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第2章 7人の管理人 魂と引き換えの願い

「ねぇこんな噂知ってる?











どんな願いも叶えてくれる管理人の話」



放課後の校舎。

窓の外、校庭を駆ける男子の姿が見える。

田園善隆通称ゴール。

鍛え上げられた脚が地面を力強く蹴り、無駄のない動きで周回を重ねていく。

氷山雪は廊下の陰に身を潜め、気づけばその姿に目を奪われていた。

ーーやっぱり、かっこいい。

無駄な力の抜けた走り方、誰より速く見え

る軌跡。

ああいう運動神経の良さに、どうしても惹かれてしまう。

けれど、すぐに首を振る。

これはただの観察。ただの分析。想いなんかじゃない。

そう言い聞かせて、雪は静かに廊下を離れていった。

残されたのは、校庭から聞こえる靴音と、タ暮れの風の音だけだった。

___________________________

その日の夜。

氷山雪は、家に帰る道をわざと遠回りした。

昼間の胸のざわつきを整理するように、足が自然とあの小さな神社へと向かっていた。

境内に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

灯籠の明かりがゆらりと揺れ、影が不規則に踊った。

人の気配などあるはずもないのに一一雪はふと、背筋がぞくりとするのを感じた。


「......こんばんは」


奥の石段に目を向けると、ひとりの少女が立っていた。

白い着物の裾を風に揺らし、顔は完全に狐のお面で覆われている。

目元も口元も隠され、表情はまったく読み取れない。

その姿だけで、雪は言葉を失った。

夜の神社に、誰もいないはずの場所に一一狐面の女が静かに立っていた。


「こんな時間に、何を願いに来たの?」


その声に、雪はぎくりと背筋を震わせる。

驚きで言葉が出ないまま、彼女は石畳の上で立ち尽くした。

夜風が着物の裾を揺らし、灯籠の光が狐面の陰影をくっきりと浮かび上がらせる。

その表情の読めなさが、雪の胸をさらにざわつかせた。


「......願いなんて、口に出さずとも、顔に書いてあるのよ」


声に混じる微かな笑い。

それは口元ではなく、全体から滲み出るかのような、不思議な威圧感だった。

雪の視線はお面に吸い寄せられ、思わず足が後ろへ引きそうになる。


「心の奥、誰にも言えない"それ”。叶えてあげましょうか?」


胸の奥で眠っていた、誰にも打ち明けられない小さな願い。

それを読み取られたことに、雪は言いようのない恐怖と奇妙な興奮を同時に覚えた。

石段の影に立つ狐女は、動くでもなく、ただ静かに雪を見つめている。

雪は小さく息を吐き、足を踏み出すことすらためらった。

まるで、この神社の夜全体が、狐女のために息を潜めているかのようだった

雪は小さく息を吸い込み、言葉を振り絞った。


「.....願いなんて、叶えてほしくない!」


声は震えていたが、瞳には揺るがぬ意思が宿っている。

狐女は一瞬、微かな首の傾きで雪を見つめるだけだった。

お面に隠された表情は読み取れない。

だが、全身から放たれる空気が、まるで雪の決意を試すかのように鋭く迫る。


「そう.......?」


その声はまるで夜風と混ざり合い、耳の奥まで響いた。


「叶えないというのも、あなたの"願い”のひとつなのかしら」


雪は体を固くし、少し後ずさる。

胸の奥がひりつくように痛む。願いを知られたことの恐怖と、拒んだことの覚悟が入り混じる。

狐女はゆっくりと手を差し伸べる。

触れれば魂まで奪われそうな威圧感。

だが、雪は目を逸らさずに言った。


「.....誰にも、願いを預けたりしない。たとえあなたにだって」


灯籠の光が揺れる中、狐女はその場に立ち尽くす雪をただ静かに見つめた。

その瞳は見えない。だが、雪には確かに、狐女が笑っていることが分かった気がした。

夜風が神社の境内を撫でる。

小さな勇気を振り絞った少女と、表情を隠したまま迫る謎の存在ーーその距離には、言葉にならない緊張が漂っていた。

雪は一歩、また一歩と後ずさる。


「......誰にも、願いを預けたりしない。たとえあなたにだって」


と再度言った。だが、狐女はその言葉に構わず、低く柔らかい声を響かせた。


「.....ふふ、そう思ってるの?」


「私の方が、選ばれると思っていた。

同じ気持ちだと思ってた。

付き合えるって、思ってたーー」


雪の胸がざわつく。

その言葉は、まるで自分の心をひとつひとつ掴まれて言いてられたかのようだった。

「思ってない......」と、必死に心の奥で否定する。

けれど、心の片隅で芽生えた微かな想いが、否応なく痛みとなって突き上げる。

狐女は動かず、ただ雪の揺れる心をじっと見つめる。

その瞳は見えない。

だが、雪には確かに、狐女がすべてを見透かしていることが分かった気がした。

夜の神社は、灯籠の揺れる光と影だけが残った。

雪の胸の奥に渦巻く感情と、狐女の不気味な圧が、ひんやりとした空気の中で絡み合っていた。

狐女はそこで止まらず、ゆっくりと首を傾げ、低く笑った。


「......で、どうするの?」


雪は思わず後ずさる。

その一言に、胸の奥の小さな想いも、恐怖も、すべてを試されているかのように押し潰されそうになる。

夜風に揺れる灯籠の光が、狐女の姿を怪しく照らす。

その笑い声は、まるで雪の心の奥まで響き渡り、逃げられない静寂の中に残った。


「ち、違う......私は、願いなんて一ー」


雪は慌てて拒もうとした。

胸が高鳴り、指先まで震える。

だが、狐女は微動だにせず、すっと懐から何かを取り出した。

漆黒に輝く小さな時計。

文字盤も針も、ただ黒く光を吸い込むように沈んでいる。

狐女が囁く。


「これは、過去へ還る時計。

あなたの過去の時点に、自分自身を戻すことができる一ーただし、1日3回しか使えない特別な時計よ」


雪の手のひらに冷たく沈む時計の重み。


「さぁ......あなたの過去を変えてみない?」


狐女はそのまま、時計を雪の手に握らせた。

甘く、しかし冷たい声が雪の胸に響く。


「誰にも言えない、たったひとつの願い。

魂さえ差し出せば、過去のあなたを一一変えられるのよ」


雪は息を詰め、ぎゅっと時計を握る。

冷たい金属の感触が、まるで心の奥まで触れてくるようだった。

狐女は微動だにせず、顔を覆う狐面の奥から、すべてを見透かすように笑っていた。

雪の胸はざわつき、頭の中で、ふと漏れてしまった。


「あの時に......戻れる?」


その瞬間、全身の力が抜け、意識が遠のいていく。

目の前の神社も、灯籠の揺れる光も、すべてが薄れ、輪郭を失っていった。

耳に、低く響く声が届く。


「.....あなたの"魂”、いただくわ」


雪の身体は思わず固まり、呼吸が止まりそうになる。

冷たい夜風も、揺れる灯籠の光も、すべてが狐女の存在に吸い込まれるように感じられた。

薄れゆく意識の中で、雪は自分の心の奥に潜む小さな願いと、今目の前に立つ狐女の恐ろしい力を、はっきりと感じていた。

___________________________

誰かの声で、雪はふと目を覚ました。


「......ここは...さっきの子はどこに...!?」


声の主の焦り混じりの問いに、雪は慌てて周りを見渡す。

しかし、景色はさっきの神社ではなかった。

柔らかい朝の光、木の香り、そして静かな

寝室ーー

ーー自分は、ベッドに横たわっている。

慌てて体を起こすと、隣にひとりの人物が立っていた。


見覚えのある顔。


驚きで息が詰まる。


「良かった....。倒れたって聞いたから」


その声は、懐かしい、しかし少し幼い響きを持っていた。

雪の目の前に立っているのは......



















中等部時代の、田園善隆ーーゴールだった。


雪は目を丸くし、思わず言葉を失う。

あの走る姿、あの笑顔.......今ここで、あの頃の彼が目の前にいる。

胸が高鳴り、心臓がぎゅっと締めつけられるような感覚。


「な、なんで......ここに.......?」


雪の声は震えていた。

ゴールは微笑みながらも、不安そうに雪を見つめていた。


「.....大丈夫?目を覚ましたんだね」


薄れゆく意識の中で雪は、ここが自分の"過去”だと、そして狐女の差し出した時計によって戻ってしまったことを、ぼんやりと理解し始めた。

翌朝、氷山雪は学校に現れなかった。

担任は「体調不良」と説明したが、教室の空気はどこか落ち着かない。

誰もが、ただの風邪ではないと直感していた。

放課後、彩姫とピーターは静かに雪の家を訪れた。

玄関を開けると、ひんやりとした空気が流れ込み、室内は静まり返っている。

ベッドの上。

氷山雪は深く眠ったまま、まるで夢から覚める気配すらなかった。

顔色は穏やかに見えるが、その静けさが、逆

に彩姫の胸をざわつかせる。

机の上に、ふと目が止まった。

小さな狐の鈴一一光を微かに帯び、空気に浮かぶように置かれている。

その鈴は、どこか妖しく、手に触れれば何かが起こりそうな気配を漂わせていた。

彩姫は思わず手を止め、ピーターと顔を見合わせる。

「......これは......」

ピーターは眉をひそめ、鈴をじっと見つめたまま答えなかった。

静寂だけが部屋に残る。

しかしその静けさの奥に、何か不吉なものが潜んでいることを、彩姫は感じ取っていた。

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