偽りの管理人 ユイ
ねぇ?こんな噂知ってる?
【6人目偽りの管理人 ユイ】
彼女は人の魂を絵の中に閉じ込めることができるのです。
その絵の中全てが偽りの世界で出来ており、魂の主を天国、もしくは地獄に永遠と閉じこめることができるのです。
もし…地獄だったら___
絵の世界を抜け出したいですよね?
安心してください。どの絵の世界にも必ず出口はあるのですよ?
誰一人として脱出できたものはいない_ね?
「はいはーい、お疲れ様です!」
「...誰?」
そこに現れたのは、色鮮やかな髪と赤いメガネをかけた少女。彩姫は目を丸くした。
「そんなに怖い顔しないでくださいよぉー!
失敗作を消しただけですよお?」
一見真面目そうな姿に反して、その口調はどこか浮かれたようで軽い。彩姫の視線をものともせず、少女は胸を張って自己紹介を続けた。
「おほん!私は管理人の6番目、偽りの世界の番人をしております
ーー偽りの管理人こと、荏畑結衣です!以後、
お見知り置きを?」
「(こいつが...!?)」
彩姫は心の中で驚きつつも、結衣の軽妙な態度に苛立ちを覚えた。彼女は無頓着に手を振り、さらに声を高めた。
「今宵は私の作品に、ようこそお越しくださいました~!」
彩姫の胸の中には、先ほど消えた椿の姿がまだ焼きついていた。怒りと悲しみが混ざり合い、言葉を抑えきれなくなった。
「...どうしてこんなことしてるの?」
結衣は一瞬眉をひそめたが、すぐに明るく笑う。
「はい?何のことですかぁ?」
「...どうして、こんなにも素敵な力を...こんなことのためにしか使わないの?あんたは、どうして狐女に仕えてるのよ!」
彩姫の声には苛立ちと悲しみが混じっていた。普段なら、相手の心を理解しようと努める彩姫だが、今回は椿を目の前で消されたこともあって、全ての余裕を失っていた。
先程まで笑って挨拶していた結衣もーーその一言で、ふっと顔を暗めた。まるで光のない窓のように、瞳の奥が冷たく沈んでいく。
彩姫は、その変化に不審を覚え、慌てて口を開いた。
「ご、ごめん.......すぐにそんなこと聞くもんじゃ.....」
言葉が震え、唇がかすかに震えた。彩姫の心臓もまた、胸の奥でざわついていた。
結衣は一瞬、微かに眉を上げると、すぐにくすりと笑ったーー
しかしその笑みは、先ほどの軽やかさとは違う、静かで重みのある笑みだった。
「貴方にはわからないですよね~。いいですよぉ?教えてあげても」
「え......?」
彩姫の声は思わず小さくなる。
だが、結衣はためらうことなく、静かに語り始めた。声のトーンは柔らかいのに、言葉にはどこか鋭い刃が潜んでいるようだった。
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ーーわたしが描いたのは、誰の“物語”だったのか。
小さな頃から、結衣には大切な親友がいた。
名前は萌依。文を書くのが得意で、好奇心旺盛な、笑顔が眩しい少女だった。
「私が"夢”を、結衣が"形”を描いてくれる
一一最強のタッグだよね!」
ふたりはいつも笑いながらそう言い合い、机を並べ、日々を彩った。萌依の物語に結衣が絵を添え、ふたりで一冊の本を作る
ーーその時間は、世界で一番、幸せな時間だった。誰にも知られない秘密の宝物。それが、彼女たちの日常だった。
だが、ある日。すれ違いと事故が訪れる。帰り道での交通事故。結衣は意識を失い、目覚めたとき、世界は色を失っていた。記憶の欠片は霧のように消え去り、萌依の笑顔も、二人で描いた物語のページも、頭の中から消えていた。
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時は流れ、結衣は記憶のないままの日々を生きる。
だが、ある日、町の小さな本屋で偶然、手に取った一冊の小説。
著者の名前は
結萌
ページを開くと、そこには確かに、見覚えのある絵が描かれていた。
「これは......わたしの.....絵......?」
その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。絵を"奪われた"という錯覚。混乱と怒りが結衣を飲み込み、理性は消え失せる。感情のまま、結衣は結萌を盗作として訴えた。
裁判は一方的に結衣に傾いた。世間の目は味方し、結萌は抗う間もなく、絶望の中で命を絶った。その死はニュースで瞬く間に広まり、やがて人々は忘れ去っていった。
しかし、記憶は完全に失われてはいなかった。結萌の死の後、事故前の断片的な記憶が少しずつ戻り始める。自分たちが作った物語のこと、萌依が絵を守ろうと必死だったこと、
そして
一一彼女は決して、わたしを裏切ってはいなかったこと。
「わたし......殺したんだ。
世界で一番、大事な親友を
一ーわたしの手で......」
結萌と萌依
一一同一人物だと知った瞬間、結衣の心は完全に崩れ落ちた。
愛し、信じた親友を、自分の手でってしまったという事実。それはあまりに重く、冷たく、胸の奥に刺さった。
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そして、その崩れた心の隙間に現れたのが
一一噂の管理人、狐女だった。
「あなたは絵を描くのが好きなのに、現実はそれを許さなかった。なら、私があなたに世界を描かせてあげる」
差し出されたのは、魔道筆と契約の紙。狐女の指先が揺れるたび、紙は微かに光を帯びる。
「"現実”なんて、あなたの筆で塗りつぶせばいいーー」
結衣の瞳は吸い込まれるように光を追った。
迷いも恐れもあったはずだ。けれど、胸の奥にある痛みと後悔が、すべてを拒むことを許さなかった。
その瞬間
一一結衣は決めた。名前を捨て、過去を捨て、偽りの管理人として生きることを。
「ユイーー」
そう名乗った瞬間、彼女はもうかつての結衣ではなかった。
偽りの管理人
一ーユイが、世界の片隅に生まれ落ちたのだった。
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「そ、そんな....」
彩姫は声にならなかった。
胸の奥で、痛みが波のように押し寄せる。目の前に立つユイの語る言葉の意味は、椿を失った自分の経験と重なったからだ。
自分も....椿を守れなかった。
大切な親友を救えなかった。
その時の後悔、胸をえぐるような喪失感、心を締め付ける孤独。
その感覚が、ユイの話す "彩姫のため”という依頼の真意に、痛いほど重なった。彩姫はただ黙って、視線を落とすしかなかった。
ユイは、赤いメガネの奥から淡々と、しかしどこかしげに彩姫を見下ろした。
「君は...
今回の依頼者が何を依頼したか分かってるんですかぁ?」
彩姫は小さく首を振る。
「何って...椿の生きてる世界を作って欲しいってこと...?」
ユイは小さく首を傾げ、くすりと笑った。
「ちょっと違いますねえ。実際の依頼者の願いはーー
彩姫さん。あなたの”幸せ”でした」
その言葉に彩姫は息を呑む。
ユイは一歩近づき、声を低く、ゆっくりと続けた。
「現実の重さ
親友の死
裏切り
孤独
血塗られた過去......
依頼者は、あなたをそれらから解放したい一心で、魂の一部を差し出し、この"偽りの楽園"へ閉じ込める依頼をしてきたんですよぉ?」
彩姫の胸は締め付けられる。言葉にならない感情が、胸の中で渦巻く。
怒りでも、悲しみでも、憎しみでもなく
一ーただ深い、理解と痛みの混ざった感情。
ユイはゆっくりと頷く。
「私も了承しました。
『彼女が苦しまない世界を描く』とーー
そして、この世界は歪んでいったのです。
ーー"都合のいい幸福”へと」
彩姫は目を伏せた。遠くで見た椿の笑顔、雪の涙。すべてが目に浮かぶ。
「そっか.......」
小さく零れたその言葉は、悲しみと理解と諦めの混じった吐息のようだった。
彩姫は拳を握りしめ、檻の向こうの世界を見つめる。
けれど、その瞳の奥には、まだ揺れる炎があったーー
偽りの楽園に縛られても、彩姫の心は、決して折れはしないという確かな意思が。
すべてを知ったうえでも、彩姫は結衣
一一偽りの管理人一ーに向き合った。
「ピーターの気持ちはよくわかった。でも...
それでも私はここにいてはいけない。
この先の未来を、私の手で守らなきゃいけない」
その言葉は、ただの決意ではなかった。彩姫の胸に刻まれた、何よりも重い想いの表れだった。
椿と交わした約束。
雪と笑い合った昼休みのひととき。
ピーターとかわした、些細で何気ない会話。
そのすべては"現実”から生まれた、大切な時間だった。
ユイの作った世界がどんなに美しく、どんなに理想的でも、彩姫の胸に響くのは、虚構の感情ではなく、現実で感じた確かな“温度”だった。
彩姫の声は静かに震えたが、揺るぐことはなかった。
「あなたがどれほど私を救おうとしたって
――現実を生きた私の時間だけは、誰にも奪わせない」
その瞳には炎が宿り、胸の奥で渦巻く痛みと後悔も、全てを力に変えていた。
彩姫の存在そのものが、偽りの世界に抗う意思の象徴となっていた。
ユイは一瞬、微かに表情を曇らせた。
けれど彩姫の言葉を否定することはできず、ただ静かにその声を聞いているしかなかった。
彩姫の決意は、檻を越え、世界の奥深くまで、確かに届いていた。




