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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第3章 暴走と赦しの狭間

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転心

天祢は寧音をそっと地面に寝かせ、乱れた髪を一度だけ直してやると、ゆっくりと立ち上がった。

その右手には、いつの間にか鋭く光る包丁が握られている。

「......どういう風の吹き回しだ」


低く、静かだが底冷えするような声音。

天袮の黄色い瞳が、俯く晋佑を射抜いた。

晋祐は落とした刀を拾うこともせず、口の端だけをわずかに上げる。


「......さあな。俺自身もわからねぇよ。ただ.......」


彼の言葉は、寧音の涙が落ちた頬を指で触れながら、かすかに震えていた。


「こんな気持ちになるのは......久しぶりだ」


天祢の包丁を握る手に力がこもり、緊張が森に張り詰める。包丁がわずかに光を反射する中、晋祐はゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、怒りでも狂気でもなく、深い哀しみの色が滲んでいた。


「......なぁ、あんたにだけは話しておくよ」


そう前置きすると、晋祐はまるで懺悔するように口を開く。


「俺が…俺たち夜叉隊が仕えている"あの人”......それは、













俺の母親だ」


一瞬、天祢の眉がわずかに動く。

晋祐はかまわず続けた。


「とは言っても俺の母さんはもうとっくに死んでる。」


彼は苦笑し、握った拳を震わせる。

天祢の視線を真正面から受けながら、晋祐は低く笑った。


「......おかしな話だろ。死んだはずの母さんが、ある日、目の前に立ってたんだ」


その声音には、恐怖でも喜びでもなく、戸惑いと渇望が混ざっていた。


「俺は信じられなかった。

けど.....あれは間違いなく“母さん”だった。

俺を名前で呼んでくれて、昔と同じ声で笑ってくれた。だから......俺はもう抗えなかったんだ」


彼は手のひらを見つめ、ゆっくりと握りしめる。


「母さんは言った。

”この世界は壊さなきゃならない”って。

俺たちが生きる場所を作るには、邪魔者を全部排除するしかないって」


晋祐は自嘲気味に笑った。


「俺も分かってるさ。

本当はもう母さんじゃないって......わかってるのに、あの人に従わずにはいられなかった。

だって一一あの姿を、俺は失いたくなかったんだ」


地面に突き刺した刀が、かすかに震える。


「だから俺は夜叉隊として動いてる。母さんが"望む世界”を叶えるために.....いや、ただ、もう一度母さんを失いたくないだけなのかもしれねぇな」


そう言って晋祐は静かに俯き、脱ぎ捨てた三度笠のを再度被り影に表情を隠した。

天袮は包丁を握ったまま、俯いて動かない。

その沈黙は、怒りでも憐れみでもなく、ただ冷徹に真実を求めるためのものだった。


「.....原因は」


低く落ちた声に、晋佑はわずかに目を細めた。


「......おそらく誰かが操ってんだろうな」


口元に浮かんだのは笑みか、それとも諦めか。


「母さんの首に一一異様な魔力を放つ“魔道具”がある。あれが......全部の鍵だ」


その瞬間、晋祐の瞳に一瞬だけ、哀しみと怒りが混じった。


「母さんが俺のことを覚えてたのも、俺に命令したのも......あの魔道具のせいかもしれねえ。

だが、もしそうだとしても......母さんの姿で目の前に立たれりゃ、抗えなかったんだよ」


その瞬間、晋祐の瞳に一瞬だけ、哀しみと怒りが混じった。


「母さんが俺のことを覚えてたのも、俺に命令したのも......あの魔道具のせいかもしれねえ。だが、もしそうだとしても.....母さんの姿で目の前に立たれりゃ、抗えなかったんだよ」


晋祐は苦笑し、刀の柄をぎゅっと握る。


「......俺は弱い人間だ」

___________________________

天袮はしばし沈黙したまま、無言で空を仰いだ。

夜の森の隙間から覗く星々が、冷たく彼の黄色い瞳に映り込む。


「......変えるのは自分だ」


ぼそりと零れた言葉に、晋祐が顔を上げる。

天祢は包丁を手にしたまま、空を見据え、淡々と続けた。


「俺はてめぇの親なんて知らねぇし、そんな面倒事にも関わりたくもねえ」


「だがこれだけは言えるーー

お前の大切な親は、今......汚されている」


晋祐の表情がわずかに揺らぐ。

天袮はゆっくりと視線を下ろし、眠る寧音の姿へと目を落とした。

その声音は冷たいまま、しかし胸の奥底から滲むような強さを帯びる。


「お前は母親に何をもらったんだ?何を教えてもらったんだ?」


一拍、静寂が森を包む。


「......迷う暇があんなら、やりてぇようにやれよ。後からじゃー一遅せぇんだよ」


そう言い残し、天袮は寧音を見つめる。

その横顔には激情も怒りもなく、ただひとりの少女を守り抜こうとする覚悟だけがあった。


晋祐は一瞬、呆けたように天袮を見つめていた。

だが次の瞬間一一腹の底から吹き出すように笑い声を上げる。


「ははっ......!まさかそんなこと言われるとはな」


笑いながらも、その目には鋭い光が宿っている。

彼は刀を拾うことなく、ゆっくりと天袮に視線を向けた。


「お前、俺を斬りに来たんじゃねぇのかよ?」


口の端を吊り上げ、挑発めいた笑みを浮かべる。


「......まぁ、そんなチンケな包丁じゃ俺は斬れねえけどな」


その声には確かな余裕と、どこか拗ねたような響きが混ざっていた。


晋祐は背を向け、森の奥へ歩き出す。


「似てるな…お前とそこの女は」


「…似てる?」


「そこの女に見透かされた気がした。


俺、本当はずっと怖かった。母さんのことも、自分のことも......。


"守る”って言いながら、俺は.....ただ逃げてただけだったんだ」


静かに語られる真実。

操られた母の姿に縋りつき、偽物と分かっていても手を離せずにいた弱さ。

だが、寧音との対話、そして彼女の"まっすぐな心の強さ"が、晋祐の心を貫いた。


「本当に守りたかったのは、もういない母じゃねぇ。......今を生きてる、誰かだったんだ」


風が止んだ空に、静かな決意が漂う。


「俺にはまだやりてぇことがあんだ。それを邪魔されんのは......勘弁だ」


最後にそう吐き捨て、霧のようにその姿は闇に溶けていった。


晋祐の姿が完全に闇へと溶けて消えるのを、天祢はしばし無言で見送っていた。

夜風がざわめき、寧音のかすかな吐息だけが静けさを破る。


「......チッ、勝手な奴だ」


小さく吐き捨てると、天袮は視線を寧音へ落とす。

汗に濡れた額、震える指先一一気を失ったままの彼女は、先ほどまでの暴走が嘘のように穏やかな顔をしていた。

天祢はそっと膝をつき、慎重に寧音を抱き上げる。

その体は驚くほど軽く、だが重い何かを背負っているのが伝わってくる。


「......よく頑張ったな」


小さくそう呟き、彼女の髪を一瞬だけ撫でる。

そして、夜の校舎を背にして歩き出した。

目指すのは一一彩姫たちの元。

仲間の待つ場所へ、寧音を必ず連れ帰るために。

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