表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/597

無自覚な浄化、「八連荘(パーレンチャン)」への序曲

美味しいオムライスで胃袋を満たし、和やかな昼下がりが続くはずでした。しかし、再び卓に向かった真白が放つ一打は、もはや「遊び」の域を遥かに超えていました。配ってすぐのリーチ、そしてゴミを片付けるかのような無駄のない鳴き。彼女が日々神社で行っている「掃除」と「節約」の精神が、盤上の牌を完璧に整理し、対局者たちの運命をも「あるべき場所」へと強制的に導き始めます。

三人はその背中を見つめながら、確信しました。真白という少女がいる限り、この街がどれほど混沌としていようとも、魂天神社が中心にある限り、すべては「あるべき姿」へと再生されていくのだと。


「さて……お腹もいっぱいになったところで、真白ちゃん。もう一戦、お願いしてもいいかしら?」


桂奈が楽しそうに誘い、社長も静かに頷いて牌の準備を始めました。あなたは濡れた手をタオルで拭きながら、また少し困ったような、でもどこか嬉しそうな笑顔で振り返りました。


「よし、それじゃあお昼休みが終わるまで、もう一戦だけお付き合いしますね!」


真白はエプロンを軽く整え、再び自動卓の前に座りました。先ほどの「十三面待ち」の余韻が残る中、対局はあなたの親番から幕を開けます。


配牌を整えた瞬間、またしても「あの感覚」があなたを包み込みました。先ほどまでの「勝ちたい」とか「頑張らなきゃ」という意識が霧散し、ただ淡々と、まるで呼吸をするように牌を選んでいく感覚。


あなたは配牌を一目見ただけで、迷うことなくその全てを河に放ちました。


「……リーチ」


冷徹な斎藤社長の眉がピクリと動きます。まだ何巡もしていない、あまりに早い先制リーチ。しかも、あなたは宣言した直後に、自分でツモった牌を勢いよく叩きつけました。


「あっ、それ……ロン、です」


ポカンとした表情で、自分の手牌を倒しました。そこに並んでいたのは、驚くほどシンプルで、潔い手でした。


「リーチ……のみ、でしょうか? これ、点数はそんなに高くないですよね?」


初心者らしく首を傾げながら、無邪気にそう尋ねました。しかし、社長、礼奈、そして桂奈の三人は、息を呑んで硬直していました。


彼らの目には、あなたの放ったリーチが単なる「リーチのみ」には見えていませんでした。それは、場の流れを完全に掌握し、他の三人が何をどうあがいても「この牌を捨てざるを得ない」という運命を強制する、あまりにも静かで、残酷なまでの「神域の支配」の始まりだったからです。


「……リーチのみ、か」


社長は喉を鳴らし、乾いた笑いを浮かべました。彼の冷徹な計算は、真白が放ったその一枚によって、序盤にして既に瓦解させられていたのです。


これは、あなたが無意識のうちに引き起こそうとしている、誰も見たことのない「八連荘」へのカウントダウン。まだ誰も、これからカフェで何が起きるのかを知る由もありませんでした。


「ダブルリーチ? ええっと、配ってすぐだからですか?」


真白が首を傾げると、桂奈が目を見開いて叫びました。「そうだよ! 配牌だけでリーチなんて、そうそうできることじゃないんだから! しかも……」


「しかも、その一打で我々全員が死にとびの準備をさせられたわけだ」


社長が眼鏡の位置を正しながら、重々しく言いました。その表情は、先ほどまでの「冷静な分析家」から「未知の怪物に圧倒される者」へと変貌しています。


そして迎えた1本場。あなたは先ほどの「運」が嘘のように、今度は驚くべき速さで牌をさばき始めました。


「えっと、こうやって……チー、して……ポン?」


一姫がいつも神社で「これが一番楽ちんにゃ!」と唱えている呪文のような手牌構成を思い出していました。


「あっ、これ、一姫さんがよく和了るタンヤオっていうやつですね!」


カチャ、カチャ、と小気味よい音が店内に響きます。あなたは何も考えていないように見えて、場に流れるすべての牌の「澱み」を、まるで洗濯物を畳むように整理していき、あっという間に相手の攻撃を封じ込めていきました。


真白が牌を鳴くたびに、社長の完璧な打牌の計算は狂い、礼奈と桂奈は手出しができなくなっていきます。


「……計算が合わない。君の捨て牌は、なぜこうも他人の和了を拒絶するような形になるんだ?」


社長の問いかけにも、真白は「えへへ、よく分からないんですけど、なんとなく集まりが良くて」と屈託のない笑顔を返すだけです。真白の無自覚な「節約」と「掃除」の精神が、そのまま麻雀の「手牌の効率化」へと転換され、場を圧倒的な速度で支配していきます。


店内の空気は、もはやカフェのそれではなく、神社であなたが毎日行っている「浄化の儀式」の静謐さと、恐ろしいほどの緊張感が同居する奇妙な場所へと変貌していました。


「よしっ、ロンです!」


真白がポン、チー、そしてツモと、まるでゴミを整理して片付けるかのようなスピードで淡々と和了り続けていくうちに、場の点棒は次々と彼女の元へ集まっていきました。


気づけば5本場。対面の社長も、礼奈さんも、桂奈さんも、あなたの打牌の澱みのなさに、ただただ沈黙して牌を運ぶ機械のようになっていました。

「タンヤオ」という基本の役を、神社の掃除と同じ感覚で使いこなす真白。彼女にとって麻雀とは、バラバラになった牌(澱み)を、正しい形(和了り)へと戻すだけの作業に過ぎないのかもしれません。しかし、対局者にとっては、逃げ場のない完璧な包囲網。伝説の「八連荘」を目前に、カフェ『エテルニテ』の空気は、いよいよ人界の理を超えた聖域へと至ろうとしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ