世界と異世界
5/30まで、平日(土日祝は休み)に投稿していきます。
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何がなんだか分からないというのが、率直な感想だった。
俺は村の家屋に寝かされていた。この家屋はゴブリンの襲撃から難を逃れたものの一つで、その一部屋の床の上で包帯をぐるぐるに巻かれていた。もちろん相変わらず声は出ず、体もぴくりとも動かない。だが頭だけはやけに冴えていたのが不思議だった。
日も暮れおり、冷たい夜風が吹いてくる。しかし、その風には家屋が焦げた臭いと、血生臭ささも混じっていた。やはり日中に見た爆発はゴブリンの襲撃で間違いなく、それによって村人が血を流したのも事実だということ。俺にもっと力があれば村人を救えたのだろうか。だが、そのゴブリン達を制圧したのは3人の若者たち。圧倒的な強さでゴブリンを難なく殺しきったのだ。そして怪我をした村人たちを保護した。その村人たちは他の家屋で手当されている。
対して、俺はその若者たちがいる家屋で集中的に治療を施されていた。それも手厚い治療ーー少女の傷薬が効いているようで痛みも大分ひいている。だからこそ疑問に思う。村人たちだって相当に酷い怪我を負っているはずなのに、なぜ俺だけが彼らの近くで重点的に治療されているのはどういう理由なのだろうか?
アイダが疑問が深まっていくなかで、ふと、彼ら若者たちの話し声が隣部屋から洩れ聞こえていたことに気付いた。俺が隣部屋にいるのに不用心過ぎるとも思うが、今は少しでも情報が欲しい。
耳覚えのある少女の声が聞こえる。俺に施した回復薬を作成したココミという少女ーーー確かMMOの生活職1位と言っていたな。
「村人たち全員に回復薬を飲ませたし、ユキナの回復魔法で治療もしたから明日には元気に動けるようになるね」
「もちろんだよ。ココミの回復薬は体の活力を取り戻すには一番だからね。それに私の回復魔法でみんなの怪我は治療した。いまは屋根のある部屋で寝て、起きれば元通りさ」
少女の声に続いて、すこし落ち着いた女性の声が応えた。そして若騎士の声がひときわ大きく聞こえる。
「これって、アレだろ。村を救った英雄として村長になって下されええって、ジャンピング土下座でお願いされるやつだろ?」
「ちょっと顔が近いよ、弟くん。それに、ちょっと語弊があるかな。私たちが駆けつけたときは村人の半数は殺戮されていた。だから助けられたのは村人の半数だけね。しかも村の全域は半壊してしまっている。人も施設も破壊されて、これが果たして『村を救った』と言える状態かな? だから、その展開はMMOのし過ぎだよと指摘したいね」
「でも、この世界ってMMOだろ。俺たちの容姿って、ストラクト・フォンズのキャラメイクしたアバターまんまだし。それに聖霊魔法も法術技も使えるんだしなあ。違うっていうほうが無理筋だろ」
「確かにストラクト・フォンズ由来の聖霊魔法と、武器技としての法術技が使えるのは事実だね。でも、存在する国や登場人物達は明らかに違っている」
「それは、大規模アップデートがあったからじゃないのか?」
「ふむ、弟くんの持論はこの3週間は変わらずのようだね。ココミはどう考える? 大規模アップデートでログアウトの方法が消えたのも仕様だと思うかい?」
「ユキナってば、それを私に聞いても分かんないよ。ただ、この世界が現実のようにリアルだってことぐらいかな。アバターであっても怪我をしたら血が流れるし痛みもある。それにお腹も減るし眠くもなるもんね。私はこの世界はゲームじゃなくて別の現実世界なんだって思ってる」
「ふふ、確かにそうだね。私も未だ確証は持ち得ていないが・・・そうだな、これまでのことを纏めてみるのも良いかもしれない。
①私たちの姿がMMOストラクト・フォンズのアバターと同じであること。
②ストラクト・フォンズのレベルと技能を引き継いでおり、それらを使用できること。
③しかし、ストラクト・フォンズとは違う仕様がステータス内に表示されていること。それは存在強度と、魂魄充填率が新たに設定されている。もちろん今まで通りのレベル表記もある。
そして、私たちにとって最も重要なことは『私たちが元の世界と連絡を取る手段』を探していることだ」
「そうだよね。現実世界と連絡を取って、お父さんとお母さんに無事だよって知らせたいもん」
「そして、ココミはこちらの世界で暮らすわけね」
「うん、向こうの世界での私は・・・ほとんど動けないから」
「姉ちゃん、それでいいと思うぜ。もちろん俺もこっちの世界で英雄になるっ!」
「弟くんは、向こう側の世界で失恋したから帰りたくないだけではないのかな?」
「なあっ!?」
「ああ、ココミを睨まないでやってくれ。私の勝手な推論が当たっただけだよ」
喧騒に包まれる会話のなかで、ユキナはココミの弟のタンスイをじっと見る。この世界で3週間を過ごした。もし、元の世界でも同じ時間が過ぎているとしたら、向こう側の体はどうなっているのだろう? ココミは家族と暮らしていると言っていたが、一人暮らしをしている弟くんはどうやって生命を維持しているのだろうか? 3週間も飲まず食わずでは生命を維持することはできない。むしろ体と魂が切り離されて異世界転移したと考えるのが自然だろうと思う。だが現実にそんな事が起こり得るだろうか? やはり確証に足る証拠が欲しいものだ。そう考えていると、弟くんと目が合った。
「ユキナさん、俺に何か?」
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