Dear muscles.
あたしの名前は、倉橋智子…だった
気がついた時には、おぎゃあおぎゃあと泣きながら産湯につかっていた、それが三時間くらい前
……そして、今
「あんたぁぁああああ!!
あたしの前で堂々と浮気するなんざ、どういう了見だい!」
「誤解だロミエット!!」
あたしの誕生祝いということで、両親の部下の兵隊さんたちが
有名な旅の楽芸団を呼んで、祝宴を開いてくれたんだけど
踊り子のお姉さんのビキニが、踊っている時に、ちょうど父の前でぽろりしてしまって
あたしを腕に抱いたまま、剣というよりは実用性たっぷりの、なんていうの、これ…
あー…最近の記憶だと海賊映画で使われてるカットラスっていうの…?
ソレと鉈の中間のようなデザインの…
そんな感じの刀でがんがん斬り合っているんですけど!!
「何が誤解なんだい、目をそらしもせずにずっと見てたじゃないか!」
「だから誤解だ! 俺の話を聞け!!」
「ジュリオ隊長ロミエット副隊長っせめて夫婦喧嘩はお子さんを離してからにしてください!!」
「だめだ何時も通り聞いてねぇええええ!!!
誰か魔術師団長呼んで来いっ、10秒くらいならなんとか動き止めてもらえるから
その隙に赤ん坊を引き離せぇぇぇええええ!!」
阿鼻叫喚ってこういうこと?!
恐ろしすぎて泣くこともできないんですけど!!
「だから聞け!
あれは、お前に比べたらずいぶんと貧相な胸だな、と思って見ただけだ!!」
「なんだ、そうだったのかい、早くお言いよ」
父の叫ぶような一言で、母の怒りは急激に冷め
事態は唐突に沈静化された
そりゃそうだろう、どこのアマゾネスだよ、というような
女性ボディビルダーのような母に比べたら、そこらの女性は皆貧相だろう…
父も母に負けない屈強な身体だから、この夫婦はバランスがとれていると言えば言えなくもない
…う…ひっく…こわかったよう……
いまさらながらに恐怖がぶり返してきて、えぐえぐ泣き始めるあたし…
「おや、どうしたんだい
さっきまで大人しかったのに、急に泣き出して」
「腹でも空いたんじゃないか?」
「そういえばそうだね、まだ一度もお乳をあげてなかったよ」
「お前が産気づいてから、すぐにやつらが出産祝いの準備を始めてくれたしな
慌しくて、すっかり忘れていた、悪かったな」
父と母が、極力手加減してくれているであろう力加減で
ぐいんぐいんあたしの頭をなでる傍ら
彼らの部下の人たちが
いや、違います、怖かったんですってソレ!
もうちょっと手加減してあげてくださいっ頭がっくんがっくんしてますって!!
とか、叫んでるんだけど、この夫婦の耳には一切入ってない
「待たせて悪かったね、ほら、お飲み」
ぎゃああ! ここで胸を出さないで下さいよ!! という部下の叫びもなんのその
母は、あたしの口にがっつり乳首を含ませた……が、
……吸・え・な・い !
母の胸は逞し過ぎて、赤ん坊の吸引力では吸っても吸っても母乳は出なかった…!
恐らく殆どの赤ん坊が母乳の出を良くするために本能的にやっているだろう、小さな両手で一生懸命に彼女の胸を揉んでみたが、やはり母乳は出ない…!
「うーむ、吸えてないんじゃないか、おまえ」
「そうだねぇあんた
赤ん坊ってのは自分でお乳も吸えないだなんて、か弱いんだねぇ」
ちがう!
普通、赤ん坊…いや赤ちゃんは自分で吸うくらいは生まれたてでもできるから!
できないのは寝返りとかだから!!
「自力で吸えるようになるまで、手伝ってやったらどうだ」
「そうだね、それがいい
よしよし、ほら、お母ちゃんが手伝ってやるからね、たっぷりお飲み」
母が、胸筋に力を入れて授乳を促してやると
赤ん坊であるがゆえに小さなあたしの口の中に
大量の母乳が物凄い水圧というか乳圧でブシュウ!と勢いよく噴き出た
「ごぶ!」
げぇっふ! ぉぶっ ごぶは!!
お、おぼれる!!
母乳で溺死する!!!
「ぎゃぁあああああ!!
ロミエット副隊長っ、赤ちゃんおぼれてます!
やばいっやばいっ」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!
口離してあげて下さい早くぅぅうううううう!!!」
果たして、あたしは成人まで生き残ることができるのだろうか…
薄れ行く意識のなか、あたしはそんなことを思ったのであった…!
余談だが、あたしの育児に関するにあたって、
両親の部下の涙ぐましくも献身的な協力があったことが後々まで語り継がれることになる
カットラスは画像検索すればすぐ出てきます
剣とは違い、日本刀のように、斬る為の曲線を持ち、その威力は生々しいこと間違いなし
まだ目が見えてないんじゃあ…という発言はすいませんそっと胸の内にしまってくださいorz
ぼんやりと、くらいは見えてるんじゃないですかね、分かりませんが…