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黒嘆石③

12/30:地下組織での会合の演出を「強調」しました。ちょっと出会いが淡泊すぎました。


12月は不定期投稿となります。

 地下組織「夜雀」との会合。

 マジルの路地裏にある、湿り気を帯びた薄暗い一室で、それは行われていた。小さなテーブルを挟んで向かい合っている。その一方のソファに深く腰掛けているのはブリッツだ。ユキナはその傍ら、彼の教会の騎士として、凛とした佇まいで控え、静かに周囲を観察していた。


 対面に座るのは「夜雀」の幹部ら3人。そして壁際―――出入り口を塞ぐように、さらに2人の男が立っている。


(出入り口を塞ぐのは、逃げ道を断つため。そして奥に座らせたのは、物理的な距離で心理的な圧迫を与えるためね・・・優位性を暗に構築し、交渉を有利に進める。この手の人たちが好む、あまりにありふれた常套手段だわ)


 ユキナは内心で冷ややかに分析した。マジルの裏社会を牛耳る「夜雀」は、巨大な地下組織『こん』の下部組織だ。ドルフ村に潜入し、返り討ちにした密偵が崑の精鋭であったことは、ルルナからもたらされた手記によって既に知っている。それを踏まえた上で、ブリッツが口を開いた。


「それで、マジルは都市魔法によって亜獣の軍勢を退けた、という認識で相違ないか?」 「・・・ええ。ですが、正確ではありませんな」


 夜雀の幹部が、値踏みするような視線を向ける。


「辛うじて都市魔法は発動しましたが、それよりも早く、亜獣の軍勢は自ら退いたのです」

「ふむ。都市魔法の発動が不完全だった、と? それは、マジルの防衛機構に領主が不在だったから、という解釈で良いのかな?」

「・・・さて、どうでしょうか。都市魔法の詳細は極秘事項。私どものような裏の住人に分かるはずもございません」


 表情一つ変えずに答える男。だが、その言葉の端々からは「条件を知りたければ相応の対価を払え」という卑俗な要求が透けて見えた。 しかし、ブリッツは鼻で笑う。


「困りましたな。分からないようでは、せっかく準備した情報料が無駄になってしまう。ドルフ村から持ってきた軍資金はそれなりの額だったのだが・・・非常に残念だ」


 ブリッツはそう言いながら、ユキナに目配せを送った。

 ユキナはこれまでのやり取りから、やはり下部組織である「夜雀」には、ドルフ村に関する詳細な情報は下りてきていないと判断する。 ドルフ村への密偵派遣は、より上層部―――『崑』の中枢で決定された事項なのだろう。目の前の男たちは亜獣の軍勢に関する情報も乏しい。むしろ、彼らの興味は新領主に関する話題に偏っているように見えた。


 ならば、こちらから話題をシフトさせるべきだ。

 ユキナが僅かに頷くと、ブリッツは「夜雀」に向き直った。これほどの近距離であれば、二人の態度からユキナの方が実質的な立場が上であることは明白なはずだが、夜雀の視線はブリッツに固定されたままだ。やはり、下部組織は下部組織の器でしかないということか。


「ならば、前領主ドンヘルの更迭理由についてはどうだ?」

「・・・ドンヘルですか。領主の話は気になるでしょうな。ドルフ村の将来を左右する事案ですから」

「さてな。私がドルフ村に帰属したことは知っているか? あの地こそ、聖地となるべき場所だ」

「ブリッツ様ともあろうお方が、辺境の田舎に熱を出すべきではありませんよ。貴方は裁きの対象者を選ぶ『監察官』なのですから。是非とも、私どもとお近づきになり、便宜を図っていただきたいと考えております」

「大きく出たものだな」


 ブリッツが射抜くような視線を向ける。夜雀の幹部は肩をすくめて笑ったが、その直後、男はすくっと立ち上がった。同時に、ソファに座っていた他の者たちも一斉に起立し、出入り口に向かって深く頭を垂れる。


 カチャリ、と重厚な扉が開く音がした。


 入ってきたのは、大柄な中年男だ。ニヤついた卑屈な表情、でっぷりと突き出た腹。脂ぎった肌は、不摂生と権力への執着を煮詰めたような醜悪さを放っている。


 男は当然のようにソファの前まで来ると、なぜか騎士姿のユキナに対し、恭しく頭を垂れた。


「聖霊の、そして使徒様の従者様。このマジルにお出で頂き、まことに恐悦至極に存じます」


 その瞬間、ユキナの隣でブリッツが、声にならない呻きを漏らした。(馬鹿な・・・あり得ん!) ブリッツの背筋に、氷柱を叩き込まれたような戦慄が走る。グドン―――国境砦の長官時代、彼は聖地派の信徒を「ドブネズミ」と蔑み、見せしめに弾圧することを快楽としていた、救いようのない反聖地主義者だったはずだ 。その男が今、手を合わせ、わずかに指先を組む―――聖地派の作法を、あろうことか「完璧」に淀みなく行っている 。 その所作は、長年祈りを捧げ続けてきた老信徒よりもなお自然で、それゆえに、生理的な吐き気を催すほどに不気味だった。


 ユキナの冷徹な観察眼が、男の細部を射抜く。


(・・・瞳の焦点が、合っていないわ)


 グドンの口元は卑屈な笑みを浮かべているが、その双眸は曇ったガラス玉のように虚ろだ。時折、瞬きのタイミングが僅かに遅れ、声音が一音だけ的を外れている。はっきりいって不自然だ。


(薬の服用? それともグトンは、これが標準仕様なの・・・いえ、違うわね)


 ブリッツの態度からそれはないと断言できる。それ以上に、かつて「商品」として自分を値踏みした大人たちの冷たい視線とは違う、もっと根源的な「作り物」に対する拒絶反応が、ユキナの胸をざわつかせた。


 だが、胸中の気持ちとは裏腹に、ユキナは恭しく頭を下げる。


「これは丁寧な挨拶をいただき僥倖ですわ。・・・新領主グドン(・・・・・・)様」

「はははっ! これはこれは、従者様に名前を憶えていただけているとは! 嬉しさの極みにございますな!」


 二、三の会話しかないなかで、盤面が激変してしまう。ユキナが礼節欠くことなく反応できたのは、皮肉にも彼女が『聖地派』の形式に深く精通していなかったからだ。もしブリッツのように、聖地派とアームシュバルツ公爵の強硬派の間に流れる血なまぐさい確執を深く知っていたならば、この異常事態に立ちすくんでいただろう。


 ブリッツがソファから立ち上がり、ユキナに席を譲る。


 すれ違いざま、二人の視線が交錯した。ブリッツの瞳が雄弁に語っている。(――新領主グドンの挨拶の手順は、完璧な『聖地派』のものだ) 手を合わせ、わずかに指先を組むその所作は、あまりに自然で、付け焼刃の演技では決して到達できない領域にある。アームシュバルツ公爵の手の者がこのような仕草を見せれば、領主の地位どころか物理的に首が飛ぶ。 だが、グドンはそれをやってのけた。焦りも、緊張も、ふてぶてしさもない。そこにあるのは、いたって敬虔な聖地派の信徒の姿だった。


(聖地派そのもの・・・だった)


 ブリッツの確信を耳にしたユキナは、胸中で苦虫を噛み潰す。

 事前の打ち合わせでは、グドンは前領主ドンヘルと同じく、世界を聖地に作り変えることを至上命題とする『主戦派(反聖地主義)』であるはずだった。だが、目の前の男は『約束の地を探し求める』という聖地派の礼儀を完璧に体現している。


「どうかなさいましたかな?」

「失礼しました。私は使徒様の従者ではありますが、今はマジルの教会の登録騎士、ユキナとしてここに居りますわ」


 ユキナはあえてアームシュバルツ公爵の支配下にある領主ではなく、教会に属していることを強調し、牽制をかける。ブリッツが用意した設定をなぞり、様子を伺おうとした。だが―――。


「おやおや! 聖霊の加護を受ける従者たるユキナ様が、そのような端役をあてがわれているとは。教会も失礼極まりないですな!」


 その一言で、全てが繋がった。 ユキナという名前を、なぜこの男が知っているのか。それは、ドルフ村に送り込まれた密偵が、アームシュバルツ公爵の手の者であったという動かぬ証拠だ。

 ブリッツが顔色を変えず、一歩前に出る。


「彼女は非常に優秀な方であったため、私が便宜を図り、マジルの教会騎士として登録させたのです。いずれは総本山へとお連れしようと考えております」

「おやおやおや? ブリッツ、君は度が過ぎるのではないかね? ユキナ様が使徒様の従者であることは揺るぎない事実。教会騎士などという不相応な地位に貶めるとは・・・」

「グドン卿、教会騎士は決して端役ではありませんぞ」


 ブリッツがわざと声を荒げ、食ってかかる。それは、ユキナがグドンの『本性』を観察する時間を作るための芝居だった。 グドンはニヤリと、たるんだ頬を震わせて笑う。


「やはり、教会には荷が重いようだ! それならば、私から良い案がある。どうかね?」


 そう言って、彼は懐から金色の勲章を取り出した。マジルの騎士階級を与えるという申し出。それは、ユキナをこの街に、ひいては自らの管理下に繋ぎ止めるための『首輪』に他ならない。


「・・・それは、使徒様を差し置いて頂戴するわけには参りません。どうか、後日、使徒様と共にお伺いした折に」


 ユキナはしなやかに頭を下げた。そして、あえて自らの豊かな胸元を強調するように、深く、ゆっくりと。 案の定、グドンの、獲物を嘗め回すような卑猥な視線が、彼女の肌を執拗に撫でた。


(・・・やはり、そうね。納得したわ)


 ユキナの胸に、冷たく暗い納得が落ちる。 元の世界での彼女の将来は、生まれる前から決定されていた。名家の三女。その役割は、家の存続と利益のために、資産家の中年男性へ提供される『高価な商品』。愛人として、道具として価値を高めるための、血の滲むような英才教育を受けた。 だからこそ、グドンの視線の意味を、彼女は誰よりも正確に理解できた。その既視感こそが、ユキナにとっての最大の武器となる。


(案外、この男がこの場に現れたのは、政治的な優位を確保するためですらない(・・・・)のかもしれない。単に、娼館で遊びたかっただけ。そして、手に入れたばかりの権力で相手を驚かせ、跪かせる・・・その児戯に等しい快楽に浸りたいだけだわ)


 内心で失笑が漏れる。やり様はいくらでもある。 ユキナは胸元を強調し続けたまま、奥の手を繰り出した。袖口から『伝言鳥』を『忍び鳥』へと変質させて飛ばす。認識の外を飛ぶ影の鳥。密室の壁など、この鳥には存在しないも同然だ。タンスイに現在の状況を伝えるため、それは音もなく闇に消えていった。


(この程度の男なら、御しやすいわ)


 ユキナはしなやかな動作で、グドンの隣へと腰を下ろした。伏せ目がちな流し目を送りながら、彼の耳元で囁く。


「先ほどの不躾な申し出、どうか気を悪くしないでくださいませ・・・」

「お、おお・・・」

「グドン様とこうしてお会いできたのは、聖霊の導きなのでしょう。使徒様にも、良いお知らせができて嬉しいですわ」


 鼻の下を伸ばし、完全に毒気を抜かれたグドン。だが、その瞳の奥には依然として焦点のない闇が澱んでいる。ユキナはさらに追い打ちをかけるように、声を潜めた。


「できれば、二人きりでお話しできれば・・・と思いますの」

「ユキナ様の願いとあっては、断れるはずがない! おい、先ほどの奥の部屋へ案内せよ!」

「・・・ですが閣下、あちらの部屋にはご所望の女性達が・・・」

「ええい、構わん! そこでよい! くくくっ、早く案内しろ!」


 夜雀の幹部が当惑したようにユキナの表情を窺うが、彼女は完璧な淑女の微笑みを返すだけだった。本当に女遊びのついでに来ていたとは。呆れを通り越して、もはや憐れみすら覚える。だが、これでいい。情報を引き出すには、二人きり―――複数人いたとしても情事を目的とする密室(・・)が最も好ましい。


 ユキナの思考は、もはや目の前の醜悪な男ではなく、その背後に透けるアームシュバルツ公爵の思惑へと移っていた。


(グドンを聖地派に転向させたのは、間違いなく公爵ね。その狙いは、マジルの領主を聖地派に据えることで、ドルフ村を懐柔し、敵対を封じること。同じ聖地派同士で争えば、『使徒』という社会的地位に傷がつく。断れば「同じ派閥なのになぜ拒む」と揺さぶられ、応じれば利用される。・・・もしかして現教皇すら、すげ替えるための口実にするつもりかしら)


 そして、先ほどの勲章。「英雄」という美名の下に、アルドを自らの陣営の駒として固定しようとする策。 もしアルドが、ドワッフ王国の混乱を鎮めた『帝国側の英雄』として祭り上げられれば、彼はもはや自由な武芸者ではいられなくなる。アームシュバルツ公爵の権力の糸に縛り付けられ、公爵の描く盤面の上で踊らされるだけの存在に・・・。


(・・・考えすぎかしら? いえ、ありうるわね。行き着く先は、高潔な英雄という名の政治的操り人形。ひいてはココミの夢も瓦解する。そんな未来、絶対に許さないわ)


 ユキナの瞳の奥で、静かに、しかし決して消えることのない冷徹な炎が灯った。


読んで下さいまして、ありがとうございます。

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