唸り声③
1月の投稿は不定期となります。
アルドの問いかけに、イエルの動きが止まった。
ほんの一瞬、その瞳が大きく見開かれ、すぐに細められる。
だが、そこにあるのは狼狽ではない。射抜くような鋭い眼光と、若さゆえの焦りが滲んでいる。しかし、決して崩れない強固な意志がそこにあった。
アルドは、その瞳を見て確信する。これは俺を陥れるための誘導ではないな。もっと切実な、彼自身の「渇望」か? アルドが何も言わないのをみて、イエルが、
「・・・アルド様。私に、お聞きにならないのですか? 何故そんなことをするのか、と」
「聞けば、すべてを話してくれるのか?」
「いえ。アルド様に隠し事はしたくありませんが・・・今はまだ、お話しできません」
「そうか。だが、今の反応で十分だよ」
アルドは短く答えると、視線を前方の黒嘆石を積んだ馬車へと戻した。
押し黙るイエルから、押し殺した彼の感情の波が伝わってくる。口元に力を込め、溢れ出しそうな慟哭を必死に歯を食いしばって堪えているような、痛々しいほどの沈黙。
よほど大きなものを抱えているのだろう。
「俺ではなく、イエル自身が西部研究所に行かねばならない理由があるのだろう? ・・・そう、しいて言えば個人的な因縁のようなものがな」
「ッ!」
図星だった。イエルの肩が小さく、だが人目から隠すように震えた。
アルドは続ける。
「俺に情報を流したのは、俺が『西部研究所に行く』と言い出せば、軍もそれを無視できない。お前も俺に同行する名分ができる。・・・そういう算段だろう?」
「・・・はい。ご無礼を承知の上での私の独断です。申し訳ありません」
「はは、謝るな。利用し合うのはお互い様だ」
アルドは、鞍上のココミを包み込む腕に少しだけ力を込めた。
「俺も西部研究所には行くつもりだ。この黒嘆石の件もある。どうにも、あそこには全ての元凶が潜んでいる気がしてならないからな」
「・・・その通りです」
イエルの声は重い。
アルドは、ふと千年前の映画のセリフを思い出した。『すべての事件は、ひとつの場所に収束する』。今の状況はまさにそれだ。
イエルは哀しみを、自ら作り上げた仮面に隠すように、無理やりに口角を上げて笑った。
「ははは・・・やはりアルド様には敵いませんね」
その笑顔の裏にある深い喪失感。俺よりも遥かに若い青年が、これほどの哀しみを胸に秘めている。
(俺が生きていた千年前と、今の世の中。何も変わらんらしいな。無常に溢れている)
アルドは腰の刀に手を置く。
ならば、大人がすべきことは一つだ。若者の不手際を叱ることではない。その重荷を共に背負い、道を切り開いてやることだ。
「アルドさん?」
ココミが、心配そうに見上げてくる。
「ああ、少し考えていただけだ。・・・よし」
アルドは決断し、イエルに向き直った。
「西部研究所には行く。そう連隊長グランに伝えてくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
イエルが感極まったように声を張り上げる。だが、イエルはすぐに馬を走らせなかった。その様子に、アルドはふむと息を一つ吐いて、イエルに誘い水を出す。
「ん? どうしたんだ、イエル。まだ何かある顔をしているぞ」
「・・・っ。アルド様」
イエルは馬をアルドに寄せ、誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。
「西部研究所には・・・『黒の信徒』の影があります。今、お伝えできるのはそれだけです」
「黒の信徒?」
アルドの眉が跳ね上がる。初めて聞く単語だ。もっと詳しく問いただそうとしたが、イエルは深々と頭を下げ、その表情を隠してしまった。
これ以上は言えない、あるいは言う権限がないということか。しかし、イエルの、その一言は黄金にも勝る情報だ。
その時。
イエルの頭上を、一陣の風が吹き抜けた。
不穏な音が、風に乗って響いてくる。
見やれば、隊列の前方、地平の彼方から新たな土煙が舞い上がっていた。
一瞬、亜獣の奇襲かと身構えたアルドだったが、すぐに警戒を解いた。殺気がない。むしろ、整然とした軍靴の響きだ。
「あれは・・・本隊の斥候部隊?」
イエルが顔を上げ、目を凝らす。
「本隊? 俺たちが向かっている、大本営の部隊か?」
「ええ。ですが、どうしてここに・・・。予定では我々が合流地点へ向かうはず。まさか本陣で何かあったのか? アルド様、申し訳ありません。見て参ります!」
イエルは一礼すると、馬に鞭を入れ、凄まじい速度で前方へと駆けていった。
アルドはその背中を見送りながら、周囲を見渡す。
合流した軍は、敗走してきたわけではなさそうだ。軍としての形は崩れていない。ならば、何らかの理由で本陣ごとこちらへ移動してきたのか。
「イエルさんは・・・ただの兵隊さんじゃなさそうですね」
ココミがぽつりと呟いた。
「ああ。たぶんな」
アルドも同意する。
あの身のこなし。気配を消して近づき、去る時は風のように消える。ドルフ村の一員となった教会監査官ブリッツと同じ匂いがする。
「身体操作で認識をズラし、存在を希薄にする技術。・・・諜報員の類か」
確証はない。だが、イエルが単なる一介の士官ではないことは明白だった。
「すごいです。イエルさんの正体は諜報員・・・うーん、それって忍者ってことですか?」
「忍者か。まあ、気配を殺して情報収集するって意味じゃ、当たらずとも遠からずだな」
「アルドさんって、いろいろ考えていてすごいですよね。私はまだまだ未熟だなあ」
ココミの尊敬の眼差しが痛い。彼女自身もギルドマスターとして、アルドからリーダーとしての心構えを学びたい、そんな眼差しだ。
アルドは心の中で「むむ」と唸った。
(いやいや、俺のは洞察というよりは、ただの直感だ。しかし、ココミにこんな眼差しをされてしまったら、おっさんの勘頼りで動いてますなんて、口が裂けても言えんぞ)
本当に・・・これからどう動くのが正解か、正直なところ不安しかない。だが、目の前には覚悟を決めた少女がいる。不安を顔に出すわけにはいかない。
アルドは腹の底に不安を押し込め、ニカっと笑ってみせた。
「まあ、年の功ってやつさ」
そうこうしているうちに、前方が騒がしくなってきた。
本陣の先遣隊が到着したのだ。やはり、本営そのものがこちらへ向かってきていたらしい。
すると、一騎の伝令兵が、馬を飛ばしてアルドの元へやって来た。
「英雄アルド殿とお見受けする! 本営にて軍議が開かれます! 至急、指揮官テントへご足労願いたい!」
矢継ぎ早な要請。
だが、アルドはすぐには動かなかった。
「分かった。だが、この黒嘆石の安全確認が済んでから向かう。先に行っていてくれ」
「し、しかし! 急ぎとのことで・・・」
「石に万が一のことがあっては困るだろう? すぐに追いかける」
アルドは半ば強引に伝令を下がらせた。
時間を稼いだのには理由があるのだ。
本営と合流してすぐの呼び出し。単なる挨拶や歓待ではないと思う。もっと切迫した事情があってのことだ。千年前の、仕事経験から分かる。
そして、その軍議で、軍の指揮系統に組み込まれるだろう。そうすれば外部との連絡をする機会と時間を失うかもしれない。その前に、やるべきことがある。
千年前の、リストラにあう前の職場での経験が、警鐘を鳴らしていた。『新規情報は、即座にチームで共有せよ』と。
新たな情報とは黒嘆石。そして、黒の信徒にほかならない。
この情報を、マジルにいるユキナやタンスイ、そしてドルフ村のルルナに伝えなければならない。アルドは分体の蒼綿毛を肩口に呼び出し、ココミに向き直る。
「ココミ。・・・頼めるか?」
アルドの意図を察し、ココミが真剣な表情で頷いた。
「はい! ギルド通信の回線、開きます!」
読んで下さいまして、ありがとうございます。
少し、動きがない場面が続きますが、お付き合いをよろしくお願いします。
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