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境界を歩く者たち  作者: 星渚歌唄
第2章 7人の管理人

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偽物の世界2

ピーターが去り、静寂だけが残った空間。

空気は澄んでいるのに、胸の奥のざわめきだけが消えない。

「.....会いたかったよ、彩姫。」


その声に、彩姫は思わず立ち止まった。

振り返るとーー


そこには、あの日、死んだはずの椿が立っていた。


赤い短髪が柔らかく風に揺れ、瞳は変わらず深く澄んでいる。

微笑みさえ、まるで時間が止まったかのように穏やかだった。


「......椿......?」


言葉が喉を通り抜ける。

駆け寄ろうとした瞬間…

目の前で立ちはだかるーー冷たい鉄の檻。

ピーターの作った牢は、見るからに堅牢で、簡単には壊せそうにない。

椿はそれを理解しているかのように、一歩も近づかない。

檻の外側に腰を下ろし、彩姫の存在を感じながらも距離を保つ。

手を伸ばせば届きそうで、でも届かないーー

絶妙な距離感。

微かに首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべる椿。

「驚かないで」とでも言うように、じっと彩姫を見つめるその目。

彩姫の胸は熱くなる。

言葉では言い表せない、懐かしさと切なさとーー

それだけで、時間が止まったように感じられた。

しかし檻がある限り、二人の間には現実という壁が立ちはだかっていた。

彩姫は息を整え、ゆっくりと手を握りしめる。


「.....どうして、ここに......」


声は震えたが、それでも真っ直ぐ椿の瞳を見つめていた。

椿はただ、静かに頷き、外から檻に寄り添うように座った。

それ以上は何も言わず、動かず。

けれど、その存在だけで彩姫の心を深く揺さぶった。


「さっきの会話、聞いちゃった。

私...彩姫のいる世界では、生きてないんだってね。」


その言葉に、彩姫は一瞬言葉を失った。


小さく頷きながら、申し訳なさそうに答える。


「...うん」


椿は少し視線を落とし、檻の隙間から差し込む光に指先をかざした。


「でもね、彩姫?

ここではね.....あなたも私も、苦しまなくて済むの。

現実の苦しみも、痛みもない。

そして、誰も貴方を責めてこないんだよ。」


彩姫の胸はぎゅっと締めつけられた。

その言葉の温もりと冷たさが、同時に心を刺す。


「だから....一緒にここに残らない?」


彩姫は深く息を吸い、椿を見据えた。


「......それって、本当に私が望んでることだと思ってるの?」


椿はふっと目を伏せる。

赤い髪がわずかに揺れ、光の中で微かに反射する。


「私はもう死んでいる。でも.....

この世界ではまだ、“生きてる”んだよ?

一緒に生きていけるんだよ?

それだけで私は一一幸せなんだ。

彩姫は...幸せじゃないの?」


その問いは、まるで彩姫の心の奥を抉るように刺さる。

胸が痛く、涙がこみ上げる。

椿の孤独、そしてその儚い希望一一全てが、彩姫に重くのしかかる。


「本当の世界で一緒にいれないのなら......

せめて、ここでずっと一緒にいてよ。

"偽物"の私でも.....

あなたのそばにいていいなら......」


檻の向こうの椿は、ゆっくりと笑う。

その笑みは穏やかで、けれども切なさで溢れていた。

彩姫は手を伸ばすこともできず、ただ目を見開き、胸を押さえるしかなかった。


風が吹き、檻の鉄がかすかに軋む。

その音さえも、彩姫には椿のささやきのように感じられた。


「.....椿......」


言葉にならない声が、彩姫の唇から漏れた。

それでも、何もできない現実が、二人の間に静かに壁を作っていた。

___________________________

彩姫は深く息を吸い、黙ったまま首を振った。

涙が頬を伝うのを必死に堪えながら、声を振り絞るように言った。


「......ここは私の世界じゃない。

あなたのその気持ちも、この景色も、全部

ーー"誰かが作ったもの"なの。」


椿の瞳が、揺れる。


「......でも、それでも......!」


「だったら.......一緒に、抜け出そう?」


彩姫は檻の向こうに座る椿を見据え、その小さな背中の震えを感じ取った。


「今はまだ.....!

ここしか居場所がないって思ってるかもしれない。

でもね、それは椿がここしか見てないから。

もっと外を見て?広い世界を......!

もっと自由に笑える、本当のあなたが住める世界がきっとどこかにある。」


椿は目を伏せ、胸に手を当てて俯いた。小さく震える肩が、彩姫の胸を締めつける。


彩姫は声をやわらげ、さらに一歩前に踏み出す。


「だから......見に行こうよ。

"偽り”じゃない、本当の椿自身を一一探しに。」


檻の鉄の冷たさと光の陰影の中で、彩姫の言葉が柔らかく、でも確かに椿の胸に届く。

涙と希望が交錯するその瞬間、椿は一度深く息をつき、彩姫の目をじっと見つめた。

小さな揺れが、心の奥で芽生え始める一一本の自分に触れる勇気の兆し。

檻の向こうで、微かに笑みを浮かべたその瞳は、まだ迷いながらも、ほんの少しだけ光を帯びていた。

彩姫はその光を信じ、そっと手を差し伸べる。





その瞬間だった。



椿の身体に、細く、しかし確かにヒビが入った。


「.......あ」


手の先から、淡い赤の絵の具が静かに溶け出していく。

生きた血ではなく、元々絵として描かれた彼女の"色”が、空気に溶けて消えていくようだった。


身体が徐々に薄くなり、紙のように軽やかに裂けていく。ひらひらと舞いながら、風に吹かれて空間に散っていく。


彩姫の胸を刺すのは、儚くも確かな存在の痕跡と、もう戻らない現実感。


















「やっぱり......彩姫は、すごいよ.....」


椿の声は、最後の言葉として彩姫の心に届いた。

そして、彼女は完全に消えた。

彩姫は檻の中で、ただ手を伸ばすしかなかった。

触れようにも、掴もうにも、そこにあるのは虚しさだけ。

絵の世界の"椿"は、所詮紙と絵の具でできた幻。

だがその言葉だけはーー









「......届いて......」


彩姫は心の奥で何度も繰り返しつぶやき、消えた椿の存在を胸に刻んだ。

幻であっても、儚くても、彼女が伝えた想いは、彩姫の世界に生き続ける。

檻の鉄格子越しに伸ばした手は、まだ何かを掴もうと、必死に揺れていた。

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