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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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帰還

ーピーターの告白が静かに空気を震わせた、その直後。

世界が微かに息を呑むように止まり、空間が歪む。

色彩がにじみ、風景が揺れ、まるで世界そのものが彼らの真実に反応しているかのようだった。

張りつめた空気に、冷たい温度が混じる。

辺りには、緊張が固まり、呼吸すら重く感じられるほどの静寂が支配した。

カツン、カツソーー。


響く足音。軽くも確かなヒールの音が、石畳に打ち付けられるように響き渡った。

そのリズムは、不気味さと威厳を同時に感じさせ、自然に振り返らずにはいられない。

霧のように漂う影の中からーー

白い狐面をつけた女が音もなく現れた。

彼女の存在そのものが、空気を押しのけるかのように重く、その視線がまっすぐに彩姫とピーターを貫く。

微かな風で揺れる袴の裾が、まるで世界の法則さえ従わせるかのように、静かに、しかし確かに、異様な圧力を放っていた。

その狐面の下に隠された瞳は、優しさを帯びた声とは裏腹に、鋭く、冷たい光を宿していたーー。


「.....良い告白だったわ。

.....絵空事の中にしては、少しばかり熱すぎるけど。」


その声は、柔らかく、それでいて鋭く胸を刺す冷たさを含んでいる。

顔は狐面に隠され、表情は読み取れない。

だがその存在感は、空気をねじ伏せるほど圧倒的で、空間そのものがその足音を待ち構えているかのように震えた。

ピーターが即座に彩姫の前に立つ。


「......狐女ッ......!

出てくるのが遅いんじゃねえのかよ......!」


狐女はゆっくり首を傾け、興味深そうに二人を見据える。

その視線は鋭く、まるで目に映るものの奥底まで透かし見ているかのようだ。


「愛とは、随分と強欲なものね。

自分の欲で誰かを囲っておきながら、正義を語る。

.....だが、私の世界を壊すつもりなら.....容赦はしないわ。」


彩姫が一歩、前に踏み出す。


「この世界が偽りでも…

一私は、逃げない。

あなたが何者でも、私の本当を消させたりしない。」


狐女は静かに手を上げる。

その動作だけで、周囲の空気がひきつるように圧迫される。


「一そう。じゃあ、試してみる?

.....あなたが守りたい"現実”というものを。」


その瞬間、空間に裂が走った。

色彩が溶け、音が飲み込まれ、風の感触すらも歪む。

光と闇が交錯し、まるで世界そのものが描き直されようとするかのように震えた。

狐女の力が、初めて全力で動き出すーー。

世界の輪郭が歪み、絵の具のような黒と赤が渦巻き、誰もが抗えない圧力が空間に張り巡らされた。

彩姫とピーターの瞳に、決意の炎が揺れる。

これは、ただの戦いではない。

"現実”を賭けた、魂と魂の衝突の始まりだった。


狐女の手が静かに宙を舞い、指先がピーターの胸元へと伸びる。

その指先からは、墨のように濃く、黒い霧がにじみ出し、空間の色彩を吸い込むように渦巻いていた。

魂を引き抜くための力が、ゆっくりと形を成していく。

ピーターは一歩も動かず、ただ彩姫の方を見つめていた。

瞳には迷いはない。そこにあるのは、ただ一つの願いーー彩姫を守りたいという覚悟だけだった。


「.....逃げられないって言うのなら、それでも構わない。

俺の願いは、彩姫が幸せであること......それだけなんだ。」


その言葉は、静かに、しかし強く空間を震わせる。

風が止まり、絵の世界の色彩が微かに揺れ、二人の周囲の空気が張りつめる。

狐女の指先が、ついに彼の胸に触れた瞬間一一世界が一瞬、凍りついた。


「代償を払ってもらうわ......あなたの魂で一」


ーだが、その刹那。


「待って!!!」


彩姫が叫び、ピーターと狐女の間に飛び込む。

胸を張り、拳を握りしめ、瞳を強く輝かせている。


「代償がいるなら一私が、あなたにあげるわ。」


狐女が静かに、ほんのわずか眉を動かす。

その微かな動作だけで、場の空気が鋭く引き締まる。


「......ほう?おまえの魂にするというのか?」


その言葉は冷たく、刃のように鋭い。

だが彩姫の瞳には揺らぎはなく、決意が光っていた。

黒い霧の渦に対抗するように、彼女の存在そのものが光を帯び、絵の世界を押し返すかのようだった。

彩姫は首を横に振る。

その瞳は、狐女を射抜くように鋭く、まるで炎を宿しているかのように燃えていた。


「代償は一












あなたの敗北よ!!」


その言葉が空間に落ちた瞬間、世界が微かに震えた。

ービュオオッ!


背後から、鋭い風を切る音が響く。

空気を裂くその音に続き、氷の矢が一直線に飛来した。

矢先はまるで導かれるかのように狐女の顔を覆う狐面に命中。


ーカキィィンー!


冷たい金属音が、空気を振るわせる。お面にヒビが走り、亀裂が蜘蛛の巣のように広がった。

狐女は一瞬、たたらを踏み、軽く後退する。

片手でお面に触れ、顔を隠す仕草。声は低く、しかし興味深げに響いた。


「......おもしろい......。

この"絵空事”に、まだこんな展開が残っていたとは......」


冷徹な雰囲気は消えずとも、そこには確かに一ー楽しむような微かな息吹が混ざっていた。

彩姫の決意と勇気が、この偽りの世界の壁を揺るがせた瞬間だった。

___________________________

氷の矢が飛んだ方向を振り向けば…

一そこには、氷の魔力をまとった少女、雪が立っていた。

彼女の瞳には揺るぎない意志が宿り、凛とした空気を周囲に漂わせる。


「.....造られた世界なんかに、負けないわ。

本物のあたしの、大切なものを守るために」


雪の声は冷たくも、確かな強さに満ちていた。


灯す。


その一言が、彩姫の背中に、希望の炎を。

狐女は相変わらず顔を伏せ、表情を隠したまま口元だけをわずかに吊り上げる。

その動きはまるで遊びの始まりを告げるかのように、不敵な静けさを放つ。


「面白い......少しは、遊んであげるわ。」


そして、世界の均衡が崩れる。

お面に入ったヒビをきっかけに、空間が泡のように崩れ始める。

建物はねじれ、空は溶け出すように色を失い、幻想の絵の具が風に舞う。

それは、偽りの世界が己の力で消えゆく、最後の抵抗のようだった。


「......もう長くは持たない」


狐女は静かに呟き、その姿を闇に溶かすように掻き消した。

その瞬間、キャンバスのような"非常口”が空中にぽっかりと現れた。

透き通る光の向こうには、確かな現実の世界が見える。


「こっち!」


ユイの声が鋭く響き渡る。

その声に導かれるように、彩姫たちは最後の一歩を踏み出す。


「一度きりです......急いで!」


一偽りの世界と決別し、”本当の世界”への扉が今、開かれた。

___________________________

彩姫は迷わず、震える手を伸ばした。


「一緒に......行こう!」


その声は、虚構を貫く光のように、ピーターの胸に届く。だが、彼は一歩、足を引いた。


「......無理だよ。俺は願ってしまった。この世界を創ってしまった......」


彩姫は一瞬も迷わず、声を張る。


「じゃあ、壊して。願いを終わらせて!」


ピーターの肩がかすかに震える。


「......できるわけー」


「できる!!」


彩姫の声は、まるでこの崩れゆく世界を押し返すように、響き渡った。


「私は、あなたがくれたこの世界より、あなた自身が欲しいの。一緒に生きたい。本当の世界で一もう一度、あなたの隣でいたい。」


その言葉に、ピーターの瞳が揺れる。

迷いと葛藤が、彼の心を押し広げて、ゆっくりと彩姫へ引き寄せる。

彩姫は涙をこらえながらも、まっすぐに微笑んだ。


「.....ピーター。私の願い、叶えて?」


その問いは、静かに、しかし確実に、彼の心の契約を塗り替えていった。


「......ずるい......ほんと.....お前は......」


目を伏せ、深く息をついたあと、ゆっくりと顔を上げる。

そして、初めての柔らかな笑みを彩姫に向けた。


「わかった.....行くよ。

お前が本気なら

一俺もお前の"現実”で、もう一度生きる。」


ふたりは互いの手をしっかりと握り、光の非常口へと踏み出す。

背後で、偽りの世界が完全に崩れ去る。

建物は音もなく溶け、色彩は絵の具のように散り、空間は静かに消滅していった。

まるで、色あせたページが風に舞うように____

そして二人の足元には、確かな現実が待っていた。

___________________________

気づけば二人は、朝焼けに染まるグラウンドに倒れていた。

蝉の声が耳をかすかに刺し、柔らかな風が髪を撫でる。

草の匂いが鼻をくすぐり、どこか遠くで誰かの叫び声が響いていた。


「一彩姫!?生きてる!?」


雪が駆け寄り、その背後にはヌヌとモミの姿もあった。

三人の顔には安堵と心配が入り混じり、必死に彩姫の状態を確認している。

そして一彩姫の視線の隣に目をやると、そこには横たわるピーターがいた。

少し砂や草で汚れた髪をかき上げながら、いつもの軽妙な声で笑っている。


「.....おいおい。起きろよ、お姫様」


彩姫の心に、緊張の糸がふっと解ける。

目の前の世界は、もう偽りではない。息遣いも、光も、風も、すべて本物だった。

そして彼の隣で、彩姫は小さく微笑む。

それは、すべてを乗り越えた者だけが浮かべられる、穏やかで温かい笑顔だった。

___________________________

エピローグ

静かな放課後。誰もいない美術室。

淡く柔らかな光が、窓から差し込み、机や画材に静かに影を落とす。

その部屋の片隅に、彩姫は一人、膝を抱えて座っていた。

手の中には、ユイが描いた最後の絵。


ーそこには、微笑む「椿」の姿があった。


もう現実には存在しない"あの椿”。

絵の中でしか出会えなかった、かけがえのない”彼女。

彩姫はそっと額をそのキャンバスに寄せ、絵を抱きしめる。

小さな声で、震える唇から零れた言葉は、自分自身への決意でもあった。


「.....ごめんね、置いてきちゃって.....

でもね、私.....頑張るから.......ちゃんと生きるから......」


涙が頬を伝い、ぽつ、ぽつと絵に落ちる。

その一滴一滴が、過去の痛みと後悔を洗い流していくようだった。

けれど、絵の中の椿は微笑んだまま。

決して変わらず、優しく、静かに彩姫を見つめている。

彩姫は目を閉じ、深呼吸をした。

痛みも孤独も、すべて抱えたまま一それでも、前に進むと、心の奥で強く

誓った。


「ありがとう椿.....そして、みんな......」


光が少しだけ強く差し込み、彩姫の髪や絵を優しく照らす。

外では蝉の声が遠くから聞こえ、風がカーテンをそっと揺らした。

すべては、もう "本当の世界”の色の中で____

その扉の前。

ピーターは、壁にもたれかかるように静かに立っていた。

中に入ろうとはせず、声もかけず、ただ待っている。

彩姫が泣き止むまで。

彩姫が絵を抱きしめ終えるまで。

彩姫が自分の想いを整理し、また"前を向けるその時”まで一

そのすべてを、彼は受け止める覚悟でいた。

胸の奥の揺れる感情も、痛みも、希望も、すべてを。

静かに、ゆっくりと目を閉じる。

まるで、時の流れすら待つかのように。

その姿は、強くて、優しくて、そしてどこまでも誠実だった。

彩姫の”本当の世界”に共に生きるための、決して揺るがない覚悟の証として一。

背後には、崩れた絵の世界の余韻だけが、淡く漂っていた。

光と風が混ざり合い、二人の未来を静かに祝福するかのように。

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