黒嘆石②
ep.80「黒嘆石③」は、12/26(金)に投稿予定となります。
12月は不定期投稿となります。
夜のマジル。その路地に音もなく着地するタンスイ。
彼がいるのは、腐臭の漂う裏路地のさらに奥、廃屋が並ぶ貧困街だ。その影に身を潜める。タンスイは頭上を覆う不自然な闇の渦を見上げ、自身の視界に走るノイズに顔をしかめた。
「兄貴、こっちだってば」
「ああ? そっちか」
キカラに袖を引かれ、タンスイは我に返る。視界の端が、チカチカと紅く明滅している気がした。方向感覚が鈍ったのか? いや、レイド戦を前にしたシステム演出ってやつかもな。にしてもだ、気合を入れねえと。タンスイは両頬をパンと叩いて気合を入れ直すと、キカラに向き直った。
「で、その入口ってのは?」
「こっちの廃屋の中から地下に行ける。変な奴らが儀式みたいなのをしてたんだ」
「敵の根城ってやつか。よし! 拝みに行くとしよーぜ」
「ちょっと待って。ユキナ姉ちゃんから、伝言鳥を待てって言われてるじゃんか」
キカラが慌ててタンスイのマントを掴む。確かに、別れ際にユキナから厳命されていた。「決して先行しすぎないように。合図を待ちなさい」と。だが、目の前でイベントが進行しているのをただ待つというのは、ゲーマーの性分に合わない。
「ん? 伝言鳥ねえ。そんなに慎重にならなくても、この手のイベントは儀式が終わる前に敵を一掃するのが定石なんだがなあ」
タンスイは再び空を見上げる。渦巻く闇は、明らかに「前兆」エフェクトだ。ボス出現か、あるいはマップ兵器の発動か。まあ、すぐにレイド戦が始まるってわけでもないか。タンスイは逸る気持ちを抑え、キカラと共に壁に背中を預け、周囲の気配に神経を研ぎ澄ませた。
意識は、数時間前の教会での作戦会議へと遡る。
◇
数時間前、教会の会議室。そこは本来、反聖地派のための施設であったが、都市の危機的状況を前に派閥争いは鳴りを潜め、ユキナたち一行に会議室や地下図書室の利用が特別に許可されていた。
部屋には重苦しい空気が漂っていた。ユキナは、タンスイの隣にちょこんと座る薄汚れた少女―――キカラに一度だけ視線を向けて、自らのアイテムボックスから取り出した扇子で口元を隠しながら問いかけた。
「弟君。・・・その子は?」
「ああ、キカラだ。ちっとばかし病気持ちでな。治るまで俺が面倒を見る」
タンスイはぶっきらぼうに答える。その言葉に、ユキナは微かに眉をひそめた。
「『治るまで』、ですか。随分と限定的ですわね」
「・・・俺の懐事情も無限じゃねえからな。それに、こいつ一人を助けたら、裏路地のガキ全員まで集まってくるだろ? その全員を救うなんてのは、今の俺の装備や食料じゃ賄いきれねえ」
タンスイは視線を逸らし、あえて冷淡な言葉を吐く。ユキナはその様子に、わざとらしいほど驚いた仕草を見せた。
「あら、意外ですわ。いつもの貴方なら『俺に任せろ! 子どもたち全員、俺が守ってやるぜ!』なんて救済イベントだと豪語しそうですのに。どうしたのかしら? 変に大人っぽいことを言うなんて、なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」
「ッ! うっせえな! できないもんはできない、それだけだ!」
痛いところを突かれ、タンスイが声を荒げる。その過剰な反応に、ユキナの瞳が冷徹に光った。やはり、彼の精神状態は万全ではない。過去のトラウマか、あるいは元の世界の実姉であるココミの病気と重ね合わせたのか。いずれにせよ、今の彼に冷静な判断を求めるのは酷かもしれない。
ユキナはふぅと息をつくと、声音を和らげた。
「全員を無差別に救うことはできませんが、未来を担う子どもたちなのですから、ドルフ村への受け入れも可能ですわよ」
言いながら、ユキナは傍らに控えるブリッツに目配せをする。『選別基準は後ほど決めます。それよりも、この少女の素性は?』 ブリッツは即座に意図を察し、小さく頷き返した。『問題ありません。ただの身寄りのない少女です。どの組織の紐もついておりません』
ブリッツの経験と勘による保証を得て、ユキナは微笑んだ。
「キカラさん、でしたわね。タンスイについてもらうなら、貴方にも働いてもらいますわよ」
その言葉に、キカラはタンスイの背中から顔を出した。このままでは足手まといとして捨てられるかもしれない。路地裏で生き抜いてきた少女の本能が、自身の価値を示せと告げていた。
「わ、私は地下に詳しいんだ! ここより下の水道も、隠し通路も知ってる。・・・そういえば、変な奴ら・・・いえ、身なりの良い連中が、地下で何かしてるのを見たことがある!」
「身なりの良い連中、ですか。それに、どうしてキカラさんは地下に詳しいと言えるのですか?」
「地下は何ていうか・・・その、仕事をした時に捕まらない抜け道みたいなもんだし。ねぐらでもあるから、く、詳しいんだよっ」
「なるほど・・・ですわね」
ユキナとブリッツの目が鋭くなる。現在の食糧難のマジルにおいて、身なりが良いこと自体が異常だ。襲撃があって後で都市のインフラは破壊されている。清潔さを保てる日数はとうに過ぎているのだから。それにキカラにも役割を与えたほうが、今の弟君には精神的に楽だろうと判断する。私たちとキカラは、保護し庇護される関係ではなく、持ちつ持たれつの関係とすれば、タンスイもキカラを保護する名目が立つというものですわね。
「分かりましたわ。タンスイたちは地下を探ってくださいまし。その『身なりの良い連中』とやらが、何をしているのかをね」
「へっ、潜入任務か。任せな」
タンスイがキカラを連れて部屋を出ていく。二人きりになった室内で、ブリッツが一度闇に消えて、また姿を現わした。
「ユキナ様。マジルの裏の者との会合場所と時間が決まりました。この後すぐです」
「そうですか。なら行きましょう」
「はっ」
「それと、移動しながらで良いですが、新領主グドンの人となりについて確認したいのだけれど、手短に教えてくださいまして?」
ユキナは声を潜めた。裏組織と話すために欠かせなのが情報だ。不足しているのは新領主グドンについて。ユキナの脳裏に、以前ブリッツから見せられた資料の情報が蘇る。国境砦の長官であり、ドンヘルと同じく強硬な反聖地主義者。それが、なぜこのタイミングで? アームシュバルツ公爵の一手を考えながら、裏組織とのコネクションも創る必要がある。思い違いをしている知識があるとするなら、修正しなくてはならない。
「では、道すがらにお話いたします」
「ええ、お願いするわ」
「それとこれから会う裏組織についても幾つか、注意点を申し上げます」
「そうですか。・・・そういえば、領主の館の書類保管庫は、どのようになっていまして?」
ユキナの唐突な問いに、ブリッツはニヤリと笑った。
「厳重ですが、入る隙間がないわけではありませんな」
「結構。弟君たちが地下を探るなら、私たちは政治の場を探りましょう。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですわ」
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