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戦場の白紅華《はくこうか》③

11月は不定期投稿となります。

連続投稿は、11/25-27(3日間)です! アルドの戦闘を楽しんでいただければと思います。


 アンネが息を呑む中、アルドは進む。圧倒的な武の力が顕現していた。「アンネに感謝だ。もちろんココミさんにも」アルドはもう一つの戦いの渦の中心―――援軍が苦戦していた大柄ゴブリンに接敵していた。


 ガクン。


 アルドの目線の先で、思わず膝をつくゴブリン。

 武装ゴブリンは何が起こったかわからずに、自身の視界が回ることに理解が追いつかない。それはアルドが放つ「静寂の圧力」による体内カロリックの共振と撹乱。強制デバフによる弱体化だ。そのデバフを打ち消すにはルルナに並び立つほどの上位聖霊の演算力が必要だ。ゆえに、ただの魔物に過ぎない彼は対抗できない。眩暈と混乱が襲い掛かり、そして目の前には忽然と死神のごとき男が迫る。


 恐怖以外の何物でもないだろう。


 気づいた時には、もうゴブリンの首は飛んでいた。


 その時、ふとアルドはゴブリンの断末魔を聞いた。それは、人の声だった。


「・・・ああ、ア・・助けテ、て」


 ぞくり、と冷たい寒気が背中を走った。それは亜獣の唸り声とはまったく別の、確かに助けを求める、か細い人間の声に他ならなかった。(なんだ・・・? 今のは・・・)アルドの勘が、警鐘を鳴らす。亜獣達は人を集めているといっていた。まさか?  考え始めようとしたとき、


 グオオオオオオッ!!


 空気を震わせる、獰猛な雄たけびが上がった。敵の大将のお出ましだ。なら、考えるのは後回しだ。いまは戦う以外にない。


 アルドは、この戦場における最強の敵を見た瞬間に、彼の体は恐怖を忘れてかっと熱くなった。強者つわものと戦える。・・・いや、戦いたい。武者震いがアルドを強者のもとに急がせる。


「ああ、師匠。本当にすごい。・・・白紅華はくこうかが咲いている。本当に・・・師匠は刀武家様なのですね」


 アンネが呆然と呟く。

 教会の伝承にもある。今は失われてしまった刀武家の逸話だ。戦場の刀武家は白紅華を咲かせるという。白は返り血を浴びず白く光る刀身。そして、紅とは斬られた敵が噴き上げる血の花だ。自らは返り血を浴びず、赤い血を戦場に高く咲かせる。

 いま、この戦場で、朝日を受けて白く輝く刀身と、敵をことごとく切り捨て、血を高く飛ばすアルドの姿は、教会の伝承にある刀武家そのものだった。


「お前が大将か」


 グルルルル、プシューッ!


 唸り声と共に、背中のパイプから蒸気が噴き出す。地面を揺らすその巨体。


 大将、それはミノタウロス。


 ひと際でかく、むき出しの上半身からは、ドッドッドッという内燃機関のような音が響いている。よくよく見ればミノタウロスというには奇怪な姿だ。皮膚の下に金属のピストンが見え隠れし、心臓部は赤熱している。まるで機械とミノタウロスがごちゃ混ぜになったような姿――スチーム・ミノタウロスだ。


「千年前の天幻みたいだな」


 アルドがまだコンビニ店員だった時を思い出す。文明の利器が生物に変わる天幻を。まあ、いまはそれよりも戦うのみだがな。


 目にもとまらぬ速さで巨大な斧が、アルドの脳天に振り降ろされる。それも連続に、何度も何度も。一秒間に10回は振り降ろしているだろう。


 ドドドドッ!


 地面が大きく抉れ、土砂が舞う。


「くっ、硬てえな」


 アルドは思わずつぶやいた。

 もちろん刀を振ってはいない。相手に対する強制デバフが通りにくいのだ。実存強度の差か、あるいは機械と融合した特異な身体構造のせいか。

 だが、なにも万全の敵を相手にする必要はない。ここは戦場なのだ。弱体化させて、首を狩るための勝機を待つのだ。


 相手は力任せの攻撃に見切りをつけ、配下に指示を出したようだった。アルドを囲い込めと。多勢に無勢、確かにその通りだ。アルドはミノタウロスと距離を取り、囲い込もうとする配下たちに視線を送るだけで一斉に膝をつかせる。カロリックの撹乱。混乱させた。これで時間は稼げる・・・って、敵が多すぎるぞ!


「師匠っ、こいつらは任せてください!」 「アルド、回復薬に感謝する! ここは我々が支える!」


 アンネが、そして回復したイエル率いる援軍たちが、アルドの背後を守るように展開した。アルドを囲い込もうとする亜獣と魔獣を相手取ってくれていた。


「助かる!」


 そう一言、礼を述べて、アルドはミノタウロスと再度対峙する。

 面と向き合えば分かる。俺が相手取った敵の中でも最強の存在だと。


 ミノタウロスの斧が振り降ろされる。それは既に見切っている。渾身の一撃だ。故に連斬ではない。

 アルドは刀を斧の軌道に沿わせるように「置く」。


 ガギィン!


 激しい火花。だが、アルドは引かない。

 そのままミノタウロスの両目を切っ先で斬る。強制デバフは完全に入らずとも、体内カロリックの薄いところは作れる。カロリックの波をつくり、カロリック層の薄くなった部位を斬っていく。

 対して、ミノタウロスは攻撃をアルドに当てづらいことが分かると、点ではなく面攻撃に移った。地面を砕き、土と石を巻き上げ、それを雨のようにアルドに叩きつける。それは避けられず、大きく間合いを取るほかない。


 一進一退の戦いは続いた。


 そのなかでもアルドは、じりじりと、しかし確実に『無水拍』による強制デバフをかけ続け、肉皮を削ぐように斬りつけていく。焦れたミノタウロスが大きく咆哮し、全身から蒸気を噴き出して突っ込んできた。

 アルドは、その瞬間を待っていた。力むということは、カロリックの流れが一瞬、一点に集中し、他が疎かになるということ。


「―――そこだ」


 そして幸運もあった。ミノタウロスの出血が地面を濡らしていた。失血が一定量を越えたことで抵抗値が著しく落ちたのだろう。その瞬間にアルドの無水拍が完全に通った。敵の防御膜カロリックわずかな穴が空いたのだ。


 ズバンッ!!


 あれほど永遠に続くと思われた戦闘が、一瞬にして終わった。


 ミノタウロスの首が、太陽よりも高く宙を飛んだのだ。切断面から蒸気とオイル、そして血が混ざった液体が噴き出し、


 ズシンッ


 と、腹に響く重い地響きを立てて、スチーム・ミノタウロスの巨体が地に伏した。


 切断された首の断面からは、どす黒い血と共に、焼けついたオイルと白煙がシューシューと音を立てて噴き出し続けている。その不快な機械音だけが、静まり返った戦場に響いていた。


 アルドは、ゆっくりと息を吐く。


 肺に残った熱気を出し切るように。そして、刀を振って、刀身に付着した油混じりの血を払う。朝日に照らされた刀身は、穢れを知らぬかのように白く、冷たい輝きを放っていた。


 カチン。


 鍔鳴りの音と共に、刀が鞘に収まる。それが、戦いの終わりを告げる合図だった。


 その瞬間まで、戦場であるにもかかわらず静寂が支配していた。


 ドワッフ王国の兵士たち、救出された避難民たち、そしてアンネやイエルまでもが、呆然と立ち尽くし、目の前の光景を凝視している。


「・・・倒した、のか?」


 誰かが、掠れた声で呟いた。


 彼らの視線の先にあるのは、ただの亜獣ではない。鋼鉄の装甲と蒸気機関を肉体に埋め込んだ、悪夢のような怪物だ。自分たちの剣や槍が通じず、仲間を紙切れのように引き裂いた絶望の具現。それを、たった一人の人間が、真正面から切り伏せたのだ。


 兵士の一人が、恐る恐る倒れた巨体に近づく。


 分厚い胸板の装甲はひしゃげ、鋼鉄のパイプは切断されている。人の力で斬れるはずのない金属が、まるで粘土細工のように断ち切られていた。


「ひっ・・・!」


 兵士は短く悲鳴を上げ、後ずさった。怪物が怖いのではない。その怪物を葬った『斬撃』の異常さに、本能的な畏怖を覚えたのだ。


「見ろよ、あの傷跡・・・」

「装甲ごと、一太刀だぞ。あんな芸当、ドワッフの剛力自慢だってできやしねえ」

「それに、あの方を見ろ。あれだけの死闘だったというのに・・・」


 兵士たちの視線が、再びアルドに集まる。

 返り血一つ浴びていないその姿。ただ静かに佇むその背中には、歴戦の戦士たちが放つ殺気とは異なる、静謐せいひつで、どこか神々しい気配が漂っていた。


「・・・伝承の通りだ」


 古参の兵士が、震える声で呻くように言った。


「白き刃に、紅き華を咲かせる。・・・まさに『刀武家』そのもの。教会の御伽噺じゃなかったんだ」

「刀武家・・・聖霊の御使い様か」


 ざわり、と熱狂のさざ波が広がる。


 最初は恐怖と困惑だった感情が、急速に熱を帯びた崇拝へと変わっていく。

 彼らにとって、アルドはもはや腕の立つ援軍ではない。絶望的な戦場に舞い降り、人知を超えた力で災厄を祓った、伝説の英雄そのものだった。

 指揮官のイエルが、震える足を押さえつけるようにして前に進み出た。彼は兜を脱ぎ、アルドの背中に向かって、ドワッフ王国における最敬礼―――拳を地面に突き立て、頭を垂れる姿勢をとった。


「・・・我ら第八連隊、この御恩、魂に刻んで忘れません。貴方様こそ、我らが国を救う希望の光だ」


 その言葉を合図に、周囲の兵士たちも一斉に武器を捨て、その場に跪いた。

 誰も言葉を発しない。ただ、圧倒的な武威と、救われたことへの感謝を込めて、静かに頭を垂れる。


 アルドは、自分に突き刺さる無数の視線と、場の空気の変貌に気づき、内心で小さく苦笑した。


(・・・参ったな。ただ必死に戦っただけなんだが、随分と大ごとになってしまったようだ)


 だが、彼は言葉にはしない。


 今の彼らに必要なのは、親しみやすい隣人ではなく、(すが)るべき強き象徴なのだと理解していたからだ。


 アルドはただ一度だけ頷くと、跪く兵士たちの間を、ココミたちが待つ場所へと静かに歩みを進めた。すると、兵士たちが左右に並び、頭を垂れるなかを、彼は背筋を伸ばしてまっすぐに進んで行くのだった。



読んで下さいまして、ありがとうございます。

適宜に誤字脱字の修正を行なっています。

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