アルドと英雄③
12/10:ep.65【幕間 結節点④】 ミアの舌惟制御式に伏線を追加しました。
12/10:ep.74 【戦場の白紅華③】アルドの急成長に「理由」を付け加えました。
12月は不定期投稿となります。
アルドは静かに、しかしよく通る声で告げた。
「村に連れて帰る。魂だけでも、家族のもとに」
(ルルナ。・・・聞こえているか?)
そして、胸に手を当て、内なる相棒に呼びかけた。
返事はない。分体である彼女には連続して会話をする力はない。だが、アルドの強い意志は、確かに伝わったはずだ。
(頼む。彼らに、輪廻葬送を。残された力を全部使っていい。彼らの魂を、安らかに送ってやってくれ)
ドクン、と心臓が強く脈打った。それに応えるように、アルドの体から淡い光が溢れ出す。それは粒子となって集束し、アルドの頭上に蒼い綿毛の姿―――分体としてのルルナを形作った。
いつもより光は弱く、儚げだ。言葉を発することもない。だが、その蒼い光は、天幕の中を優しく照らし出し、死の冷たさを温かな静寂へと変えていく。
「ま、まさか・・・聖霊さま?」
出稼ぎの男たちが、目を見開いて息を呑む。ルルナがふわりと舞い降り、ドルフ村の、そして天幕にいるすべての遺体の上をゆっくりと旋回する。すると、各々の白い布の下から、蛍のような光の粒が立ち昇り始めた。一つ、また一つ。それは苦痛や無念から解き放たれた、純粋な魂の輝きだった。
その立ち昇る光の粒は、天幕内にいる死者たちとの別れを嘆く者たちの頭上を一度だけ巡り、別れを告げるように瞬く。そして天幕の隙間から差し込む朝日に導かれるように、天へと昇っていく。
「ああ・・・あいつ、笑ってやがるみたいだ」
リーダー格の男が、空を見上げながら涙を流した。罪悪感に押しつぶされそうになっていた彼らの顔に、救済の光が差していた。仲間は無惨に死んだのではない。聖霊に祝福され、光となって還っていったのだ。その事実が、彼らの重荷を少しだけ軽いものに変えた。
グランも、ベラトも、その場にいる全員が膝をつき、静かに祈りを捧げている。
アルドはその光景を見つめながら、心の中でルルナに感謝した。(ありがとう、ルルナ。・・・お前のおかげだ)
光が消え、ルルナが再びアルドの中に還っていくと、出稼ぎ人たちが一斉にアルドの前に跪いた。
「刀武家様っ・・・! 俺たちの仲間を、救ってくださって、本当にありがとうございます!」「あんたは、本当に聖霊様の使いだったんだな・・・疑ってすまねえ!」
彼らの眼差しは、もはや他人を見るものではなかった。縋るような、それでいて確固たる信頼に満ちた、救世主を仰ぎ見る目だ。
(よしてくれ。俺はそんな立派な人間じゃない)
アルドは胸が苦しくなるのを堪え、彼らの手を取って立たせる。
「礼には及ばない。さあ、ドルフ村で家族が待っている」
アルドが男たちの背中を押し、ドルフ村への帰路につこうと歩き出した、その時だった。
「アルド殿っ!」
背後から、悲鳴にも似た鋭い声が投げかけられた。振り返ると、参謀役のベラトが、なりふり構わずといった様子で駆け寄ってくるところだった。常に冷静沈着で、先ほどまで計算高い「大人の対応」を見せていた男が、今は余裕をかなぐり捨てて息を切らせている。
「お待ちください! まだ、話は終わってはおりません!」
その必死な形相を見て、アルドは足を止めた。同時に、肌を刺すような微かな悪寒を感じる。戦いは終わったはずだ。スチーム・ミノタウロスは倒れ、亜獣の軍勢は散り散りになった。だが―――、
(・・・終わっていない、のか?)
アルドは武の眞をもって、ベラトの背後に広がる補給基地、そしてその向こうにあるドワッフ王国の深部を見据える。先ほど感じた黒嘆石の禍々しい気配。そして「天幻」という言葉の重み。それらはまだ、重く空気に澱んでいる。目の前の勝利は、巨大な災厄のほんの一部を切り取ったに過ぎないのではないか。そんな予感が、アルドの足を縫い止める。
(だが、俺の役目はここまでのはずだ。出稼ぎ人たちを救出し、村に連れ帰らねばならない。それが最優先事項だ)
彼らは非戦闘員だ。これ以上、危険な場所に留めておくわけにはいかない。無事に家族の元へ帰してやりたい。それが、亡くなった彼らの仲間に対するせめてもの手向けでもある。
アルドが迷いを断ち切るように口を開こうとした時、
「刀武家様。・・・俺たちも、まだ帰るわけにはいかねえです」
意外な言葉が、身内から上がった。見れば、出稼ぎ人のリーダー格の男が、泥だらけの顔を上げてアルドを真っ直ぐに見つめていた。他の男たちも、同様に決意を秘めた目をしている。
「どういうことだ? 君たちは一刻も早く村へ帰りたいはずだろう?」
「ええ、そりゃあ、家族の顔は見たいです。死んだあいつのことも、早く嫁さんに伝えてやりてえ」
男は一度言葉を切り、補給基地の方へ視線を向けた。そこでは、傷ついたドワッフ兵たちが互いに肩を貸し合い、黙々と復旧作業を続けている。
「でもよ、俺たちはドワッフ王国のみんなに世話になったんだ。仕事をもらって、酒を酌み交わして・・・。今回だってそうだ。俺たちが逃げる時間を稼ぐために、ドワーフの兵隊さんたちが何人も盾になって死んじまった」
男の声が熱を帯びる。
「着の身着のままで逃げていた俺たちを、ここまで守ってくれたのは彼らなんです。それなのに、俺たちだけ『助かった、じゃあな』って尻尾巻いて逃げるなんて、そんな薄情な真似はできねえ!」「ああ、そうだ。俺たちだって、金槌やツルハシなら扱える。戦えなくても、陣地の修復や瓦礫の撤去くらいなら手伝えるはずだ!」
口々に上がる声。それは恐怖を乗り越えた、義理と人情に厚い職人たちの心意気だった。アルドは彼らの顔を見渡し、ふと口元を緩めた。
(・・・なるほどな。俺が思っている以上に、彼らは強いのだ)
守られるだけの存在ではない。彼らもまた、誇り高きドルフ村の男たちなのだ。ならば、俺が彼らの意思を無下にする権利はない。それに―――俺自身も、このまま背を向けて立ち去るには、あまりに寝覚めが悪すぎる。
「・・・すまない。俺が浅慮だった」
アルドは男たちに頭を下げ、それからくるりと踵を返してベラトに向き直った。
「聞いた通りだ、ベラト殿。彼らはまだ、ここでやるべきことがあると言っている」
「そ、それでは・・・?」
「ああ。俺も同じ気持ちだ。乗りかかった船だ、最後まで付き合おう」
アルドはベラトの前に歩み寄り、べラドを真っ直ぐに見据えて言った。
「ドワッフ王国を襲っている事変の解決に協力したい。単なる武力としてだけでなく、ドルフ村の代表としてな。俺に―――いや、俺たちに出来ることがあるなら、言ってくれ」
その言葉に、ベラトの顔から張り詰めていた緊張が解け、代わりに深い安堵と、隠しきれない歓喜の色が浮かんだ。
「・・・感謝いたします、英雄殿! 貴殿の力、そしてドルフ村の方々の助力があれば、百人力です!」
ベラトは震える声でそう言うと、深々と頭を下げた。アルドは、その背後で力強く頷く出稼ぎ人たちの姿を背に感じながら、覚悟を決めた。
(帰るのが少し遅くなるが・・・ドルフ村のみんな、もう少しだけ待っていてくれ)
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適宜に誤字脱字の修正を行なっています。




