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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君がいた、あの日

出会い: ユウキとマナの日常。そこにリョウが登場し、三人の関係が始まる。


仲の深まり: 三人で過ごす時間が増え、それぞれの個性や悩みが少しずつ明らかになる。



 君がいた、あの日


 第一章:出会いと日常


 ユウキとマナの日常: 冒頭で、幼馴染であるユウキとマナの変わらない友情を描く。放課後、テニスサークルの練習を終えたマナと、ユウキが合流するシーン。


リョウとの出会い: 授業でユウキがリョウと出会う。静かで少し浮いているリョウに、ユウキが声をかける。ユウキの優しさが、リョウの心を少しずつ開いていく。


三人の時間: ユウキがリョウをマナに紹介し、三人で行動するようになる。最初はぎこちなかったが、次第に打ち解け、カフェでのおしゃべりや、ユウキの部屋での手料理パーティーなどを通して、友情を育んでいく。


第二章:亀裂とすれ違い(10月)

マナの違和感: マナが、ユウキとリョウの親密さに嫉妬し始める。マナは、ユウキがリョウにばかり気を遣っているように感じ、不機嫌になる。


リョウの秘密: 三人で美術館に行った際、リョウが自身の絵にまつわる過去を、ぽつりとユウキに打ち明ける。マナは、その秘密を知らされないことに疎外感を覚える。


溝の深化: マナがユウキに冷たい態度を取り始め、三人のバランスが崩れる。ユウキはマナとリョウの間で板挟みになり、どうすればいいかわからなくなる。


第三章:破綻の瞬間(11月)

決定的な事件: マナが家族と衝突し、自暴自棄になる。マナは、リョウが自分の個人的な悩みを誰かに話したと誤解し、ユウキとリョウを問い詰める。


感情の衝突: 三人は激しく衝突する。ユウキは、マナの嫉妬と孤独に気づくが、すでに手遅れだった。マナは、自分勝手な振る舞いをユウキとリョウに責められ、泣きながらその場を立ち去る。


友情の終焉: ユウキはマナを追いかけられず、リョウも何も言わずに去っていく。三人は、互いの本心を知ることなく、それぞれの道を選ぶ。


結末

現在: 物語は、ユウキが一人で過ごす12月の冬の日に終わる。過去の三人の思い出を振り返り、二度と戻らないあの日に思いを馳せる。


最後の問いかけ: 結びの言葉で、友情の儚さと、人間関係の難しさについて問いかける。

        君がいた、あの日



         第一章:出会いと日常


 「もう、あの頃の僕たちには戻れない」


 九月も下旬に差し掛かり、岐阜県にある森岡学園のキャンパスには、どこか秋の気配が漂い始めていた。放課後、ユウキ(十九)はテニスコートから校舎へと続く並木道で、幼馴染のマナ(十九)が来るのを待っていた。マナがテニスサークルに入ってから、こうして練習が終わるのを待つのが、ユウキの日課になっていた。少し冷たくなってきた風が、ユウキのゆるいウェーブのかかったミディアムヘアを優しく揺らす。中性的な魅力を持つユウキは、学園でも一目置かれる存在だった。 


遠くから弾むような声が聞こえてきた。


「ユウキ!」

呼ばれてユウキが顔を上げると、(つや)のある黒髪のロングヘアをポニーテールにしたマナが、こちらに向かって笑顔で手を振っていた。汗で少し濡れた額を、右手で拭いながら、彼女は駆け寄ってくる。その引き()まったその体は、テニスで(きた)えられたスタイルだ。マナが風を切るたびに、甘く爽やかな香りがふわりと、マナの元へ届いた。


「お待たせ! もう、冷えるんだから、あそこで待ってろよ」

マナは、息を切らしながら少しぶっきらぼうに言った。

ユウキは、そんなマナの様子にクスリと笑った。


「いいの、別に、待ってる時間も嫌いじゃないし。あー、お腹減ったなぁ。今日の夕飯どうする? ユウキのハンバーグが食べたい気分なんだけどな」

マナがそう言って微笑む。

ユウキは少しだけ眉を下げて照れたような表情を見せた。


「いいよ。じゃあ、帰りにスーパー寄ってから帰ろうか」

マナにユウキが返事をする。


「やった! やっぱ、ユウキ最高!」

マナは、満面の笑みを浮かべた。二人は笑い合いながら歩き始めた。お互いに話すことは何もなく、ただ静かに同じ時間を共有する。それが、幼馴染であるユウキとマナの関係だった。言葉がなくとも、お互いの存在を感じることが、二人にとっては当たり前だった。


             *

 マナと最寄りの駅で別れたユウキは、そのまま大学の図書館へと向かった。次の授業で使う資料を、先に調べておこうと思ったのだ。図書館の中は、さらに静かで、ページをめくる音や、キーボードを叩く音だけが響いている。ユウキは、空いている席を探し、一番奥の窓際の席に腰を下ろした。


資料を広げ、集中して読み進めていると、隣の席で、何かが床に落ちる音がした。ユウキが音のした方を見ると、肩につくくらいのストレートな黒髪の女の子が、床にしゃがみ込んでいる。彼女は、何冊もの分厚い画集を床に落としてしまったようだった。猫背気味の華奢(きゃしゃ)な体が、画集の重みに耐えきれずに震えている。


「君、大丈夫かい?」


ユウキは、思わず声をかけた。女の子は、ビクッと体を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。その目は、焦点が定まらず、どこか遠い場所を見つめているようだった。


「……大丈夫や」


か細い声だった。彼女は、すぐに視線を床に落とし、震える手で画集を拾おうとする。だが、重くてうまく持ち上げられないようだった。ユウキは、迷わず自分の席を立ち、彼女の隣にしゃがみ込んだ。


「手伝おう」


ユウキがそう言うと、彼女は驚いたようにユウキを見つめた。ユウキは、ふわりと微笑み、床に散らばった画集を一枚ずつ拾い上げていく。彼女も、つられて拾い始めた。


画集を拾い終え、二人が立ち上がると、リョウは小さな声で言った。

「あの……ありがとう、ございます」


ユウキは、そんなリョウの遠慮がちな姿を見て、優しい口調で言った。

「どういたしまして。よかったら、一緒に座らない?」


リョウは、ユウキの言葉に少しだけ戸惑ったが、すぐに頷いた。

「……はい」


二人は再び席に戻り、リョウは画集を机の上に重ねた。ユウキは、リョウの横顔をじっと見つめ、静かに話しかけた。

「この画集、すごく素敵だね。もしかして、美術専攻?」


リョウは、少しだけ驚いたようにユウキを見た。

「……はい。美術部に所属していますぅ。ユウキさんは……」


「僕は、美術も好きだよ。リョウちゃんは、絵を描くのが好きなのかい?」


「……はい。でも、うちの絵、誰も見てくれないんです。むしろ、気持ち悪いって言われたり……」


リョウは、ぽつりぽつりと話した。その声は小さく、悲しい響きを帯びていた。ユウキは、リョウの言葉に胸が締め付けられる思いがした。


「そんなことないよ! リョウの絵、好きだよ」


ユウキは、リョウの言葉を(さえぎ)るように言った。リョウは、ユウキのまっすぐな瞳を見て、少しだけ口元を緩ませた。それは、とても小さな、けれども確かな笑みだった。


この後、ユウキはマナにリョウを紹介し、三人の友情(らいばる)が始まる。


           第二章:亀裂とすれ違い


 ユウキは、リョウをマナに紹介した。マナは、最初こそ口数の少ないリョウに戸惑っていたが、ユウキが間に立つことで、少しずつ打ち解けていった。


三人が仲良くなるのに時間はかからなかった。


放課後、授業が終わると三人で連れ立って大学のカフェテリアに行くのが日課になった。マナがテニスサークルの練習がある日は、ユウキとリョウが図書館で勉強したり、ユウキの部屋で料理をしたりする。


ある日、ユウキの部屋で、ユウキが夕食を作っていると、マナとリョウはソファに並んで座っていた。マナは、ユウキが料理する様子を眺めながら、ぽつりとリョウに話しかけた。


「ねえ、リョウちゃんはさ、ユウキのこと、どう思う?」


リョウは、少しだけ考えてから答えた。

「……優しくて、温かい人だと思います。うちの絵を、見てくれたのは、ユウキさんが初めてで……」


その言葉に、マナは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。

「そっか。ユウキは昔から優しいんだ。おせっかいで、放っておけないっていうかさ」


「マナさんとは、ユウキさんと、ずっと一緒だったんですか?」


「うん。幼稚園の頃からの幼馴染なんだ。だからさ、ユウキのことなら、何でもわかるんだよね」


マナは、そう言って少しだけ得意げな顔をした。しかし、その表情の奥には、どこか不安げな色が浮かんでいた。


 その週末、ユウキはマナとリョウを誘って、隣町にある美術館へ行くことにした。学内の課題で、有名な画家の作品を調べる必要があったのだ。マナが運転する車の助手席にリョウ、後部座席にユウキが座った。車内には、マナが選んだアップテンポな洋楽が流れている。


車内は、マナが選んだ洋楽が流れていた。The Kid LAROI & Justin Bieberの『Stay』。軽快なビートに乗って、ボーカルの甘く切ない声が、「ねえ、そばにいてくれ」と繰り返す。

マナは、ちらりと、バックミラー越しにユウキを見て、話しかけた。

「ねえ、リョウ。この曲、いいよね!」

リョウは、何も言わずにただ静かに、窓の外をぼんやりと眺めていた。


 それから美術館に着き、有名な画家の作品を三人で見て回る。マナは、美術にあまり詳しくないようで、マナは、退屈そうにユウキに話しかけていた。


「ねえ、ユウキ。この絵、なんだか変な色使いじゃない?」

ユウキは、その絵をじっと見つめ、静かに答えた。

「え、そうかな? 僕には、すごく綺麗に見えるけど」


そんな二人の様子を、リョウは離れた場所から静かに見ていた。彼女は、一つの絵の前で足を止め、じっと見つめていた。その絵は、鮮やかな色使いで描かれた、奇妙な生き物の絵だった。


マナと話しながら、ユウキはリョウの様子が気になっていた。ユウキは、マナに少し待っていてもらい、リョウに近づいていった。


「リョウちゃん、君は、この絵好きかい?」

リョウは、驚いたようにユウキを見た。


「……この絵な、うちの絵に似てるって、昔言われたことがあるんよ」


その言葉に、ユウキは目を丸くした。

「ねえ、リョウちゃん、こういう絵も描くんだ。今度、見せてくれるよね!」

ユウキが興味津々に言うと、リョウは悲しそうに微笑んだ。


「いつか……ね。高校生の時、うちな、美術部に入ってたんよ。でもな……うちの絵、誰も見てくれへんかった。むしろ、気持ち悪い、とか言われたりして…」


リョウは、ぽつりぽつりと話した。その声は小さく、悲しい響きを帯びていた。


「そんなことない! リョウの絵、僕は好きだ」

リヨウは、ユウキの言葉に胸が締め付けられる思いがした。ユウキのまっすぐな瞳を見て、リョウは少しだけ口元を緩ませた。


「ありがとおな、ユウキ。ユウキだけやな、うちの絵好きや、言うてくれるんは」


リョウの言葉を聞いて、ユウキは思わずリョウの手を握りしめた。その温かさに、リョウは少しだけ顔を赤らめた。


       第三章:亀裂とすれ違い


 美術館を出た後、マナは運転をしながら、いつもより口数が少なかった。バックミラー越しにちらりとユウキとリョウの様子をうかがうと、二人は楽しそうに話している。ユウキがリョウの絵について質問し、リョウがはにかみながら答えているようだった。


マナは、ハンドルを握る手に力が入るのを感じた。


「ねえ、ユウキ。来週の日曜、テニスサークルの試合があるんだけど、二人とも応援に来てくれない?」

マナは、少しだけ声を(とが)らせて言った。

その言葉は、まるでユウキとリョウを試しているようだった。ユウキはすぐに笑顔で答えた。


「もちろん、行くよ! マナの応援、楽しみにしてるからな」

そう言いながら、窓の外をぼんやりと眺めている。その様子に、マナの表情が少しこわばった。


「リョウちゃんは、無理しなくてもいいからね。もし、都合が合わなかったら…」

マナがそう言いかけると、リョウはゆっくりと顔を上げた。


「せやな、行こか。応援するわ」


その言葉に、マナはホッとしたように微笑んだ。しかし、その表情はどこか複雑なものだった。ユウキは、マナの言葉に含まれた微かなトゲのようなものを感じていた。それは、マナがリョウに感じている、違和感の始まりだった。


その日の夜、ユウキはマナと二人きりで、いつものように並んで歩いて帰っていた。

「ねえ、ユウキ。最近、リョウちゃんとばっか、話してない?」

マナは、少し不機嫌そうユウキに問いかけた。マナの言葉に少し驚いた。

「そんなことないよ、マナ。こうして、一緒に帰ってるじゃないか」


「そんなことあるよ。授業中も、休み時間も、いつもリョウちゃんと一緒じゃない。私といる時も、なんかリョウちゃんのこと気にしてるみたいだし。ねぇ、ユウキ」

ユウキは、どう返していいかわからず、黙り込んだ。


マナは、ユウキを抱きしめて、まっすぐ目を見た。

「ユウキ、甘くていい香りがする。なんか遠くに感じるの。ねえ、私のユウキだよね?」


その言葉は、まるでユウキを離さない、と言う強い意志だった。ユウキは、マナの言葉に困惑し、何も言えなくなった。


二人の友情は、少しずつ、溝が深まり始めていた。


     第四章:破綻と結末


 テニスの試合当日。マナは、試合前の準備や仲間との打ち合わせのため、テニスサークルのメンバーと待ち合わせをして、ユウキやリョウとは別に、早めにテニスコートへ向かった。ユウキとリョウは、マナの試合開始時間に間に合うように、二人で落ち合う場所をマナに指定され、そこで待ち合わせた。


しかし、ユウキとリョウが乗る電車が人身事故で大幅に遅延してしまった。

「参ったな。これじゃ、試合開始に間に合わないな」

ユウキが焦ったように言うと、リョウは不安そうな顔でユウキを見た。


 ようやく動き出したのは、試合が開始する頃だった。


「マナ。すまない、遅れてしまった。遅延証明書見せて、入れてもらったんだ」

ユウキが駆け寄っていくと、マナは何も言わず、ただジロリと二人を睨んだ。


「おおきに、マナさん。試合、どうやった?」

リョウがそう尋ねると、マナはフンと鼻を鳴らした。


「負けたわよ。二人とも遅刻してきたから、応援もしてもらえなかったし」

マナの言葉に、ユウキとリョウは顔を見合わせた。


「ごめん、マナ。僕が悪かった。でも、マナが負けたのは、僕たちのせいじゃないだろ」

ユウキは、マナの肩に手を置き、その瞳をまっすぐに見つめた。その優しい眼差しは、まるで客を安心させるホストのようだった。マナは一瞬だけ表情を緩めたが、すぐに硬い表情に戻った。


「違う!ユウキはいつもそうやって! 人の気持ちを振り回すの!」

マナは、そう言ってユウキの手を払い除けた。


その時、リョウが静かに口を開いた。


「マナさん、それは違うん、ちゃうかな?」


リョウの言葉に、マナはリョウを睨みつけた。


「何よ、いきなり口出ししてこないで!私のこと、何も知らないくせに、あなたには関係ないじゃない!」

その言葉に、リョウの表情がこわばった。 


「関係ないことないわ! マナさんこそ、ユウキさんのこと、何もわかってへんやろ! ユウキさんはうちのこと、ちゃんと見てくれはったんや。マナさんが見てくれへんかったうちの絵を、ユウキさんだけが、素敵やって言うてくれたんやから!」


リョウは、そう言ってユウキの手を握りしめた。 


その様子を見て、マナの顔から血の気が引いていく。


「あんた、ユウキに何したの?」


マナの声は震えていた。


「何もしてへんよ。ただ、ユウキさんが、うちのこと、一番に見てくれはっただけや」


リョウは、そう言ってユウキに寄り添った。


ユウキは、二人の間に流れる不穏な空気に気づき、どうしていいかわからず、ただ黙っていた。


「私の……ユウキなのに」


マナは、そう呟くと、二人から背を向け、走り去っていった。


「マナ!」


ユウキは、マナを追いかけようとしたが、リョウがユウキの腕を強く掴んだ。


「行かせへんで、ユウキさん。マナさんは、うちのこと嫌いなんや。ユウキさんを、うちから奪おうとしとるんや」


リョウの言葉に、ユウキは何も言えなくなった。


 三人の友情は、この日、音を立てて崩れ去った。


          完


マナが抱えていた問題が原因で、ユウキとマナの間に大きな亀裂が入る。リョウの行動が、事態をさらに複雑にする。


衝突を経て、三人は和解することなくそれぞれの道を選び、友情は崩壊する。



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