始動
ピーターと天袮が少しずつ打ち解け、自然に笑い合う姿を目にした寧音。
その光景を見て、彼女の心には安心感が広がった。
「これで......彩姫たちと一緒に、管理人を止める手伝いができる」
寧音は心の中で静かにそう思い、決意を固める。
今までは不安や緊張から一歩引いていたが、今なら仲間たちと肩を並べて戦えるーーその確信があった。
彩姫は隣で元気に笑い、ピーターも優しく頷く。
「うん、みんなでやろう」
その言葉に寧音も微笑みを返す。
教室の空気は軽やかさを帯び、次の冒険への期待と決意で満たされていった。
狐女は割れた狐の仮面を手に取り、指先でそっと撫でる。
ひび割れた面にはこれまでのりと、抑えてきた感情の痕跡が刻まれていた。
「もう......偽るのは、やめた」
低く、しかし確固たる声で自分自身に言い聞かせるように呟く。
彼女の瞳は炎のように光り、怒りと決意が交錯する。
割れた仮面を手のひらで小さく修復し、頭に
つける一一小さな狐の仮面。
顔はもう隠さない。全てを曝け出す覚悟がそこにあった。
「私の叶えたい夢のために......全てを賭ける」
胸の奥に渦巻く熱情が、彼女をさらに強く突き動かす。
これまでの管理人たちへの抑制も、制御も、もう必要ない。
ただ、願いを実現するため一ー全力で突き進むのみ。
割れた仮面の傷跡と共に、狐女は新たな決意を胸に、静かに立ち上がった。
その背中には、これまで以上に凛とした強さと覚悟が漂っていた。
___________________________
狐女は顔を隠さず、堂々と廊下を歩いた。
割れた仮面の小さな傷跡さえ、もはや恐れの象徴ではなく、彼女の覚悟の証のように見えた。
「響、シニガミーー来なさい」
呼ばれた響は、いつもの面倒くさそうな顔で首をかしげながらも、仕方なさそうに歩み寄る。
「......ったく、また面倒なことに巻き込まれるのかよ」
一方、シニガミは目を輝かせ、まるでおもちゃを与えられた子供のように喜んで駆け寄った。
しかし、その表情はすぐに少し曇る。
ーーいつもと違う、何か得体の知れない狐女の雰囲気に、少し怖気づいたのだ。
狐女は静かに立ち止まり、二人を見据える。
「今日から、本格的に魂を集める一一準備はいい?」
響はため息をつきながらも武器のように扱う音の道具を整え、戦闘態勢を取る。
シニガミは嬉々として動き回りながらも、狐女の鋭い眼差しに少しだけ背筋が冷たくなる。
この瞬間、狐女の決意が現実となり、管理人たちの間にも緊張の空気が漂った。
「さあ、始めましょうーー全ての魂を、私の夢のために」
割れた仮面の傷跡に宿る覚悟が、まるで闇を裂くように輝いていた。
___________________________
夜の学園一一月明かりに照らされた廊下を、彩姫は慌ただしく駆け抜けた。
スマートフォンから届いたピーターのメッセージが頭の中で反響する。
「学園に人が集まっている。急いで」
慌てて制服から軽装に着替え、彩姫は天祢や寧音も呼び出した。
二人も即座に対応し、夜の学園に集まった。
廊下を抜けると、目の前の中庭で異様な光景が広がっていた。
ひときわ目立つのは、静かにバイオリンを弾く男の姿。その音色は、夜の空気を切り裂くように澄んで響く。
その横で歌う女性一ー仮面で顔を覆い、声だけが闇に溶け込む一一巷で噂の「仮面少女」だった。
その歌声は美しく、しかしどこか不気味で、人々の心を吸い込むように引き寄せる力を持っていた。
彩姫は身を潜めながらも、その場の空気の異様さに気づき、戦闘の予感を強く感じた。
天袮も静かに眉をひそめる。
「.....何者だ、あれは」
声には警戒が滲んでいた。
寧音は彩姫の隣で小さく息を呑む。
歌声の美しさに引き込まれそうになりながらも、その威圧感に身を固くする。
彩姫は深呼吸し、ピーターから聞いた情報を頭の中で整理する。
ーーこれは、ただの演奏会じゃない。
この二人は、間違いなく管理人の力と関わりがある一一魂を操る何かが、ここにある。
夜風に揺れる仮面少女の影と、バイオリンの男の冷たい視線が彩姫たちに戦いの兆しを告げていた。
仮面少女はゆっくりと、観客の視線も恐れずに仮面を外した。
顔は彩姫たちと同じくらいの年齢で、整った美しさを湛えている。
その瞬間、彩姫は確信するーーこの歌声が、学園中に人を引き寄せているのだ、と。
しかし、ただ美しいだけでは説明のつかないーーどこまでも広がり、魂に触れるような響きに、彩姫は思わず眉をひそめた。
その隣でピーターの目が鋭く光る。
彼の視線は自然と、仮面少女の首元へと向かった。
ーーそこには、小さな首輪のような魔道具が巻かれていた。
「.....あれは......禁呪の魔道具だ」
低く呟くピーター。彩姫は驚いて息を飲む。
「え.......?それって、確かーー」
ピーターは静かに説明する。
「魔力を枯れさせない、特別な道具.....悪用されると困るから確か国が厳重に保管していたはずのものだ」
仮面少女の歌声の秘密が、今、明らかになった。
その魔道具によって、彼女の声はただの音ではなく、魂を揺さぶる力を帯びている。
彩姫の胸に、戦いの予感が深く突き刺さる。
「......これは、ただの歌じゃない......」
天祢も眉を寄せ、静かに身を引き締めた。
「.......規模が大きすぎる。油断はできないな」
寧音も彩姫の隣で唇を噛む。
魔道具の存在を理解した瞬間、彼女の心に危機感が走った。
そして仮面少女は、ゆるやかに微笑むーーその表情には、何か計り知れない決意が宿っていた。
「なぜ、彼女は......管理人に協力しているの?」
彩姫がそう思った瞬間だった。
学園の廊下、教室、広場一ーそこにいたすべての人間が、地面に倒れ込んだ。
息を呑むような静寂が、一瞬で夜の学園を覆う。
背後から、冷たく、しかしどこか艶めいた声が響いた。
「美しいでしょ?」
彩姫が振り返るとーーそこに立っていたのは、黒いドレスに身を包み、頭には小さな狐の仮面をつけた女。
そう、学園中でその名を轟かせた一一狐女だった。
その姿は、夜の闇に溶け込みつつも、圧倒的な存在感を放っている。
倒れた生徒たちの間を歩く足取りは静かで、しかしその一歩一歩が恐怖の重みを伴っていた。
「私の夢のために一ー全てを賭ける」
小さな狐の仮面の奥の瞳が、闇の中で冷たく光った。
彩姫は身を固め、天祢、ピーター、寧音も横に立つ。
学園を覆う圧倒的なカーーそれが、今、目の前に現れたのだ。
ーーそして、仮面少女の歌声が狐女の登場と重なり、夜の学園に不気味な調和を奏で始めた。
彩姫たちは互いに視線を交わす。
「......来たな」
天袮の声には冷静な覚悟が宿り、ピーターは眉をひそめ、寧音は拳を軽く握った。敵の姿が、いよいよその全貌を現した。
彩姫たちは、一瞬言葉を失った。
小さな狐の仮面を頭にのせた狐女一ーだが、顔は隠されていなかった。
夜の闇に映えるその素顔は、これまでの仮面の影を完全に振り切った、凛とした美しさを持っていた。
「顔が......見える......」
彩姫の瞳が大きく見開かれる。
これまで幾度となく噂で聞かされ、管理人としての神秘的な存在感しか知らなかった狐女の、素の表情一ー
その目は冷徹でありながらも、どこか情熱的で、意志の強さが滲み出ていた。
唇の端に僅かに笑みを浮かべるその姿は、同時に恐ろしく、そして目を離せない魅力を放っていた。
天祢も静かに眉をひそめ、ピーターは少し目を細める。
寧音は息をのんで、身を小さくする。
彩姫たちの視線は狐女の素顔に釘付けだった。
だが、彩姫の脳裏に浮かんだ名前で、全てがつながった。
ーーあれは......今川真名。
「.....まさか、委員長......あなたが.....」
思わず彩姫は小さく声を漏らす。
あの完璧な委員長一一高等部2年生Aクラスの委員長、爆弾魔法の使い手、そして学園の誰もが信頼を寄せていた彼女が、黒いドレスに小さな狐の仮面一一狐女として、管理人の側に立っていたのだ。
ピーターも天祢も、瞬間的にその事実を理解する。
「......誰だ......?」
天袮の声は低く、冷静に響いた。
寧音は目を丸くして、まだ信じられない様子で彩姫の肩を軽く叩く。
「彩姫.......嘘......だよね?」
しかし、黒いドレスの狐女一一真名は微笑む。
その笑みは優雅で、しかし底知れぬ恐怖をも孕んでいた。
「驚いた?ふふ.....でも、私はずっとこうしたかったのよ。学園の表も裏も、すべて私の手で動かすために」
彩姫は息を飲む。
自分たちがこれまでじていた人物一一味方だと思っていた彼女ーーその真実が、夜の学園に重くのしかかる。
「......これが、管理人の一員としての、委員長.......」
ピーターは無言で拳を握り、天祢も静かに眉をひそめた。
寧音もまた、胸の奥で不安と驚きが入り混じるのを感じた。
___________________________
真名は空中にふわりと舞い上がり、踊るように軽やかに浮かぶ。
月光に照らされた黒いドレスが揺れ、まるで夜の闇そのものが彼女を包み込むようだった。
「この子の魔法、すごいでしょ?」
指先を揺らし、ふわりと笑うその顔は、かつての委員長の面影を残しつつも、妖艶で冷徹な輝きを帯びている。
「管理人の響が捕まえてきたのよ?彼女の歌声に魅了された人は一ーみーんな眠ってしまうの」
彩姫はその瞬間、息を呑んだ。眠る人々の上に、不可解な糸が宙を飛び交っている。
「ほらほらほーらー!!すごいでしょう??響のバイオリンと和歌の声、完壁だわ」
真名は笑いながら、まるで夜風に舞うように、倒れた人々の間を縫い歩く。
その手からは、透明な糸が細く伸び、眠る人々の胸元に絡みつくたび、魂がゆっくりと吸い上げられていく。
「......こんなこと、許されるわけが.....」
彩姫は握った拳をぎゅっと硬くする。
だが、目の前で行われる光景は現実そのもので、止めなければ誰も救えないーーそう直感する。
天祢もピーターも静かに歯を食いしばり、寧音は小さく身を震わせる。
しかし、彼らはただ見ているだけではない。
今、この瞬間からーー全員が立ち上がり、狐女・真名に立ち向かう覚悟を決めた。
夜空に響くバイオリンの旋律、仮面少女の歌声、そして空中に舞う黒いドレス。
それは、美しくも、恐ろしくも、学園を覆い尽くすーー戦いの前触れだった。
「まずは仮面少女の歌を止める!!」
彩姫は強く心に決め、ピーターや天祢、寧音と共に手分けして前へ進もうとした。
しかし、その瞬間一一彩姫の指先が、宙に漂う糸に触れてしまう。
「ぎゃっ!」
悲鳴が響く。
糸を操る和歌が思わず声を上げる。
その声は、どこか切迫感を帯び、彩姫の耳に突き刺さるようだった。
「彩姫!大丈夫!」
ピーターは驚く彩姫の肩を優しく掴み、落ち着かせるように顔を覗き込む。
「深呼吸して.....いいか?」
しかし響は、バイオリンを弾きながら淡々と告げる。
「糸には触らない方がいいよ」
その瞳は冷静で、しかしどこか不敵な光を帯びていた。
「俺は......眠っている人なら神経を糸にして外に出すことが出来る。だからその糸に触れてしまったら......その人のどこかの部分の神経に傷が入っちゃうよ?」
響は薄く笑い、まるで普告を楽しむかのように彩姫を見つめる。
そして手を伸ばすと、彩姫が触れてしまった糸を、静かに、確かに癒した。
「次はないよ?」
彩姫は息を整え、ピーターも彼女の肩を軽く叩きながら頷く。
緊張が走る夜一ーだが、仲間の手によって守られている。
その瞬間、彩姫の胸には覚悟と決意が静かに芽生えた。
「....次は、私が止める番だ」
夜の闇に響くバイオリンと歌声の中、戦いはさらに激しさを増していく。




