第5話
「あ、ここに座りましょう。」
主任はそう言って近くに空いていた席に座りました。
そこは優子たちの右隣の席でした。幸い、優子は酔っていてテーブルに寄り掛かっていたので智也は気づきませんでした。
「青木さん、今日もお疲れさま。乾杯!」
主任はそう言うと、智也とビールで乾杯をしました。
「主任もお疲れさまです。今日も遅くなりましたね。」
智也がぐいっとビールを飲んで、話しかけます。
「そうね。でも、あともう少しよ。来週にはすべて終わるわ。さ、食べましょ」
主任はそう言って焼き肉を焼きはじめました。
「はい、主任。でも、主任がいなくなると寂しくなりますね。」
智也はそう言いながら、焼けた肉を食べはじめました。
主任もじゅうじゅうと焼けていく焼き肉を食べながら、窺うように、
「寂しいの?うるさい上司かと思ってるかと思ったけど…。」
「まあ、何というか…。そういうときもありますけどね。主任は何かと頼りになりますし、寂しいですよ。」
智也は、少し苦笑いしながら言いました。
「言ったわね。ま、そう言ってもらえると悪い気はしないわね。」
主任は智也を少し睨みながら答えました。
「すいません。あ、主任は野菜は食べないんです?さっきから肉ばっかりですよ。」
智也は軽く首をすくめて、尋ねます。
「ああ、そうね。でも、私、肉の方が力がつくじゃない。焼肉ときは、野菜はあんまり食べないのよね。」
主任はふと気がついたように答えます。
「主任はそうなんですね。優子はいつも野菜を頼んでいるんで…。」
智也が寂しそうに呟きました。
「あら、彼女のこと?妬けちゃうな。」
主任は智也をからかうように尋ねます。
智也は少し顔を赤らめて、否定するように手を振りながら
「そ、そんなんじゃないですよ。ただ、優子はいつも野菜を頼んで一緒に食べてたなぁと思って…。」
「そうなの?女の子らしいわね。私なんて、肉ばっかりだから男みたいでしょう?」
主任は少し酔ったのか、智也にからんできます。
智也は少し困って、
「主任、そういうつもりで言ったんじゃないですよ。勘弁して下さい。」
「分かってるわよ。ちょっと言ってみただけよ。なんかさ、みんな私のことを男みたいに思ってるみたいなのよね~。」
主任はそう言って、ため息をつきました。
「主任、そんなことないですよ。女性らしいところもありますから。」
智也が慰めるように話しかけます。
「ところも?ってことは、そうじゃないとこもあるってことよね。」
そう言うと主任はグイッとビールを飲みました。
そんな主任を見た智也は、
「主任、飲み過ぎですよ。今日はこのへんにしましょうよ。いいじゃないですか、そう思いたい人にはそう思わせておけば…。主任には立派な彼氏がいるんですから、ね?」
主任は顔を上げて、急に笑顔になり、
「そうよね。私にはあの人がいるんだから気にすることないわよね。あともう少しの辛抱なんだし…。」
「そうですよ。主任、気にすることないですよ。」
智也はホッとしたように言うと、席を立ち上がり、
「すいません、ちょっとトイレ行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
主任が焼肉を食べながら答えます。
智也がトイレで席を外したとき、右隣にいた優子たちが席をたちました。
少し酔った優子が同僚の晃に支えながら帰るところでした。
ふと顔を見上げた主任が優子の姿を見ると、どこかで見た顔だなと思いました。
しかし、酔っているせいか誰か思い出せません。
誰だったかな…。
同じく優子も酔っているためなのか、主任に気がつきませんでした。
優子たちが主任の前を通り過ぎてレジをすませて、お店を出ようとしたそのとき智也が戻ってきました。
ベタな展開ですが、二人はどうなりますか…。