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アルドと英雄①

12月は不定期投稿となります。


 戦場の熱に代わって立ち込めるのは重苦しい疲労と、むせ返るような鉄錆の臭いだった。壊された補給地の防壁を横目にして、アルドはイエルの先導で、補給基地の中枢である天幕へと歩を進めていた。


「アルド殿、こちらになります。連隊長がお待ちです」


 イエルの声には、どこか畏敬の念が混じっている。すれ違う兵士たちが皆、足を止めて最敬礼を送ってくるのがこそばゆい。


(参ったな。俺はただのおっさんなんだがな)


 内心ではそうぼやきながら、アルドは頭をかく。その指先にはまだ微かに震えが残り、戦場での疲労が回復できずにいた。ココミやゲルドは、負傷兵の手当てや設備の点検に走り回っている。俺も手伝おうとしたのだが、「アルドさんは休んでてください!」とココミに押し切られてしまった。


『ケガや病気で辛い思いをする人を治すのが私の使命なんです! アルドさんは戦いで疲れているんだから、これを飲んでしっかり滋養です!』


 そう言って手渡された特製回復薬の小瓶を、アルドは懐で握りしめた。栓をしていても独特の薬草臭が漂ってくるが、その強烈な匂いこそが彼女の真心だと思えば、悪い気はしない。

 だが、今の俺の胸中にあるのは、安堵よりも心細さだった。


(ルルナ・・・)


 胸の奥に意識を向ける。だが、いつものような凛とした声は返ってこない。現在、ルルナの本体(活動体)はドルフ村に残り、ミアの守護にあたっている。俺の中にいるのは、あくまで通信と記録を担う極小の「分体」に過ぎない。力は弱く、高度な思考や会話を連続して行う余力はないのだ。


(ルルナは万能じゃない。分かってはいたことだが・・・こういう交渉の場に一人で臨むとなると、胃が痛くなるな)


 天幕の入り口を見やって、ごくりと唾を飲み込む。そしてアルドは意を決して、分厚い布をくぐった。


 その中は予想以上に広かった。作戦机を囲むように、勲章を胸に飾った高級士官たちがずらりと並んでいる。その視線が一斉にアルドに注がれた。値踏みするような視線、好奇の視線、そして感謝の視線。 そして、それらの最奥、上座に座っていた初老の男が、ゆっくりと立ち上がった。岩のような厳格な顔つきに、立派な髭を蓄えた筋骨隆々のドワッフ族。第八連隊長だとおのずと分かる。


「私は第八連隊を預かっているグランと申す。英雄アルド殿。・・・いや、刀武家殿とお呼びするべきか」


 グランが重々しい声と共に、その巨体を折って膝をついた。それに続き、居並ぶ士官たちも一斉に頭を下げる。


「我ら第八連隊、貴殿の助力に心より感謝する。貴殿がいなければ、この補給基地は蹂躙され、我らは屍を晒していただろう」


 ドワッフ族の最敬礼。その重さに、アルドはたじろいだ。


「あ、いや。頭を上げてくれ。俺は・・・アルドでいい。それに、助け合うのは当然のことだ」


 言葉を選びながら答えると、士官たちが顔を見合わせ、感心したように頷き合っている。「なんと謙虚な」「やはり伝承の武人は違う」といった囁きが漏れ聞こえてくる。


(いや、本当に困るんだが・・・)


 アルドの困惑を察したのか、グランの隣に控えていた男が、パンと手を叩いて空気を変えた。中肉中背、糸目の男。軍服の着こなしに隙がなく、知的な雰囲気を漂わせている。


「皆様、英雄殿がお困りです。敬意を表するのは結構ですが、まずは席を勧めるのが礼儀でしょう」


 その男――参謀役のベラトが、穏やかな口調で場を収める。


「失礼した。さあ、こちらへ」


 グランに促され、席に着く。簡単な自己紹介の後、グランは単刀直入に切り出した。


「アルド殿。貴殿の働きには報いねばならん。金銭か、物資か、あるいは名誉か。望むものがあれば言ってくれ」


 その言葉に、アルドは内心で唸った。無償でいいと言いたいところだが、それでは相手がかえって警戒する。タダより高いものはないと言うしな。それに、これからのドルフ村のことを考えれば、ここは「貸し」を有効に使うべき場面だ。


(ここでどう動くのが正解なのか・・・)


 ドワッフ王国に来たのは、ドルフ村の復興のため、出稼ぎ人を呼び戻すためだ。うーん、ドルフ村の自立。つまりは経済発展か。アルドの脳裏に、ドルフ村から一緒に連れ立つ商人トレドの顔が浮かんだ。


「そうだな・・・。報酬と言っていいか分からないが、一つ頼みがある」

「ほう? 何なりと」

「俺たちの仲間に商人がいる。ドルフ村からここまで、命がけで物資を運んでくれた者たちだ。彼らのなかに商人トレドがいる。ドルフ村と懇意にしている商人だ。彼にこの補給基地内での商いを許可してもらえないだろうか?」


 その提案に、グランが少し意外そうに目を見開いた。


「商い、か? そんなことで良いのか?」

「ああ。彼らは良質な物資を持っている。特に回復薬は、今の軍に必要なはずだ」


 グランが参謀役のベラトに視線を送る。ベラトは口元に薄い笑みを浮かべ、小さく頷いた。


「なるほど。ドルフ村との交易路の再開、その足掛かりとしたい・・・というわけですね」


 ベラトの鋭い指摘に、アルドは(なんとか)表情を変えずに頷く。


「・・・互いに益がある話だと思うが?」

「ええ、異論はありません。むしろ渡りに船です」


 ベラトは手元の書類に目を落としながら、流暢に条件を提示し始めた。


「軍の衛生隊への回復薬、及び解呪薬の優先供給をお願いしたい。代価は相場に色を付けて支払いましょう。ただし、価格の吊り上げを防ぐため、事前に商品と価格の一覧を提示していただきたい」

「分かった。商人のトレドを向かわせる。彼と詰めてくれ」


(・・・ふぅ、話を合わせてみたが、なんとかなったか?)


 アルドは胸中で汗を拭う。ユキナやルルナの助言なしで、なんとか「指導者っぽい」振る舞いができたのではないか。商人に利益をもたらし、軍に物資を供給し、ドルフ村とのパイプを作る。はたから見れば三方良しの契約になっていた。


「アルド殿。もう一つ、確認していただきたいものがある」


 グランの合図で、若い士官たちが木箱を運び込んできた。蓋が開かれると、そこには異様な物体が鎮座していた。赤黒く、ドクドクと脈打つ巨大な結晶石。先ほどアルドが斬り伏せた、スチームミノタウロスから摘出されたものだ。


「・・・なんだ、これは」


読んで下さいまして、ありがとうございます。

適宜に誤字脱字の修正を行なっています。

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