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黒嘆石①

12/15:ep.74【戦場の白紅華はくこうか③】アルドの受け身を、英雄的な積極さに変えました。

12/15:ep.58 【街道②】アルドが倒れすぎているので、前向き路線に切り替えました。


12月は不定期投稿となります。

12/10:ep.65【幕間 結節点④】 ミアの舌惟制御式に伏線を追加しました。

12/10:ep.74 【戦場の白紅華はくこうか③】アルドの急成長に「理由」を付け加えました。


 日が落ち、戦場跡に夜の帳が下りる頃には、補給基地の空気は少しだけ和らいでいた。その中心にいたのは、やはりココミだった。


「さあ、皆さん! 温かいスープとパンが出来ましたよ! しっかり食べて、明日の元気を養ってくださいね!」


 ココミが補給基地に残る大鍋を借り、ドルフ村から運んできた物資を惜しげもなく使って夕食を振る舞っていた。怪我人には消化の良い野菜のポタージュを、復旧作業で腹を空かせた兵士や職人たちには、肉をふんだんに使ったシチューと焼き立てのパンを用意する。その手際の良さと配慮は、まさに「生活職一位」の面目躍如といったところだ。


「うめええ! 生き返るぞ!」「このパン、柔らかくて甘みがある・・・こんな美味いもん、王都でも食えねえぞ!」「おかわり! おかわりはあるんだろ!?」


 ドワッフ族の兵士たちも、ドルフ村の職人たちも、肩を並べて食事を楽しんでいる。そこには国境も種族の壁もない。ただ、死線を共にくぐり抜けた者同士の、温かな連帯感だけがあった。

 ココミもまた、額に汗を浮かべながらも満面の笑みで給仕をしている。


「はいはい、焦らないでくださいね! まだまだたくさんありますから!」


 そんな微笑ましい光景の隅で、抜け目なく動く影があった。商人トレドだ。


「へへっ、兵隊さん。そのシチューに合う極上の香辛料、今なら特別価格でお分けしやすぜ? それと、故郷の家族への手紙があれば、このトレドがお預かりしましょう。次の便で必ず届けますとも」


 兵士たちの懐事情を見極めつつ、巧みに商談をまとめている。アルドはその様子を遠目に見ながら、苦笑した。


たくましいものだ。だが、これなら補給基地の経済も少しは回るだろう)


 アルド自身は気づいていないが、ドルフ村とドワッフ王国をつなぐ経済圏の確立。その第一歩が、この最前線の基地から始まっていた。

 アルドはココミから受け取ったシチューを口に運び、ふぅと息をついた。温かさが胃に染み渡り、張り詰めていた神経が少しだけ緩むのを感じた。


 だが、安息は長くは続かなかった。



 深夜。

 宴の熱気も冷め、基地が静寂に包まれた頃。アルドは一人、基地の最奥に設置された厳重な警備の天幕の前に立っていた。中には、あの「黒嘆石」が封印されている。


「・・・嫌な気配だ」


 夜番を買って出たのは、この天幕から漏れ出す気配が気になって仕方がなかったからだ。ルルナの反応はない。だが、アルドの肌が、本能が、そこにある「何か」を警戒し続けている。「杞憂(きゆう)か?」天幕はしんと静まり返っている。


 ふぅと息を吐いて、刀を抜いた。鞘走る音が、冷たい夜気に吸い込まれる。


 もっと強くならねば、人を守ることはできない。こんな理不尽な世界で、自らの足で仲間と共に歩んでいくためには力が必要だ。もっと刀技を磨かねばならない。無水拍を使って、一戦しただけで体力がなくなるようでは話にならない。


 アルドは独り、闇に向かって刀を振るい始めた。一振り、また一振り。型をなぞるのではない。体の中のよどみを吐き出し、感覚を研ぎ澄ませるための素振り。


 何時間が過ぎただろうか。


 アルドの『武の眞』も以前よりも格段に研ぎ澄まされている。くだんの天幕を背にして周囲に目を向けてみる。不穏な気配は一切感じられない。完全な静寂だ。虫の音も風のざわめきさえも、この天幕の周りだけが真空になったかのように途絶えていた。


(・・・妙だな。あまりにも静かすぎる)


 その違和感に気づき、アルドが黒嘆石のある天幕に振り返ろうとした、その時だった。


「きゃあああああっ!!」


 その天幕の中から、絹を引き裂くような悲鳴が響き渡った。アルドの心臓が早鐘を打つ。その声は、聞き覚えのあるものだったからだ。


「ココミっ!?」


 アルドは弾かれたように天幕の中へと駆け込むが、そこで目にしたあり様にアルドは思わず息を呑んだ。


 天幕の入口は、もちろん閉ざされたままだ。

 だが、その入口を開け入ってみれば天幕の側面―――アルドが背を向けていた方角の分厚い布地が、まるで最初からそこになかったかのように、円形に『消失』していた。切られたのではない。焼き切られたのでもない。物質の構成要素が分解され、音もなく霧散したかのような、不可解な穴。


(俺の背後を通ったのか? 足音も、気配も、生命の鼓動さえ感じさせずに?)


 俺の索敵をすり抜けるなど、手練れの暗殺者でも不可能なはずだ。そう確信できる。しかし、ならば一体どうやって? もし彼女が―――風と一体化し、土の(ことわり)を書き換えるような、『世界そのもの』に干渉する力を使えるとしたら? アルドは頭を振った。そんなことを考えるよりも、まずはココミの無事を確かめるのが先だ!


 その穴の奥、厳重に封印されていたはずの木箱の蓋が外され、地面に転がっていた。その傍らに、ココミが崩れ落ちていた。


「ココミ!」


 アルドは駆け寄り、震える彼女の体を抱き起した。ココミの瞳孔は開かれ、その両目には『鑑定眼』の複雑な幾何学模様が、暴走するように激しく明滅している。


「あ・・・あぁ、いや・・・」


 ココミの視線は虚空を彷徨い、見てはいけないものを見てしまった恐怖に引きつっていた。


「どうして・・・どうして、人が人を喰らうの? 違う、これは・・・欲望? 渦巻いてる・・・」


 譫言うわごとのように呟くココミ。その体は氷のように冷たい。


(しまった! 分析を頼むと言ったのは俺だが・・・まさか、独断でこんな夜中に見に来るとは!)


 いや、違う。ココミはそんな無鉄砲な真似をする娘ではない。

 呼ばれたのだ。この石に。


「どうして人は、人を殺してでも生きたいと願うの・・・? 汚い、怖い・・・」


 ココミの声が、次第に悲痛な響きを帯びていく。彼女の視界には、黒嘆石に渦巻く数千の欲動の記憶、いや、閉じ込められた者たちの魂の怨嗟―――裏切り、搾取、そして共食いという地獄絵図が黒嘆石のなかに閉じ込められているのだ。それが、情報の奔流としてココミに流れ込んでいたのだ。


「私は・・・そうじゃなかった。私は、私自身がいなくなればいいと思って・・・迷惑かけるくらいなら、死んだほうがいいんだって・・・」


 ココミの言葉が、過去の記憶と混濁し始める。元の世界での病床の記憶。家族に負担をかけ続けているという罪悪感。それが、黒嘆石の絶望と共鳴し、彼女の心を壊そうとしていた。


「しっかりしろ、ココミ!」


 アルドはココミをさらに強く抱きしめる。ココミが黒嘆石と向き合わないように、その間に割って入り、視線を遮るように彼女を抱きしめた。


「見なくていい! そんなもの、お前が見る必要はない!」

「でも、でも・・・生きることは、誰かを犠牲にすることなの? だったら私は・・・」

「違うっ!」


 アルドは叫んだ。ココミのまっすぐに見つめて、必死に言葉を紡ぐ。


「人が人を喰らうなんて普通じゃない。それは狂気だ。だが、そうじゃない。聞いてくれ、ココミ。人は、大切な人に死んでほしくないと願うもんだ。生きていてほしい、笑っていてほしいと願う。ココミが生きることは罪なんかじゃない!」


 アルドは、自分の胸の中で震える小さな命の重さを感じる。


「誰しも、そして自分自身も、生まれたのなら幸せを求めたっていいんだ。未来が明るくなるよう願うことは、決して間違いじゃない。お前はすごいよ。今日だって、お前の料理でみんなが笑顔になったじゃないか。傷ついた兵士も、絶望していた職人たちも、お前が癒したんだ」


 アルドは、ココミの顔を覗き込み、諭すように言った。


「治療も、食事も、この基地は今やお前なしでは回らない。お前は必要なんだ。大事な存在なんだ。だから・・・自分を大切にして欲しい。仲間も、そして俺も、そう願っている」


 アルドの体温と、力強い言葉が、ココミの凍り付いた心を少しずつ溶かしていく。ココミの瞳から、鑑定眼の光が消え、代わりに大粒の涙が溢れ出した。


「アルド、さん・・・う、うわぁぁぁん!」


 ココミはアルドの胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。そこに、騒ぎを聞きつけた兵士たちと、夜の警邏(けいら)任務についていたアンネが駆けつけてきた。


「師匠! 一体何が!?」

「アンネか。・・・すまない、ココミのことを頼まれてくれないか?」


 アルドは泣き疲れてぐったりとしたココミを、優しくアンネに預けた。


「今は少し落ち着いている。だが、一人にするのは危険だ。今日は一晩、つきっきりで居てやって欲しい」

「はい、承知しました。ココミ様は、私が必ず」


 アンネは真剣な表情で頷き、ココミを背負って居住区の天幕へと運んでいった。


 再び、静寂が戻る。

 だが、その静けさは先ほどまでとは異質だった。天幕の中に残された黒嘆石。箱に戻され、蓋をされた今もなお、そこから漏れ出る瘴気は濃さを増しているように思えた。


 厚い雲が月を隠し、あたり一面が完全な闇に沈んだ時、ふと、声が聞こえた気がした。


『―――ククッ』


 音などではなく、五感に響く粘着質な嘲笑。アルドは黒嘆石のある天幕を睨みつける。


「・・・なんだ?」


 風はない。篝火だけが揺れている。だが、天幕の奥から、どす黒い気配が明確な「意志」を持って漏れ出し、アルドに絡みついてくるのを感じた。それは単なる魔力カロリックの奔流ではない。ココミが見たという「人が人を喰らう」地獄。それを嘲笑い、愉悦とする何者かの視線。


 千年前、文明を生物へと変えたあの現象。あれとも似ているようで、決定的に何かが違う。もっと悪意に満ちた、何者かの作為。


(人間の生命を資源とする石のはずだ・・・だが、それだけか? ただの生命結晶石が、こんな悪意を放つものか)


 アルドは刀を強く握り直し、天幕から溢れ出る闇に向かって切っ先を向けた。


「・・・聞こえているんだろう?」


 問いかけに、返事はない。だが、気配が微かに揺らぎ、こちらの問いかけを楽しんでいるかのように波打った。


「お前は、ただのモノじゃないな。・・・お前は、誰だ?」


 問いかけは、夜闇に吸い込まれた。答えは返ってこない。だが、その沈黙こそが、ドワッフ王国を、いや、この世界を覆おうとしている闇の深さを物語っていた。


 アルドは天幕から視線を外し、頭上に広がる空を見上げた。星明りさえ届かない漆黒の空。その暗闇は、この世界のすべてを覆っているかのようだった。


 ◇


 同時刻。国境都市マジル。崩れかけた城壁の上で、大剣を背負った青年―――タンスイもまた、同じ漆黒の空を見上げていた。


「けっ、星も見えねえなんて、シケた夜だぜ」


 タンスイの眼下には、夜闇に沈む都市マジルが広がっている。だが、歴戦のMMOプレイヤーである彼の目は、単なる夜景としてそれを見てはいなかった。


 街路に点在する松明の灯り。家々から漏れるわずかな光。それらが、不自然なほど規則的な明滅を繰り返している。さらに上空。厚い雲のように見える闇は、風に流れることなく一点に留まり、都市全体をドーム状に覆い隠していた。


(街の灯りが魔法陣のラインを描いてやがる。それに、上空のあれは雲じゃねえ・・・『遮断結界(インスタンス・エリア)』の生成エフェクトだ)


 通常のフィールドから切り離され、特定のクエスト攻略者のみが入場できる隔離空間。都市の防衛機構である『都市魔法』が、何者かによって書き換えられ、起動し始めている証拠だ。


「うっ・・・」


 タンスイは思わず鼻を覆った。

 亜獣の軍勢によって荒廃した都市マジルから、不意に夜風が巻きあがる。その風は都市の痛みをタンスイに運んできたのだ。それは鉄錆のような血の臭いと、魚肉が腐ったような吐き気をもよおす死臭。城壁の下には、逃げ遅れたのであろう兵士の死体が、原形を留めぬほど無惨に引き裂かれて転がっていた。


 あまりにリアルすぎる死臭と、生理的嫌悪を催す死体の惨状。一瞬、これが「ゲーム」ではなく「現実」なのではないかという疑念が、冷たい刃のように脳裏をかすめる。


(おい、マジかよ。これ、本当にイベントなのか? いくらなんでも趣味が悪すぎ―――)


 その思考がまとまる前に、視界の端にノイズが走った。


―――連鎖連樹子:精神感応保護(マインド・フィルター)起動。


 深紅の制御式(・・・・・・)が脳裏に浮かんだ瞬間、タンスイの意識から「恐怖」と「疑念」が霧散した。さきほどまで吐き気を催していた死体は、ただの「背景オブジェクト」にしか見えなくなり、鼻をつく死臭も「臨場感を高める演出」へと情報が書き換えられる。


「・・・へっ、凝った演出してやがるな。フィールドの相転移を確認。通常マップからイベント専用マップへの切り替え完了・・・ってか?」


 タンスイはニヤリと笑う。そこに先ほどまであったはずの「現実の地獄」は、彼の目にはもう「攻略すべき高難易度イベント」としてしか映っていなかった。タンスイの眼前に広がるのは、人々の営みの灯りではない。何か得体の知れないものが蠢く、混沌の気配。そして、MMO同様にゲームシステムが告げる「戦闘開始」の合図だった。


「待ってろよ、アルドのおっさん。こっちはこっちで、派手なイベント(レイド戦)が始まりそうだぜ」


 タンスイは、闇に沈む都市へと身を躍らせた。



読んで下さいまして、ありがとうございます。

もしよろしければリアクションを頂ければ、うれしいです。

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