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黒嘆石⑤

1月の投稿は不定期となります。


 スラム街の湿った空気が路地に淀んでいる。ふと、タンスイは顔を上げた。路地に広がる静寂を破ったのは、一羽の鳥だった。物陰に潜んでいたタンスイの手元に、音もなく「忍び鳥」が舞い降りる。


「・・・忍び鳥かよ」


 タンスイの表情が険しくなった。本来は伝言鳥が来るはずだ。忍び鳥ってことは、緊急事態、あるいは情報の漏洩を懸念した際の、鬼気迫る「使い」を意味する。気が急ぎながらも慎重に通信紙を解く。そこには言葉などは一文字もなかった。ただ、深く、墨が滲むほどの筆圧で描かれた「〇」の印。


(言葉を残す暇もなかったってわけか? ・・・だが、この筆跡。迷いはねえな)


 「計画通りに進めろ」―――紙から溢れんばかりのユキナの意志が、タンスイの背中を叩く。


「ったく、そうかよ。まったく面白くなってきやがったぜ! おいキカラ、善は急げだ。さっさと行くぞ」

「えっ、あ、うん! でも、何かあったんでしょ? 大丈夫なの、兄貴」


 不安げに顔を覗き込むキカラに、タンスイは不敵な笑みを返した。


「ああ、問題ねえ。むしろやるべきことがハッキリしたぜ」


 にやりと笑うタンスイが歩き出す。

 二人が薄暗い路地を進み始めたとき、タンスイがぴたりと足を止める。彼は隣を歩くキカラの首根っこをひっつかみ、強引に壁際へ引き寄せた。


「しっ・・・静かにしろ」


 奥から複数の足音が近づいてくる。廃屋へと消えていくのは、黒装束の男たちと、彼らに引きずられるように歩く数人の住民たち。


(捕まっているみたいだな。・・・なるほど、そういうことかよ)


 タンスイは鼻を鳴らした。ここスラムは不法侵入が常態化している。本来なら拠点を置くにはリスクが高すぎる場所だ。だが、合点がいった。これだけの人数を一度に拉致し、運び込むとなれば、人身売買が横行するこの場所こそが「最も目立たない」場所となる。


「労働力・・・いや、もっと別の何かか? これほどの目立つ動きをすると裏組織が黙っちゃいないだろ。金で黙らせてんのか? いや、どこから金が出てんのか探すのはユキナの領分だな。俺の仕事は現場の掃除だ」


 独りごちるタンスイの袖を、キカラが震える手で引っ張った。


「ね、ねえ。大丈夫なんだよね?」

「心配すんな。敵をどうやって『料理』してやろうか考えてたところだ」

「えっ、捕まえるの!? ユキナ姉ちゃんは、潜入して調べるだけだって言ってたよ!」

「臨機応変っ、だ。攻めこそ最大の情報収集ってな!」


 豪語するタンスイに、キカラは呆れたようなジト目を向ける。だが、最後には小さくため息をつき、


「・・・分かったよ。案内するから、ちゃんとついてきてよね」

「ああ、頼むぜ」


 タンスイに「頼むぜ」と言われ、キカラは思わず顔を背けてしまった。このスラムで誰かに頼られることなんて、一度もなかった。何だかくすぐったい感覚が込み上げてきて、変な顔になってるんじゃないかと思って・・・隠すように、彼女は足早に歩き出す。


「任せてよ。こっちからのほうが安全だからっ」


 キカラは男たちが入った廃屋とは真逆の空き家へと案内する。その部屋の一画の板を引き剥がすと、そこには地下水道へと続く掘り返された穴が口を開けていた。


「へえ! よく見つけたな」


 タンスイがキカラの頭を無造作に撫でる。


「な、なによ急に! 子供扱いしないでよね」

「いや、なんとなくな」


 地下水道は、地上の喧騒が嘘のように静まり返っていた。湿った空気と、絶え間なく流れる水の音。石造りの壁は驚くほど頑丈で、この都市の基盤がどれほど強固な魔動技術で支えられているかを物語っている。


(これだけ地下が頑丈なら、都市魔法の中枢がここにあってもおかしくねえな)


 気配を殺して進むこと数分。


「兄貴、こっち! 早くしないと見失っちゃう!」

「・・・待て、キカラ」


 下水路からさらに奥深く、天然の洞窟のような場所へと足を踏み入れた時、タンスイの肌がビリビリと痺れた。

 しかし、


「しっ! 黙ってて!」


 キカラが口元に指を立てる。キカラが見据える曲がり角の先に何かあるのか? タンスイはキカラの肩を優しく叩き、静かに前へ出た。


「上出来だぜ、キカラ。・・・ここからは俺の領分だ」

「え・・・?」

「選手交代だ。お前はここで隠れてな」


 曲がり角の先―――案の定、そこは広大な空洞になっていた。中央には、先ほど連行された都市の住民たちが、手足を縛られた状態で無造作に地面に転がされている。いや、それ以上の数だ。その人数は、百は下らない。


 タンスイは気配を殺し、様子を伺う。


 黒ずくめの男たちは魔動器を手に取り、それを操る。すると、床に漆黒の術式が浮かび上がった。どろりとした、吐き気を催すような魔力の波動だった。


(くそっ! こいつはマズいぜっ)


 直感したタンスイは、キカラを抱きかかえて今しがた歩いてきた道に飛び退いた。直後、鼓膜を突き破るような絶叫と、漆黒の閃光が空洞を満たした。


「キカラ、大丈夫か?」

「だいじょ・・・でも、重い! 潰れるっ!」


 岩影で身をすくめていたタンスイは、光が収まるのを待って再び空洞を覗き込んだ。


 そこには、もう誰もいなかった。


 百人近い人間が、跡形もなく消えている。代わりに、中央に立つ男の手には、禍々しく光る「黒い石」が握られていた。


(石? おいおい、まさか人間を材料に作りやがったのか!?)


 視界の端に一瞬だけ紅いノイズが走る。タンスイ自身は気づかないが、彼の精神の動揺が収まっていく。タンスイは大剣の柄を握り直し、深く息を吐いた。


(黒ずくめは三人。実存強度は1と2ってか。なら、瞬殺だぜ)


 タンスイは躊躇もなく、影から躍り出た。

 男たちが反応するより早く、大剣が唸りを上げる。重厚な刃が空気を断ち切り、二人の男をまとめてなぎ払う。


 最後の残る一人は、黒い石を持った男だ。タンスイは容赦なく大剣の腹でその頭を叩き伏せ、昏倒させた。


「さてと、こいつは・・・」


 男の手から離れて、地面に転がっていく黒い石を拾い上げる。見た目以上にずしりと重く、冷たい。キカラが恐る恐る通路から顔を出したが、タンスイはそれを手で制した。

 タンスイの足元には男二人を斬って生じた血が地面ににじむ。


(キカラに見せるもんじゃねえな。さて、どうしたもんか)


 タンスイは、尋問の類は得意ではない。こういうのはユキナが率先してやってたからなあ。ん? いや、待てよ。タンスイは、彼の収納袋からココミ特製の気付け薬を男の口に流し込んだ。その拍子に、男の首筋に刻まれた「黒いバラ」の刺青が目に入った。


「黒いバラ? 悪趣味・・・いや、信者がよく入れる刺青みてえなもんか」


 男の意識が戻り始めたのを確認し、タンスイはさっとその場を離れ、キカラの元へ戻った。


「えっと・・・兄貴、意外と強いんだね」

「『意外』は余計だ。これでも騎士だからな、俺のかっこよさに憧れただろ?」


 タンスイが胸を張ったその時、奥で男が悲鳴を上げた。気がついた男は、仲間の死体と、自分の手から消えた石を見て錯乱している。


「ないっ!? ないぞ・・・くそっ、盗まれた! あの方に殺される!」


 男はタンスイたちの存在にすら気づかず、壁のスイッチを操作して隠し通路の奥へと逃げ込んでいった。

 タンスイの思惑通りに「黒い石」がキーアイテムなのだ。それが紛失すれば、即ちボスのもとに報告に行くっていう寸法だ。イベントにはよくある定石だぜ。


「あいつ、マヌケだね。隠し通路、開けっぱなしだよ」

「慌ててたんだろうぜ。ま、案内役としては上出来だがな。じゃあ、行くか」


 タンスイは男が消えた先を凝視する。あの様子なら、脇目も振らずに、報告のためにさらに上位の人間がいる場所へ向かっているはずだ。


(組織の奴らも、窮地に陥ればただの人間ってわけだ。ユキナなら『好手でしたわね』とか言うんだろうな)


「ねえ、その石・・・やっぱり気味が悪いよ。何か、叫び声が聞こえる気がする」

「俺も同感だ。そうだな、これは俺が預かっておく。・・・この石を求めている悪玉の面を拝みに行こうぜ」


 タンスイたちは、隠し通路の奥へと足を踏み入れた。


 その黒い石こそが、遠く離れたドワッフ王国でアルドが知らされた忌まわしき結晶―――「黒嘆石」であることを、彼らはまだ知らない。



読んで下さいまして、ありがとうございます。

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