戦場の白紅華《はくこうか》②
11月は不定期投稿となります。
連続投稿します。11/25-27(3日間)で、アルドの戦闘を楽しんでいただければと思います。
さらに速度を上げて、馬上のまま、アルドはさらなる濃霧の中に突っ込んでいく。
リーチの短い刀で騎乗戦は不利である。常識ならそう判断する。だが、今のアルドには『武の眞』がある。視界ゼロの霧の中でも、敵の配置、次の動きが、水面の波紋のように手に取るように分かる。ならば、自ら切り込む必要はない。馬の速度を乗せ、敵が自ら刃にぶつかる「場所」に、刀を置いておくだけでいい。
アルドは凄まじい速度ですれ違いざまに、敵に当たる直前で刀を少し引く。
武装したゴブリンたちの首が、音もなく飛んだ。アルドが斬りつけた後も馬上の姿勢を崩すことがないのは、無水拍の賜物であった。
急襲部隊―――いや、敵主力の出鼻を折る。
ドワッフ兵が悲鳴を上げた。だが、宙を舞ったのはドワッフ兵に切りかかろうとしたゴブリン兵の首だ。
「うわああっ・・・って、え?」
「立てるか?」
アルドは転がるようにして馬から降り、そのまま流れるような動作で周囲のゴブリン兵とコボルド兵を斬り伏せる。
腰を抜かしたドワッフ兵は状況を上手く飲み込めていないが、アルドが助けてくれたことだけは理解した。「名前は?」 「ハ、ハルトです」 「よし、ハルト。伝令を頼む」
アルドはハルトを無理やり立たせ、自分が乗ってきた馬の手綱を握らせた。
「本陣に連絡しろ! 正面は囮、壁役だ。本命はこの背後の急襲部隊だと伝えろ! 分かったか? 分かったなら、早く行けっ!」
二、三度大きく頷づいたハルトは、アルドに急かされながら馬に飛び乗った。賢い馬は、新たな乗り手を乗せてすごい勢いで急斜面を登っていく。(早く、本陣に届けてくれ。長くは持たないぞ)
渡河を終えた亜獣の部隊が、次々と濃霧の中から姿を現わす。それらをアルドは片端から斬り捨てていく。周囲で孤立していたドワッフ兵たちに声をかけ、集結させる。
「敵に包囲されるなっ! 背中を守り合え。死体も障害物として利用しろ。大丈夫だ、個々の力なら俺たちの方が強い!」 「おおっ!」
最初はアルドの姿に戸惑っていたドワッフ兵たちだったが、アルドの果敢な姿と的確な指示に勇気を得て、なんとか防衛線を築き上げる。
だが、霧の奥から、ひときわ実存強度の高い気配が近づいてくる。
その実存強度の高い数体のコボルドが、ドワッフ兵の背面部隊の指揮官(だろうか?)を囲い込み、とどめを刺そうとしている。寸でのところで、アルドが間に割って入り、武装コボルドを蹴り飛ばして助けた。
「大丈夫か? この部隊の指揮官か?」
「ああ、助かったぜ。・・・お前は?」
「ドルフ村のアルドだ。加勢に来た」
「ドルフ村? あの出稼ぎ人たちの、聖霊の地だったか?」
「そうだ。出稼ぎ人たちが、ここの補給地にいると聞いたのでな。・・・まあ、ドルフ村も襲われた口だ」
「そうか。人手は喉から手が出るほど欲しいところだった。見たところ、腕は立つようだな。 しかし、本陣に詳細を連絡しなければ・・・これ以上は持たない」
「大丈夫だ。連絡は一人行かせてある。ハルトという若者だ」
「ハルト・・・あの新参兵か。いや、あいつの親父は連隊の参謀長だ。あいつならば本陣に顔パスですぐに話が通るだろう」
指揮官は感心したように、そして少し疑うようにアルドを見る。
「狙ってそいつを選んだのか?」
「いや、たまたまだ。たまたま助けたのがそいつだった」
「ふっ、そうか。アルド、あいつを助けたとなれば、この戦いが終われば褒章ものだぞ。俺はイエルだ」
「なら、イエル。さっさと戦いを勝利で終わらせて、その褒章とやらを貰わないとな」
アルドとイエルは互いに目くばせをすると、イエルはその場に残り部隊全体の指揮を執り、アルドは単身で敵の厚い戦線へと突っ込んでいく。
体躯のでかい亜獣兵がぞろぞろと渡河してやってきた。
(ああ、そろそろ本隊がくるのか)
肌がひりひりと殺気を感じ取る。ここの兵士たち―――イエルの部隊は若く、装備も軽い。おそらく実戦経験の浅い、良家の子弟たちなのだろう。
階級というものに正直興味はないが、だからといって若者がなぶり殺しにされて良い理由にはならない。一人でも多く生き残らせねば、寝覚めが悪い。
ガギィンッ!
刀が弾かれる。
くそっ、俺の今の力では、実存強度3クラスの皮膚は斬り裂けないのか。せっかくゲルドが戦闘用に鍛え直してくれた業物だ。無駄骨だったとは言わせねえぞ。
ふぅと大きく息を吐いて呼吸を整える。
敵は無数にいる。ここで『無水拍』の型を無理に使って身体強化を行えば、反動ですぐに動けなくなる。それでは意味がない。ならば、己の感覚を信じるほかない。
動きは最小限に。刀を振るのではなく、空間に置くように。しかし切っ先は敵を追い続けるように、斬る。そうだ、闇雲に斬るのではなく、よく観て、相手の弱いところを斬る。相手の体内カロリックを乱して、斬る。
魔動人形の言葉が蘇る。『水面は揺れず―――』。
一体、また一体と斬っていく。
無心というわけでもなく、体を無理に動すのでもなく。接触した瞬間に、相手の体内カロリックの流れを阻害し、自壊させるイメージ。ああ、そういうことか。そういうことだったのかっ!
そんなアルドの姿を、丘陵の高台から見下ろしていたイエルは「すごいな」と戦慄交じりに呟いた。
アルドは激流の先に立つ巌だ。その岩にぶつかった流れは勢いをなくし、砕け散っていく。ひとつ、またひとつと敵が沈む。アルドの周りにだけ、死の空白地帯ができていた。「これなら、間に合うかもな」イエルは本陣から応援の部隊が駆け下りてくる気配を感じていた。
カキンッ。
それでも、アルドの刀が通らない敵がいた。重い衝撃と共に、アルドの体が宙を舞う。
(やべえな、こいつは。ようやく無水拍の本質ってやつが分かりそうだったのに)
アルドは隙を作ったつもりはなかった。だが、たやすく蹴り飛ばされた。地面を跳ねるように転がっていく。必死に体を起こした先で、突然、敵の勢いが活気づいた。
(ああ、敵の大将が来やがったのか。俺を蹴り飛ばしたのは・・・その直属ってことかよ)
霧の向こうから、圧倒的な威圧感が迫っている。ここで無水拍を無理矢理使うか? いや、直属は倒せても、その奥にいる大将までは届かない。直属二人に、大将一人か。おそらく直属は実存強度3前後。ならば大将は3半ばか。
アルドは冷静に敵の力の大きさを観測しながら、土の味を噛みしめる。
あばらが折れてはいるが、まだまだ戦える。
アルドは直属の一人を見据えた。もう一体の直属は、本陣から到着した応援部隊と戦い始めたようだ。大将はまだ渡河中か。
(早いところ、終わらせねえとな)
アルドの気が散漫になっていた。戦いの最中だというのに、周りの気配―――大将の気配を探ることをしてしまっていた。
だから、斬られてしまったのだ。
アルドの相手は大柄な体躯の、機械的に変異している武装コボルドだった。その大槍が、アルドの肩口を深々と抉った。
「まずったな」
そう言って片膝をついたアルドの頭上から、コボルドがとどめの大槍を突き刺そうと構える。
万事休す。
だが直前で、そのコボルトは何故か一気に後退した。直前までアルドを狙って居座っていたが場所が、
ズンッ!!
と地煙を上げて爆ぜた。一本の槍が、天から降ってきたのだ。
「師匠! 回復薬です!」
「ああ、アンネか。ありがとよ」
馬から飛び降りたアンネが、ココミ特製のポシェットを投げ渡す。「以前と同じ構図だな」とアルドは回復薬を一気に飲み込み、苦笑した。ゲルドたちを助ける場面でも助けられたな。だが、今回は前回とは異なる。
「アンネ、俺はもう大丈夫だ」
「でも、これは師匠の回復薬―――」
アルドは革製ポシェットをアンネに返した。まだポシェットの中には回復薬が詰まっている。
「それを、あそこの救援部隊に使ってくれ。彼らの方が重傷だ」
戸惑うアンネに、にやりと不敵に笑って、アルドは刀を握りなおした。ようやく俺は分かったのだ。無水拍の本当の使い方を。回復薬で体が繋がり、感覚が研ぎ澄まされた今なら、できる。
アルドは一足飛びでコボルドの懐に入る。決して俊足というわけではないが、コボルドは動けずにいた。まるで金縛りにあったかのように。一瞬遅れてコボルドの槍がアルドに向かった。しかし、一手早くアルドの刀が、槍を持つコボルドの利き腕の付け根に「触れる」。
斬ったのではない。触れただけに見えた。だが、腕が飛んだ。
間髪おかずに、アルドは首を飛ばした。
そういうことなのだ。無水拍とは「水面は揺れず、静寂は命を刈る歩となる」。しかし、その本質は別にあったのだ。揺れない水面の水底では、濁流のごとく水がうねっている。
つまりは―――アルドは対象の体内カロリックを「乱した」のだ。それは操作といってもいい。
今までは無水拍を無理に使うことで、その反動がアルドを襲っていた。反動とは体内カロリックが乱れることを意味する。それ故、アルドはその乱れる感覚を嫌というほど知っている。
それを、観ることによって相手の体内に再現させたのだ。
強制デバフ。
それによって、相手の防御を乱す。そして『武の眞』によって、乱れて薄くなったカロリックの隙間を捉える。実存強度が大きいというのは、つまるところ、体を覆っているカロリックが分厚いだけのこと。ならば乱して厚薄を作ってやれば、そこは豆腐のように柔らかい。
見た目ではアルドは体一つ動かしていないように見える。水面は揺れないのだ。ゆえに無水拍。
まずは、ここまでを理解した。
そして『武の眞』は気配を探るだけではなく、斬るべき「線」を視るためにも使えるのだ。
「・・・すごい」
読んで下さいまして、ありがとうございます。
適宜に誤字脱字の修正を行なっています。




