第9話
携帯を晃に取られた優子は、すぐ隣で心配そうに晃の様子を窺っていました。
晃は、穏やかに携帯で智也と話しているようでしたが、優子は気になって仕方ありません。
やがて話しが終わったのか、晃が優子に申し訳なさそうに携帯を返してきました。
「松本さん、悪かったね。携帯、返します。」
優子はそうっと携帯を受け取ると、苦虫を潰したような顔をして、
「いえ、あの、遠藤さん…。智くんと何を話したんですか?」
「あ、うん…。松本さん、勝手なことをして申し訳ない。ただ、松本さんから話すより僕から説明した方がいいかと思って彼氏と話したんだ。ごめんね。怒ってる?」
晃は遠慮がちに話します。
「あ、いえ…。気を遣わせて、すみません。それで、智くんはなんて…?」
優子は戸惑いがちに晃に尋ねました。
「あ、うん。それなんだけどね…。駅まで急ごう。もう遅い時間だから。」
晃ははぐらかしているのか、急に早足で歩き始めました。
優子は不満そうでしたが、もう遅い時間でしたので仕方なく晃を追いかけて早足で歩き始めました。
二人はそのまま無言で駅まで早足で歩き続けました。
そのせいか、思ったより早く駅までたどり着きました。
そしてたどり着いた駅で思いがけない人物が待っていました。
「智くん…!どうしてここにいるの?」
優子が驚いて智也に駆け寄ります。
智也は気まずそうな顔で、
「ああ、それが…。」
そう言うと晃の方を向きました。
その様子を見た晃はニヤリと笑って、
「先ほどはどうも。早かったんだね。」
そう言うと、軽くお辞儀をしました。
「遠藤さん?もしかして遠藤さんが智くんを呼んだの…。」
優子が訝し気に晃に尋ねます。
晃は頭をかきながら、
「ああ、そうだよ。ごめんね、勝手なことして…」
「遠藤さん、どうして?」
優子はわけが分からないまま晃に尋ねます。
「あ、うん。二人でさ、よく話した方がいいと思ったから。じゃあ、僕は電車の時間があるからもう行くね。」
晃はニッコリ笑ってそう言いました。
それを聞いた優子はすっかり困惑した表情で、
「遠藤さん、そんな急に…。」
「松本さん、きっと大丈夫だよ。彼氏とゆっくり話して、ね。じゃあ、明日会社で逢おうね。」
晃はそう言うと、優子の肩をポンと叩いて、駅のホームへ歩いて行きました。
そして、困惑した優子と少し不満げな智也が残されました。
晃の後ろ姿を眺めていた優子でしたが、晃はあっという間に改札口から見えなくなってしまいました。
晃は駅のホームのベンチに座って、次の電車が来るのを待ちながら、ふと思いました。
まったく僕も人がいいよなぁ…。
ライバルに手を貸すなんて。
チャンスだったんだろうけど…。
晃はふっとため息をつきました。
そして、やってきた電車に足早に乗り込みました。
晃にあっという間に去られて、残された優子と智也はお互い、困ったように顔を見合わせていました。
「智くん、私…。」
「優子…。」
二人ともしばらく困惑した表情で無言で見つめあっていましたが、駅前ということもあり、強い風が吹きました。
「寒い…。」
急に肌寒く感じた優子が呟きました。
「優子、なんかあったかいものでも飲もうか?」
智也はそう言うと、優子に手をそっと差し出しました。
優子は戸惑いながらも少し微笑んで、差し出された晃の手を握りました。
微笑んだ優子に安心した智也は、そのまま歩いて近くのマクドナルドまで行きました。
そして店内に入ると、ホットコーヒーを頼んで、二人は席に座りました。
優子がコーヒーを一口飲んで、
「美味しい…。」
と呟きました。
そんな優子を見た智也もコーヒーを飲み始めました。
やっとひと心地ついた優子は、ため息をついて意を決したように顔を智也の方へ向けました。
「智くん、今日なんかごめんね。実は、言ってなかったけど後輩のさつきちゃんと遠藤さんとコンサートに行ってきたの。」
「うん、さっき遠藤さんに聞いたよ。」
智也は優子を窺うように答えました。
「あ、そうなんだね。あの、三人で行ったから、遠藤さんと二人だけで行ったわけじゃないから…。」
優子は気まずそうに智也に言いました。
智也は少しムッとして、
「なんで言ってくれなかったの?」
優子は、まさか心配させたいからなどとは言えないので、
「あ、それはその、智くん、忙しそうだったから、なんか言いそびれて…。ごめんなさい。」
優子は俯いて答えます。
「ホントにそれが理由?」
智也が疑いながら言います。
「う、うん…。」
優子はそう言うと、ふっと頭を上げました。
話しをそらすように、
「智くんは、なんで主任さんとあの店にいたの?仕事だって聞いていたけど…。」
智也はうっと、言葉につまりながら、
「ああ、仕事だったよ。そのあと、遅かったからごはんを食べに行ったんだ。」
次で終わります。
たぶん。