麗怪
晋祐は霧の中でにやりと笑った。
「久しぶりの刀を交える相手だ。退屈させるなよ」
その言葉と同時に、三度笠を肩越しに投げ捨て、鋭い斬撃で襲いかかってくる。
刀身が霧を切り裂く音が、森に低く響いた。
寧音は構えを低くし、魔力で呼び出した刀を握りしめる。
「くっ......!」
斬撃を必死に防ぎながらも、隙を狙い反撃を試みる。
刀と刀がぶつかり、火花のような魔力の残滓が飛び散る。
森の木々がその衝撃で微かに揺れ、霧が波のように押し寄せる。
「どうしてこんなことを......!」
寧音は叫びつつも冷静さを失わず、刀を振るう手に全神経を集中させる。
晋祐は笑いを止めず、斬撃のリズムを変えながら攻撃を続ける。
だが、寧音は防御だけでなく、わずかな隙を見つけては刃を返す。
互いの技量がぶつかり合うその瞬間、霧の森は緊張の空気で満たされた。
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何度も刀を交わし、霧の森で激しい打ち合いを続けていたその瞬間、晋祐は突然、間合いを取り下がった。
「......え?」
寧音は思わず声を上げ、目の前の動きに戸惑う。
その隙間を縫うように、晋祐はつまらなそうな顔をして言った。
「退屈だなお前も」
言い終わるか終わらないかのうちに、森の奥の一角が轟音とともに爆発した。
土と木の破片が霧を巻き上げ、火花のように飛び散る。
「.....あそこには......お前さんの仲間もいたな」
その言葉に、寧音の顔は一気に真っ青になった。
体が硬直し、その場に立ち尽くす。
霧の中、煙と破片の匂いが鼻をつく。
心臓が張り裂けそうな速さで打ち、思考は一瞬、凍りついた。
ーー仲間に.....何か.......
刀を握った手がわずかに震える。
寧音は恐怖と焦りを抑えながらも、次の瞬間、行動に移るしかないと自分に言い聞かせた。
森の静寂を裂く爆発の余韻が、寧音の心をさらに緊張させた。
その瞬間一一寧音の体の奥で、プツン、と糸がちぎれるような音がした。
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胸の奥から、怒りとも恐怖ともつかない熱が一気に噴き出す。
全身の血が沸騰したかのように脈打ち、握る刀がわずかに震えた。
「......つ」
息が荒くなる。
頭の中で「守らなきゃ」という言葉だけが渦を巻き、ほかの思考を塗りつぶしていく。
霧が、揺らいでいる。
それは森のせいではない。寧音の体から溢れ出した魔力が、空気そのものを震わせていた。
晋佑はその様子を愉快そうに眺めながら、ロ元を吊り上げた。
「お.......いい顔になったじゃねえか」
寧音の視線は、もはや敵をまっすぐ捉えて離さない。
寧音の瞳から光が消え、代わりに禍々しい輝きが宿った。
彼女の力にまとわりつく魔力は、怒りの熱で形を失い、鋭い刃のような気配となって空気を裂く。
「ーーアアァアアアアアッ!!」
理性を失った叫びとともに、音は凄まじい速度で踏み込み、晋祐へと斬りかかった。
その一撃は、もはや人の剣ではない。重さも、速さも、殺意もすべてが異常だった。
晋祐は驚きながらも咄嗟に刀で受け止める。
衝撃で地面が割れ、木々が吹き飛ぶ。
「くっ!は、ははっ!ほら見ろ!あの紫髪の女よりも......
よっぽどバケモンだ」
声をあげて笑いながらも、晋祐の額には汗が滲んでいた。
暴走した寧音の斬撃は休むことなく襲いかかり、受け止めるたびに腕が連れ、骨に痛みが走る。
「いいぞ......もっと見せる!お前の中の"バケモノ”をよオ!」
寧音は言葉を失い、ただ獣のように吠えながら刀を振るい続ける。
その瞳には、もはや敵も味方も映ってはいなかったーー。
寧音の口元がゆっくりと歪み、笑みを形作った。
それは決して人のものではない、悪魔のような嗤いだった。
「ーーフフ.....アハハハハッ!!」
刀を振るうたび、紅いの魔力が迸り、木々は切り裂かれ、大地は深々と刻まれていく。
暴走した魔力が寧音の髪を揺らし、ポニーテールの先まで妖しく光らせる。
瞳は紅く燃え上がり、その姿は鬼神にも似ていた。
晋祐は必死に刀を合わせるが、そのたびに腕が痺れ、背筋に冷たい汗が伝う。
「チッ......こいつ......止まらねえな......」
寧音は魔法で本もの光の刃を作り出すと、自らの力と同時に叩きつける。
嵐のような斬撃。晋佑の頬をかすめただけで、木々ごと背後の地面が抉れた。
「フハハッ!!いい......もっと......もっとだ!」
寧音の声は、喜と憤怒が入り混じった狂気そのもの。
晋祐は楽しそうに剣を振るいながら、心の奥で理解していた。
ーーこの瞬間を、俺は一生忘れられねぇだろう。
後に彼は語ることになる。
「あの女......あの時の寧音は......今まで見たことがないくらい、妖しく.......美しい"バケモンだった」




