政(まつりごと)の思惑
(注意)8/27:アルドの演出を強化しました。ドワッフ王国に救援に行く目的を語りました。
平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
7月は不定期投稿となります。
◇
村長が使っていた家屋の一室は、今や臨時の執務室となっていた。
窓から差し込む午後の光が、慣れない書類の山と格闘するアルドの姿を照らす。ここ数日、元々の村人も新たに加わった人々も皆が力を合わせ、驚くほどの速さで村の形を整えつつあった。特にココミの生活魔法は目覚ましく、避難民たちが身を寄せるための住居は、ひとまず全員分が確保される目途が立った。
「ふぅ、これで『衣食住』の『住』は何とかなった、か」
アルドが重厚な机の上で安堵の息をついた。その安堵を受け取り、向かいに座っていたココミが手元の設計図から顔を上げて、微笑む。
「はい、住居は各世帯ごとに一軒ずつ用意できました。あとは、住民の皆さん自身の手で、予備として10戸ほど建ててもらう予定です」
「ああ、それで頼む。自分たちの手で作ることも大事だからな」
アルドが頷くと、ココミは少し困ったように言葉を続けた。
「はい。それで、次は手工業なんですけど・・・衣類とか。ええと、綿を育てるのはまだ先になると思うので。でも材料が・・・」
「まあ、さすがに綿織物はすぐには無理だろうな。だが、狩りはタンスイ君たちが続けてくれている。皮なめし場を整備して、革製品を作るのはどうだ? あとは、羊毛あたりがあれば毛織物もいけるか。少しでも村の収入源を確保したいからな」
「なるほど! 毛織物の製作所ですね。それなら皆さんの普段着も作れます。うんうん、いいかも! ・・・そうすると、あとは農業ですけど、ライ麦とオート麦の作付面積をもっと増やしたいです。開墾作業には、私もどんどん魔法を使っていいんですよね?」
「ああ、基盤となる部分は頼みたい。効率が段違いだからな」
アルドはココミに返事をしながら、隣で真剣な顔で話を聞いていたミアに視線を送る。
「ミア様、何か他に気になることは?」
「え、ええと・・・」ミアは少し考えてから、小さな声で「あ、甘いものが、食べたいです」と呟いた。
「甘いもの、いいね!」
すかさずココミが反応する。
「それなら養蜂なんてどうかな? 蜂蜜が採れるし、蜂がいれば畑の受粉も助けてくれるよ。薬草畑も作れば、私の回復薬の材料も集められるし、一石二鳥かも!」
アルドはミアの様子を伺う。あの泉での出来事をきっかけにして、ミアは少しずつ甘えるような素振りを見せるようになった。それでいい。子供は子供らしく、甘えたい時には甘えるべきだ。そのために俺たち大人がいるのだから。
さて、(ココミの回復薬か・・・)と考えを移す。
(あの万能薬まがいの回復薬は、凄まじく強力だ。だから、あまり大っぴらに製作するのは危険だよな。ならば、もう少し効果を抑えたものを、いずれ村の産品として売り出すのはアリか? いやいや、下手に利権屋どもに目をつけられても厄介だ。今はまず小麦や木材のような基本的な物資で、地道に村の経済を回すことを考えよう)
アルドの思考が現実的な問題へと移りかけた、その時。
同じく執務室にいたユキナの、控えめな咳払いと共に数枚の報告書を手にして、アルドの前に進み出た。控えていたブラッツ監査官も、居住まいを正す。どうやら本題に入るようだ。この部屋にはアルドとココミ、ミアの他に、ユキナとブラッツがいる。もちろん執事のロウには皆の空いたカップに茶を注いでもらっていた。
ユキナの白く長い指が報告書をめくる。
「アルド様。先日お願いされていた、避難民の方々から聞き取った情報の概要がまとまりました」
ユキナはアルドに報告書を手渡し、静かに説明を始めた。
「まず、国境都市マジルへの襲撃が開始されたのは、今からおよそ半月前。奇しくも、このドルフ村がゴブリンの襲撃を受けた時期とほぼ一致します」
アルドは「ドルフ村襲撃」という言葉に、ミアの肩が微かに震えたのを見逃さなかった。(ユキナ殿も、もう少し言葉を選んでやれんものか・・・)内心で苦言を呈するが、今は話を先に進めるしかない。
「ブラッツ監査官からの情報と照合しますと、国境都市マジル襲撃時において都市守備隊の主力及び国境砦の兵力が『演習』の名目で不在だったことは確定的です。しかも都市マジルはアームシュバルツ公爵の直轄領。表面だけを捉えれば、公爵と敵対する勢力が彼の権威失墜を狙ったとも考えられますが・・・」
ユキナはそこで言葉を切り、ブラッツ監査官に視線を送った。「はい」と、ブラッツが重々しく引き継ぐ。
「ユキナ様のご推察通り、あの公爵に限って自らの重要拠点を易々と危険に晒すとは考えにくい。アームシュバルツ公爵は帝国を二分する主戦派の筆頭、常に覇道を突き進む御方。おそらくは・・・隣国ドワッフ王国への侵攻、あるいはそれに類する何らかの策謀を進める中で、今回の事態が起きたと考えるのが自然かと」
「ドワッフ王国への侵攻・・・?」
アルドが眉をひそめる。
「あくまで、私個人の推測に過ぎません」
ブラッツは続ける。
「公爵がドワーフの持つ高度な魔動器技術に強い関心を持っているのは公然の秘密。ですが、その秘密を裏付ける証拠は何もない。私が国境都市マジルに調査に言ったのも、その証拠を掴むためでした。しかし、まさに調査が佳境に入ろうかという、その矢先に襲撃が・・・あまりに都合が良すぎるタイミングでした」
(やはり、きな臭いな)アルドは唸る。千年経っても、人の世の陰謀というものは変わらないらしい。
「公爵と帝国の状況は理解した。ドワッフ王国については基本的な知識は得ている。技術者集団であり、聖霊の『加護』、つまりは熟練の技を尊ぶ『原始聖霊信仰』の国だ。帝国とは違う文化だが、産業面では魔動器や武具といった装置や武具製造に特化し、帝国とは技術協力の条約もある、と」
「はい、その通りです」
ユキナが頷く。
「帝国は聖霊魔法という制御式研究に特化し、ドワッフ王国は装置や武器類に強い。両者は補完関係にあり、国境都市マジルはその交易の最大拠点でした」
「問題はそのドワッフ王国が今どうなっているか、だ」
アルドは本題に戻す。
「ドルフ村だけでなく、周辺の村々からも多くの者が出稼ぎに行っている。彼らの安否が気がかりだ。一刻も早く現状を知り、手を打たねばならん。救える命があるのなら、時間が勝負の分かれ目になるからな」
アルドの言葉に、ブラッツが意外そうな顔で問いかける。
「恐れながら、アルド様。私は、てっきり村の守りを固めることに専念されるものとばかり思っていましたが―――」
「もちろん守りは重要だ。だが、襲撃の黒幕が公爵だと仮定すれば、彼がマジルを奪還するために動くにしても、一度敵の手に落ちた(あるいは落ちかけている)大都市を取り戻すには時間がかかるはずだ。その間に、ドワッフ王国で何が起きているかを見極めたい」
そこでユキナが冷静に口を挟んだ。
「アルド様。国境都市マジルが完全に陥落したとは、まだ断定できないのではないでしょうか? 書物の記述によれば、大都市には『都市魔法』という強力な防御機構が存在するとあります。マジルの都市魔法がどのようなものか詳細は不明ですが」
ユキナはブラッツにチラリと視線を向ける。その意を受けたブラッツは、
「・・・都市魔法は国家機密。ましてやアームシュバルツ公爵の息のかかった都市となれば、情報は漏れてはきません。ですが、噂レベルではあります。マジルの都市魔法は、防御に特化したものだと」
「防御特化型ですか」
ユキナは、さらりと結論を結ぶ。
「それならば、帝国軍の救援を待てば、いずれは状況が好転する可能性もありますね」
「いや、待て」
それまで腕を組んで黙考していたアルドが、静かに、しかし有無を言わせぬ響きでその場の空気を制した。
「公爵の狙いがドワーフの技術だとすれば、奴は都市を『破壊』はしないはずだ。むしろ、都市機能を生かしたまま手に入れたいだろう。ならば、我々が狙うべきは都市の奪還などではない。公爵が最も欲しがるであろう『技術者』・・・つまり、ドワッフ王国の出稼ぎ人たちの身柄を、我々が先に確保することだ。彼らを我々が保護すれば、公爵に対して極めて強力な交渉カードを切れることになる。戦いの目的は、なにも敵を滅ぼすことだけではないはずだ。相手の目的を挫き、こちらの主導権を握ることにこそある」
アルドの言葉に、ユキナとブラッツは息を呑んだ。都市の奪還という不可能に近い目標ではなく、敵の目的の根幹を突き、最小の戦力で最大の戦果を挙げる。まさに逆転の発想。目の前の男が、戦場の駆け引きだけでなく、その先の政治的な盤面まで完全に見通していることに、二人は戦慄に近い畏敬の念を覚えた。
「俺たちが動く。ドワッフ王国にいる出稼ぎの者たちを救出せねば、この村の未来もない。今、我々が持つ力の限りを尽くすべきだ」
アルドは一同の顔を、強い意志を込めて見渡した。
「し、しかしアルド様!」
ブラッツが慌てて声を上げる。
「確かに我々が力を合わせれば、ある程度のことは可能でしょう。ですが、我々のような少人数が派手に動けば、それこそ帝国や・・・公爵に目を付けられる危険がっ!」
「目立つ?」
アルドは不敵な笑みを浮かべた。
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