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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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雨男

広間を出た雨は、手元の小さな傘を握りしめながら歩いた。

空気は湿り、冷たい風が吹き込む窓の隙間から、緊張のようなものが肌を刺す。


「......ぼく、やらなきゃ.....」


まだ経験の浅い雨にとって、管理人としての初めての任務は、頭だけでは理解できても、心までは整理できない。

だが、狐女の言葉が一一「彩姫の魂を一ー」、胸に重くのしかかる。

歩みを進めるごとに、心臓の鼓動が速くなる。

大人たちの影ーージンやシニガミ狐女一ーが常に自分を見守っているような気がして、背筋がひんやりする。


「ぼく、ちゃんと......できるかな......」


傘の先端を軽く握りしめる指が、少しずつ汗で湿る。

雨はまだ誰にも打ち明けられない不安と、任務への興奮を同時に抱えていた。

窓の外、校舎の影の間に紫色の髪がちらりと見える。

あれが......紫魔女、椿彩姫。

まだ一度も近づいたことのない、未知で強大な存在。


「......うぅ......やるしかないよね」


傘を軽く振ると、微かな水滴が先端から落ちる。

雨の能力ーー天気を操るカーーはまだ試せていない。

でも、いつか、彩姫の魂を手に入れることができる

ーーそんな自信と希望が、ほんの少しだけ心を支える。

雨の小さな背中に、風が絡みつく。

まだ未熟で、怖くて、それでも前に進もうとするーーそんな姿が、校舎の影に溶けていった。

「......はあ......」


夜の帳が降りた住宅街の一角。

びしょ濡れの靴を脱ぎ、玄関に背中を預けるように座り込む。

制服の下に隠した傘の柄が、ぎゅっと手の中で重くなる。

嶺春(みねはる)梅雨(つゆ)


中等部三年Bクラス。

外から見れば、どこにでもいる冴えない男子生徒。

だがその正体は一一天気の管理人「雨」


梅雨はランドセルを背負っていた小さな頃から、ずっと「雨男」と呼ばれてきた。

遠足の日も運動会の日も、彼がいると空は灰色に染まり、雲は水を抱えきれずに零してしまう。

友達の輪から外れるのに時間はかからなかった。


「......あの時、狐女さんに会わなければ......」


小さな声で呟きながら、梅雨は制服のボタンを外す。

自室に入り、押し入れの奥から取り出したジャージに袖を通した。

その胸元に、狐女から渡された「管理人の証」の小さな札が光る。

彼の固有魔法は「移動(ワープ)

頭に留めた銀色のピンがその媒介であり、水から水へと瞬間移動が可能。

しかし、戦う力も守る力もない。

できることは一一雨を降らせるだけ。


「......やだなぁ......明日の集まり......また、ジンさんやシニガミさんの横に座らないといけないんだ......」


布団に倒れ込み、傘を抱きしめる。

天気の管理人としては最も下っ端。

毎回の集まりでは、狐女の隣でただ縮こまり、死神の無垢な飢えを、ジンの冷たい眼差しを、黙って見ているしかない。それでも、彼は戻れない。


狐女に出会ったあの日一ー「雨男なんて嫌だ」と泣いた少年は、選んでしまったのだ。

人としての道ではなく、管理人としての道を。

窓の外にまた雨音が広がる。

生まれつき降らせるしかなかった雨。

それは呪いであり、同時に彼の居場所を指し示す唯一の証でもあった。

___________________________

教室一雨と光


制服に袖を通し、まだ濡れた髪を雑に拭きながら、一一嶺春梅雨は学校へと向かった。

昇降口を抜け、廊下を歩くだけで、もう耳に突き刺さる。


「うわ、また雨かよ」


「雨男来んなっての」


「今日体育あるんだぞ、最悪だろ」


......もう慣れた。反論するだけ無駄だってことも。

教室に入ると視線が集まり、僕は窓際の自分の席にすぐ座った。

カバンから文庫本を取り出し、ページをめくる。

教室のざわめきが遠ざかっていくような気がして、少しだけ息がしやすくなる。

一一本の中だけは、誰も僕を「雨男」なんて呼ばない。


「おーい、梅雨!」


弾むような声に顔を上げると、そこに立っていたのは桐生(きりゅう)(ひかる)

同じクラスの幼なじみで、雷の固有魔法を持っている。

明るくて、誰にでも好かれる。僕とは正反対の存在だ。


「また本読んでんのか?外は雨で暗いんだからさ、俺が隣座ってやるよ!」


言うが早いか、光は椅子を引き寄せて隣に腰かけた。

教室の何人かがひそひそ笑う。


ーー「なんであんなやつと仲いいんだ?」って、きっとそう言ってる。

でも光は全然気にしていない。


「なぁ梅雨、今日は放課後に駄菓子屋寄ろうぜ!あそこのラムネ、まだ好きだろ?」


「.....別に、僕は......」


「ほら出た、また『別に』!でもさ、結局ついてくるんだろ?」


教室に光の笑い声が響く。

その明るさに釣られて、僕の心もほんの少しだけ軽くなる。

ーー光だけは。

光だけは、僕を「雨男」じゃなくて、ちゃんと「梅雨」って呼んでくれる。

その事実が、僕にとって何よりの救いだった。



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