第2話
「いらっしゃっいませ。お二人様ですね。カウンターでよろしいでしょうか?」
店内に入ると、店員が声をかけてきました。
「優子、いいよね?」
「うん。」
優子はそう言うと席にバックを置いて、コートを脱ぎはじめると、智也が声をかけてきました。
「コート貸して。」
優子がコートを渡すと、お店のコート置き場にコートをかけてくれました。
「ありがとう、智くん。」
優子が微笑んで智也に礼を言うと、二人とも席に座りました。
「何にする?とりあえず、ビール頼もうか?」
「うん、あ、私はチューハイがいいな。」
「あと、お肉は適当 頼んどくね。」
「智くん、野菜もね。」
「分かってるよ。優子は野菜好きだからなぁ。」
智也はそう言うと、近くにいたお店の人に注文しました。
すると近くにいた女性客がおもむろに智也に声をかけてきました。
「もしかして、青木さん?」
はじめは怪訝そうにしていた智也でしたが、知り合いだったらしく、
「主任。お疲れさまです。主任もいらっしゃったんですね。」
と言って立ち上がって挨拶をします。
「ええ。あら、もしかして、デートなの?ごめんなさい。邪魔しちゃったわね。」
優子に気づいた主任が、少し気まずそうに答えます。
それを見ていた優子が何か言いたそうな顔をして、智也の方を見ます。
それに気づいたか、智也が少し照れたように、
「ええ、実はそうなんですが、お気になさらず…。優子、こちらは僕の上司にあたる山口主任だよ。」
優子は、智也の上司というので、少し緊張気味におずおずと挨拶を交わしました。
「こんばんは。はじめまして、松本優子と申します。」
山口主任はにこやかに会釈をして、
「こちらこそはじめまして、山口です。青木さんにこんな可愛らしい彼女がいたとは知らなかったわ。」
優子はそれを聞いて、ちょっとうれしくなって、
「いいえ、そんな…。」
「本当よ。じゃあ、邪魔したら悪いから。またね、青木さん。」
山口主任は優子と智也にそう言うと、席に戻りました。
「あ、はい。失礼します。」
智也もお辞儀をして席に座りました。
「ふぅ~。まさか主任がいると思わなかったよ。」
智也は安心したのか、ため息をつきました。
優子は智也の上司が女性とは思わなかったのですが、物腰のやわらかそうなきれいな女性で褒めてもらったことに気をよくして、機嫌よく言います。
「きれいな人ね。山口主任って。」
「ああ、そうだろ。社内でも人気があるんだ。」
そんな話しをしていると注文していたものが来ました。
「あ、きたきた…。優子、乾杯しよう。」
智也はビール、優子はチューハイを手にすると、
「乾杯!」
と言ってコップを合わせました。
智也は美味しそうにビールをグビッと一息で半分飲んでから、
「美味い!さあ、優子、焼こうっか。カルビだろ、モツだろ…。」
智也はそう言いながらお肉を焼き始めました。
優子もチューハイを軽く一口飲むと、一緒に焼き始めました。
そして遠慮がちに、
「ねぇ、智くんの上司って女性だったんだね。」
「ああ、そうだよ。女性の上司ってあんまりいないんだけどね。あ、これ焼けてるよ。」
そう言うと智也は、優子の前に焼けた肉を差し出します。
「ありがとう。上司って言うから男性かと思ってたから。あ、美味しいね!」
優子はそう言いながら美味しそうに焼肉をほおばります。
「だろ?だから、優子にも食べて欲しかったんだ。主任は女性だから、いろいろ言われるみたいだけど、面倒見がいいからいい上司だと思っているんだ。あ、すいません、ビールおかわり。」
「そうなんだね。でも、女性で役職つくと大変なんだろうな…。あ、野菜も食べないと、智くん。」
優子は微妙な表情で答えます。
「ああ、食べるよ。でも、肉の方が美味いからなぁ。あ、チューハイ頼む?」
「じゃあ、お願い。」
「あ、チューハイお願いします。」
注文を取りに来た店員がいなくなったあと、優子が遠慮がちに智也に話しかけます。
「ねぇ、智くん最近忙しいよね。今日も遅かったし…。」
「あ、ごめん。最近、プロジェクト任されて、さ。その準備でいろいろあるんだ。あ、来たよ、チューハイ。」
智也は、少しはにかみながら話します。
「すごいね。智くん、頑張ってるんだね。」
優子は、責めてるわけじゃないになと思いながら、内心不満でしたが微笑んで言います。
「うん、頑張ってるよ。主任にも期待されてるしさ。」
そう言うと智也はまたグビッとビールを飲み干しました。
「主任って、さっきの…?」
優子が怪訝そうに尋ねます。
「うん。主任が推薦してくれたんだ。だから同期の中でプロジェクトに参加出来たの僕だけなんだ。頑張るからね。優子も期待してて。」
うれしそうが智也が話します。
「うん、頑張ってね。でも、あんまり逢えないのかな…。」
優子は、さっきから主任、主任と智也が言うので上司とはいえおもしろなくて少し不満そうに言います。
「ああ、そうなるかな。でも、プロジェクトが終わるまでだからすぐだよ。」
智也は、すまなそうに答えます。
「そう…。じゃあ、明日も早いだろうから、このへんで…。」
「まだだいじょうぶだよ。でも、もうお腹いっぱい…?」
智也が優子を覗きこむように尋ねます。
「うん、もういい。」
「じゃあ、デザート頼もうか?ここ、わりと充実しているんだよ。」そう言うと智也は優子にメニュー表を見せました。
「あ、本当だね。たくさんある。焼肉屋さんにしてはめずらしいね。」
優子は少し戸惑いがちに答えます。
「うん、だから連れて来たかったんだ。ねぇ、何にする?これはどう?」
智也はメニュー表を見ながらデザートを優子に勧めます。
「そうだね。じゃあ、これにする。」
優子は微笑んでそう言うと、智也がデザートを注文しました。
やがて、注文したデザートが来たので、二人で仲良く分け合って食べ始めました。
そんなとき、優子の携帯電話が着信を告げました。
「あ、智くん。ごめん。」
そういって優子が携帯電話を確認するとメールがきていました。
会社の後輩からでした。
来週の週末に大人気の歌手のコンサートのチケットがとれたので、一緒に行きませんか?
という内容でした。
優子も大好きな歌手のコンサートでしたし、智也もきっと仕事でデートなんて出来ないだろうしと思って、他の人に奪われたくなくて、
「ありがとう。絶対行きます。」
とすぐに返信しました。
優子は携帯電話をバックにしまったあと、チケットがなかなかとれない歌手のコンサートに行けると思うとなんだかうれしくなって、思わずにやついてしまいました。
智也は優子の様子が変わったので、気になって、
「誰から?なんだかうれしそうだけど…?」
「実はね、あ、ううん…。たいしたことじゃないの。」
優子は大好きな歌手のコンサートに行けることになったと話そうとしましたが、急に悪戯心がでてきて、智也に言わないことにしました。
主任、主任と言われてばかりなので、やきもちを妬かせようと思ったのです。
あとで後悔することになるとは、このときの優子は思いもしませんでした…。