無駄です
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただけたら、幸いであります。
ことの発端は、昼休憩間際に乗り込んできた、三人の男だった。
会長代理は営業に出ており、夫人が昼食の差し入れを副会長に預けるため、事務所の方に来ていた。
丁度、会長夫妻は買い物がてらの息抜きに出ていて、夫人の腕には、生後まもない弟がいた。
唐突に、事務所の出入り口の扉が開き、男の一人が声高に言ったのだ。
「矢張り、ここにいたかっ。聖女っ」
「我が国が大変な時に、姿を消すとは、何事かっ」
会長代理の夫人とその弟が、揃って目をまん丸にする側で、副会長が溜息を吐く。
「どちら様でしょうか?」
そして、優しく尋ねるその頭の中で、この三人が入って来た世界の資料を並べた。
意外に、聖女と言う職、若くは役目を担う者を有する世界は多い。
その中で、この三人がやって来た世界は、比較的緩い。
何せ大昔、世界を救った聖女を代々崇め、王族の数代ごとにその血を招き入れるに留まっているのだ。
最も、招き入れる代の王子が、難色を示したがために、今代聖女となるはずだった者は食いっぱぐれて行き倒れ寸前で、その世界の商会の従業員に拾われた。
飲食店勤務のその従業員がここに連れて来て、事情を聞いた副会長が、仕事を斡旋したのが、確かひと月前。
その時の面談で、聖女とされた女とも顔合わせしたが……
目を丸くしたままの会長の息女を一瞥し、どう話を治めるか考える前に、三人の内、比較的冷静そうな男が、目を窄めた。
「殿下」
「何だ?」
「違います。この女、聖女ではありません」
「何っ?」
お、気づいた。
副会長は、見直したのだが、それは一瞬だった。
でんかと呼ばれた、細身の長身の若い男は、会長の息女を頭から足元までくまなく見て、再び顔を見つめる。
「本当だ。あの女じゃない。あいつは、こんなにいい女じゃないっ」
「……」
姉弟の丸かった目が、今度は細まった。
二人が何を考えているのか明白だったが、それに気づかず、でんかは何かを察したように、顔を輝かせた。
「そうかっ。矢張りあの聖女は、偽者だったんだなっ。父上まで騙すとは、とんでもない悪女だっ。おいっ」
突然、こちらに向き直ったでんかは、副会長を見下ろして、言い放った。
「ここに、くすんだ髪色の醜女がいるはずだ。連れてこい」
そして、再び息女に向き直り、そっと膝をつく。
「探しておりました、聖女さま。どうか私とともに、国を守って下さい」
他の二人の男も膝をついて頭を下げる様を、会長息女子息は、目を細めたまま見下ろした。
口を開こうとした弟の背を、姉が宥めるように叩き、代わりに口を開こうとしたが、その前に優しい声が静かに言った。
「あなた方の脳みそは、豆腐ですか?」
「?!」
副会長を振り返った姉弟は、言い得て妙だと目で納得していたが、でんかたちには通じなかったようだ。
だが、悪口だとは察した。
「っ、貴様っ、不敬だぞっ」
三人の内、一番大柄な男が、副会長に詰め寄るが、その迫力に臆す事なく、変わらぬ優しい声音で返す。
「不敬を訴える前に、常識を持った行動を、切に願います」
大男を藍色の瞳で見返し、やんわりと続けた。
「我が商会は、完全予約制です。飛び込みの一見様は、受け付けておりません。どうか、お引き取り下さい」
「っ」
大男が、何かを感じたのか、後退りした。
が、でんかは引かない。
後退りした側近を押し除け、腰の剣に手を掛けた。
「それから、この室内での武器の使用は、一切控えていただいております」
でんかの剣を抜く手を片手で抑えながら、副会長は微笑む。
「き、貴様っ。聖女を独り占めする気かっ」
「……本当に、シワがないようで、ご愁傷様です」
舌打ちしたい気分を、優しい笑顔で包みながら、でんかに悔やみの言葉を投げる。
他の二人も、空気を張り詰めてしまい、会長子息が姉の腕の中で身を縮めた。
これ以上は赤子の教育上、よろしくない。
副会長は判断し、決断した。
「分かりました。表に出て、話を伺いましょう」
実力行使で、やり込められる。
でんかとその側近は、即座に判断し、嬉々として乗ったが……。
「本当に、ご愁傷様、になるな」
会長息女が、こっそり呟いた。
王族は数代に一度、聖女の血を入れる。
それは、昔からの習わしだが、聖女を娶る事が王位継承の条件ではない。
聖女を娶った王族は、王を支える存在として爵位を貰い、子孫を残す。
それ以外の王の子は、王太子になる者を除き、臣下に下る。
第三王子であるでんかは、生まれた頃から婚約者だった聖女を拒み、婚約を一方的に破棄し、城から追い出したが、その規約を知らなかった。
「そんな大事な事を、奴は私に教えなかった。教えてくれていたら、我慢したのにっ」
事情を簡単に話し嘆く殿下に、副会長は静かに切り出した。
「成程、では、その聖女どののお名前を、いただけますか? ついでに、容姿も。その際は、抽象的な表現は、お控え下さい」
「はっ、醜女を醜女と言って、何が悪い?」
ついでに出された条件を鼻で笑い、吐き捨てると、小柄な男はやんわりと答えた。
「我が商会には、その条件の従業員は、存在致しませんので」
「っ、そんなはずはないっ。父上から、ここで働いているとっ」
「そうですか。それは可笑しいですね」
副会長はそう言いながらおもむろに、右手を無造作に振った。
相対していたでんかの背後で、悲鳴が上がる。
振り返ると、魔術師で侯爵令息の側近が、利き手を抑えて泣き喚いている。
「っ? どうした?」
涙目の側近が、小柄な男を睨んだ。
「あいつが、石をっ」
「何っ。貴様、話の途中で……」
「その、お話の途中に、何やら仕掛けられては、対処するしか、ないでしょうに」
責める言葉は、遮った優しい声の言葉で途切れ、そのまま萎んだ。
「先程から、こちらを縛る魔法らしきものを、仕掛けておられましたね? 無駄なので、やめていただきたい」
「お前っ、何で平気なんだよっ」
涙声の男に眉を寄せつつも、副会長は正直に答えた。
「対策済みなので」
言いながら、右手のひらを広げると、そこには親指大の小石があった。
「先程投げた石と擦らせて、音で術を乱しておりました」
「はあっ?」
「っ、殿下、奴の動きを封じるのを諦めて、攻撃に転じようとしたら、石がっ」
唖然として、事務所の外に集まって遠巻きにする野次馬に、距離の規制を始めた男を見た。
「貴様、魔術師か?」
「嗜み程度に、学んでおります」
しれっとした答えに、野次が飛んだ。
「旦那、束縛の魔法を封じる人は、嗜んだ程度には、取られねえよ」
「余計な事、言わなくていいから、もう少し下がれ。武器持ちが二人いる。近いと巻き添え食うぞ」
「へいへい」
何だか、野次馬も野次馬し慣れている感がある。
それに、妙に期待のこもった顔で、でんかたちを見物していた。
「今日の奴は、何分もつかな?」
「既に、魔力持ちは封じたからな。勝負は見えてんだろ。5分持てば、いい方だ」
余りに大きなヒソヒソ声に、騎士団長の二男がキレた。
「そんなヒョロヒョロの体で、オレの攻撃に耐えられるわけが、ないだろうがっっ」
おもむろに剣を抜き、小柄な体に力づくで叩きつける。
副会長と同じ位の大剣での攻撃だが、野次馬の反応は薄かった。
攻撃対象の男も、不思議そうに首を傾げた。
「耐える必要性を、感じないんですが……」
スラックスのベルト通しに差していた、愛用の警棒を標的に定めながら言い、副会長は大男を見下ろした。
地面に振り下ろした大剣を手にした男の、背中の上だ。
小柄ではあるが、男の体重で前のめりになるその頭を、潰さない程度に警棒で叩きながら、言い切った。
「そんな攻撃、まともに受けなければならない理由は、ないですから」
戸籍替えの調整期間を利用して、異世界にやって来たのに、こちらでの商売にのめり込んでしまい、すっかり板についた商会の面々は、俗に言う人外だが、商会の副会長となった男は、その中でも異色だった。
まず、古参の従業員たちより若く、そろそろ百歳になるかならないかの年齢だ。
生まれながらの人外で、そのせいで各師匠たちの修行は遠慮ない工程で実行されたが、殆ど苦労した様子は見受けられないまま、全てを吸収してしまった。
商会の業務に携わるに当たり、今まで手をつけなかった分野の専門家にも教えを乞い、時間がないので触りだけを浚った結果、何処の担当の代理も熟せる副会長が誕生した。
各世界での商会利用者や、国の民の覚えもよく、今回のような修羅場も、一つの楽しみとして定着している。
でんかはあの後、気絶した大男を置いて、もう一人の側近と逃げ出したが、野次馬たちに捕まり、飲み代を奢らされて、無一文で城に送り返された。
平民が没落したとは言え、元王子にしていい所業ではないが、商会の根回しは滞りなく、王族を含む貴族を取り込んでいるので、全く問題ないのだった。
投稿頻度が、かなり少なくなってしまいました。
こんな投稿者の作品を、見捨てず読んでくださる方々に、感謝であります。




