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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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会議

暗い石造りの広間。天井のシャンデリアには火は灯らず、ただ蝋燭の揺れる光だけが空気を照らしていた。

円卓の上には、それぞれの「管理人」の象徴ともいえる道具が置かれている。

【1人目噂の管理人 狐女】

彼女は様々な姿で現れてどんな願いも叶えてくれる。

その代わり魂を差し出さなければいけない。文字通りどんな噂も実現することが出来る。

管理人のリーダーである狐女は長い袖の着物姿で、彩姫たちに壊された仮面を見ながら別の狐の仮面をつけて現れ、玉座のような椅子に腰掛ける。


【2人目人生の管理人 ジン】

この星で生きる人間の全ての人生が記されている書庫の管理人。これらを読んで未来、過去を知ることが可能。

その際に魂を差し出さなければならない。

管理人の副リーダー兼秘書のジンは分厚い書物を片手に、議事録を取るように淡々と視線を走らせていた。


【3人目音の管理人 響】

どんな音も全て扱うことが出来る。

彼のメロディーにかかればどんな人であろうと操られてしまうという噂がある彼の音楽を聴いたものは全て魂を抜かれるという。


【4人目 死の管理人 シニガミ】

彼の周りにある黒い空気に触れればたちまち骨と化してしまう。

殺して欲しい人がいた際はその空気を瓶に詰めて

依頼人に渡す。

その条件として依頼人は殺した人の魂を持ってこなくてはならない。約束を守れなければ魂を取られてしまう。

この2人は毎度の事ながら欠席だ。


【5人目 時の管理人トキ】

時を15分×3回止めることができる時計、未来に行く時計、過去に行く時計の管理人。

これらの時計を使いたいものは魂と引替えに使うことが可能。時を止める時計は本人のみ使用可。

その他の時計は本人以外も使用可だが、1人にしか使うことが出来ない。

トキは懐中時計を弄びながら退屈そうに腕を組む。


【6人目偽りの管理人 ユイ】

魂を絵の中に閉じ込めることが可能

全てが偽りの世界で魂の主を天国、もしくは地獄に永遠と閉じこめることが可能。どの絵の世界にも必ず出口はあるのだが、誰一人として脱出できたものはいない。


ユイは無邪気な笑みを浮かべ、机の上で小さなキャンバスに筆を走らせている。


【7人目 天気の管理人 雨】

どんな天気もたちまち雨にすることが可能。

雨の中に毒を入れることが出来、それを防げるのは魔法の障壁か自分の持っている傘でしか防ぐことは出来ない。


雨は下を向いたまま、両手で傘の柄をぎゅっと握りしめていた。

___________________________

「さて......今日の議題は”紫魔女、椿彩姫についてよ。彼女の魂、今こそ我らが手に入れる時」


「確かに、彼女は特異です。記録によれば、魔女という2つ名を持つものは世界に二人しか存在しない。管理人としても注視すべき対象でしょう」


「.....ぼ、僕にやらせてください。まだ魂は一つも得ていませんが、今度こそーー」


「まあ.....意気込みだけは立派ね。でもあなたの雨は、まだただの小雨。嵐には程遠いわ」


その言葉に雨が悔しげに唇を噛む。その様子をトキが時計を弄びながら鼻で笑い、椅子に背を預け、退屈そうに時計を弄ぶ。


「.....はあ。くだらん」


「.....何か言ったかしら?」


「......いや。別に」


トキは狐女に視線も合わさず、面倒そうに溜息を吐く。ユイは絵を描く手をとめずに


「彩姫さんですかぁ......。ふふ、絵にするなら綺麗でしょうねえ」


と呟くが狐女に怒られる。


「その邪魔をしたのは他でもない貴方でしょうが!!よくも…あんなにいいチャンスが芽生えてたと言うのに…!!」


と怒る狐女を見もせずに筆を止めずに、にこやかに「ですねえ」とだけ返す。その声音には熱も期待もない。


「.....では議題はまとまりました。対象は椿彩姫。進行は狐女様が主導、雨が補助。記録に残します」


「決まりね。一一次は外の世界で遊ぶ番よ」


狐女の笑みと共に、広間の空気はさらに冷たさを増した。一方で、トキはつまらなそうに時計を弄び続け、ユイは描きかけの絵を見つめて小さく微笑んでいた。

___________________________

会議が解散し、重い扉が軋む音とともに管理人たちが一人、また一人と姿を消していった。

最後に残った狐女は、扇を軽く開閉しながら微笑を浮かべ、虚空を見上げていた。


「.....やれやれ。皆、好き勝手に言ってくれるわねえ」


扇の隙間から艶やかな瞳が細められた、その瞬間一一。


足音はなかった。ただ、広間の奥の闇がぐにゃりと揺れ、空気が濁った。

やがてその黒から、骨を擦るような音と共に一つの影が歩み出る。


シニガミ____


その体の周囲を覆う黒い靄は、床に落ちるだけで石をひび割らせ、冷気を生む。

骸骨のような手が震え、口元からは止めどなく誕が滴り落ち、床に不気味な音を立てて広がっていった。

シニガミ一ーその存在はまるで。欲望に忠実な化身のように、ひたすら「ホシイ、、、」と繰り返す。

狐女は驚きもせず、静かに微笑む。


「わかった......」


そう言うと、彼女は自ら立ち上がり、シニガミの前へ歩み寄った。影の中で骨ばった手が伸びる死神に、狐女は腕を差し出す。

シニガミは低く唸り声を上げ、躊躇することなく勢いよく腕へと噛みついた。

鋭い牙が皮膚を貫き、血がじわりと滲む。

狐女は驚きこそ隠しつつも、痛みに顔を歪め、口に挟んでいた白いハンカチをぎゅっと噛み締めた。


「......っ......!」


痛みが全身に走る。だが彼女は眉ひとつ動かさず、目だけを冷たく死神に向けた。

シニガミの顎の力は強靭で、血と肉を味わうその感触は、ただ"本能の饗宴"。

人の血肉しか口にできないシニガミにとって、これは歓喜そのものだった。

黒い靄が床を這い、広間全体が冷たく震える。

しかし狐女は耐えた。

口の中のハンカチに痛みを押し付け、体は硬直しながらも、冷静さを保ち続ける。


「.....ふふ。さすがね......」


血の匂いと痛みの中でも、狐女の笑みは薄らと妖艶に浮かんでいた。シニガミの唸りはゆっくりと収まり、咀嚼のリズムだけが広間に残る。

シニガミが鋭い牙を狐女の腕から離すと、そこには赤い血の跡が残った。


「ご、ごめ.....ごめん......いた、痛い.....?」


低く唸っていた声は、たちまち泣きそうな、幼い子供のような震えを帯びた声に変わる。

その表情は、普段の冷酷な死神の姿からは想像もつかないほど、不安と戸惑いに満ちていた。

狐女は口の中のハンカチを噛み締めたまま、ふう、と小さく息を吐く。

腕の痛みは残るが、冷静さを失わない。


「......大丈夫よ、驚いただけで......」


シニガミはその顔をじっと見つめる。

眼差しには、ただ謝罪と不安だけが映っていて、まるで自分が悪いことをした子供のようだった。


「ご、ごめん.......ごめん......」


小さく何度も呟き、手を震わせるシニガミ。

血の跡を見つめながらも、狐女の目を逸らすことができない。

狐女は腕をそっと引き、落ち着いた声で続けた。


「ふふ.....分かればいいのよ。次からは優しくしてね」


幼さと獣の本能のギャップーーその矛盾した姿が、広間の空気に奇妙な余韻を残した。

シニガミはまだ唸りの名残を残しつつも、狐女の前で俯き、しばらく震えて立ち尽くしていた。

___________________________

シニガミを帰らせ、広間には再び静寂が訪れた。

狐女はゆっくりと椅子に腰を下ろすと、腕の傷口を見つめ、白い布を手に取り丁寧に手当を始めた。

血を拭い、傷口に薬を塗り、布で優しく巻く。

その姿は、普段の妖艶で余裕たっぷりな振る舞いとは打って変わって、ひっそりとした孤独な女性の面影を漂わせていた。

痛みに歪んだ表情を抑え、冷静に、しかし確実に処置を進めるその手つきには、どこか生々しい人間味が宿っている。


広間の奥。

気配を消して見つめる影があった。


トキ___


懐中時計を片手に、ただ静かに、狐女の背中を見つめている。

腕の手の一つ一つを、息を潜めるように観察し、言葉を発することなく胸の奥で何かを感じ取っていた。


「......あいつも、傷を負うことがあるんだな」


心の中でそう思う。

普段は冷徹で、常に笑みを浮かべ、恐怖と尊敬の入り混じった存在としてしか見せない狐女。

しかし今、目の前で傷を手当てするその姿は、弱さと強さを同時に孕んでいた。トキの瞳は揺れる。

表には出さないが、その仕草の一つ一つが、彼の心を少しだけざわつかせる。

誰にも見せない孤独、誰にも許さない強さーーそのすべてを、彼はただ静かに受け止めていた。


広間には、静寂だけが漂っていた。

狐女は椅子に寄りかかり、痛みに耐えきれず小さく肩を震わせ、やがて目を閉じて眠りに落ちた。

血で滲んだ白い布は、まるで彼女の戦いの証のように、腕に巻きついたまま。

その姿を、誰にも気づかれぬよう静かに見つめる影があった。トキ。

懐中時計を握りしめ、低く息を吐く。

誰にも見せないその表情には、柔らかさと微かな緊張が混じっていた。

ーーそっと近寄る。

狐女の細く揺れる指先、血の滲む腕を、まるで息を止めるように観察する。


「.....毎回、こうしちまうんだよな…なんでだろうな」


懐中時計をそっと取り出す。盤面に触れ、時を遡らせる。

針が逆回転し、時間が静かに、しかし確実に巻き戻されていく。

傷が、布の中で静かに癒えていく。

切れた肌が繋がり、血が引いてゆく一一痛みが消え、腕の輪郭が元に戻る。

狐女の体はまだ眠ったまま。

その寝顔は、普段の妖艶で冷徹な表情とは別人のように、安らかで、微かに眉を寄せる仕草が痛みの名残を物語っていた。

トキはその姿を、息を殺して見守る。誰にも知られてはいけない。

彼にとって、この行為は密やかな、しかし確実な優しさの証だった。

ーーシニガミに腕を食べられるたび、トキはこうして狐女を守る。

それは表には出せぬ秘密の儀式であり、彼の静かな誓いでもあった。

癒えた腕を確かめると、トキはそっと時計を閉じ、影のように広間の奥へ戻っていく。

蝋燭の揺れる明かりに照らされた狐女の腕は、まるで何事もなかったかのように元通りだった。

広間には再び静寂だけが残り、時の巻き戻りの痕跡を知る者は、ただ一人ーートキだけだった。

___________________________

広間に漂う蝋燭の炎の揺らめきの中、狐女はゆっくりとまぶたを開いた。

痛みは、一ーない。

眉間に皺を寄せ、腕をそっと触れる。

布をほどき、指先で確かめると、血の跡も切り傷もすべて消えていた。


「......?」


狐女の瞳が、ほんの一瞬だけ光を失った。

心の奥底で、何かが静かに、しかし確実に波打つーー予期せぬ感情の予兆だった。


「......まさか......」


耳元で、かすかな気配。振り向けば、影はもう、広間の奥に消えている。

あの静けさ.....誰が?

頭の片隅で、彼の存在を思い出す。

漆黒の瞳、静かに腕の傷を癒したあの影__トキ?

普段は冷徹で、感情を滲ませないあの男が、あのときだけ見せた、誰にも見せぬ優しさ。

狐女は唇をわずかに噛んだ。

心臓の奥が、熱く、ざわつく。

それは一一自分でも認めたくない、密やかな感情。


「......なによ......」


小さく、誰にも聞こえない声でつぶやく。

自分が揺れていることを、感情を、誰にも悟られぬように。傷のない腕を抱きしめるように自分の胸に寄せ、狐女は再び立ち上がった。

冷たく、妖艶な微笑はそのままに。

だが胸の奥に、トキへの微かな想いが、静かに灯っている気がした。



ーー誰も知らない、二人だけの秘密。

その感情を、狐女はそっと胸にしまい込み、再び冷徹なリーダーとしての顔を広間に向けるのだった。


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