第1章 転校生と偽物
紫魔女
彼女がそう呼ばれたのはいつ頃だろうか
紫魔女と呼ばれている子は椿つばき 彩姫あやめ
彼女はピーターが1年生の夏と同時に転校してきた人だ
驚異的な魔力
そして魔法を唱える時普通の人なら詠唱するが彼女は無詠唱だ
これはこの世界では珍しいとされていた
そしてこの学園では入試試験として魔法を披露するのだが、彼女は異能すぎて特別編入試験の際に大学部Sクラス決定者として選ばれたのだ
入試トップのピーターとほぼ同じ成績を叩き出したことからピーターと同じSクラス決定者として迎え入れられた
出会いは、1年の夏だった。
初夏の陽射しがきらきらと校舎に反射する朝。
一人の少女が、Aクラスの教室の扉を静かに開けた。
――椿 彩姫
長い紫色の髪をそのまま下ろし、制服姿でただ静かにそこに立っていた。
騒がしい教室が、徐々に静まり返っていく。
だがその空気は、見惚れてというよりも、「え?」という戸惑い混じりの好奇心に近かった。
(……あの子が、あの魔力量?)
クラス中の視線が、彼女を隠すことなく突き刺す。
彩姫の顔立ちは、派手でもなければ整ってもいない。むしろ「地味」だ。
美少女が来ると期待していた男子数人の顔に露骨な困惑が浮かぶ。
だが、担任の一言がその空気を一変させた。
「本日よりこの学園に編入する椿彩姫さんだ。特別編入試験の結果は、入試トップのピーター・ドラコジルに次ぐ高得点だった。成績はもちろん、魔力適性も非常に高く、Sクラス候補として迎え入れることが決定している」
教師の声が教室に響くと、教室中がどよめいた。
(――Sクラス内定!?)
再び騒然とする教室。
今度は見た目ではなく、圧倒的な実力という事実が、彼女の存在感を確かなものにしていた。
「え、Sクラス?」
「転校生が?冗談でしょ?」
「トップはピーター様でしょ?その次って……」
ざわめきの中、彩姫は一切表情を変えることなく、静かにお辞儀をした。
ピーターも同じく魔法の実力者であり、顔が誰よりも整っていた
最初の数週間、彼女はほぼ毎日影で噂され、悪口を言われた。
「あの子、偉そうよね」「どうせ見た目だけでしょ」「仲間外れにしてやろうよ」――そんな声が当たり前のように交わされた。
だが、状況はすぐに変わった。
魔法実技の授業で、彩姫は見せた。教師ですら説明に詰まるほどの異質な力。
そしてそれは圧倒的な制御力とともにあった。
「椿彩姫……なんなんだ、あの子……」
「強い、っていうより……“わからない”……」
クラスの空気は最初は「どうせすぐに辞める」と噂されていた椿彩姫だったが、
あまりにも異質な“力”と、その揺るがぬ佇まいに、誰もが次第に一目置くようになっていった。
だが、それ以上に、女子たちをざわつかせたのは――
「彩姫。今日は一緒に昼、どう?」
声の主は、ピーター・ドラコジル。この国の王子にして、学園の頂点に立つ男子生徒。
「ひ、ひぃっ……! ピ、ピーター様が……!」
「椿彩姫と!?」
「え、無理! 無理無理無理!! それってつまり、特別ってことじゃ――!!」
廊下にいた女子たちがざわめく中、彩姫は無表情のまま答える。
「私は一人でいい。騒がしいの、嫌いだから」
「そっか。……じゃあ、またあとでね」
ピーターは彩姫の答えに対し、気を悪くする様子もなく微笑みを残して去っていった。
その光景を見ていた女子たちの視線が、針のように突き刺さる。
しかし彩姫は一切気にする様子もなく、そのまま教室へ戻っていった。
──それが、彼女の“いつも”だった。
彼は1年の夏彼女を見た途端一目惚れしたのか、いきなり告白した
が、彩姫に振られている
彼女は最初は毎日のように影で悪口を言われ蔑まれていた。
教室の隅、数人の女子たちがひそひそと声を潜める。
「ピーター様があんなに優しくしてるのに……信じられない」
「ねぇ、もしかして……本当に彩姫って、ピーター様のこと好きじゃないの?」
「ありえない。好きじゃないわけないじゃない。彩姫って、何考えてるかわかんないのよ」
「それが怖いのよね……」
が、彼女の実力は勉強以外は本物だったため、また学園の王子と言われたピーターにとてつもないくらい好かれていたため次第に収まった
彩姫は同じクラスのピーター、雪、
Bクラスでは恋、心斗と特に仲がよく普段は雪と過ごしている
恋と出会ったのは転校初日の昼休み ― 食堂
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ざわざわと賑わう食堂。長い行列、飛び交う注文、トレイを持って席を探す生徒たち。
椿彩姫は、今日も一人だった。
紫がかった髪に、どこか儚い空気を纏いながら、トレイの上のパンとスープを見つめて歩く。空いている席を探して食堂を見渡すも、周囲の目線が痛いほどに刺さる。
(また注目されてる……魔力のせい?)
と、その時――。
「ねぇ、そこ空いてる?」
背後から、声。
振り返ると、濃いピンク色の髪をサイドテールにまとめた少女が、黄色のシュシュを揺らしながら立っていた。明るくて、ちょっと小悪魔的な笑み。だけど目はまっすぐで、どこか強さを感じさせた。
「えっ……うん、空いてるよ」
「あんた、転校生でしょ? 椿彩姫、だったっけ?」
「……そうだけど。どうして……?」
「食堂でポツンとしてたら、そりゃ目立つでしょ。あたしは哀川恋。Bクラスだけど、まあ同い年。よろしく」
「……よろしく」
戸惑いながらも、彩姫は恋の明るさに少しだけ救われるような気がした。
「てかさ、あんた魔力やばいって噂になってるけど……ほんと?」
「……さあ。自分じゃよく分からない」
「ふーん。まあ、別に気にしないけど。魔力が強くたって、友達になれない理由にはなんないしね」
トレイを置きながら、恋は当然のように彩姫の向かいに腰を下ろす。
「……なんでそんなに、優しいの?」
「優しい? そんなんじゃないよ。クラスじゃ心斗くん以外に興味ないし、女子の友達も別にいなかったし」
「……そっか」
「でも、何となく。話しかけなきゃって思ったんだよね。そしたら、気づいたら隣にいたってだけ」
ふっと笑う恋の声に、彩姫の心が少しだけ和らぐ。
「ありがとう。……少し、ほっとした」
「よし、じゃあもうあたしの友達ね。逃げても無駄」
「え?」
「なんかあったら呼びなよ。あたしが心斗と一緒に誰でもぶっ飛ばすから」
「ふふ……分かった」
笑い合う二人。
こうして、学園で一番最初に彩姫が「友達」と呼べる相手ができたのだった。
雪と出会ったのは放課後前 ― 高等部2年Aクラスの教室
昼休みが終わり、教室に戻った椿彩姫は、自分の席にそっと座った。誰とも特に話すことなく、ただ静かにノートを開く。
すると、隣の席の女子がすっと立ち上がって、彩姫の机の横に移動してきた。
「椿さん。少し、いい?」
静かな声。
冷たいというよりも、落ち着いたトーン。
白に近い銀髪を首の横でまとめ、スカートのプリーツも乱れなく整っている。背筋がまっすぐ伸びていて、まるで「隙がない」という言葉そのもののような少女だった。
「……私に、何か?」
「うん。自己紹介、まだちゃんとできてなかったから」
彼女はぺこりと軽く頭を下げる。
「氷山雪。Aクラス。成績は上位だけど、あんまり話しかけにくいって言われがち。だから、最初に話しかけておくことにしたの」
「……そう、なんだ」
「転校生って、気疲れするでしょ。何か困ったことがあれば、言って。できる範囲で手伝うから」
「……ありがとう。……ちょっと意外」
「よく言われる。冷たそうに見えるって」
「うん……ちょっとだけ、怖いって思ってた」
雪は少しだけ目を細めて、微笑んだ。
「正直でいいね、椿さん。……でも私は怖くないよ。多分、慣れたら“便利”って思われるタイプ」
「……ふふっ。変な言い方」
「変じゃないよ。私は面倒事が嫌いなの。だから、人間関係もできるだけスムーズにしておきたい。それだけ」
雪の言葉には合理性があった。でも、そこにはどこか彩姫を気にかけているような、やわらかさも感じられた。
「……でも、ありがとう。私、こういうの苦手だから……少し救われる」
「それならよかった。じゃ、次の授業――先生、厳しいから注意して。眠ったら一発アウト」
「……うん、気をつける」
そうして二人の間に、言葉では表しにくい信頼のようなものが、ほんの少しだけ芽生えたのだった。
その間あって普段は同じクラスの雪とピーターと一緒に行動することが多い
そんな騒がしくも楽しい学園で起こった物語だ
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第1章 偽物
2年生になった春のある日
紫魔女を名乗る「偽物」が学園内を彷徨いているという噂が流行り出した
「なに、、、偽物って」
「あぁ…彩姫知らないの?最近放課後に彩姫のそっくりさんが現れるんだってさ」
「え、なんで私…?」
「さぁ?あくまで"噂"だもんね」
「…ピーターは見た事ある?」
「俺は無い」
「そっか…私噂には疎いから雪にも聞いてみる」
「うん。またなんかあったら俺に言って。さすがにそんなの広められたら面倒だし」
「うん」
「てことで俺と付き合わない?」
「じゃあね〜」
ちなみにこの学校ではこれは日常である
「ってわけなの。雪知ってる?」
「あ〜、、、聞いたことはあったけどピーターが言うってことはホントなんだ」
「多分ね。」
彩姫にとってピーターは1番信用でき、信頼出来る人であった。
またピーターは正しい情報を誰よりもいち早くしることができる。
そのため十分に信じられる話であるのだ。
「で?確かめに行く?」
「何言ってんの?
行くわけないじゃん」
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彩姫とピーター、そして雪は噂が本当なのか嘘なのか証明するために放課後学校に潜入した
「よし帰ろ」
「待て待て待て」
彩姫は体を180度回転させて帰ろうとしたが雪に制服を掴めれ止められた
「ああもう、だから嫌だって言ったのに!」
放課後の校門前で、椿彩姫は声を上げた。
見上げると、夕日が校舎の影を濃くしていく。時間は間もなく夜になる。
「紫魔女の“偽物”が出たって、話題になってるんだよ。放っておくのはマズいだろ?」
ピーター・ドラコジルは軽い調子で言う。水色の髪が、夕暮れの光で少し金色に染まっていた。
「……ただの噂よ」
彩姫はそっぽを向いたが、その目には分かりやすい怯えがあった。
「しっかりしてよ。あなたは“紫魔女”でしょ?」
雪が静かに口を開く。しっかり者の彼女の一言に、彩姫は観念したようにため息をついた。
こうして三人は、“偽紫魔女”の噂を確かめるため、夜の旧校舎に足を踏み入れることとなった。
「彩姫はお化け嫌いだもんね」
「うるさいバカ黙れ」
「こら。図星だからって怒らないの」
薄暗い中3人は学校を懐中電灯ひとつで学校を回った。
校舎の奥――奇妙な静けさ
階段を上がり、薄暗い廊下を歩く。
月の光が窓から差し込む中、三人の影が壁に揺れていた。
そして最後のひとつ体育館
「もう嫌帰りたい、、、」
「我慢しなさい」
「怖くなったら俺のとこおいで?
守ってあげる」
「大丈夫私には雪がいるから」
「そういうツンデレなとこも好き!愛してる!だからさ?付き合お?」
「うるさい」
なんて馬鹿なことをしてるんだろう…と雪が冷たい目で見ていると…
ガタッ
と音が聞こえた。雪と彩姫はビクビクしている。
「…魔力を感じる」
ピーターは懐中電灯を音が聞こえたほうに向けると
人がいた
赤い髪に赤い服
「ゆ、ゆゆゆゆ幽霊、、、」
「う、うそ、、、」
2人の声に反応したかのように赤い髪はゆっくりとこちらに体を向けてきた。
「ッ!?」
彼女の顔は彩姫にそっくりだったのだ
彩姫は紫髪
目の前の彼女は赤髪
違いはそれだけだった
「ほ、ほんとにそっくりさんだ」
「…彩姫」
「うん魔力を強く感じる。多分魔法を使ってる」
彼女の周りに魔力が張ってあった。
しかしなんの魔法を使っているか分からないため迂闊に近づくことは出来ない。
「しょうがない…ピーター」
「はいはい」
ピーターが雪を離れたところに連れていった。
ふたりが離れたのを見計らって彩姫が彼女に向かって手を伸ばした。
その瞬間赤髪の彼女の髪はみるみる短くなり、顔もだんだん彩姫とは似て異なる顔になった。
「な、なんで、、、」
彼女は慌てて両手で顔を隠した。
「やっぱりその変装が魔法だったんだ」
「さすが彩姫」
【魔法解除】
この魔法を使うとある程度の魔法なら解除することが出来る。
しかしこの魔法を使うには魔力を多く使う。
彩姫は全く疲れていない様子だが……
「すっご、、、相変わらず規格外なんだから」
「さすが彩姫だね。結婚しよ?」
「で?貴方はだれ?」
華麗にピーターを無視して彩姫は目の前の彼女に話し続けた。
しかし目の前の彼女は変装を解かれたというのに平然としていた。
というより笑みを浮かべていた。
「…?」
「さすが紫魔女。あなたにずっと会いたかった」
いきなり話し出して3人が驚いていると彼女は顔を隠していた手を下ろしてゆっくり顔を上げた。
そして3人をじっと見つめると胸に手を当て、軽くお辞儀をした。
「初めまして。私はNoFaceの一員"ピエロ"と呼ばれております」
「ノーフェイス!?」
ノーフェイスとは彩姫が前に潰した裏社会だ。
一般人を誘拐して人身売買をしていた。
彩姫たちは魔法学園で有名なので国からの依頼をよくされている。
今回も国からの依頼で彩姫はピーターと2人でその組織を壊滅させた…はずだった。
「本名は紫原むらさきばら 椿つばきです」
「なんでまだ壊滅していない…?」
「あなた方は甘すぎます。ボスさえ残っていれば組織は生きてます」
「あいつ、、、ボスじゃなかったんだ」
どうやら彩姫たちが捕らえた人は違ったみたいだ
「私がここに来たのはそのためです。あなたの姿を借りたのは、他の誰にもバレずに学園に入るため。
……私は“あなたにしかできない”ことを依頼しに来たの」
「どういうこと?」
ピーターが前に出る。雪も警戒を強めていた。
「ボスを……倒してほしいの。私がかつて仕えていたあの人間を。私は、あなたになりすまして、そのボスの行動を暴いた。けど……もう限界なの」
その目には、涙のような光があった。
「私はもう……生きる理由も、家も……全部失った。だから、あなたにだけ託したいの。……お願い、“紫魔女”」
あなた方に依頼します。
ボスを倒してください
『…は?』
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「…詳しく話を聞かせて」
彩姫は静かに彼女に問う。警戒心を忘れず
「…わかった。まず…ここに来てようやくわかった。ボスはあなたたちのいる学園…つまりここに侵入していることがわかった」
「!?」
「私の固有魔法は[変装]。
どんな人物でも1度見たら完璧にその人に成り代わることができます。今回はあなたに見つけて貰うためにあなたに似た姿に変装しましたが…」
「いや、、、それよりここにNoFaceのボスがいるって、、、」
「…えぇそう。ボスの誠の名は
九嶋禁斗」
「…雪知ってる?」
「知らない」
「ピーターは?」
「聞いたことなら…。確か元・学園の研究責任者で魔術開発者でもあった人だ。
だがその人なら学園に"選ばれし才能" しか残してはいけない、という思想を持っていたから劣等生の扱いが酷くて辞めさせられたって話だ」
「ピーター詳し、、、」
「さすがは学園の王子様。なんでもご存知なのね。その
通りよ。彼はその強い思想のゆえ、我らのNoFaceを作った。完璧な人間、選ばれし才能の塊しかない国を作るためにね。
表の顔は善人、裏では「魔力偏差値」の低い生徒を魔力実験の材料にしていたのよ。
「魔法に見捨てられた者こそ不要」と考える魔法至上主義者としてね」
辺りがシーンと静まり返った。衝撃的すぎて誰もついていけないのだ
「ココ最近…この学園に何故か侵入し始めたのを見るに…恐らくNoFaceがほぼ壊滅状態になったため、また魔力実験に必要な人材を探しに来たのよ」
「てことは…生徒が危ないんじゃ…!?」
「そうかもね」
「そうかもね…ってあんたねぇ!?」
「ち、ちょっと雪!?」
雪は彼女の胸ぐらを掴まんばかりに飛び掛ろうとしたが、彩姫に止められた。だが掴まれそうになった当の本人は涼しい表情だ。
「だから…教えに来た。あとは勝手にして」
そう言って去ろうとする彼女の腕を掴んで止めた人がいた。
彩姫だ
「せっかくなら…協力してもらうわよ??」
「は?」
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放課後
重たい扉がみを上げ、ゆっくりと開いた。
「いやぁーさっすがー!変装と言うだけあるよ!!ぜんっぜんバレなかった」
そう。彩姫は夜の学校、しかも旧図書塔に行くには変装が必須、と考えたため、椿の力を借りたという
中は静かだった。
いや、静かすぎた。
天井から垂れる古びた鎖、開かれることのなかった本棚の列。そして一ー
「ようこそ、"紫魔女”」
玉座のような椅子に座る男。
白髪混じりの髪をなでつけ、学園の制服に似たコートを織るその姿は、かつての教師を思わせた。
「久嶋禁斗......!」
彩姫の声が震える。その背後で、椿の姿がわずかに身を縮める。
男は静かに立ち上がった。
「お前が、彼女の代わりに来たのか?いや、なるほど。"魔女"の力を継ぐ者としてか.....」
「違う。あたしは"代わり"なんかじゃない」
彩姫が構えを取る。背中のローブがふわりと揺れた。
「椿の願いと、この学園の未来......あんたには触れさせない。あたしが、ここで止める!」
久嶋禁斗は目を細め、そして一一手をかざした。
「では、“改魔"の実験を始めようか。"紫魔女"の魔法は、どれほど面白い構造をしているのか......」
久嶋禁斗は、静かに指を鳴らした。
すると、空間が歪む。
「っーーく......!?」
ピーターが膝をついた。身体から光が漏れ、逆に黒い霧のようなものが広がる。
「ピーター!?」
「......大丈夫......じゃない、かも......俺の......魔法が.......」
彼の体内で、"太陽”が"焦土へと変質していた。
本来、命を照らすはずの光が、焼き尽くす炎と化して、彼自身を蝕んでいる。
「さあ、改魔の実験は順調だ。次はーーそちらの少女だな」
久嶋が視線を雪へと移す。
その瞬間、氷山雪の腕に刻まれた魔紋がぐにゃりと歪み、魔力の流れが途切れた。
「......う、そ.....わたしの魔法が.....使えない......?」
彼女は呆然と自分の手を見る。氷の力がまったく反応しない。
「気をつけて!!そいつの固有魔法は改魔!!他人の魔法を一時的に奪い、変質させて使うわ!!」
椿が全員に禁斗の固有魔法について叫んだが時既に遅し。
「君たちはただの素材だ。"紫魔女”の素材を分析するための、ね」
梵斗の言葉に、彩姫の心がんだ。
素材?実験?一一違う、そんなの、絶対に許せない。
「......あたしを.....誰だと思ってるの」
ぐっと拳を握りしめる。恐怖も怒りも、すべてが彼女の構築魔法に転化されていく。
「この名は....!椿彩姫”。そして、"紫魔女だ」
次の瞬間、彼女の周囲に魔法陣が浮かび上がった。
【構築】一一紫の盾
光とともに、重厚な紫の盾が彼女の前に現れる。
そして同時にーー
【構築】一一紫の槍
右手に形作られた、鋭く美しい紫の槍。
攻防を同時に構築する彩姫の魔法は、本来の【構築】の限界を超えていた。
「面白い......これは、本当に"魔女”の領域だな」
久嶋禁斗の目が細められる。その背後、椿が壁に手をつき、力なく笑う。
「これが......本物の、紫魔女.....」
「椿、見てて」
彩姫はそう呟いた。
自分の恐怖、過去の罪、そして一一託された意志。
それらすべてを、構築する。彼女自身の
"魔法"として。
「行くよ.......!」
盾を構え、槍を構え、彩姫は走り出す。
その突進は、魔力の波動を生む。破壊のためではなく、未来のための“戦い”。
禁斗が呪文を唱えようとした瞬間一一槍が、一関する。
「ッーー!」
久嶋のコートが裂ける。彼の肩に、紫の魔力が突き刺さった。
「この......クソガキが......つ!」
怒声とともに"改魔”が暴走する。周囲の本棚が異形に変わり、鋼の蛇のように彼女を襲う。
【再構築】一一反射装甲
彩姫は即座に構築をやり直し、盾の表面に反射魔法を仕込んだ。
蛇のような魔力が跳ね返り、梵斗に直撃する。
彩姫は即座に構築をやり直し、盾の表面に反射魔法を仕込んだ。
蛇のような魔力が跳ね返り、梵斗に直撃する。
「がっ.......!」
その体が壁へと叩きつけられる。
梵斗の"改魔”が破綻した瞬間、空間の歪みが解け、ピーターと雪の魔力も回復する。
彩姫は槍を構えたまま、彼に近づいた。
「終わりよ。.....あんたの時代は」
「な......ぜ.....そんな力が.....!」
梵斗が呟く。
彩姫は一言だけ返す。
「"紫魔女”は、他人の命を素材になんてしない」
紫の槍が地面に突き立てられたその音が、終わりの鐘のように響いた。
久嶋梵斗はピーターによって魔法拘束された。ピーターは彩姫と椿に向かって笑って
「後は任せて」
とだけ言ってその場を去った。彩姫も雪も…帰ることに。
椿は先程の光景に驚いてその場から動けずにいた。
同時に…自分が解放されたことにも衝撃を受けていた。自分を拾って都合のいいように使っていた久嶋禁斗…。彼が捕まれば…自分はもう…自由だと。
だがそれは…今後どのようにして生きていけばいいのか…分からないと言う意味でもあった
そんな彼女の心情を知っているからなのか、真偽は不確かだが…その手を掴む者がいた
「一緒に帰ろ?」
彩姫は帰ろうと言ってくれた。居場所の無くなった椿に。
「…うん」
彼女は泣きそうになりながらも強く彼女の手を握り返した。
彼女なら…ずっとそばにいてくれるのではないかと…心のどこかで思っていたから
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椿side
NoFaceが潰れてから…彩姫が家に住まわせてくれた日から…数日が経った
──この数日、静かすぎた。
NoFaceは完全に潰れたはず。
けど、あたしの背中にはまだ、冷たい気配がつきまとっていた。
彩姫と中庭のベンチに座って、ただ他愛もない話をしている時間。
この“穏やか”が、どれほど重い意味を持つかを、あたしは知ってる。
「椿? なんか変な顔してる」
「んー? 彩姫の顔見てたら落ち着くだけ」
「……バカ」
笑ってくれる彩姫が好きだった。
この世界で、初めて“本当の意味で信じられる”って思えた人だった。
だから──こんな終わり方しか選べなかったのは、悔しい。
(来た……)
草木が風もないのにわずかに揺れた。
鋭い気配。沈むような殺意。
誰にも察知されない、完璧な暗殺者の動き。
振り返らなくても、わかる。
(あれが、終わりだ)
──でも皮肉だった。
見覚えのある髪の色。気配。殺意の奥にある、どこかの優しさ。
(……姉さん?)
でも違う。
殺意に迷いはなく、そして“あたし”を見ても何の感情もない。
(ああ──気づいてないんだ、姉さん。あたしが、あんたの妹だって)
それが一番、苦しかった。
思い出せないほど遠くなった記憶の中で、いつも笑ってた姉。
──あの人の手が今、あたしを殺そうとしてる。
(でも、いいんだ)
姉さんが本当に彩姫を想ってるのなら、
あたしが生きてることで彩姫がまた狙われるのなら──
いっそ、ここで全部終わらせる方がいい。
「──彩姫!」
咄嗟に彩姫を突き飛ばした。
ザクリ──背中に熱いものが走る。
刃は深く、まっすぐに心臓を捉えていた。
崩れるように地面に膝をつく。
視界が白く滲む中で、彩姫の叫び声だけがはっきり聞こえた。
「椿……椿っ!? なんで、どうして──っ!」
「……大丈夫……もう、全部終わったよ」
震える彩姫の手が、あたしの手を握る。
その温度が、あたしの冷えていく指に優しかった。
「……彩姫、親友って……ありがと。あたし、……幸せだった」
最後の力を振り絞って笑う。
“あの人”の姿は、もうどこにもなかった。
闇に紛れて、静かに消えていた。
(きっと、姉さんは……本当に、あたしのこと忘れてしまったんだね)
それでも──あたしは、ずっと姉さんの幸せを願ってた。
彩姫と一緒にいられる、あの笑顔を守りたかった。
──だから、これでいい。
空が、きれいだ。
汚れたあたしには、もったいないくらいに。
彩姫の涙を見ながら、紫原椿は静かに目を閉じた。
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『椿の葬式』
それは夕暮れの直前、小さな教会で静かに執り行われた。
裏社会で生きていた紫原椿には、表向きの身内はいなかった。
だからこそ、椿彩姫のためにと、ピーターが密かに動いてくれた。
誰もが知らぬうちに手配された、わずか十数人しか入れない礼拝堂。
椿を見送る言葉を、告げられる者は少ない。
だが、確かに愛された一人の命が、そこにあった。
椿の棺には、彼女が最後に着ていた黒のパーカーと、彩姫が静かに置いた白いリボン。
小さな花束は、雪が選んだ紫陽花。
ピーターは礼拝堂の前に立ち、神父の代わりにこう言った。
「この人は──紫原椿は、誰かの命を救うために死んだ。
自分のためじゃない。誰かの“これから”を選んだ。
それだけで、僕は彼女が誇り高い人間だったって、そう思います」
静寂が続く中──誰もが視線を向けたのは、椿彩姫だった。
彼女は、棺の前に立っていた。
背筋を伸ばして。顔を伏せず、目を逸らさず、静かに唇を動かした。
「椿……あなたがいてくれたから、私、立っていられた」
「でも、もうあなたはいない」
「私の“親友”は、あなた一人だけです。
これからも、ずっと
ずっと…」
その声に涙はなかった。
けれど、彼女の拳は、小さく震えていた。
彼女は誰の前でも泣かなかった。
彩姫は、声を殺して泣いていた。
「……ずるいよ、椿……」
「なんで、なんであなただけ──」
肩を震わせながら、彼女は顔を隠すように膝を抱えた。
涙は止まらない。声は出ない。
泣いたら、もっと壊れてしまいそうで、必死に堪えていた。
けれど心の中で、何度も、何度も、叫んでいた。
(ごめんね。ありがとう。ずっと親友だよ)
目を閉じると、椿の笑顔が浮かぶ。
どこか強がっていて、優しくて、不器用で──
だからこそ、大好きだった。
その夜、彩姫は空を見上げ、そっと呟いた。
「もう……親友は、あなた一人でいい」
空には星ひとつなかった。
でも、胸の中にだけ、ずっと灯っている光があった。