想い
光の渦が膨れ上がり、やがて人の形を象りはじめる。
その瞬間、ピーターが息を呑んだ。
「まさか......蘇生......!?」
彩姫も衝撃で言葉を失う。
魂を寄せ集めて人を蘇らせる行為一ーそれは世界の秩序を揺るがす最大の禁忌。
真名は両腕を広げ、狂気じみた笑顔を浮かべた。
「そうよ!死んだ人間を、生き返らせる!
誰も成し得なかった奇跡を、私が叶えるの!!」
光はさらに強く輝き、今にも"誰が”が形を持って現れそうになる。
ピーターは剣を構え、天祢も険しい目で睨みつける。
「......そんなこと、許されるはずがない」
だが真名は構わず叫ぶ。
「黙れ!この夢のために.....私はすべてを賭けたのよ!!!」
光が形を取り始める。しなやかな尾、鋭い耳、そして女性の輪郭を持つ妖狐の姿。
周囲の空気が震え、圧倒的な妖気が学園を包み込んだ。
彩姫は目を見開いた。
「これ…って.....妖怪!?なんでこんなものを......!」
真名の瞳は涙に濡れていた。だがその顔は幸福に歪んでいる。
「この人は......幼い私を救ってくれた唯一の人なの!
人間なんかのために犠牲にされそうになった私を…!!
…でも…結局人間の手によってこの世を去った!!!!」
真名は空を仰ぎ、妖狐の姿が輪郭を持ってゆくのを見ながら声を震わせた。
「だから......私は決めたの。必ず.....必ず生き返らせるって!
そのためなら魂だって、人だって、全部差し出す!この世界を敵に回してでも......!」
彼女の手の中で仮面が淡く光り、小さな狐面が妖気と同調するように震える。
彩姫は強く拳を握りしめる。
「そんな.......人の魂を犠牲にしてまで!?それが本当に"助けてくれた人"の望みだと思うの!?」
ピーターも表情を険しくし、天袮は無言で前に出た。
真名は笑った。
「わからないでしょうね.......大切な存在をこの世から奪われたことのないあなたたちには!」
妖狐の瞳がゆっくりと開かれた。
赤い光を宿す双眸ーーその眼差しが現世を見据える瞬間、地面にいた眠っていた人々の体からさらに魂の光が抜け、狐の体へ吸い込まれていった。
その時…管理人のジンが静かに呟く。
「あの子はそんなこと望んでないわよ」
ジンの言葉に、真名は眉間に深い皺を寄せ、怒り混じりに声を荒げる。
「知らないくせに......あの人のことを!あんたには分からないのよ!」
小さな狐の仮面をぎゅっと握りしめ、震える手を見つめる真名。目には激情と哀しみが入り混じる。
響はその場に立ち尽くし、静かにバイオリンを抱えたまま、特に口を出すでもなく、まるで全てを見守るかのように放置していた。
真名の怒声が夜の空気を震わせる中、周囲の光や音も一瞬凍りついたように静まる。
ジンは、深呼吸するように穏やかに息を吐き、さらに低く、しかし強い意志を帯びた声で呟いた。
「.....望むのは、復讐や力じゃない。あなた自身の心を解放することよ。」
真名はしばらくその言葉に苛立ちながらも、どこか耳を傾けざるを得ない自分を感じていた。
ジンは静かに歩み寄り、落ち着いた声で告げる。
「真名......私はあんたの言う大切な人のことを貴方よりも先に知っている。
あなたの思い出だけじゃない。彼女は、あなたを護ろうとした誰かに支えられていたの」
真名の目が一瞬揺れ、狐の仮面の影から見える小さな瞳がジンを見つめる。
「......な、何を言ってるのよ!」
怒りと困惑が混ざった声だったが、どこか震えが混じっていた。
ジンは微笑むでもなく、ただ淡々と続ける。
「あなたが今望んでいるのは、復活させることじゃなく、過去の痛みから自由になること。そのためなら、私は力を貸すわ」
夜の空気の中で、真名は小さく息を吐き、手の中の小さな狐の仮面を握りしめたまま、葛藤の色を滲ませていた。
ジンは静かに息を整え、夜の空気の中で落ち着いた声を紡いだ。
「真名.......私がずっとあなたを見守ってきた理由、知りたいかしら」
真名は眉をひそめ、狐の仮面越しに鋭くジンを見返す。
「な、何を.....?」
ジンは少し微笑むように目を細め、肩越しに羽の影をちらつかせ、自分の正体を明かした。
「私は一一鳥天狗。あなたを救ったあの女狐とは長い縁があるの。
あなたが幼い頃、人柱として捧げられそうになったとき、守ってくれたのは彼女だ。
だが、あの女狐が居なくなった瞬間から私はずっと…親友の子どもであるあなたを…管理人としてずっと傍で見守っていた」
真名の瞳が一瞬大きく見開かれる。怒りと混乱、そしてわずかな理解の入り混じった色が浮かぶ。
「......な、何でそんなこと......」
ジンは静かに首を振る。
「だからって、今あなたが望む復活の魔法を使うことが正しいとは限らないの。
過去に縛られたままでは、彼女も、あなたも自由にはなれない。私はあなたが自分の足で進む道を選べるよう、ずっと見守ってきたーーそれだけよ」
夜の闇に包まれた学園の屋上で、真名は小さな狐の仮面を握りしめ、揺れる心と向き合わざるを得なかった。
真名の手の中で小さな狐の仮面が揺れる。
その瞬間、頭の中に幼い日の光景が浮かんだーー
薄暗い祭壇の前で震えていた自分を、真っ赤な瞳で見守ってくれた女狐。
体を張って自分を守り、叫びながらも誰一人傷つけさせなかったあの姿。
「......お母さん......」
胸の奥が熱くなる。怒りで固まっていた感情が、ほんの少しだけ溶け始める。あの日の感謝と、失ったものへの後悔が、目の前の現実と混ざり合う。
ジンの言葉がゆっくりと理解されていくーー
あの女狐は、自分のためだけに戦った。自分の望みが叶うことを、必ずしも望んでいたわけではない。
真名の瞳に、ほんの一瞬、怒りではないーー
迷いと揺らぎが映る。
「.......蜜.....」
思わず呟いた声は震え、仮面を握る手にも力がこもらなくなった。
真名の指先が小さく震える。
集まった妖怪の魂一一あの女狐の命の欠片ーーが光を放ち、宙に漂う。心の奥底から込み上げる感情に抗えず、真名は唇を震わせ、頬を涙が伝う。
「......ごめん......ごめんなさい......!」
小さな狐の仮面を握りしめ、深く息を吸い込む。静かに、しかし確かに、魔法の力を解放する。光は次第に弱まり、やがて消え去った。
響は焦るでもなく、落ち着いた手つきで宙に漂う女狐の残像を抱き寄せる。まるで落ちたものを拾うかのように、優しく受け止めるその姿。
光の消えた後、辺りには静寂が訪れる。妖怪の魂はもう元には戻らないーーだが、真名の涙は止まらない。
ジンは静かに、しかし深く頷いた。
「.....それでいいのよ、真名。あの子はあなたの涙を望んでいる。」
真名は小さく震えながらも、ゆっくりと仮面を外し、顔を見せる。もうる必要はない一一痛みと後悔を抱えながらも、彼女は今、自分の意思で立っているのだ。
真名は小さく身体を震わせながら、ジンの胸に顔をうずめる。
「......うん......」
声がかすれて、嗚咽混じりにしか出ない。それでも、ジンの腕の温もりに包まれ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ジンは優しく、しかししっかりと真名を抱きしめたまま、低くささやく。
「私が......女狐の代わりに、あなたのそばにいるから......な?」
涙で濡れた頬を指先でそっと拭い、ぎこちなくも笑みを見せるジン。その笑顔に、真名も少しずつ安心した表情を浮かべる。
「ありがとう......蜜.....」
言葉少なに呟き、真名は肩を揺らしながら泣き続ける。しかしその瞳には、わずかに光が宿っていた一一過去の痛みを乗り越え、これから誰かと共に歩む強さの兆しが。
シニガミは真名の姿を見つめ、目に涙を浮かべながら小さな声で震えるように呟く。
「マナ.......イタイ......?ナンデ......ナイテルノ?」
その純粋な声に、真名は一瞬、驚いたように顔を上げる。泣きじゃくりながらも、ふとシニガミの無垢な心配に胸が温かくなるのを感じる。
ジンは優しく真名を抱いたまま、静かにシニガミの方へ視線を向ける。
「今はね.....痛みも悲しみも、全部終わったんだよ、シニガミ」
シニガミはまだ不安そうに小さく頷き、そっと真名に手を差し伸べる。子どものように純粋な心で、傷ついた者を気遣うその姿が、静かに場の空気を柔らかく包み込んだ。
響はため息をついた直後、真名に鋭く視線を向ける。
「こんなしょーもない終わり方なんて.......君の覚悟はその程度だったんだ?」
その声には嘲りと怒りが混ざり、真名の心に刺さる。
シニガミはびくっと体を震わせ、涙目のまま狐女を守ろうとするが、響の冷たい視線は揺るがない。
ジンは静かに響の横に立ち、その言葉の重みを受け止めるかのように、真名の肩に手を置く。
「でも......それでも、まだやり直せるわよ、真名。」
響の言葉とジンの言葉が交錯する中、真名は小さく震えながらも、再び自分の決意を見つめ直す。
集まっていた魂は、まるで光の川のように静かに揺らめきながら、ひとつひとつ元の持ち主の体へと戻っていく。
響は手元の糸をそっと緩めながら、操っていた神経を丁寧に元の体へ返す。動かなくなっていた指や手足が、ゆっくりと命を取り戻すように微かに震え、やがて完全に元の感覚を取り戻す。
その光景に、周囲の彩姫たちも息を飲む。穏やかで静かな光が満ちる中、誰一人として倒れたままではなくなり、戦場の緊張が少しずつ溶けていく。
響はその様子を淡々と見守り、まるで事務的に任務を終えたかのように、肩の力を抜いた。
響は振り返り、ため息交じりに肩をすくめる。
「.....萎えたんだよ。こんなしょーもない騒ぎ、もうどうでもいい」
その言葉に寧音は眉をひそめ、声を張る。
「こ、この子を放置して、どこに行く気なの!?
あなた......ひどすぎるよ!」
響はその声に少しだけ眉をひそめるが、表情は相変わらず淡々としている。
「......ああ、でも仕方ないだろ。もう用は済んだんだし」
寧音は体を小さく震わせながらも、必死で響の腕を掴む。
「そうじゃないでしょ!この子のこと、ちゃんと見てなきゃダメでしょ!」
響は一瞬、困惑したように寧音を見つめる。
その目には、普段の冷徹さとは違う、微かな戸惑いが混ざっていた。
響は冷たい目のまま、ため息をついてから一瞬で寧音の目の前に現れた。
その細長い指が寧音の顔に触れようと伸びるーー
「うるさいな、黙らせてやるよ」
しかしその指が届くよりも早く、天袮が鋭い動きで割り込む。
月のように光る瞳で睨みつけ、響の手首をがっちり掴み止めた。
「......それ以上、寧音には触れさせない」
天祢の声は低く冷静だが、背中からは張り詰めた魔力が立ち上る。
掴まれた響は片眉をわずかに上げると、興味深そうに天袮の顔を覗き込む。
「へえ......君、思ったより速いじゃん」
掴み合う二人の間で、空気がぴんと張り詰めた。
寧音は目を見開き、思わず小さく息を呑む。
「天祢くん......?」
心臓がドキドキと早鐘のように打つ中、天祢は静かに寧音を守る体勢を崩さず、鋭い視線で響の背中を見送った。
「......もう大丈夫」
その言葉に、寧音は少しだけ安心したように肩の力を抜く。
一方、去っていく響は振り返りもせず、薄く笑いながら低く呟く。
「和歌は......まだやり直せるから、後はよろしく」
その声が風に消えると同時に、響は闇に溶けるように去り、残された寧音と天袮だけが静かな空間に取り残された。
ドンツ!!
衝撃と共に床が微かに震き、寧音と天袮は咄嗟に身を固める。
一瞬の静寂の後、降り立った存在がゆっくりと姿を現した。
黒いマントに包まれたその人物は、冷たい気配を纏いながらも圧倒的な存在感を放っていた。
肩で風を切るように立つその姿は、まるでこの空間を支配しているかのようだ。




