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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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噂探しと転校生

朝の校舎は、まだ半分眠っているみたいに静かだった。

いつもより少し早めに登校した私は、隣を歩<ピーターと顔を見合わせる。


「ねえ、管理人の噂......やっぱり気になるよね」


「そうだな」


ピーターは淡々と答えるけれど、その水色の瞳は周囲を驚戒するように細かく動いていた。

ただの噂話ならいい。けれど、私たちはもう「ただの噂」で済まされない立場にいる

昇降口から教室棟へ。すれ違う生徒たちはまだ眠たそうで、けれど私たちが「管理人」という単語を口にすると、ほんの一瞬だけ空気が張りつめる。


「......管理人?ああ、聞いたことあるけど......なんか怖いよね」


「雨が急に降ったり、過去や未来に行けたりするって......あれって本当なの?」


「学校に住んでるって噂もあるし」


囁く声は、どれも不安げで、確信があるわけじゃなかった。

けれど断片的に集めた言葉が、まるでパズルのピースみたいに頭の中に散らばっていく。


「......ねえ、やっぱり学校でも広まってるみたいだね」


小声でそう告げると、ピーターは軽く領いた。


「ただの噂にしては、生徒が詳しく知ってるやつが多いな。…まさかその中の誰かが俺たちと同じように管理人に出会ったことなあったのか?」


「誰かが......」


私は無意識に制服の胸元をぎゅっと掴む。

ーーもしかしたら、もう「管理人」は近くにいるのかもしれない。

窓の外を見ると、分厚い雲がゆっくりと流れていた。

まだ雨は降っていないけれど、胸の奥は冷たいしずくが落ちてくるみたいにざわついていた。


「じゃあ、私はAクラスの方を回ってみる」


そう告げて、ピーターと廊下で別れた。

足を進める先は、Aクラスの教室。

朝の光が差し込む窓際に、整った姿勢でノートを開いている彼女がいた。

ーー今川(こんがわ)真名(まな)

Aクラスの委員長で、勉強も魔法の制御も完璧だと言われている人。

同じ高等部二年だけど、私とはまるで世界が違う。


「真名ちょっといい?」


声をかけると、真名さんは顔を上げ、軽く眼鏡を直した。


「......彩姫? 珍しいじゃん。どうかしたの?」


私は一瞬ためらったけれど、覚悟を決めて口を開いた。


「管理人っていう噂......何か知ってる?」


すると彼女は、ほんのわずかに目を細めた。


「管理人.......ああ、その話」


答えてくれるーーそう思った瞬間。


「私はあまりそういう根拠のない噂話は信じないの。大切なのは、あなた自身がきちんと足元を見て生活することよ」


綺麗にはぐらかされてしまった。そのうえで、彼女はさらりと続ける。


「それより彩姫?......最近、授業の提出物が遅れていないかしら?成績を落とすと、あとで苦労するわよ」


「えっ......」


胸を突かれたように言葉が詰まる。


「(ま、また......!)」


実は、少し前に宿題を溜めていたのを見られていたのだろうか。

真名はにっこりと微笑む。けれど、その微笑みは鋭く、質問の答えを探る余地を与えてはくれなかった。


「噂を追いかけるのもいいけれど、現実をきちんと見てね」

___________________________

軽やかな声に追い払われるように、私は教室を後にした。心の中で、ため息がひとつ落ちた。

真名さんの教室を出た私は、思わず肩を落とした。


「(......結局、噂のことは何も聞けなかった)」


次に向かうのは、もう一人のAクラス委員長

ーー清水(しみず)(とき)

彼は真名と同じく成績優秀、だけど人柄はまるで違うと聞く。

教室の奥、窓際の席に彼は座っていた。

机の上には分厚い参考書。整った姿勢。

光を反射するメガネ越しの視線は、どこか淡々としている。


「清水くん、少しいい?」


恐る恐る声をかけると、彼は本から顔を上げた。


「......椿?何の用だ」


静かで、抑揚の少ない声。


「管理人って噂、何か知ってる?」


単刀直入に尋ねた。けれど、彼は瞬きすらせず、淡々と答える。


「興味ないな。噂話は時間の無駄だ」


あっさりと切り捨てられた。

その声音には、揺るぎがまるでなかった。

続けて、彼は眼鏡のブリッジに指をかけながら、言葉を重ねる。


「それより......君、最近の試験結果はどうだった?提出物も、少し遅れがちなようだが」


「......っ!」


図星を突かれ、背筋が凍る。清水くんの眼鏡がかすかに光る。


「(もしかして......透視の力で、私のことも見抜かれてる.......?)」


彼は淡々と結論を下すように言った。


「噂を追うのもいいが、まずは足元を固めることだな。学力は、誤魔化しがきかないから」


興味を示す気配は一切ない。

その冷静すぎる対応に、私は何も言い返せなくなり、頭を下げて教室を後にした。

廊下に出た瞬間、私は小さくつぶやいた。


「......二人とも、全然取り合ってくれない」


足取りは、自然と重くなっていた。

___________________________

「一ーねぇ、管理人のこと知ってる?」


爽やかな笑みとともに問いかけると、目の前の女子生徒は小さく悲鳴をあげて、


「ひ、ひゃっ......!い、いえ、存じません.......!で、でも.....ピーター様!よろしければ、連絡先を......!」


慌てて両手を差し出してくる。

その後も、彼が声をかけるたびに返ってくるのは一ー質問の答えではなく、同じような熱を帯びた声ばかり。


「ごめんなさい、管理人なんてよくわからないですけど.....ピーター様って今、どなたかとお付き合いしてますか?」


「ピーター様っ!写真一緒に撮ってください!」


次々に寄ってくる女子たちの輪の中心で、彼は苦笑を浮かべた。


「(.....やっぱり、こうなるか)」


聞き込みどころか、逆に人気投票の会場にでも放り込まれたような状況だ。

彼が軽くため息をついた、その時だった。


「ーーピーターくん?管理人のことを調べているの?」


群衆の向こうから、落ち着いた声が降りてきた。

振り返ると、そこに立っていたのはただひとりの生徒。

他の女子たちの熱っぽい視線とは違い、その瞳は冷静で、真剣だった。


「......君は?」


ピーターの蒼い瞳が、その人物を射抜く。同時に、彼の胸に小さな直感が走った。


「(ーーこいつは、確か)」


「ピーターくん?管理人のことを調べているの?」


声の主は一一齋藤(さいとう)心美(ここみ)だった。

長い濃い桃色の髪が陽の光を受け、絹糸のように揺れる。

その一歩ごとに廊下の空気が変わり、取り巻きの女子たちですら思わず息を呑む。

彼女が笑えば、まるで春が訪れたかのように周囲が華やぐ。

そして、誰もが無意識に彼女を目で追ってしまう。


「......齋藤心美」


ピーターはその名を口にすると、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。彼女の固有魔法ーー魅了(みりょう)

その美貌と声色に込められた魔力は、人を簡単に惑わせ、操る。男子はもちろん、時に女子すらも心を奪われるほど。


「心美様......!」


「やっぱり可愛い......」


「お美しい……!あぁ花が咲いてるようだ」


周囲から小さなざわめきが漏れる。

だが当の本人は、視線を真っ直ぐにピーターへと向けていた。


「答えてほしいな?

ピーターくんって本当に"管理人"を探しているのかしら?」


その瞳は笑みをたたえながらも、どこか挑発的でーー。

まるで「私の魔法が通じるか試してみたい」とでも言いたげだった。

ピーターは静かに息を吐き、彼女を見返す。

その表情は、いつも女子たちに向ける柔和なものではなかった。

むしろーー美貌と美貌がぶつかり合い、火花を散らすような緊張感に包まれていた。


「うん。何か知ってるかな?」


ピーターは爽やかに微笑み、いつもの優しい声で問いかけた。

心美はぱっと花が咲いたように笑顔を見せ、両手を軽く合わせてから小さく首を振る。


「ごめんね?私もよく知らなくて......」


言葉とは裏腹に、その瞳はまっすぐピーターに注がれ、光を反射するようにきらめいていた。

その一瞬で、周囲にいた数人の男子が思わず赤くなる。

それほどまでに、彼女の微笑みには"魔力”があった。


「でもねーー」


彼女は一歩近づき、さりげなく距離を詰める。

香り立つような甘い雰囲気の中で、彼女はにこにこと言葉を続けた。


「私、ピーターくんの力になりたいな?良かったら......一緒に噂について探さない?」


そう囁いた途端、心美は自然な仕草でピーターの腕に自分の腕を絡める。

その動きはあまりに滑らかで、誰も拒絶する隙を与えない。

まるで「当然でしょ?」と言わんばかりの甘やかさで。

取り巻きの女子たちが一斉にざわめく。


「ちょ、ちょっと心美様......!」


「ピーター様と並んでるの......絵になりすぎて.......」


「これは.......反則......」


教室前の廊下は、ほんの数秒で異様な熱気に包まれていた。

___________________________

廊下の少し離れたところで、私は息をひそめてその様子を見ていた。

心美と腕を組み、自然体で笑うピーターーーまるで絵画の中から抜け出してきたかのように完璧で、誰もが見惚れてしまう光景だった。


「(......邪魔しちゃ悪い.....)」


胸の奥で、少しだけ悔しい気持ちを押し込めながら、私はそっとその場を離れようとした。

その瞬間だった。


「悪いけど、彩姫が待ってるから」


振り返ると、ピーターは笑顔のまま私の方を見ていた。

腕を組んだ心美に自然な仕草で軽く振り払い、さりげなく私を優先してくれるーーその姿に、思わず胸がきゅっとなる。


「また何か分かったら教えて」


そう言い残して、彼は廊下を歩き去る。

私の視線にほんの一瞬だけ目線をくれるその笑顔は、いつもより少しだけ温かく、そしてーーどこか特別に感じられた。

私はそっと息を吐き、足を再び前へ進めた。


「(.....よかった。やっぱり、待ってくれてたんだ)」


心の中で、少しだけ安堵と、ほんの少しの切なさが入り混じった。廊下の朝の光は、いつもより優しく感じられた。

___________________________

廊下に残った齋藤心美は、振り払われた自分の手をそっと見つめた。

ピーターの腕から解かれた瞬間一ーほんの一瞬、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちが走った。


「(.....あら、少し残念)」


その微かな感情を振り払い、彼女は笑顔を整えた。

ちょうどその時、後ろから声がかかる。


「ちょっといいかしら、齋藤さん?」


振り返ると、声の主は落ち着いた雰囲気の女子生徒だった。

心美は微笑みを崩さず、自然に応える。


「はい、どうしましたか?」


廊下のざわめきや、さっきまでの熱気とは打って変わって、ふたりだけの静かな空間がそこに生まれる。

心美の瞳には、柔らかさと同時にほんの少しの警戒が光っていた。


「少し、お話があるの」


女子生徒の声は低く、真剣だった。

心美は軽く頷き、話を聞く姿勢を取る。

笑顔は絶やさずーーけれど、その瞳の奥には、確かに何か探ろうとする鋭い光が宿っていた。

心美が微笑みを崩さずに女子生徒の話を聞こうとしたその瞬間、後ろから声がかかった。


「齋藤さん。先生が君を探してた。急用らしい」


振り返ると、そこに立っていたのは同じAクラスの照島(てるじま)恢斗(かいと)

地味な眼鏡をかけ、控えめながらも要点を押さえた口調で告げている。


「えっ......!?」


心美の瞳が一瞬大きく見開かれる。

急な知らせに驚きつつも、瞬時に表情を整えると、軽く会釈をしてその場を後にした。

絡んできた女子生徒は、心美が去る背中を見送りながら、舌打ちをひとつして小さくつぶやく。


「.....あの子って、やっぱりいつもタイミング完璧なんだから......」


廊下には再び静けさが戻り、歩く心美の足音だけが反響していた。

軽やかで自に満ちた歩みは、誰もが目で追わずにはいられないほど、自然と存在感を放っていた。

___________________________

心美は碧先生の元へ急いだ。


「すみません、先生、急用と聞いたので......」


しかし碧先生は、いつも通り落ち着いた表情で首を振る。


「あら?呼んでないわよ齋藤さん。照島くんの勘違いじゃないかしら?」


一瞬、心美は目を見開いた。


「(......え?じゃあ、今の知らせは......?)」


意味が理解できず、次に照島の元へ向かう。


「照島くん、さっき......碧先生が呼んでないって」


そう言うと、照島は淡々と頷くだけだった。


「そうなんだ」


それ以上、彼からは何も言葉が出ない。

心美は胸の中で小さく苛立ちを覚えるが、顔には出さずに静かに席へ戻る。

歩く姿勢や表情には、普段通りの微笑みと優雅さを保った。

ーー照島はふと、小さく呟いた。


「......そこまで怒ることなのだろうか?」


心美にはその言葉は届かない。

ただ、廊下を戻る背中を、彼はそっと見つめていた。

教室に戻った心美の瞳は、どこか遠くを見つめているようで、その苛立ちの理由を、誰も知ることはできなかった。

___________________________

教室はまだ少しざわついていた。朝の光が机に反射し、生徒たちの目が黒板前の男性に注がれる。


「......おはよ。ま、座れ」


黒板前に立つのは、Aクラスの担任・村瀬(むらせ)先生一一通称”村セン”。

相変わらず髪が乱れたまま。腕を組み、半ばやる気なさそうに生徒を見渡す姿は、まさにラフな教師そのものだ。

村センは黒板前で腕を組み、ややだるそうに息をついた。


「で、今日の目玉だ。新しい転校生が来たぞ」


ざわめきがび広がる中、扉が開いた。

落ち着いた空気を纏い、黒髪の少年がゆっくりと教室に入ってくる。


首元には三日月の形をしたネックレスが光を反射していた。


「高等部2年生、Aクラス。こいつも彩姫とピーターと同じ大学部Sクラス進学内定者の一人だ」


村センの声は普段通りラフで、どこか退屈そうだったが、その説明には確かな重みがあった。

彼は目線を逸らして会釈する。


「.....月星(つきぼし)天袮(あまね)


言葉は少ないが、その端正な容姿と落ち着きのあるまいが、教室中の空気を一瞬で凛とさせる。

無愛想だが、確かな存在感ーーピーターにも匹敵するほどのイケメンだという噂が、ざわめきの中にちらりと混じる。

続いて、天祢の隣に女性が歩み寄る。

風に揺れるロングヘア、鈴のついたブレスレットにドクロの髪飾り。控えめな微笑みを浮かべる柔らかく優しい空気を纏った少女だ。


「私の名前は神代(かみしろ)寧音(ねね)です。

よろしくお願いします」


柔らかく丁寧な声が教室に響き、周囲に自然な安心感を与える。村センは軽く手を振る。


「ま、期待してやれよ」


ざわめきの中、彩姫はふと天袮の姿を見やる。


「(......無愛想なのに、すごくイケメン.....目立つな......。それと.....なんだか、すごく落ち着いてる......)」


天祢の視線はどこか遠くを見据えているようで、冷静さと芯の強さが感じられた。一方、寧音は彩姫に小さく微笑みを見せる。


「(......柔らかくて、でも芯がある子......)」


彩姫はその微笑みに、なぜか少し安心する気持ちを覚えた。村センはだるそうに肩をすくめる。


「じゃ、席に着け。あとは勝手に馴染め」


ラフでざっくばらんな口調に、教室は少し笑いを含んだ空気に包まれた。

新しい二人が席に着くと、教室の雰囲気は少しだけ変わった。

ーー無愛想で冷静な天袮、優しく柔らかい寧音、その二人の存在が、朝の教室に不思議な緊張感と安心感を同時に生み出していた。

ーー強く、柔らかく、そして少し神秘的な空気が漂い始める。


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