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戦場の白紅華《はくこうか》①

11月は不定期投稿となります。

連続投稿します。11/25-27(3日間)で、アルドの戦闘を楽しんでいただければと思います。


 馬の荒々しい呼吸が、朝焼けに染まり始めた街道を白く染める。

 早朝特有の濃霧が視界を白く塗りつぶしていた。足元はいつの間にか振ってきた雨でぬかるんでおり、崩れた土砂や大小の石が転がる悪路だ。常識的に考えれば、馬の脚を折らぬよう徐行すべき場面だろう。

 だが、アルドの騎乗する馬は、その速度を緩めることはなかった。


(―――観える)


 アルドの半眼に開かれた瞳には、白い霧ではなく、脳裏に再構成された地形が明瞭に映し出されていた。


 『武の』による空間把握。


 半径五十メートル以内の地形、障害物、そして風の揺らぎまでもが、皮膚感覚として流れ込んでくる。右前方に倒木。左に深いぬかるみ。アルドは手綱を引かない。ただ、自身の丹田に置いた重心を、ミリ単位で右へとずらす。


 それだけで十分だった。これは『無水拍』による完全な重心同調。アルドの体は、馬の背の一部と化している。馬の筋肉の収縮、呼吸のリズムに合わせて、自らの体重移動だけで意思を伝達する。馬にとって、背上の乗り手はもはや制御すべき「重り」ではない。自らの思考する意識だけが、ただ背中に移動しただけのような感覚だ。だからこそ、馬は恐怖を感じることなく、全速力で悪路を駆けることができる。


『マスター。馬の心拍数と筋繊維の活動値、安定しています。完璧な人馬一体・・・いえ、生体ユニットとしての結合と言っても過言ではありません』


 脳内でルルナが感嘆の声を上げた。彼女にはドルフ村での密偵対応を頼んでいたが、それでもルルナはわずかな余力をマスターであるアルドに残していた。「意識の並列化」によるバックアップだ。


 アルドはルルナに応えるように、わずかに口角を上げた。「習うより慣れろ、とは言ったものだが。まさかあの魔動人形の教えが、こんな応用にも役立つとはな。ありがたい話だ」


 その言葉に偽りはない。日々の地味な研鑚が実り、ある程度の範囲なら―――実存強度が極端に大きいものとの直接戦闘は未だ範囲外だが―――ようやく『武の眞』や『無水拍』を己の力として使えるようになってきた。馬駆けぐらいならば、体に反動もこない。

 この力は、借り物ではない。自身で噛み砕き、血肉とした技術だからこそ、いかなる状況でも応用が利く。


 その確かな自負を胸に、アルドは霧を切り裂き、目指すべきドワッフ王国軍の補給基地へと疾走した。




「・・・師匠の姿が、もう見えなくなってしまいました」


 後方を追走していたアンネが、呆れたように嘆息する。彼女の槍術も見事だが、馬術においてはアルドの神域には到底及ばない。


「さすがはアルドさんですね。刀武家ですから、馬乗りも手練れなんですよ」


 ココミが馬を横につける。本来、ココミたちはゲルドが御者をする馬車の護衛として、後からゆっくり進む予定だった。


「でも、アルドさん一人だと危険かもしれない。こっちは私たちに任せて。アンネさんはアルドさんに付いて行って下さい」


 ココミは馬車と共に、ドルフ村から荷運びを手伝う村人たちを見渡す。皆、頼もしい顔つきだ。「うん、こっちは大丈夫」と頷き、ココミは補給地までの簡単な案内図とともに、革作りのポシェットをアンネに手渡した。


「この中に回復薬が入っています。きっとアルドさんも必要になるはずです」

「分かりました。必ず師匠に届けます」


 アンネは手綱を締め直し、未だ朝霧の立ち込める街道を、アルドの後を追って馬を走らせた。



 閃光と地鳴りが大きくなってきた。

 戦場の臭いがする。人々の悲鳴と、鉄錆のような血の臭いだ。


 ゲルドの話によれば、補給基地は丘陵の一番高い丘に設営されているという。

 アルドが丘の裾野に近づくと、戦場はすでに乱戦の様相を呈していた。亜獣たちの軍勢が防衛線を押し込んでいる。包囲されるのは時間の問題か。戦線は一進一退となっているが、まだ補給地の正面ゲートは突破されていない。ならば早く駆け付け、正面の敵を叩かねば。

 アルドは補給地正面の敵の塊に、馬首を向けさせた。


 ―――ざわり。


 その時、アルドの半身を濡れた手で撫でられたような、黒い気配が走った。


 全身の毛が逆立つ。


 アルドは手綱を絞り、馬を急停止させる。視線を走らせた先は、ぽっかりと空いた補給地の裏面。正面よりも急斜面が続き、その下には深い渓谷と川が流れている場所だ。いくつかのかがり火が見え、何十人かのドワッフ兵が警備しているのが見える。


「なんだ?」


 その川の対岸。深い闇と霧が渦巻く場所から、目が離せない。しかし、戦況が逼迫(ひっぱく)しているのは正面だ。悲鳴と怒号が聞こえる。迷っている暇はない。正面へ向かうべきだ。

 だが、アルドの直感が警鐘を鳴らし続ける。正面の敵は『騒がしすぎる』のだと。


「くそっ! そういうことかっ」


 アルドは歯噛みした。正面の軍勢は、補給地を落とすための「矛」ではない。中の人間を逃がさないように押し留める「壁」であり「囮」なのだ。補給地を食らう真の矛は、手薄な背後から来る!  理屈ではない。アルドの直感が、そう告げている。


 すでにアルドは駆け出していた。人馬一体となって、道なき急斜面を、朝霧を切り裂いて疾走する。


 朝日が昇る。丘陵から顔を出した朝日が、補給地の裏面―――眼下の渓谷に立ち込める濃霧を照らし出した。その真っ白に染まった世界の中に、無数のどす黒い影が蠢いているのが見えた。


 川のそばは朝霧が深い。丘陵の高台に拠を構え、背後を川と断崖にするのは防御のセオリーだ。だが、季節が悪かった。そして正面に派手な亜獣の軍勢を配置する知恵を持つ指揮官が、敵側にいるということが誤算だった。

 川に立ち込めた濃霧が風に吹かれ、運の悪いことに補給地へと流れ込んでいく。これで完全に視界は塞がってしまった。急襲には最良たる条件が整ってしまったのだ。


 アルドが向かう先で、ふつふつとドワッフ兵の気配の灯火が消えていく。


 くそっ! 間に合え!


読んで下さいまして、ありがとうございます。

適宜に誤字脱字の修正を行なっています。

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