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氷の貴公子「結婚初日に妻から『わたしを愛するつもりはないんでしょう?』と言われた件」

作者: あやとり
掲載日:2026/08/02

 

「知っていますよ! 貴方に、わたしを愛するつもりはないんでしょう?」

「なんて?」

「貴方はここでわたしに、『私が愛するのは王妃様だけだ。政略結婚のお前を愛することはない』と告げるつもりだったんですよね!?」

「なんで!?」


 ――結婚式を終えて、迎えた初夜。

 夫婦の寝室で、私の妻となった女性ひとはそう叫んだ。


(きゅ、急に何を言い出すんだ、彼女は……)


 新妻の発言に呆然としてしまった、そんな私の名は、ヒエール・コオリス・グトケール。

 これでも侯爵家の長男で、王宮騎士団に所属している。我が一族は代々氷属性の魔力を受け継いでおり、私もそうであるため、一部の人間は私を【氷の貴公子】などと呼んでいる。


 一方で目の前にいるのは、本日私と結婚式を上げた女性、ナロリーヌ。艶のあるグレーの髪と、すらりとした体躯を持つ美しい人だ。


 私たちの婚姻は、家同士の取り決めによるものだった。彼女は遠方から嫁いできてくれたので、顔を合わせたのも今日が初めてだったが、それも貴族階級であればよくあること。

 家族としての絆は、これからゆっくりと深めていけば良い……そう思っていたのに。


「だって貴方は、この国の王妃にゾッコンなんでしょう? そういう設定でしたもんね!?」

「せ……設定?」

「まあ良いですよー、わたしとは『白い結婚』で! 今後の物語の展開を踏まえれば、わたしとしても、そちらの方がありがたいので!」

「て、展開……!?」


 鼻の穴を膨らませて捲し立てるナロリーヌ。

 こちらの困惑などお構いなしだ。


「と、いうことですので! わたしは『思い出した』ばかりで疲れているので、もう、一人で休ませて下さいますよね? だ・ん・な・さ・ま?」

「いやだから、なんで――!?」


 こうして相手の勢いに押されるまま、私ヒエールは、夫婦の寝室から追い出されてしまったのだった。

 これが私の、ナロリーヌとの散々な『初夜』であり――これが私たちの、ろくでもない結婚生活の幕開けだったのである。


 ・

 ・

 ・


「――とまあ、それが半年前の出来事なんだ」

「えぇ……? お前の奥方ってそんな人だったのか?」


 私がここまで語ったあたりで、友人が呆れと恐れの入り混じった表情を浮かべる。

 私の話……もとい愚痴を聞いている青年は、私の幼馴染で、彼も上級貴族の出だ。


「家の恥になるので、他の者にはおいそれと話せなかったが、ここまで行ったら最後まで吐き出させてくれ。……結婚初日の出来事は、始まりに過ぎなかったんだ……」

「お、おう……」


「結婚の翌日から、彼女は……厨房に入って料理をしたり、屋敷の掃除をし始めたんだ……」

「えええ……?」


「社交の場に出て、同程度の家格のご婦人方と関わることもせずに……屋敷内の、身分の低い女中たちばかりを構い、彼女らを『友人』として扱い出したんだ……」

「え、えええええ……!?」


 我々上級貴族には上級貴族の、使用人には使用人の領域テリトリーがある。

 家の管理や貴婦人同士の社交といった、貴族の既婚女性としての責務を放り出すにとどまらず――使用人たちの仕事場テリトリーにずかずかと踏み込むなど、使用人たちにとっても迷惑でしかない。


 ナロリーヌは私の妻で、立場は次期侯爵夫人だ。そんな彼女がどれほど気さくに接してこようと、「わたしは身分の差なんて気にしないわ」などと嘯こうと……彼女より遥かに立場の低い女中たちは遠慮しないわけにもいかず、気が休まらないだろう。ナロリーヌの方は、気遣いの必要もなくて楽なのだろうが……。

 ナロリーヌが勝手に『手伝っている』家事も当然下手なもので、その尻拭いのために、逆に使用人たちの仕事は増えてしまっていた。


「まるで暴走状態だな。お前は彼女の夫なのだから、もちろん嗜めたよな?」

「当たり前だ。だが、私が何か言うたびに――『はいその発言は【ざまぁ】展開の伏線ですねー!』とか、『はいまた有責ポイントが貯まりましたー!』とか、訳の分からない言葉を返された挙句、逆にムキになられてしまうんだ」

「……まるででなく、暴走状態そのものだ……」


 ナロリーヌは私と出会った時から――いや、どういうわけか、出会うよりも前から。私のことを「妻の主体性を尊重しない、心の冷たい男」であると決めつけていた。


 さらには――


『――だって貴方は、この国の王妃にゾッコンなんでしょう? そういう設定・・でしたもんね!?』


 彼女は、ヒエールにはすでに「本命の女性」がおり、それが国王の妃であると思い込んでいた。

 ……これは一体どういうことなのだろうか?


「結婚初日に突然、お前が他の女性にベタ惚れと決めつけてくるのもおかしな話だよなぁ。しかも、お相手が王妃陛下だなんて」

「まったくだ。私が王妃様に対して、敬愛こそすれ恋愛感情を向けるなど……」


 そちらの誤解も解きたかったが、やはりナロリーヌは聞く耳を持たないのだった。

 こうも頑なになられてしまっては、我々の仲を取り持つ第三者を挟むしかなかったのだろう。しかし、新婚早々こんな体たらくでは、侯爵家の跡取りなのに情けないと思われてしまう――私もそう考えてしまって、外部に助けを求めることができなかった。

 父である侯爵家当主は健在だが、昔から騎士団長としての仕事に一筋の人で、こういった問題では頼りにならない。


「それでも、だ。婚姻からしばらく経っても現状改善の目処が立たず、さすがにこのままではいけないと思って、私も本格的に動こうとした。動こうとしたんだ。その矢先に――」


「ああ、そうか。この戦だものなぁ」



 元は貧しい小国だったにも関わらず、ここ数年で不自然なほど急激な発展を遂げた隣国。


 ――その国と、我々の生まれ育った王国との間で戦争が勃発した。



 高い魔力を持つ貴族の男であり、王国に忠誠を誓う騎士でもある私は戦地へと送り込まれて、その間ナロリーヌと離れ離れになった。

 とはいえ、戦いは僅か数ヶ月で収束し、結果は我が国の圧勝。

 自軍の損失はほとんどなく、また――私や友人と同い年であられる国王陛下と、陛下の弟君が、自ら前線に出て敵兵を薙ぎ倒していたこともあり。今回の戦で、王家に対する求心力は相当上がったといえるだろう。


 そういった経緯で、我々は占領が完了した隣国から、祖国へと帰る途中なのである。

 戦いが終わった安堵と、帰ればまた妻との問題に向き合わなければならないという憂鬱が一気に押し寄せてきて、私はこうして友人に愚痴ってしまったのだ。


「まあ……俺がしてやれることは限られているけど、愚痴や相談なら、これからもいくらでも聞くからさ。せっかくの凱旋なのにそんな暗い顔をするなよ」

「ありがとう……。やはり持つべきものは、気の置けない友達だな……」


 そんな会話をしながら、私たちは帰路に着くのだった。


 ・

 ・

 ・


「――灰かぶり妻は今日でおしまいです!! わたしは今日この場で、貴方に離縁を要求いたしますわ!!」

「なんて!? えっなんで今!?」


 妻ナロリーヌの爆弾発言に、私ヒエールは慌てふためいてしまった。


 此度の戦の勝利を祝うための、パーティー会場での出来事である。

 さらに詳細を付け足すと、私に直接声をかけにきてくださった国王夫妻が、私たち夫妻の目の前にいる時である。


 繰り返そう。

 すぐ目の前に、国王夫妻がおられるタイミングで、である!


「……えーと……急にどうしたのですか、グトケール次期侯爵夫人?」

「はいっ! どうかお聞きくださいませ、国王様ぁ……!」


 私よりも冷静な国王陛下が尋ねると、ナロリーヌは鼻息も荒く、自分が夫から『悲惨な扱い』を受けてきたのだと語り出した。


「酷い男なんです! わたしはヒエール・コオリス・グトケールの妻として、家事に精を出したり、身分の低い者たちを対等な友人として扱ってきたのに! 彼は、『非常識な振る舞いはやめてくれ』なんて言って、私を否定して……! 挙句には、何ヶ月も家を留守にして、私を放置したんですー!」


「――えっ? 次期侯爵夫人が、自ら使用人の仕事を……!?」

「――社交界にも顔を出さず、わたくしたちとではなく、召使と仲良くしていたなんて……」

「――いや、放置って……。祖国のために戦地に出向いていた夫に対して、なんて言い草だ」

「――ヒエール殿、かわいそ……」


 ナロリーヌの異常極まりない言動に、私たちを遠巻きに見ているパーティーの参加者たちが、ヒソヒソと話し始める。それでも当の本人は止まらない。


 周りの目など一切お構いなしのナロリーヌ。

 妻を止められずに、半泣きで立ち尽くす私。

 顔を青くして、そっと手で耳を覆う王妃様。

 感情の読めない表情で、喚くナロリーヌの姿を凝視する国王陛下。


 地獄だ……!

 地獄がここに広がっている……!


「……とりあえず、話は分かりました」


 そして――ナロリーヌが一通り話すと、国王陛下は淡々と仰ったのだ。


「それでは、離縁するにせよしないにせよ……あとは後日、法廷で手続きを行って下さいね」

「は……?」


 その言葉に、ナロリーヌがポカンと口を開いた。

 完全に想定外だと、その顔が物語っていた。


「いやっ、ちょっ、待っ……! そんな反応、ストーリーと全然違うじゃない!」

「えっ? ストーリー?」


「ここは、私のことを知った陛下が……賢く、優しく、美しい私に心惹かれるシーンでしょう?

 陛下はこれから先、スパダリイケメン枠としてわたしを溺愛すると同時に、わたしが前世の知識でチート無双するための環境を提供する役回りでしょう?

 ――そんでもって、血筋だけが取り柄のバカ王妃が、夫の愛を失って【ざまぁ】される展開でしょう!?」


「――――は?」


 王妃陛下を侮辱する発言が出た途端――スッと、国王陛下の纏う空気が変わった。

 温度が下がった。私はそう感じさせられた。

 されどナロリーヌは気付かず、なおも捲し立てる。


「ヒエール! あんたもよ!」

「えっ私!?」


「ここであんたは、これまでの冷遇をわたしに詫びる場面でしょ!?

 別れないでくれー、本当は愛してるんだーって、泣いて縋ってきて……それをわたしが、『もう遅い』と足蹴にする展開でしょう!?

 あんたは【ざまぁ枠】のキャラなんだから、ちゃんとそれらしく動きなさいよ!!」


「いやなんで!? これまで散々コケにされてきたのに、なぜ私が君に泣いて縋るんだ!?」


 そもそも……離縁を申し出るほど嫌っている相手から、実は愛していると言われて縋りつかれるなど、普通はすごく嫌なことじゃないか!? 彼女は私に何を求めているんだ!?



「――いい加減にしてくれ」



 みっともなく怒鳴りあう我々を制したのは、国王陛下だった。


「グトケール次期侯爵夫人」


 はっきりと侮蔑を滲ませた表情で、ナロリーヌを睨みつけ、国王陛下が告げた。

 私などよりよほど【氷の貴公子】の異名が相応しいと思わせるような、冷えきった声音で。



「僕が愛するのは王妃だけだ。貴女を愛することはない」



「そ……そん、な……」


 膝から崩れ落ちたナロリーヌを、衛兵たちが会場の外へ連れ出していく。

 こうして。彼女の頭の中で描かれていたのであろう荒唐無稽な物語は、この時をもって、完全に崩壊したのだった。――私の名誉も道連れにして。


「その……貴方も、大変でしたね……」


 ……王妃様が気遣いの言葉をかけてくださったのが、私にとって唯一の救いだった……。


 ・

 ・

 ・


 ――後日。

 正式な手続きを踏んで、私とナロリーヌは離婚。晴れて他人同士に戻った。


 戦勝を祝う場、しかも国王夫妻の面前で騒ぎを起こしたナロリーヌは、実家からも勘当されてしまった。実家には戻れず、かといって新たな嫁ぎ先も見つからず、最終的には――女好きで知られる辺境伯子息の、数多の愛人の一人に収まったときく。


 私も今回の騒動で大恥をかいたわけだが、私自身に向けられた周りの貴族たちの感情は、嘲笑よりも同情の方が多かった。これは不幸中の幸いであった。





 そして――噂も治ってきた頃、私は侯爵家の長男として、また政略結婚することになった。


 次に妻になった女性ひとは至極まともな淑女だったため、現在は平穏な結婚生活を送ることができている。

 今度こそ幸せになりたいし、相手のことも幸せにしてやりたい。私はそう強く思うのだった。





【おしまい】

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
何もされてないのにこんなことしたら完全に頭おかしい人認定されてそういう施設に送られると思いました
応援できればと思い来ました(^ ^) 「愛するつもりはないんでしょう?」と先回りで叫ぶヒロインの掴みが可笑しく、噛み合わない会話に一気に引き込まれます。書き手として感心したのは、悪役令嬢モノに転生し…
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