4-1 夕食にて
その夜は、オレ、父ちゃん、母ちゃんと、クリスの4人で、質素な夕食を囲んだ。
食卓に並べられたのは、豆のスープと、固くなったパンだけだった。 それは、まさに、質素の一言で、貧乏なオレの家の食生活を、そのまま表していた。
古代ギリシャの木こりの食生活は、こんなものだったのだ。
「いただきます」
オレたちは、手を合わせて、食事を始めた。
豆のスープは、薄く、味気なかった。 それは、まるで、オレの心のようだった。
(しかし、この食事、毎日、同じもんやな。たまには、肉とか、食べたいな。いや、そんなことより、女神様のことを考えろ、ショージ!)
オレは、心の中で、自分を叱咤激励した。しかし、その言葉は、虚しく、空に響くだけだった。
なぜなら、オレの思考は、すでに、女神に、支配されていたからだ。
「ショージ、今日、山で、女神様に会ったんやろ? どんな女神様やったんや?」
クリスが、オレに、尋ねた。その声は、少しだけ、優しかった。
「あ、ああ…、それがな、めっちゃ綺麗で…」
オレは、つい、女神が美しかったことを、口にしてしまった。
その瞬間、クリスは、怪訝そうな顔で、オレを見た。そして、その目は、まるで、オレの嘘を、見抜こうとしているかのようだった。
(あかん、あかん! 女神様が、エロかったことを、絶対に、言ってはあかん! クリスに、バレたら、大変なことになる!)
オレは、慌てて、言葉を飲み込んだ。そして、その時、初めて、嘘をつくという行為が、どれほど、難しく、そして、危険なことか、理解した。
曲がりなりにもオレは正直者として生きてきたのだ。
噓なんてついた記憶はない。
いや、女神様のことを話さないだけで、噓をつくわではないんや。
なんとなく後ろめたさはあるがこの会話をやり過ごすことに今は集中せなあかん。
「綺麗? へー、どんな風に綺麗やったんや?」
クリスは、さらに、オレに、問い詰めた。そして、その瞳は、まるで、オレの心の奥底まで、見透かそうとしているかのようだった。
(やばい、これは、やばすぎる…、絶対に、女神様が、エロかったことを、口にしたらあかん…、落ち着け、ショージ。ここは、うまく、かわすんや!)
オレは、必死で、頭を回転させた。そして、なんとか、言葉を紡ぎだした。
「えっと…、その…、なんか、こう、光り輝いてて…、まるで、天使みたいやった…、それに、目が、めっちゃ綺麗で…、吸い込まれそうになった…、あ、あと、髪も、サラサラで、めっちゃ綺麗やった…、そうそう、肌も白くて、ほんまに、綺麗やった…」
オレは、なんとか、女神の美しさを表現しようと、必死だった。しかし、その言葉は、どこか、嘘っぽく、不自然だった。
「ほーん、それで? 他には、何か、印象に残ったことはあったか?」
クリスは、さらに、オレに、問い詰めた。そして、その目は、さらに、鋭さを増していた。
(やばい、やばすぎる…、もう、誤魔化しきれへん…、どうしよう…)
オレは、絶体絶命のピンチに陥った。そして、その時、初めて、嘘をつき通すことが、いや、話を秘密のベールで優しく包み込むことが、どれほど、難しいことか、悟った。
「あ…、えっと…、その…、あ、あと…」
オレは、完全に、言葉に詰まってしまった。そして、その時、初めて、オレは、自分が、完全に、クリスに見透かされていることを、理解した。
「まあ、ええわ。どうせ、いつものあんたの妄想やろ。そんなことより、早く、食べなさい。スープ、冷めてまうで」
クリスは、そう言って、オレを、助け舟を出した。その言葉は、まるで、オレを、見放したかのように、冷たかった。
(クリス…、お前…)
オレは、クリスの言葉に、胸を締め付けられた。そして、その時、初めて、クリスの優しさと、厳しさを、同時に感じた。
「はいはい、いただきますわ」
オレは、そう言って、スープを飲み始めた。しかし、その味は、いつもと同じように、薄く、味気なかった。
そして、それは、まるで、オレの心の中を、そのまま映し出しているようだった。