じれじれすれ違いはお断り!
穏やかな陽気に包まれた昼下がりのサロン。
傍から見れば、美しい令息と令嬢達が和やかにお茶を飲んでいる。
傍から見ればである。
実際は、美しい笑みの下で牽制し合っており、冷ややかな空気が漂っている。
そんな空気を一切感じてないかのように、優雅にお茶を飲む令嬢が一人。伯爵令嬢フィオナ・アシュレイーー私である。
なんで、そんな地獄の空気の中のんびりお茶を飲んでいるかですって?ーーーいつもの事だからですわよ。
にこやかに牽制し合っている二人は、この国の王太子レオンハルト殿下とその婚約者である公爵令嬢エレノア様。誰もが認めるお似合いのふたりで、両想いである。
しかし、二人ともプライドが高いうえに極度の言葉足らず。お互いに「家柄のための政略結婚で、自分は愛されていない」と思い込み、顔を合わせれば冷ややかな牽制をし合っている。
「なるほど、エレノア嬢はそこまで私のことがおき――」
「あら、楽しくお話をされているところ申し訳ありませんわ、殿下。少し衣服が乱れてしまいました、少し整えてまいります。」
「……そうか、行ってこい」
「ありがとうございます。……エレノア様、よろしければお付き合いくださいませ」
私の急な発言と圧が強めの言葉に二人は勢いを失い、同意せざるを得なかった。
(殿下め、また勢いで思ってもないことを口走ろうとしたわね!! なんでもできる超人の癖に、エレノア様のことになるとこんなにもポンコツなの!?)
エレノア様と共に乱れてもいない衣服を整えに行く際、彼女に気づかれないよう殿下に厳しい視線を送ったのは言うまでもない。
私――伯爵令嬢フィオナ・アシュレイは、前世の記憶がある、いわゆる転生者だ。5、6歳の頃に今の自我と融合し切ったのか、現在の私が出来上がった。
私は、前世も含め数々の恋愛小説やマンガを読み漁っていた中で、重大な境地に達した。
「じれじれとすれ違う恋ほど、傍で見ていて精神衛生に悪いものはない」
それも、自分に何の影響もない遠くの出来事なら「甘甘のためのスパイスね」と生温かい目でどうにか見守れる。しかし、身近な者となれば話は別だ。
「フィオナ、ごめんなさいね。気を遣わせてしまったわね」
衣服を整え、控え室のソファに腰をかける。
エレノア様は申し訳なさそうに目を伏せている。
「エレノア様、……殿下と本当に婚姻を結んでもよろしいのですか?」
「え? こ、この婚姻は両家の……」
エレノア様は突然何を言うのかと少し慌てた口調になっている。
私はエレノア様の手を握り、大きく見開かれた透き通った碧い瞳をまっすぐ見つめる。
「はい。両家の決めごとです。しかし、エレノア様は公爵令嬢。断ることは不可能ではありません。幼い頃から殿下の婚約者であられますから、他の道を考える事もなかったでしょう。……他国へ嫁ぐという道もあるのですよ」
私の口から出た言葉に、エレノア様は今以上に目を見開く。
「……それは、考えたこともなかったわ……」
エレノア様はポツリと呟く。そして、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「確かに、そういう道もあるわね。……でも、私はレオンハルト殿下と婚姻を結びたい……の……。殿下を支えることこそ、私の役目だと思っているわ。……あと、初恋の方だから……」
最後は恥ずかしそうに小声になっていたが、私にはしっかりと聞こえた。照れているエレノア様は普段の凛とした姿とのギャップで、なんとも可愛らしかった。
(ですよね! そうでしょうとも! だからなんでこの方も殿下の前になると強がっちゃうのか……今の可愛い姿を見たら殿下なんてイチコロだろ!)
「エレノア様、私は常に微笑みを絶やさず、凛としたお姿のエレノア様を同じ貴族令嬢として尊敬いたしております。しかし、今の本音を話されるお姿もとても可愛らしいと思います。殿下もそうお思いになるのではないでしょうか」
私の言葉にエレノア様は少し困ったように眉を下げる。
「そう、なのかしら……。王家に嫁ぐ者としてしっかりしなくてはと思って……。あと、殿下といると緊張してしまって……」
「殿下と婚姻を結ぶとして、常に完璧であり続けるというのは厳しいと思うのです。夫婦となるのですから、少し気を許した所を見せることになると思うので、今から練習しておいてはいかがでしょう」
エレノア様は少し考えるような仕草をしたのち、私の目をまっすぐに見つめた。
「確かに、そうですわね。……ふふ、フィオナに言われると何故かスッと心に入ってくるのよね」
「うちの両親はおしどり夫婦として有名ですから」
お互いに微笑み、穏やかな空気に包まれた。
(エレノア様はなんとかやってくれそうだけども、殿下はどうしてやろうか……エレノア様のこととなると変に捻くれるからなぁ)
◇
「フィオナ。いっそのこと、お前と婚約を結び直したほうが円滑に事が進むのではないだろうか」
「またなにをいってるのですか。絶対にお断りいたします、王太子殿下」
エレノア様はもう少し落ち着いてから戻るとのことで、一人でサロンに戻って早々に、殿下は不貞腐れたように呟き、私は微笑みを貼り付けて即座に否定する。
事態が拗れるたび、殿下は腹いせのように「昔馴染みのフィオナと仲良くしてエレノアの反応を見る」という、少女漫画なら炎上必至の悪手を打とうとするのだ。
「はぁ、私をダシに使わないでください。エレノア様が『本当にフィオナのことを?』と誤解して殻に閉じこもったらどうするのですか。私は二人のすれ違いの巻き添えを食らって当て馬になるつもりも、修羅場に巻き込まれるつもりも一切ありません!……大体、今の発言を王太妃様の前で言えるのですか?」
私の返答に殿下はぐっと言葉を詰まらせ、顔を顰める。
王太妃というのは、私の大伯母に当たり、小さい頃から孫のように可愛がってくれている。
「うちに嫁に来ない?」とずっと言われ続けているため、王太妃様の前で今のような発言をしようものなら、あれよあれよという間に外堀を埋められてしまいそうなのである。
(血縁的に近いから流石に周りが止めると思うけれど、大伯母様のパワーは衰え知らずだからね……強引に整えられそうで怖いのよ)
「だ、だが! あいつは私と話すときいつも仮面を被ったような顔しかせん! 『殿下のお気に召すままに』だと? 本当は私とのお茶会など苦痛なのだろう!」
「違います! 『好きすぎて緊張して顔が強張るから、粗相のないよう完璧なマナーでボロを出さないようにしている』んです! あの可憐な努力がなぜ伝わらないのですか!」
思わず熱弁を振るう私の前で、小さく息を吐く気配がした。
「……殿下。フィオナの言う通りです。あなたの観察眼が壊滅的なだけです」
低い、静かな声。
殿下の後ろに立ち、一切の感情を読ませない無表情で殿下を見下ろしているのは、同じく昔馴染みで殿下の近衛騎士、アルフレッドだった。代々騎士として王家に仕える侯爵家の嫡男で、剣の腕は誰もが認める天才。そして――彼もまた、重度の言葉足らず(無口)である。
「アルフレッドまで私を責めるのか!?」
「事実を申し上げたまでです」
「ぐっ……」
アルフレッドの背中に刺さるような視線に、殿下はバツが悪そうにしている。
「ああ、そうですわ殿下」
「……なんだ」
私は頭を抱えている殿下を微笑みながら見つめる。
「私、エレノア様に殿下に嫁ぐ以外の道もあるのですよと提案いたしました」
「はぁ!? どっどういうことだ!」
殿下は勢いよく立ち上がろうとしたが、アルフレッドに肩を押さえられ、強制的に椅子に座り直された。
「どういうことだと言われましても……今後婚姻したとして、こんなにも殺伐とした夫婦生活をずっと送ることになるなんて不憫ではありませんか。ですから、ご自分の気持ちすら素直に伝えられない殿下ではなく、他の方との道もありますよとお伝えしただけです。……国外とか……」
私は優雅にお茶に口をつける。殿下は思いもしなかったといった様子で、完全に呆然としている。
「国外……」
「ええ、我が伯爵家は我が国の中でも古くから続く家。国外の貴族にも繋がりは当然ございます。エレノア様に良い縁をご紹介しようかと」
そう言ってにこりと殿下に微笑んだ瞬間、殿下は勢いよく立ち上がり、いつもの優雅さはどこへ捨てたのか慌てたように王宮内へ走っていった。
(少し焚き付けてみたけれど、大丈夫かしら。……まぁ、これで本当に拗れるようなら殿下は相当なヘタレだわ。その時はエレノア様に本当に素敵な縁をご紹介しましょう)
ふと、お茶から視線を上げると、アルフレッドと目が合う。
「殿下を追わなくて大丈夫なのですか?」
「ここは王宮内だ、他の側近たちがついていったし、俺は今日近衛ではなく客としてきている」
「あら、そうでしたの。では、ご一緒にいかがです?」
そう言うと、アルフレッドは無駄のない動きで私の前に腰掛けた。
お給仕の侍女が彼のために新しく温かい紅茶を淹れてくれる。二人が静かに向かい合うサロンは、先ほどまでの刺々しさが嘘のように穏やかな空間になっていた。
「フィオナ。本当にエレノア様に他国の縁談を斡旋するつもりだったのか?」
彼が小さく一口紅茶を含んだあと、低く問いかけてくる。
「殿下がこの期に及んでヘタレを通すようなら、本気で動くつもりでしたわ。エレノア様ほどの可憐で素晴らしい方を、言葉足らずな男のせいで一生不幸せにするわけにはいきませんもの」
「……お前のそういう容赦のないところは、昔から変わらんな」
アルフレッドの唇の端が、ほんのわずかに上がった気がした。相変わらずのポーカーフェイスだが、なんとなく彼の言いたいことは伝わるし、理解されているという安心感がある。
◇
数日後。王宮内の東屋で微笑ましい光景が見られた。
私の「他国へ嫁ぐ」という言葉に心の底から血の気が引いた殿下は、あの後、なりふり構わずエレノア様のもとへ駆け込んだらしい。
「他国など絶対許さん」「私にはお前しかいない」「冷たい態度をとっていたのは全部私の緊張と器の小ささのせいだ」と、いつもの完璧な仮面をかなぐり捨てて必死に愛を乞うたのだという。
今、東屋から見える二人はどうだろう。
頬を真っ赤に染めたエレノア様の手を、殿下が慈しむようにしっかりと握りしめている。エレノア様も、今まで見たこともないような柔らかで幸せそうな笑みを浮かべていた。
(よし……! 完璧なハッピーエンドね!)
木陰からその様子を観察していた私は、胸の中で固くガッツポーズを作った。
これで王国の平和は保たれ、私のハピエン愛好心は極上の栄養を得て、何より自分が当て馬として巻き込まれる危機は完全に回避されたのだ。
「……満足か、フィオナ」
背後から、低く落ちついた声が降ってくる。振り返ると、すぐ後ろにアルフレッドが立っていた。
「ええ、大満足よ! やっぱり両想いの二人が素直になる瞬間って素晴らしいわね。二人を追い詰めた甲斐があったわ。アルフレッド様もサポートありがとうございました」
「俺は何もしていない。お前の手際が見事だっただけだ」
ふっと目を細めるアルフレッド。相変わらず感情の読みにくい男だが、どこか機嫌が良さそうに見える。
「さあ、お邪魔虫は撤退しましょう。あそこはもう、二人の甘い世界なんだから」
私が踵を返そうとした、その時だった。
スッと伸びてきた大きな手が、私の手首を優しく、けれど絶対に解けない強さで捕らえた。
「アルフ…レッド……?」
驚いて見上げると、彼は私を放すどころか、捕まえた手首から指先へと滑らせ、しっかりと恋人繋ぎの形に指を絡めてきた。至近距離で見つめ返してくる彼の漆黒の瞳には、いつもの冷徹な騎士の影など微塵もない。
「殿下の件は、これで無事に片付いたな」
「え、ええ。そうですわね……」
「ならば……次は、俺たちの話だ」
「はい?」
首をかしげる私を捉えて離さない彼の体温が、触れ合っている手からじわじわと伝わってくる。
「お前が他人のハッピーエンドのために奔走するのは構わない。だが、殿下に婚約を打診されそうになった時や、他国の男の話をした時……俺がどんな心地で聞いていたか、お前は少しも考えていなかっただろう」
「え……だってあれは、殿下を焦らせるためのハッタリで……」
「ハッタリでも不愉快だった」
断固とした低い声に、息が止まる。
アルフレッドはそのまま私との距離をゼロにし、私の耳元へと唇を寄せた。吐息が肌をくすぐり、背筋に甘いゾクゾクとした戦慄が走る。
「殿下の背中は押してやった。……だが、お前を誰かに渡す気は最初から一切ない。お前が他国に目を向けようものなら、俺は今の立場を捨ててでもお前をどこかへ連れ去っていた」
「え……?」
「お前は他人の言葉足らずには聡いのに、俺の感情には驚くほど鈍いな。……ずっと、お前だけを見ているというのに」
いつも無口で無表情な彼の内側に、これほどまでに暗く、重く、底知れない熱が渦巻いていたなんて。
私は真っ赤になって固まることしかできなかった。
(ちょっと待って……私、他人のすれ違いを解決して満足している場合じゃなかったんじゃない!?)
私の平和な「高みの見物」ライフは、どうやら今日で終わりを迎えてしまったらしい。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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