣れない手つきでなぞった。


「私、スマートフォン苦手なんだよ…。

えっと、『厳選な抽選の結果、名城沙絵様が幸せを当選なさいました。つきましては弊社より、幸せをお届け致します。ハッピーカミングカンパニー。』…何これ。」


「面白いでしょ!?」


「いや、あんまり。」


「トーコちゃんてば、正直。」


「ハッピーカミングカンパニーって…。嘘くさぁ。てか何、このネーミングセンス。」


「ねぇねぇ、幸せって何かな!?何が届くと思う!?」


ワクワクしている沙絵を冷めた目で見つめ、透子は溜め息をついた。


「いい?絶対返信とかすんなよ。この手の迷惑メールは、ほら、壷とか買わされる。」


「それがさぁ、返信したくても出来ないんだわ。見て、メールの送信元。私のアドレスになってる。」


「…ホントだ。なんで?」


「でもメールの終わりに電話番号が」


「か・け・る・な!」


「…わぁかってますよぅ。」


「胡散臭いにも程がある。何だよ、ハッピーカミングカンパニーって。」


「はぁ、何が届くんだろう…。楽しみ!」


「聞いてないし。」




昼休み。


学校の屋上で、沙絵、透子、律、圭悟、雪耶の5人はお弁当を広げていた。

といっても実際にお弁当を持っているのは透子と律だけ。

沙絵達は購買で買ったパンだ。

女子力が足りねぇなと笑う圭悟に、沙絵は軽く蹴りを入れた。


「えー何これー、面白ぉい!」


律は沙絵の携帯、あのメールを見ている。


「リツならそう言ってくれると思ったよ~。」


沙絵は律を抱き寄せ、頭を撫でる。

フワフワのパーマ、クリクリの瞳。綺麗とか、可愛いとかではないが、小動物的な律。


「…女子ってさ、なんでそーベタベタすんの。気持ち悪いんですけど。」


横目で見る圭悟に、雪耶が話しかける。


「羨ましいのか、圭悟。」


「違う!」


噛み付く圭悟をケタケタ笑って眺める雪耶。

同年代の男子と比べると、落ち着いていて優しい。

何故圭悟と気が合っているのか、沙絵には分からない。


「お前さ、ソレってどうなのよ。お前みたいな単細胞がいるから、そーゆー犯罪減らないんじゃねぇの?」


「うっさい、バーカ。」


「あぁ!?」


「アーラ、ごめんね本当のこと言っちゃって。」


再び、喧嘩を始める沙絵と圭悟。

律が小声で透子に尋ねた。


「…今度は何があったのー?」


「この前やった小テストが2限目に返って来たんだけど、ケイゴの方がサエより2点良かったんだよ。」


「またどうでも良いような理由だ。」


雪耶が失笑した。


「サエちゃんって、ケイちゃんに負けるのだけは嫌いだよねぇ…。」


透子も溜め息をつく。


「中学の時からずっとあんな調子だったからなぁ。」


「犬猿の仲ってヤツ~?ケイちゃん何点だったの?」


「19点。ちなみに100点満点中。」


「「うわぁ…。」」


律と雪耶の声が重なった。


「ねぇ、サエ。」


沙絵は圭悟を睨みながら透子に答える。


「何?」


「アンタさ、何かの懸賞に応募したりしたんじゃない?」


「あ~、きっとそうだよサエちゃん!幸せって名前の…、えっと…。」


悩む律に圭悟が付け足す。


「ぬいぐるみとか。…高3にもなって餓鬼かお前は!」


「懸賞なんて応募した覚えありませんー!」


ニコニコしながら雪耶が挙手する。


「じゃあこんなのどうだろ。その…ハッピーカミングカミング?に電話してみるとか。」


「駄目。そんなの相手の思うツボだ。」


透子に一蹴される。膨れたのは雪耶でなく、沙絵だった。


「…トーコのケチん坊。」


「ケチだぁ?誰の為に言ってると思ってんだ!」


今度は透子と沙絵が騒ぎ出す。


「ユキちゃん、ユキちゃん。カミングカミングじゃなくて、カミングカンパニーね。ハッピーカミングカミングじゃ、なんか売れない芸人みたいだよぉ。…プッ、売れない芸人!」


自分の発言にウケる律。


「あはは、りっちゃんってば。」


雪耶も笑い出した。何が面白いのか理解出来ずに、圭悟は笑う2人を眺めた。


「悪いが、俺にはお前らのツボが分からん。」


「はぁ、面白い。電話もさ、公衆電話から掛ければいいのにね。」


雪耶の発言に、ピタッと口論が止む。




放課後、5人は学校近くの公園を目指していた。

あそこには公衆電話があったからだ。


「もっと早く言って、雪耶。」


透子が少し照れ臭そうに呟く。

私とした事が、何たる抜け目。

そんな感じだ。


「全然気付かなかった。」


沙絵も頭を掻く。


「アホだろ、お前。」


「ちょっと、なんで私だけに言うの馬鹿ケーゴ!」


「幸せかぁ…。何だろうねぇ、幸せをお届けするって。」


律が呟く。

沙絵はちょっと考えた。やりたい事や食べたい物、欲しい物や、欲しいヒト…。

ボッと沙絵は赤くなる。


「(な、なんだ欲しいヒトって!ばか!)」


今の考えを掻き消すように、沙絵は言った。


「あぁ~、バッグ一杯に詰まった札束が欲しい~!」


「うわぁ、可っ愛いくねぇ女ぁ。」


「どーもありがとう。」


圭悟に白々しく首を傾げて、スタスタ歩く沙絵。

圭悟はそんな沙絵をほんの短い間見つめ、溜め息を吐いて後に続いた。


公園に着く。

今日は子供達が誰も遊んでいなかった。

入口近くに公衆電話はある。


「…アレ?」


律が公衆電話に駆け寄る。


「どした、リツ。」


透子も続く。


「かばんー。」


律は電話ボックスの中を指差した。

真っ黒い、しっかりとしたバッグ。沙絵達の使う通学カバンと同じ位の大きさだ。


「爆弾だったりして。」


雪耶がニコやかに言う。


「おま、笑顔でネガティブ発言やめろよ!」


「…開けてみる?」


沙絵は4人を見回した。

透子だけが微妙な表情をしていたが、皆同意の様だ。

ゆっくりと、バッグを開ける。


「…え。」


大量の札束。


「スゲー、なんだこれ!」


「ほほ、本物なのかなぁ?」


圭悟と律が覗き込む。


「マフィアの金かな。」


「ちょ、やめてよユキヤ君!」


透子は少し後退った。


「やだ、どうする?」


沙絵がま隣りでしゃがむ圭悟をチラッと見る。


「こんだけ大金だと…山分けも気が引けるわな。」


といいつつ、圭悟は1つ札束を手にとった。途端に透子の叱責が飛ぶ。


「ケイゴ!触るなって!」


「アレ、手紙入ってない?」


真上から、雪耶が札束の上にちょこんと紛れた白い紙を見つけた。

圭悟が二つ折りのそれを取る。


「…これ、名城沙絵様宛てなんだけど。」


見ると『名城沙絵様』と印刷されている。


「えっと、サエちゃんの事!?」


「え、あたし!?」


圭悟がソッと手紙を沙絵に渡す。

沙絵は生唾を飲み、恐る恐るソレを開いた。


「…『名城沙絵様。ここに幸せの一部をお届け致します。ハッピーカミングカンパニー。』……。」


暫くの間。


「何、コレ。」


沙絵はもう一度、目で読み直した。透子が沙絵の服を軽く引っ張る。


「ねぇ、ちょっとヤバいじゃない?」


「てゆう事は、このお金、沙絵ちゃんの…?」


「えぇ!?」


「嘘!すごい!すごいよサエちゃん!」


「マジかよ!いくらあんだよ、コレ!」


「え、これ…!あたしぃー!?」


「ねぇ。」


不安そうな透子を差し置き、沙絵ははしゃいでいた。

心臓がドキドキして止まらない。


「サエ!今日おごれ!」


「日頃の恨み、今日は忘れてあげよう!みんな何が食べたい!?」


「はいはい、俺、焼肉食べたい。」


「それいいな!ユキ!」


「リツも!カルビ!後、ハラミ!」


「おっけ、おっけ!やーあたしって、そんなに日頃の行いイイのかなぁ!」


「スゲーな、ハッピーカミングカンパニー!」


「リツもメール欲しい~!」


「待てってば!」


4人が透子を見る。


「おかしいだろ、こんなん。家に現金届くならまだしも、ここ公園じゃん。それに…、そんな大金、ちゃんと手順を踏んで、銀行振り込みとか」


「細けぇ事気にすんなって。理屈っぽいんだよなトウコは。」


「大丈夫だよ!私ら、何も悪い事してないし!」

「『名城家』じゃなくて『名城沙絵』に幸せを届ける、ハッピーカミングカンパニーの配慮じゃないかな?透子ちゃん。」


雪耶が優しく、透子に話す。


「配慮…。」


透子も少し、納得した様だった。


「はいはい、それじゃ皆さん!制服着替えたら駅前に集合!」


沙絵が元気よく拳を空に突き上げた。


「「「お~!」」」


圭悟、律、雪耶の3人もそれを真似る。


透子は、バッグを持ってはしゃぎながら帰っていく4人の後ろ姿を見つめていた。




みんなと分かれ、沙絵は駆け足で家に着いた。

玄関先で5才の柴犬、ハナちゃんが、沙絵を見つけて吠えまくる。いつもなら頭を撫でて声をかけるが、今はそれどころじゃない。

沙絵は玄関を開け、慌ただしく靴を脱いだ。


居間には、お菓子を食べながらソファーにあぐらをかく少女・菜絵がいた。

少し目元が沙絵に似ている。

お笑い番組を見ているが、クスリとも笑わない。


その後ろを重たいバッグを持って沙絵が通る。そんな姉をチラッと見て、視線を元に戻す菜絵。

だが、すぐまた沙絵を見る。


「…姉ちゃん?何ソレ。」


「『何ソレ』は無いんじゃない?『おかえり』は?」


「『ただいま』って言わない人に言う必要なくない?」


「『ただいま』」


「『おかえり』」


厭味っぽく言い合った後、菜絵はまたテレビに視線を戻した。


「ナエ、お母さんは?」


「今日パート。…ねぇ、何その荷物。朝持って無かったじゃん。」


「な・い・しょ~。」


イラッとした菜絵に構わず、沙絵は階段を上がる。


「…落ちちゃえ。」


沙絵のスリッパが菜絵の後頭部を直撃した。




ガチャっと部屋のドアを開ける。朝のまま、脱ぎっぱなしのパジャマが散らかっている。

参考書の並ぶ机の上に、まずは自分のバッグを置いた。そして黒いバッグは床に置き、その前に正座して座る。


だいぶ動悸も収まってきた。

宝くじを当てた人はこんな気持ちなんだろうか。

ワクワクする。勿論、不安も伴っているが。


バッグを開くと、再び頬が緩む。

幸せの一部・お届け通知を手に取った。


「ハッピーカミングカンパニー…か。ふふっ。あたし、世界一ツイてる女子高生かも!」



自転車で走ると、15分で駅前に着いた。

すぐに雪耶の姿が目に入る。長身で、細身な体。顔も悪くないし、モテる方だと思う。

雪耶は電話中だったが、すぐに沙絵に気付いて微笑んだ。


「…うん。じゃあ、沙絵ちゃん来たから。…はは、うん。じゃあね。また明日。」


ピッと電話を切る。


「…お待たせユキヤ。ケーゴ達は?」


「まだだよ。沙絵ちゃんは2番着。透子ちゃんは塾があるから、来れないって。」


「そっか。…今の電話、トーコ?」


「うん。」


「(やっぱり。楽しそうに話してたな…。)」


沙絵は少しだけ、羨ましい気持ちになった。


「…あ。」


「え!?」


自分は露骨に嫌な顔をしていたのかと思って、沙絵は慌てて雪耶の顔を見る。

すると、雪耶は別の方向を向いていた。


「ほら、来たよ。りっちゃん。」


駅のロータリーの向こう側から、こちらに気付いた律が手を振っている。

すぐに自転車を飛ばしてきた圭悟とも合流した。



「はぁ~、美味しかったぁ。」


沙絵が幸せそうに微笑む。


「透子ちゃん、来れなくて残念だったね。」


「塾なんかサボっちまえばイイのに。」


「ケーゴは少しくらい教養つけた方がいいよ。」


「お前に言われたくねぇな。」


「何!?」


「ほら、やめようってサエちゃん。喧嘩好きみたいだよぉ。」


「あはは、喧嘩好き。」


雪耶が笑う。それを見て慌てる沙絵。


「ちょ、ちょっとリツ!人聞き悪いこと言わないでよ!ケーゴのアホが悪いんだから!」


「あぁ!?」


「ほら、またやってる~。」


律も雪耶と笑い出す。


「はは。可愛いね、沙絵ちゃん。」


「!!」


沙絵の頭は一瞬、真っ白になる。


「けっ。」


「あ、もうこんな時間だ。リツの家、門限8時。」


律の声も、遠くで聞こえる。



意識しだしたのはいつだっただろう。

最初の出会いからだったかもしれない。


入学してからのクラス分け。透子と違うクラスになって、透子のクラスに遊びに行った。そこに居た、一際目を引く男の子が雪耶だった。実際にはそこまで目立つ男子では決して無い。沙絵以外の目には。


1年目はそれっきり。

同じクラスになった律と仲良しになった。


2年目に、透子と律、圭悟、雪耶と同じクラスになった。

そこで圭悟と雪耶は仲良しになり、沙絵はようやく、初めて雪耶と会話を交わしたのだ。


3年目、雪耶と律とは違うクラスになってしまったけれど、今だに雪耶といられるのはやっぱり、圭悟の存在が大きい。


そして今日、初めて可愛いと言われた。



「あー、食った食ったぁ。俺はきっと、今日の為に今までお前とつるんで来たんだな!」


その圭悟が、沙絵の横で満足げに言う。

今は焼肉店からの帰り道だ。

少し離れた後ろでは、律と雪耶が会話をしている。


「…あたしもきっと、今日の為に今までケーゴとつるんで来たんだな!」


「なんだお前。奢りたかったのか。」


「ち・が・う!」


「?」


「…はぁ。まぁいいわ。気が向いたら、教えてあげる。長年のよしみだ。」


「何だよ、分かんねーヤツだな。」


「あ、そだケーゴ。リツを送って行ってあげてよ。」


「なんで。俺ら家、近所だから俺がお前を送ってった方が効率」


「リツー、ケーゴが家まで送ってくれるってー。」


沙絵は圭悟に構わず律を振り返る。


「え、ケイちゃんが?」


キョトンとする律の方に、圭悟の背中を押した。


「ほらケーゴ、行った行った。リツの家ってあっちだよね?」


「うん、そー。じゃあケイちゃん、よろしくー。」


うむを言えない空気になってしまって、圭悟は頷くしかなかった。

必然的に、沙絵と雪耶が2人で帰宅となる。


「じゃあ、行こうか沙絵ちゃん。」


「うん!」


「バイバイ、サエちゃんユキちゃぁん!」


「また明日ね~!」


自転車に跨がる沙絵と雪耶。沙絵の笑い声が遠ざかっていく。


「…嬉しそー、サエちゃん。」


「んー。」


律はチラッと圭悟を見上げた。

寂しげに見える。

その理由は、律以外でも想像するに容易い。


「ケイちゃん、ファイトッ。」


クルッと向きを変えて歩き出す律。


「んー。…んん!?リツさん!?」

慌てて圭悟は後を追った。



自転車を漕ぎながら、沙絵と雪耶は帰路についていた。


「今日はご馳走様、沙絵ちゃん。」


「ううん!また行こうね!」


「今度は透子ちゃんも来れるといいね。」


「勉強家だからなぁ、トーコ。なんか難しい大学、受験するみたいよ。

ユキヤは?進路決めた?」


「透子ちゃんから聞いてない?同じ大学だよ。」


「嘘!あたし、あんなレベル高いトコロいけない…!」


「あはは。みんな一緒に入学出来たら、楽しそうだね。」


みんなに一緒に。

ここまで自分を意識してもらえないのも、なんだか泣けてくる。


「…でもユキヤ、そんなに勉強してなくない?塾とかも行ってないよね?」


「学べる事は全て教科書や参考書に書いてあるからね。一度理解すれば後は応用の繰り返しだし、暗記すべき事は大体一度で覚えられるよ。…なんて、ちょっと生意気かな。」


ユキヤが少し困った顔をする。

決して厭味を言っている訳では無いけれど、聞く人によってはそう取れるかな、と。沙絵の母性をくすぐるには、お釣りがくる程の表情だ。

思わず、可愛い…と言ってしまいそうになった所をグッと堪えた。


「生まれ持ったモノって、あるんだねぇ。いいなぁ、ユキヤ。」


心底思う。

透子だって、努力も勿論あるけれど、やっぱり天性の何かがある。

順序よく物事を組み立てるのは上手だし、理解も早い。


「あ、ここだったよね。」


気が付くと、もう家の前。

時間の経つのは早いものだ。


「あー…うん。ここだね。」


沙絵は自転車から降りて雪耶を振り返る。


「送ってくれて、ありがとう。」


「どういたしまして。じゃあまた明日。」


雪耶はニッコリと手を振って、すぐに自転車を漕いで行ってしまった。

折角笑顔で可愛くお礼を言ったつもりだったのに、何の余韻もない。


「…はぁ。」


雪耶と二人きりになれるのは嬉しいけれど、時々どうしようもなく悲しくなる。


と、ハナちゃんが沙絵を見つけ、けたたましく吠え出した。


「きゃーハナ!ハナちゃん!今日散歩姉ちゃんの番だったね!ごめん!」


自転車を物置に閉まって、玄関を開ける。


「ちょっとナエ!なんでハナの散歩行ってくんないの!?」


「今日姉ちゃんの番じゃんか。」


「あ、サエお帰り。夕飯食べ行ったんだって?トウコちゃん?」


「…そー。」


長く答えるのが面倒で、肯定だけして沙絵は風呂場に向かった。

服を脱ぎながら脱衣所の戸を開ける。


「今お父さんが入ってるわよ。」


「きゃー!!」





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