終結
ピーターだけが小さく息を漏らす。
「秘刑隊....」
その声に寧音も天祢も彩姫も、初めて聞く言葉に首をかしげる。
「秘刑隊...って何?」
彩姫が訊ねるが、ピーターは眉をひそめ、説明をためらう。
彼らの服装一ー黒と深紅の装束に鋭い装飾、戦闘のために特化された異様なデザインーーを見ただけで、ピーターにはすぐに分かったのだ。
「......あいつらは、ただの個人じゃない。ある組織の使い手だ」
しかしその意味を他の三人に伝えることはできない。
その場に漂う異様な緊張と威圧感だけが、秘刑隊の存在の重大さを示していた。
ピーターは深く息をつき、静かに話し始める。
「秘刑隊は一一裏で、国に害を及ぼす輩を密かに処刑する組織だ。表向きは驚察として活動しているから、ほとんどの人間はその存在を知らない」
その言葉に、彩姫も寧音も天祢も一瞬息を呑む。
ただの不良や悪党ではなく、国家レベルで動く影の存在ーーその意味を直感で理解する。
ピーターはさらに続ける。
「だから、ここに現れたということは一一状況はただ事じゃない」
辺りには、秘刑隊二人の重々しい気配だけが漂っていた。
その存在感だけで、彩姫たちは思わず一歩後退してしまう。
女の秘刑隊は、長い黒髪をなびかせながら軽く腰に手を当て、魔道具の刀を肩にかけている。ピーターの言葉に小さく笑い、冷ややかに言う。
「へえ?随分情報通なのね」
嘲笑交じりに癒めるその声には、鋭さと余裕が同居していた。
一方、男の秘刑隊は、短髪でにこやかな笑みを浮かべ、魔道具の刀を腰に下げている。
周囲を見回して目を輝かせると、はしゃぐように叫ぶ。
「女の子がいっぱいだあ!!」
その無邪気な歓声に、周囲の緊張感が一瞬揺らぐ。彩姫たちはそのギャップに戸惑い、ピーターは苦笑を浮かべながらも驚戒を緩めない。
女の秘刑隊は鋭い目をピーターたちに向け、刀を軽く握り直す。冷たく、凍りつくような声で言った。
「集中しなさい」
しかし、男の秘刑隊は肩をすくめ、にこやかに軽口を叩く。
「あ、嫉妬?」
その軽い言葉に女は一瞬眉をひそめるも、すぐに冷静さを取り戻し、鋭く男を睨みつけた。
彩姫たちはこの二人のやり取りを見て、妙な緊張感と不思議な雰囲気の両方に飲まれそうになる。
女の秘刑隊は冷たく刀を構えたまま、男の秘刑隊に向かって低く言った。
「死ね」
その言葉に、男は一瞬たじろぐかと思いきや、軽く笑い飛ばす。
「お、やっぱり嫉妬?」
と、にやりと笑い、女の鋭い視線を少しも恐れず返す。
彩姫たちはそのやり取りを見守りつつ、緊張感と異様な空気が入り混じる現場に、思わず息を飲む。
女の秘刑隊は、冷たい瞳で真名たちを見据え、刀をすっと構えた。
女の秘刑隊は彩姫たちを無視し、ゆっくりと管理人たちに刀を向けながら歩き出した。その冷たい瞳が、じりじりとこちらを射抜く。
「魂を抜かれる....という事件が、多発していた」
低く、響く声。だがその声には皮肉めいた笑いが混ざっていた。
「探していた。とうとう、見つけたわ。ありがとう?」
軽く首をかしげて、嘲笑を浮かべる。
「...見つけやすくしてくれて?」
その言葉が、まるで空間の隅々にまで響くかのように冷たく伸び、周囲の空気を一瞬で張り詰めさせる。
管理人たちの表情は変わらないが、心の中では驚戒が走る。敵意だけでなく、この女が放つ異様な冷徹さに、自然と緊張が高まるのだった。
女が管理人たちに刀を向けて冷たく歩を進める一方、男はその横でニコニコ笑っていた。
「せっかく可愛い子いたのに〜、ごめんね?」
楽しげに軽い調子で言いながら、彼もまた力を構える。
その笑顔はあどけなさを残すが、手にした魔道具からは殺意がほのかに漂う。
周囲の空気は緊張に包まれ、彩姫や寧音、ピーターたちも思わず身を強張らせた。
女の冷たい視線と男の無邪気な笑みが、まるで対照的な二つの刃となって管理人たちに迫る。
その場にいる全員が、次の瞬間、何が起こるのかを固唾を飲んで見守るしかなかった。
小さな狐の仮面を頭にきちんと着け直した真名は、夜の闇の中で凛と立ち、静かに二人の秘刑隊を見据えた。
「この件は、すべて私が仕組んだことよ。殺すなら...私の首を持っていきなさい」
その声には震えはなく、揺るぎない覚悟だけが宿っていた。
小柄な体からは想像できないほどの威圧感が、秘刑隊の前に立つ彼女から放たれる。
女は一瞬眉をひそめ、冷たい笑みを浮かべる。
「ふん、口だけは立派ね....でもその覚悟、本当に通用すると思ってる?」
男は目を輝かせ、ニコニコと笑う。
「へぇ〜、面白くなってきたね!さあ、どうする?」
真名の言葉に、彩姫たちや管理人たちも息を呑む。今、彼女一人の決意が、この場を一瞬で凍らせたのだった。
ジンは真名の目を一瞬だけ見つめ、深くため息をつく。
そして静かだが力強い声で叫んだ。
「退避!」
その声は命令にも、告にも似ていた。
その場にいた全員一一秘刑隊も、管理人も、彩姫たちも一驚きのあまり、思考が一瞬停止したかのように動けなくなる。ジンの視線は揺るぎない。
「彼女はもう...一人で背負える範囲を超えている」
と、無言の訴えがそこにあった。
真名は小さな仮面を頭に着けたまま、静かに深呼吸する。
その姿は、ただ強いだけではなく、どこか悲しみと覚悟を秘めていた。
その瞬間、空気が張り詰め、誰もが次の動きを躊躇してしまう。
この静寂の中、戦いの行方は、真名の覚悟次第で変わろうとしていた。
彩姫は目を大きく見開き、ハッとしたように状況を把握した。
「ここで倒れている人を急いで安全な場所に!!」
その声は指示として瞬時に仲間に届く。
ユイは頷き、素早く手を振るだけで、目の前の人々を絵の世界に一時的に隔離する。まるで空間を操るように、魂も体も安全に包み込んでいく。
雨はまだ戸惑いながらも、傘を握りしめて瞬間移動を駆使し、倒れた人々を安全な場所へ運ぶ。彼の周りには小さな水の光が揺れ、移動経路を照らすかのようだ。
ジンは冷静に状況を見渡し、倒れている人々を確認しながら、静かに魔力を流して防護結界を張る。誰も逃げ遅れることがないように、その手際はまるで長年の経験を見せつけるかのようだった。
「寧音、月星はサポートして!!」
彩姫は短く指示を出し、寧音と天袮はすぐに彩姫の指示を理解する。
寧音は付加魔法でユイや雨が運ぶ人々の体力や神経を保護し、魔力の負担を軽減する。
天祢は冷静に空間を微調整し、避けるべき危険や障害を即座に把握してサポートする。
その動きは無駄がなく、まるで一つの流れのように人々を安全な場所へと誘導した。
彩姫はその場を離れず、全体の状況を見渡しながら、次の行動のために仲間たちの動きを指揮する。
彼女の声は確かな指示となり、混乱する空間の中でも、仲間たちは迷わず動くことができた。
秘刑隊の女は冷たい視線を真名に向けながら、刀を軽く揺らす。
「一般人には手を出さないわ」
男はニコニコ笑い、軽い足取りで真名の周囲を歩きながら言う。
「まぁでも、被害に遭うよりはマシだよね〜」
真名は小さな狐の仮面を握りしめ、頭を少し伏せる。しかしその目は決して折れていない。
秘刑隊の二人が刀を構え、真名に歩み寄ろうとしたその瞬間、シニガミとトキが真名の前に立ちはだかった。
シニガミは震える声で、しかし精一杯の強さを込めて叫ぶ。
「マナ...ナカシタ...ダメ...!」
トキは落ち着いた声で告げる。
「悪いが、こいつには俺との約束を果たしてもらってないのでな。殺されるのは困る」
その二人の存在が、真名に微かに安堵をもたらす。小さな狐の仮面を頭につけた真名の目に、少し涙が光った。
秘刑隊の女は鋭い目で二人を見つめ、刀を少し下げる。男の方は相変わらずニコニコしているが、女の視線に気づき、動きを止めた。
いきなりの登場に真名への攻撃は一瞬止まった。
彩姫たちはその隙に、倒れている人たちを安全な場所へと避難させ始める。寧音と天袮も付加魔法や空間操作で援助する。
張り詰めた空気の中、秘刑隊の二人と真名、そして守るシニガミとトキ。緊張の糸が、さらに強く空間を支配する。
真名は焦ったように二人に声を張り上げる。
「早く撤退して!どうしてここにいるのよ!!」
しかし、トキは静かに真名の肩に手を回し、抱き寄せるようにして言った。
「止まれ!」
その声と同時に、トキの持つ「時を止める時計」が光を放ち、空間全体の時間が一瞬にして止まった。
秘刑隊の二人の動きも、空中で静止し、刀が宙に浮いたまま止まる。シニガミや彩姫たち、周囲の生徒たちも、動きが完全に止まったかのように凍りついた。
真名は驚きと共に、トキの冷静で落ち着いた目を見つめる。普段の中立的な立ち位置とは違い、彼の意思の力が強く空間に響き渡るようだった。
止まった時間の中、トキはまず彩姫たち全員の肩にそっと手を触れる。
「この間に、逃げるぞ」
その瞬間、彩姫、寧音、ピーター、ユイ、雨、ジン...全員の身体が再び動くようになった。
皆、一瞬の沈黙の後、互いを確認し合いながら、急ぎ安全な場所へ向かう準備をする。
そしてトキはゆっくりと仮面に手をかけ、丁寧に外した。
その素顔が露わになると、彩姫たちは思わず息を飲んだ。
「…時?」
ピーターが驚きの声を上げる。
そう、仮面の下には、日常では見慣れた高等部Aクラスの委員長、清水時の顔があった。
静かで冷静、でもどこか芯の強さを感じさせる表情。
「そう...清水時。あなただったの…?」
彩姫は目を丸くして呟く。
時は無言のまま一瞬だけ皆を見渡し、手び口を開く。
「時間は止まったままだ。だが、この場で留まる時間はもうない。早く離れる」
その言葉に、皆は頷き、息を整えつつ秘刑隊と真名たちの元から距離を取る。
時間を止めていたトキの存在によって、今、この混乱の中でもわずかな安全が生まれたのだった。
トキの時止めの魔法が展開される中、学園内は静寂に包まれた。
動きが止まった秘刑隊の男女は、凍りついたかのようにその場に立ち尽くす。
その隙に、彩姫たちはトキの力で自由に動き、安全地帯へ向かう。
ユイは倒れた生徒を静かに抱え、雨は少し震えながらも仲間を守る障壁を作る。
ジンは相変わらず静かに全体を見守り、取り残される者がいないように注意を払う。
真名は小さな仮面を頭につけ直し、シニガミの後ろに控えながらも、表情は強張っている。
涙目のまま戦いを止めた覚悟を胸に、誰も傷つけさせないと心に誓う。
彩姫は皆を見渡し、深呼吸を一つ。
「...なんとか、この間に逃げられたね」
寧音はほっとしたように小さく笑い、真名も
「ありがとう」
と静かに言う。
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15分の時止めが解け、学園に時間の流れが戻る。
秘刑隊の男女は、動き出した世界の中で目を見開いた。
「...は、いない?」
女は冷たい声でつぶやく。
男もニコニコ笑顔のまま首をかしげる。
「せっかく可愛い子たちいたのに...どこ行ったの~?」
二人は辺りを見回すが、彩姫たちはすでに安全圏まで撤退していた。
追跡すべきかと一瞬考えたが、
「まぁ、追いかけるより次の仕事を優先...」
女が冷たく言うと、男も
「そうだね〜」
と諦めた様子で笑う。
こうして、秘刑隊の二人は撤退する彩姫たちの影を追うことはせず、次の任務に意識を向けた。
彩姫たちは姿を消したことで、一時的に安全を確保できた。
彩姫たちは廃墟の一角、倒れていた机や椅子の陰に身を潜め、安全を確保した。
寧音は落ち着きながらも、周囲を見回して仲間の無事を確認する。ピーター、天袮、時、ユイ、雨、そしてジンーー全員が揃っていた。
彩姫は深呼吸をしてから、状況整理を始める。
「秘刑隊は撤退済み。響はもう居ない。魂は元の持ち主に戻ったから、今のところ被害はなし。」
寧音はうなずきながら付加魔法で彩姫の傷を癒しつつ報告する。
「倒れていた生徒たちは、私が手を加えたから大丈夫。軽傷の子もいるけど、命に関わるような子はいないよ。」
彩姫たちは真名の言葉に少し驚く。静かに座り込む彼女の表情は、涙と戦いの疲労でどこか儚く見える。
寧音がそっと近づき、付加魔法で真名の身体の疲れを癒しながら声をかける。
「真名ちゃん大丈夫?」
真名は小さくうなずきながらも、視線は遠くを見つめていた。
「...大丈夫よ。それと響のことはもう気にしなくていい。あいつは....もう現れないだろうから」
ピーターは静かにその言葉を受け止め、天祢も少し肩の力を抜いた。
「そうか....なら、これで少しは落ち着けるな。」
ジンは遠くから真名を見守りつつ、静かに頷く。
「うん...響はもう、これ以上関わることはない」
ユイも小さく微笑み、雨は少し安堵の表情を見せる。
彩姫は真名にそっと声をかけた。
「じゃあ、今度は自分のことを大事にしていいんだよ、真名」
真名は静かに小さな仮面を撫でながら、深く息をつく。
戦いの余波に揺れる心を抱えつつも、少しずつ平穏を取り戻そうとしていた。
時は重い溜息をつきながら、真名の傍へ静かに歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「クヨクヨすんじゃねえよ、狐女。」
その低く響く声に、真名の肩が少し震える。
「てめぇは管理人のリーダーだろ?今までのことを反省するならーー今度から学園を守る管理人になりゃいーだろ。」
時の言葉は乱暴だが、どこか温かさも含んでいた。静かに座る真名の前で、彼の存在は鋼のように揺るがず、しかし確かな支えとなっていた。
真名は小さくうなずき、頭の小さな狐の仮面に手を添える。胸の奥で、これまでの迷いや痛みが少しずつ解けていくのを感じた。
彩姫は静かに2人の光景を見つめ、やわらかく微笑んだ。
その笑顔は、戦いの余韻の中でも温かく、真名の胸にすっと届く。
「じゃ、私たちはこれで。また明日学校でね、真名」
その言葉と共に、彩姫は軽やかに立ち上がる。足取りは穏やかで、けれど確かな意思を感じさせるものだった。
真名はその背中を見つめ、小さく息をつく。
少しずつ、心に新しい光が差し込むようなーーそんな瞬間だった。
翌日一一
朝の学園。空は柔らかく曇り、昨日の騒動など嘘のように静かだった。
寧音と天袮は、昨日と同じように一緒に校門をくぐり、落ち着いた足取りで教室へ向かう。寧音は少し笑みを浮かべながら、天袮の横に並ぶ。天袮はいつも通り無表情だが、その目は穏やかに光っていた。
彩姫は教室に入り、既に席に座っていた真名と時に向かって軽く会釈する。
「おはよう、真名、時」
「…おはよう彩姫」
「おはよう」
真名は仮面をつけず、普段通りの顔をさらけ出して静かにノートを開く。時は少し疲れたように溜息をつきながらも、彩姫の挨拶に返答する。
彩姫はその様子を見て、微笑みを浮かべる。
昨日の激しい出来事があったにも関わらず、皆がこうして無事に日常を取り戻していることに、心の奥で小さな安堵を感じた。
教室には、静かで温かな朝の空気が流れ、今日もまた学園での日常が始まろうとしていた。




