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国境都市マジル③

注)11/22:物語前半に加筆修正を行いました。


ep2 目覚め:戦闘の主導権を強化。ep.3 亜獣①:戦闘描写の一新 ep.4-5:亜獣①による字数調整。ep.8-9:戦闘描写の一新による字数調整。ep.10圧倒的なMMO:アルドの地位向上。ep.16ドルフ村①:ユキナとルルナのキャットファイト要素追加。ep.27 基礎に歩むもの③:無水拍のタンスイ伏線開示。ep.39 伏して、しかして歩む:千年にわたる愛の重み、を追加しました。ep.40-41 演説と掌握①②:演説内容が分からん!なので全て変更する。ep.48 真意は誓約に隠れる:千年にもわたる愛を追加。ep.49 これから先へ:ルルナの解像度を上げた。しかし、アバターの真実(伏線)は削除。



11月は不定期投稿となります。

すみません、ユキナ&タンスイの話は次パートまで続きます。


 いつの間に振ってきたのか、雨水が石畳を濡らして汚水が革のブーツに跳ねる。タンスイはユキナの制止を振り切るように、先ほどの少女が消えた裏路地の闇へと足を速めた。


(イベントフラグだなんて言っちゃいるが・・・。あんな見え透いた嘘、ユキナさんにはとっくにバレてらぁな)


 仲間たちの前ではMMOのイベントだとうそぶいた。だが、タンスイを突き動かしているのは、巾着袋を盗まれた怒りでも、アイテムを取り返す損得勘定でもなかった。 そもそも実存強度4を誇るタンスイの知覚能力があれば、スリごときの手際を防ぐことなど造作もないこと。だが、あの一瞬、彼が呆けたように反応できなかったのは―――少女の姿が、胸の奥底に厳重に封印していたはずの記憶を、無理やりこじ開けてきたから。


(あの、咳だ・・・)



 巾着袋をすられる前。

 ごほごほと、路地の暗がりから響いた、湿り気を帯びた乾いた咳。よろよろと歩く痩せた少女を目にした瞬間、タンスイの脳裏に、忘れたくても忘れられない光景が蘇ってしまった。


 ―――白い部屋。鼻をつく消毒液のにおい。面会に行くたびに、ひと回り小さく、やせ細っていく姉の姿。姉が大好きなプリンを病室に持って行ったときだった。少し開いたドアの隙間から、見てはいけないものを見てしまった。それは、激しく咳き込む姉。慌てて駆け寄る看護師。そして、無機質なほどに白い病室のシーツに、姉の口元から零れた鮮血が、毒々しい赤となって広がっていく光景。


 ―――俺は、思わず逃げ出した。


 そうだ、俺は逃げたんだ。姉からも、泣いている両親からも、過酷な現実の全部から。


 俺が悪いんだ。


 『ストラクト・フォンズ』を姉に勧めてしまったから。歩けなくなった姉に、せめて仮想世界ゲームの中でなら自由に走れるんだと、喜ぶ顔が見たくて勧めたはずだった。もちろん姉はその綺麗な世界にのめり込んでいった。だけど、それは現実の体を置き去りにしてしまう結果に・・・姉はいっそう衰弱していった。

 あの美しいストラクト・フォンズの世界で、姉は生活職一位になり、やりきった顔で―――乾ききった笑顔で言ったんだ。


『タンスイ。私、生活一位になったんだぞ! だから・・・ありがとね。これでもう思い残すことは―――』


 ―――違うッ!!


 タンスイは頭を振り、思考を現実へと引き戻す。どん、と胸に軽い衝撃があり、巾着袋が盗られたことに気づいたのはその後だった。咄嗟に「イベントだ!」と叫んで誤魔化したが、本当は怖かったのだ。あの咳が、あの痩せた姿が、自分の罪悪感を抉り出してくるのが。



 少女が消えた路地の奥を睨む。

 なぜ後を少女を追っているのか、自分でも分からない。でも、足は止まらない。だが、これだけは確かだった。


(あの咳。そして少女の表情かおは、あのときの姉ちゃんと同じだった――)


 あの時は逃げてしまった。あの死の色合いを濃くしていく姉の笑顔から目を逸らしてしまった。

 だが・・・ここでは違うはずだろ!  俺は「守る」ための騎士(ナイト)だ。ランキング入りもしているトッププレイヤーだ。あんな顔をさせるために騎士になったんじゃない。この世界でも何もできずに見ているだけなのか? 違うだろ。ここでは、この世界だけは。


(あんな顔、二度とさせねえッ!)


 タンスイは奥歯をぎりっと噛みしめ、腐臭の漂う路地のさらに奥深くへと踏み込んだ。  悪臭を放つゴミ袋の山を回り込むと、どん詰まりの崩れた家屋を背にして、先ほどの少女がいた。その華奢な胸倉を、薄汚れた中年の男が締め上げている。


「キカラさんよぉ、本当にこんだけか、あぁ!? もっと稼いできたんだろうが! 隠してねえでさっさと出しやがれ!」

「は、離せよ! これだけだって言ってんだろ! 今日は人が少なかったんだよ!」

「嘘つけ! このクソガキが!」


 男が少女―――キカラを殴ろうと、骨張った拳を振り上げた、その瞬間だった。


「―――てめえの相手は、この俺だ」


 地を這うような低い声。男が驚いて振り返ると、そこには路地裏には不釣り合いな白銀の甲冑を纏った騎士が、殺気だった双眸をぎらりと光らせて立っていた。


「な、なんだてめえは! 騎士サマがこんなドブみてえな場所に何の用だ!」

「用があるのは、そいつじゃねえ。・・・そっちのガキにだ」


 タンスイは、男には目もくれず、その背後で怯える少女キカラを真っ直ぐに見た。頬はこけているが、殴られた跡はないようだ。それから、 タンスイはゆっくりと背中の大剣の柄に手をかけ、全身から威圧感を解き放つ。 実存強度4の物理的な風圧すら伴う圧倒的な殺気に、実存強度1にも満たない男は顔を引きつらせ、腰を抜かしたように後ずさった。


「ひっ、ひぃっ!?」

「俺の獲物を横取りしようってんなら、それなりの覚悟はできてるんだろうなあ?」 「へ、へへ・・・! お、俺はこのガキに金の管理はしっかりしろよと教育的指導をだな・・・! き、騎士サマがご入用なら、どうぞご随意に!」


 男は裏返った声でそう言い残すと、キカラから取り上げた巾着袋をタンスイの足元に投げ捨て、脱兎のごとく逃げ去っていった。


「・・・ちっ。腰抜けが」


 タンスイは舌打ちし、足元の巾着袋には目もくれず、壁際でうずくまり、再び咳き込み始めた少女に近づいた。咳き込みがひどい。どうやら緊張の糸が切れたのだろう、咳の発作が止まらないようだ。


「ごほっ、ごほっ・・・! うぅ・・・」

「おい、大丈夫か。・・・これを飲め。それから、これを食え」


 タンスイはぶっきらぼうに言うと、腰の『収納袋』―――姉のココミほどの容量はないが、冒険者必携のアイテムだ―――から、MMO時代に作り溜めていた回復薬ポーションの小瓶と、少し高級な携帯保存食レーションを取り出して差し出した。

 キカラは、涙目でその高価そうな瓶と、包装された美味そうな食料を交互に見比べ、信じられないという顔でタンスイを見上げた。


「・・・なんで?」

「いいから食え。死なれたら目覚めが悪い」


 キカラは引ったくるようにそれを受け取ると、震える手で回復薬の栓を開け、一気に飲み干した。続いてレーションにかぶりつく。その必死な様子は、野良猫が餌にありついた姿に似ていた。


「・・・ぷはぁ。生き返った。・・・助かったぜ、騎士サマ。それで? お代はいくらだ? まさかタダってわけじゃねえだろ?」


 口元を袖で乱暴に拭いながら、キカラは警戒心を露わにして睨みつけてくる。その瞳には、大人への不信感が色濃く宿っていた。


「いや、金は要らねえ。ただの・・・まあ、気まぐれだ。それじゃあな」


 少女を助け、薬と飯を与えた。それだけで、自分の中で燻っていたドス黒い感情が、少しだけ浄化された気がした。 これでいい。これ以上の深入りは不要だ。タンスイが踵を返そうとすると、キカラが慌ててその重い騎士マントの裾を掴んだ。


「ちょっと、待てよ!」

「あ?」

「待てって言ってんだろ! 酷いんじゃねえの!? 薬と食べ物だけくれて、それで終わりだなんて! これじゃあ逆に借りが出来て気持ち悪いんだよ! ちゃんと責任取れよ! ・・・優しくした、責任をさ・・・ごほっ、ごほっ」


 叫んだ反動で、再び激しく咳き込むキカラ。その苦しげな背中に、タンスイはまたしても病室の姉の姿を重ねてしまう。見捨てて逃げ出した、あの日の自分を。


(・・・ちっ。俺は本当に、こういうのに弱えな)


 タンスイは天を仰ぎ、ガシガシと頭を掻いた。 もし、ここにアルドのおっさんがいたら何と言うだろうか。 あの飄々(ひょうひょう)とした、それでいて妙に懐の深いおっさんなら『縁があった、ただそれだけのことだ』とでも言って、困っている子供に手を差し伸べるに違いない。 自分がなぜ、このタイミングでおっさんのことを思い出したのか、タンスイ自身にもよく分からなかった。ただ、このガキを放っておけないという自分の甘さを、あの『大人』なら笑わずに肯定してくれる気がしたのだ。


 タンスイは、路地に響くほど盛大にため息をついた。そして、観念したようにキカラに向き直る。


「・・・ああ、クソッ! 分かったよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、キカラの青白い顔に、にやりと勝気な笑みが浮かんだ。口の端を吊り上げたその表情は、タンスイには(ほらな、私の勝ちだ)と言っているように見えた。なかなかにふてぶてしいガキだ。


「いいか、治るまでだからな! あくまで一時的な保護だ!」

「へへ、交渉成立だな、騎士サマ!」


 タンスイは、新たな、そしてとびきり厄介な荷物を背負い込んだことを自覚していた。  だが不思議と、胸の奥のわだかまりは小さくなっていた。姉の幻影から逃げるのではなく、目の前の小さな命に向き合うこと。それが、今の自分にできる償いなのかもしれない。


「しょうがねえな。ほら、立てるか?」

「ったりめーだろ。子ども扱いすんな」


 悪態をつきながらも、差し出した手を握ってくる手は小さく、骨ばっていた。タンスイは少女キカラを伴って、仲間たちが待つ教会を目指して歩き出した。雨上がりの空気が、少しだけ澄んで感じられた。


読んで下さいまして、ありがとうございます。

タンスイ君はもしかすると、既存なろう主人公っぽいかもしれません。

適宜に誤字脱字の修正を行なっています。

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