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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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偽りの管理人 ユイ



ねぇ?こんな噂知ってる?





【6人目偽りの管理人 ユイ】










彼女は人の魂を絵の中に閉じ込めることができるのです。

その絵の中全てが偽りの世界で出来ており、魂の主を天国、もしくは地獄に永遠と閉じこめることができるのです。


もし…地獄だったら___


絵の世界を抜け出したいですよね?


安心してください。どの絵の世界にも必ず出口はあるのですよ?








誰一人として脱出できたものはいない_ね?

「はいはーい、お疲れ様です!」


「...誰?」


そこに現れたのは、色鮮やかな髪と赤いメガネをかけた少女。彩姫は目を丸くした。


「そんなに怖い顔しないでくださいよぉー!

失敗作を消しただけですよお?」


一見真面目そうな姿に反して、その口調はどこか浮かれたようで軽い。彩姫の視線をものともせず、少女は胸を張って自己紹介を続けた。


「おほん!私は管理人の6番目、偽りの世界の番人をしております

ーー偽りの管理人こと、荏畑(えはた)結衣(ゆい)です!以後、










お見知り置きを?」


「(こいつが...!?)」


彩姫は心の中で驚きつつも、結衣の軽妙な態度に苛立ちを覚えた。彼女は無頓着に手を振り、さらに声を高めた。


「今宵は私の作品に、ようこそお越しくださいました~!」


彩姫の胸の中には、先ほど消えた椿の姿がまだ焼きついていた。怒りと悲しみが混ざり合い、言葉を抑えきれなくなった。


「...どうしてこんなことしてるの?」


結衣は一瞬眉をひそめたが、すぐに明るく笑う。


「はい?何のことですかぁ?」


「...どうして、こんなにも素敵な力を...こんなことのためにしか使わないの?あんたは、どうして狐女に仕えてるのよ!」


彩姫の声には苛立ちと悲しみが混じっていた。普段なら、相手の心を理解しようと努める彩姫だが、今回は椿を目の前で消されたこともあって、全ての余裕を失っていた。


先程まで笑って挨拶していた結衣もーーその一言で、ふっと顔を暗めた。まるで光のない窓のように、瞳の奥が冷たく沈んでいく。

彩姫は、その変化に不審を覚え、慌てて口を開いた。


「ご、ごめん.......すぐにそんなこと聞くもんじゃ.....」


言葉が震え、唇がかすかに震えた。彩姫の心臓もまた、胸の奥でざわついていた。

結衣は一瞬、微かに眉を上げると、すぐにくすりと笑ったーー

しかしその笑みは、先ほどの軽やかさとは違う、静かで重みのある笑みだった。


「貴方にはわからないですよね~。いいですよぉ?教えてあげても」


「え......?」


彩姫の声は思わず小さくなる。

だが、結衣はためらうことなく、静かに語り始めた。声のトーンは柔らかいのに、言葉にはどこか鋭い刃が潜んでいるようだった。

___________________________

ーーわたしが描いたのは、誰の“物語”だったのか。

小さな頃から、結衣には大切な親友がいた。

名前は萌依(めい)。文を書くのが得意で、好奇心旺盛な、笑顔が眩しい少女だった。


「私が"夢”を、結衣が"形”を描いてくれる

一一最強のタッグだよね!」


ふたりはいつも笑いながらそう言い合い、机を並べ、日々を彩った。萌依の物語に結衣が絵を添え、ふたりで一冊の本を作る

ーーその時間は、世界で一番、幸せな時間だった。誰にも知られない秘密の宝物。それが、彼女たちの日常だった。


だが、ある日。すれ違いと事故が訪れる。帰り道での交通事故。結衣は意識を失い、目覚めたとき、世界は色を失っていた。記憶の欠片は霧のように消え去り、萌依の笑顔も、二人で描いた物語のページも、頭の中から消えていた。

___________________________

時は流れ、結衣は記憶のないままの日々を生きる。


だが、ある日、町の小さな本屋で偶然、手に取った一冊の小説。

著者の名前は


結萌(ゆめ)


ページを開くと、そこには確かに、見覚えのある絵が描かれていた。


「これは......わたしの.....絵......?」


その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。絵を"奪われた"という錯覚。混乱と怒りが結衣を飲み込み、理性は消え失せる。感情のまま、結衣は結萌を盗作として訴えた。

裁判は一方的に結衣に傾いた。世間の目は味方し、結萌は抗う間もなく、絶望の中で命を絶った。その死はニュースで瞬く間に広まり、やがて人々は忘れ去っていった。


しかし、記憶は完全に失われてはいなかった。結萌の死の後、事故前の断片的な記憶が少しずつ戻り始める。自分たちが作った物語のこと、萌依が絵を守ろうと必死だったこと、


そして


一一彼女は決して、わたしを裏切ってはいなかったこと。


「わたし......殺したんだ。









世界で一番、大事な親友を







一ーわたしの手で......」


結萌と萌依

一一同一人物だと知った瞬間、結衣の心は完全に崩れ落ちた。

愛し、信じた親友を、自分の手でってしまったという事実。それはあまりに重く、冷たく、胸の奥に刺さった。

___________________________

そして、その崩れた心の隙間に現れたのが

一一噂の管理人、狐女だった。


「あなたは絵を描くのが好きなのに、現実はそれを許さなかった。なら、私があなたに世界を描かせてあげる」


差し出されたのは、魔道筆と契約の紙。狐女の指先が揺れるたび、紙は微かに光を帯びる。


「"現実”なんて、あなたの筆で塗りつぶせばいいーー」


結衣の瞳は吸い込まれるように光を追った。

迷いも恐れもあったはずだ。けれど、胸の奥にある痛みと後悔が、すべてを拒むことを許さなかった。


その瞬間

一一結衣は決めた。名前を捨て、過去を捨て、偽りの管理人として生きることを。


「ユイーー」


そう名乗った瞬間、彼女はもうかつての結衣ではなかった。


偽りの管理人

一ーユイが、世界の片隅に生まれ落ちたのだった。

___________________________

「そ、そんな....」


彩姫は声にならなかった。

胸の奥で、痛みが波のように押し寄せる。目の前に立つユイの語る言葉の意味は、椿を失った自分の経験と重なったからだ。


自分も....椿を守れなかった。


大切な親友を救えなかった。


その時の後悔、胸をえぐるような喪失感、心を締め付ける孤独。

その感覚が、ユイの話す "彩姫のため”という依頼の真意に、痛いほど重なった。彩姫はただ黙って、視線を落とすしかなかった。


ユイは、赤いメガネの奥から淡々と、しかしどこかしげに彩姫を見下ろした。


「君は...

今回の依頼者が何を依頼したか分かってるんですかぁ?」


彩姫は小さく首を振る。


「何って...椿の生きてる世界を作って欲しいってこと...?」


ユイは小さく首を傾げ、くすりと笑った。


「ちょっと違いますねえ。実際の依頼者の願いはーー













彩姫さん。あなたの”幸せ”でした」


その言葉に彩姫は息を呑む。

ユイは一歩近づき、声を低く、ゆっくりと続けた。


「現実の重さ


親友の死


裏切り


孤独


血塗られた過去......


依頼者は、あなたをそれらから解放したい一心で、魂の一部を差し出し、この"偽りの楽園"へ閉じ込める依頼をしてきたんですよぉ?」


彩姫の胸は締め付けられる。言葉にならない感情が、胸の中で渦巻く。

怒りでも、悲しみでも、憎しみでもなく

一ーただ深い、理解と痛みの混ざった感情。

ユイはゆっくりと頷く。


「私も了承しました。

『彼女が苦しまない世界を描く』とーー

そして、この世界は歪んでいったのです。

ーー"都合のいい幸福”へと」


彩姫は目を伏せた。遠くで見た椿の笑顔、雪の涙。すべてが目に浮かぶ。


「そっか.......」


小さく零れたその言葉は、悲しみと理解と諦めの混じった吐息のようだった。

彩姫は拳を握りしめ、檻の向こうの世界を見つめる。


けれど、その瞳の奥には、まだ揺れる炎があったーー

偽りの楽園に縛られても、彩姫の心は、決して折れはしないという確かな意思が。


すべてを知ったうえでも、彩姫は結衣

一一偽りの管理人一ーに向き合った。


「ピーターの気持ちはよくわかった。でも...

それでも私はここにいてはいけない。

この先の未来を、私の手で守らなきゃいけない」


その言葉は、ただの決意ではなかった。彩姫の胸に刻まれた、何よりも重い想いの表れだった。


椿と交わした約束。


雪と笑い合った昼休みのひととき。


ピーターとかわした、些細で何気ない会話。


そのすべては"現実”から生まれた、大切な時間だった。

ユイの作った世界がどんなに美しく、どんなに理想的でも、彩姫の胸に響くのは、虚構の感情ではなく、現実で感じた確かな“温度”だった。


彩姫の声は静かに震えたが、揺るぐことはなかった。


「あなたがどれほど私を救おうとしたって

――現実を生きた私の時間だけは、誰にも奪わせない」



その瞳には炎が宿り、胸の奥で渦巻く痛みと後悔も、全てを力に変えていた。

彩姫の存在そのものが、偽りの世界に抗う意思の象徴となっていた。

ユイは一瞬、微かに表情を曇らせた。

けれど彩姫の言葉を否定することはできず、ただ静かにその声を聞いているしかなかった。


彩姫の決意は、檻を越え、世界の奥深くまで、確かに届いていた。

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