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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第5章 君がくれた真愛

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母親

放課後。

西日に照らされた校舎の窓が、オレンジ色に染まっていた。

授業を終えた彩姫とピーターは、人気の少なくなった渡り廊下を歩いていた。


「ふう......今日も疲れた〜」


彩姫が両手を伸ばして大きく背伸びをする。ロングの紫髪がふわりと揺れ、窓から差し込む夕陽を反射して煌めいた。


「相変わらず元気だね、彩姫は」


隣を歩くピーターが穏やかに笑う。いつも通りの"学園の王子”の顔だ。

けれど、その笑顔も、ほんの数秒後には消え去ることになる。


一一廊下の先に、"彼女”が立っていた。

陽の光を受けて、長く流れる髪がきらめく。

それは、ピーターと同じ"水色"だった。

深い群青色のロングドレスに、繊細なレースと銀糸の装飾。背筋を伸ばした立ち姿は、誰が見ても一目で分かる一一上流階級の人間のそれだった。

彩姫は思わず立ち止まり、眉をひそめる。

この学園の制服ではない。見慣れぬ服装と、圧倒的な気品。そして、何よりーーその瞳。透き通るような青い瞳が、まっすぐピーターを射抜いていた。


「......嘘、だろ」


隣から小さな声が漏れた。いつも冷静なピーターの顔が、見る見るうちに硬直していく。

彩姫はその横顔を見て、胸の奥がざわついた。女性はゆっくりと二人の方へ歩み寄る。

ヒールの音が廊下にカツン、カツンと響き、沈黙を切り裂いていく。


「......ピーター・ドラコジル。まさか、こんなところで会うなんてね」


その声音は柔らかく、しかし底には冷たい刃のようなものが潜んでいた。

ピーターは一歩も動けない。彼の水色の髪が夕陽に照らされ、女性と完全に重なった。


「.....お、お知り合い......?」


彩姫が戸惑いながら問いかける。

ピーターは答えない。喉が強張っているのか、視線も合わせようとしなかった。


「久しいわね、"若”」


一一若。


その一言で、廊下の空気が一瞬で変わった。

彩姫の瞳が見開かれる。ピーターは、まるで胸の奥を突かれたように小さく息を呑んだ。


「や、やめる.......ここでその呼び方をするな」


低く、押し殺した声。それは、彼の"王子”としての穏やかな声とはまるで別物だった。

女性はそんな彼を見下ろすように一歩踏み込み、優雅にスカートの裾を揺らした。夕陽が差し込む廊下に、凛とした声が響いた。


「こんにちは......紫魔女。椿彩姫さん」


貴族然とした女性は、優雅な仕草でスカートの裾を摘まみ、軽く一礼する。その瞳は笑っているのに、視線の奥底には決して軽くはない力が宿っていた。

続けて、彼女はすっと視線をピーターに移す。


「そして......五十嵐(いがらし)悠希(はるき)。あなたも、"帰ってきたのね"?」


その一言が落ちた瞬間、空気が変わった。

廊下を抜ける風が、一瞬だけ凪いだように感じた。

一一五十嵐悠希。

聞き慣れない名前に、彩姫は思わず目を見開いた。


「......いがらし、はるき?」

彼女の視線が、ゆっくりと横に立つピーターへと向かう。

その横顔は、いつもの柔らかな笑みも、学園の"王子”としての余裕もなかった。目を伏せ、わずかに震える肩。彩姫の心に、不安と好奇心が同時に芽生える。

女性はゆったりと歩み寄りながら、穏やかな笑みを浮かべ続ける。


「あなたの隣にいた生徒。優しい笑顔。

しかし本当はーーこの国の"第一王子"なの」


その言葉は、静かな廊下に鮮烈に響いた。


「世間に顔を出すことなく育てられた.......この国の"未来”よ」


彩姫の時間が、止まった気がした。


「ピーター......が......王子......」


ゆっくりと呟く声は、震えていた。

胸の奥に、次々と"断片”が浮かび上がっていく。

授業中、ふと見せた真剣な横顔。


ー戦闘の最中、迷いのない判断力と圧倒的な力。


一誰にでも優しく、しかしどこか距離を置いたような微笑み。


一夜の屋上で、ふと見せた孤独な表情。


それらが、ひとつ、またひとつと線で繋がっていく。今まで「少し不思議だな」と思っていたすべての違和感が一ーひとつの "答え"へと収束していった。

ピーターは.......いや、五十嵐悠希は、静かに顔を上げた。

その瞳はもう、逃げてはいなかった。

彼は、まるで“覚悟”を決めるように彩姫を見つめ返す。

目の前に立つこの女性が、ただ者ではないと本能が告げていた。

女王ーー

そう呼ぶにふさわしい気品と威圧感を持つその人は、彩姫を一瞥すると、柔らかく、しかし決して逆らえぬ声で言い放った。


「さあ、準備なさい。私の可愛い息子。婚姻の儀を挙げましょう」


その言葉に、彩姫の心臓が跳ねた。

婚姻ーー?

何が起きているのか、理解が追いつかない

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