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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第5章 君がくれた真愛

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哀叫

彩姫は一歩、彼の方へ踏み出した。

風が止み、森が息を潜める。


「......それ、ピーターの言葉じゃないよね?」


彩姫の声は震えていなかった。

けれど、その奥にある痛みと祈りは、隠しきれないほど濃かった。

彼女の視線の先、ピーターの内部。そこから垂れ下がる"銀の鎖"の魔力の流れが彩姫にははっきりと見えていた。

それは魔力を帯び、幽かに脈動している。

一本、二本ではない。筋もの鎖が、脳の奥深くにまで突き刺さり、まるで神経と絡み合うようにして、彼の"心”を縛っていた。


「(......そんな......)」


それは、目を背けたくなるほど生々しい光景だった。

意思を奪い、記憶を絡め取り、心を侵食する。


__母親の魔法


まるで静かに血管を這う毒のように、彼を奥底から塗り替えていた。

「僕は、彼女に従っているわけじゃない。これは......僕の意思だ」


一見、穏やかで迷いのない声。

だがその言葉には、わずかな"濁り"が混ざっていた。

その濁りは、言葉の端々に滲む揺らぎ一まるで、自分自身に言い聞かせているような、弱々しい響きだった。


「じゃあ、どうしてそんなに.....辛そうな目をしてるの......?」


問いかけた瞬間、ピーターの瞳が一瞬だけ揺れた。

まばたきが止まり、時が一瞬、凍り付く。

だがその刹那はすぐに終わる。


ピーターは感情を閉ざすようにゆっくりと瞼を下ろし、手び開いた時には、そこに"彼”はいなかった。

銀の鎖が微かに震え、彼の魔力が一気に収束を始める。

空気がざらつき、森の霧が渦を巻いた。

まるで見えない歯車が動き出したかのように、彼の体が“自動的に"戦闘態勢へと移行していく。


「.....もう、迷わない」


声は冷たいのに、どこか奥で誰かが助けを求めているように聞こえる。

彩姫はその微かな"矛盾”を、痛いほど感じ取っていた。


彩姫の瞳に、強い光が宿った。


逃げない。

泣かない。


彼の心に触れるため、鎖を断ち切るためー彼女は立ち向かう。

___________________________

森を震わせる轟音が響いた。

空が裂け、雷鳴のような魔力が迸る。


「これ以上、君を巻き込むわけにはいかない。


だから、


君をここで......止める」


その声は静かだった。

だが、その静けさの奥には、決意と、どうしようもない苦しみが絡み合っている。

次の瞬間、彼の全身を走った魔力が閃光となって弾けた。

太陽のような灼熱と、闇のような冷気が混ざり合い、爆裂したそれは一一本の弾丸のように、一直線に彩姫へと襲いかかる。

風が裂け、地面が鳴る。

逃げる時間は、ない。


それでも…


「やめて.......っ!」


彼女は動かなかった。

杖を構えることも、結界を張ることもせず、ただ両足を地に踏みしめ、真正面から彼を見据える。


「仲間には…ピーターには......絶対に、手を出したくない!」


衝撃が大地を砕いた。

光と闇が混ざった爆煙が立ち昇り、彩姫の長い髪が熱風に舞い上がる。

頬に焼けたような痕が浮かび、服の袖が裂ける。

それでも、彼女は一歩、前へと踏み出した。

焦げた地面を踏みしめる音が、異様なほど鮮明に響く。


「たとえこの先、ピーターが何度でも私を傷つけても......私は、ピーターに背を向たりしない!」


その声は、涙を飲み込んだ強さに満ちていた。

ピーターの眉が、わずかに揺らぐ。


「.....なぜ、そこまで......」


それは小さな呟きだった。

しかし…確かに鎖の奥から漏れた、”本当の彼”の声だった。

けれど、その響きは、次の瞬間には鎖の冷たい音にかき消される。

銀の鎖が彼の頭部からさらに枝分かれし、脳を覆うように広がっていく。

黒い光の帯が身体を包み、彼の輪郭が歪む。

母親の魔法が、ついに"人格の根幹”にまで侵食を始めたのだ。

彼の瞳から、人間らしい温度が、ゆっくりと消えていく。


「今の僕は......君を守るためなら......

君を消すことも選べる一」


その言葉に、彩姫の心臓が締めつけられる。

彼の”優しさが、"破壊”という形でねじ曲げられていく。

黒い帯が閃光のように襲いかかる。

空気がみ、森の木々が一瞬で凍り付き、またかれていく。

それは、人ひとりの身に受けていい攻撃ではなかった。

だが、彩姫は目を閉じなかった。

一歩も退かず、真正面からその光を見据える。


「なら......壊して!!私の体なんか…この際どうなったっていい!!でも、ピーターまで壊れないで!!」


その叫びは、裂けた空間を震わせた。

涙混じりの声は、剣よりも鋭く、魔法よりも強く、彼の心の奥に突き刺さる。


黒い光と銀の鎖がうねる中ー一

一瞬、ピーターの瞳に"迷い”が問いた。

ほんの刹那、彼の手が止まりかける。


「(ピーター......!戻ってきて......!!)」


彩姫の胸の奥で、張り裂けそうな祈りが燃え上がっていた。

___________________________

辺りに吹きすさぶ風が、ふと一一嘘のように止んだ。

焼け焦げた草の匂いと、ひび割れた大地から立ち上る熱気が、じりじりと頬を刺す。

森を包む空気そのものが震えている。

さきほどまで繰り広げられた光と闇の衝突

ーーその余波だけで、空間が軋み、周囲の木々が裂けていた。

地面には、深く穿たれた亀裂。

裂け目の中からは蒸気のような熱が立ちのぼり、焼けた土と瓦礫が散乱している。

陽炎がゆらめくその光景の中で

一一二人だけが、静かに立っていた。

向かい合う、彩姫とピーター。

一方は全身に火傷と擦り傷を負いながらも杖を握らず、まっすぐに立つ少女。

もう一方は、光と闇を宿したままの右手を下ろし、まるで何事もなかったかのように柔らかく微笑む青年だった。


「......彩姫。立っていられる?痛かったら言って。僕は......できれば、君を傷つけたくないんだ」


その声音は穏やかで、どこか懐かしい優しさを帯びていた。

まるで昔の、いつもそばで支えてくれた"彼"そのものだった。

だがーーその掌には、先ほど彼女を吹き飛ばしたばかりの、禍々しく歪んだ光と闇の刃が、まだ淡く脈動していた。

光は柔らかく見えて、実際には周囲の空気を焦がすほどの破壊力を秘めている。


「.....っ。どうして......そんな顔で.....」


声が震える。

目の前の彼は、確かに"ピーター”だ。

笑顔も、口調も、優しさも。

でもーーその背後には、冷たく輝く銀の鎖の魔力。

彼の内部に深々と刺さった鎖は、脳の奥へと根を張り、こめかみから銀色の光がじわりとにじんでいた。

彼が言葉を発するたび、鎖がわずかに震え、光が脈打つ。


「君がここから逃げ出したら、もっと危険な目に遭う。

僕が君を止めるしかないんだ。......ね、そうすれば君は守られる」


その言葉は優しく、穏やかで一ーまるで恋人を諭すようだった。

だが、背後に絡みつく鎖の存在が、その優しさを容赦なく歪ませている。


「それは、ピーターの言葉じゃない.....!」


彼女の叫びが空気を震わせた。

否定というより、願いに近い叫びだった。


「違わないよ、彩姫」


彼は静かに首を振る。

瞳は曇りひとつない青一ーだけど、その奥には"誰かの影”が潜んでいる。


「僕は、君が傷つくのがイヤだ。

だから......僕が、君を壊す」


その言葉と同時に、彼はにっこりと微笑んだ。

それはーーかつて、彩姫が何度も救われた

"優しい笑顔”と、寸分違わぬものだった。

だが今、その笑みとともに上がった右手には、眩い光が宿る。

黒と金が混じる不穏な輝きが、空気を切り裂き、周囲の木々を音もなく焼き始めた。

彩姫の心臓が、ぎゅっと痛む。


「(やめて......そんな顔で、そんなこと言わないで......!」


彼の"らしさ”が残ったまま、操られている。

その残酷さが、何よりも胸を締め付けた。

___________________________

魔法の爆煙が晴れると、そこは焦土と化した戦場だった。

焼け焦げた地面の亀裂から蒸気が立ち上り、砕けた瓦礫が不規則に散らばっている。

その中心で一一二人は向かい合っていた。

銀の鎖の魔力が、ピーターの内部から幾筋も垂れ下がり、まるで波紋のように空間に広がっている。

その鎖の光は冷たく、無機質で、けれどわずかに脈動する。

彼の瞳は穏やかに微笑みを宿しているーー

優しさを失っていない、あの"彼”の笑顔だった。

だが、その笑顔の奥には、操られる悲しさと決意の影が潜んでいる。

彩姫は、地面に散らばる瓦礫を踏みしめ、杖も剣も握らず、ただ立っていた。

剣が放つ光と熱が周囲の空気を焼き払い、彼女の髪を吹き上げる。

焦げた匂いが鼻を突く。

それでも、彩姫は動かない一一手を上げず、ただ彼を見つめ続ける。


「.....お願い、戻って、ピーター......」


その声はかすかに震え、切実さを帯びて空間に溶けた。

その声を聞いたのか、銀の鎖の奥でわずかに揺れる光。

剣先が、ほんの一瞬、僅かに軌道をずらす。

だが、次の瞬間一ー


「.....俺は俺だよ、彩姫」


その声は静かで、穏やかで、けれど凛として張り詰めていた。

穏やかな口調の奥に、決して譲れない意志がある。

その声が、剣よりも鋭く、彩姫の胸を刺した。

痛みが全身を走る。心臓がきしむように締めつけられる。

銀鎖の光が彼の体を包む。

だが、その光の向こうで、彩姫には彼自身の影が揺れて見えた。

操られていても、残った"らしざ"一一微かな温もり。

彩姫の手がかすかに震える。


「(それでも.......これが、ピーター自身の言葉......?)」


地面の亀裂から立ち上る熱気に包まれながらも、彼女はその目を逸らさなかった。

全身を焦がす魔法の風の中で、彼女の心は、ただ一点

ーーピーターに向かって真っ直ぐに歩いていた。

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