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カルスタット王国シリーズ

呪いのアイテムがはずれない最強辺境伯令嬢、可憐な王子に求婚される⁉︎ 〜呪いの腕輪なんて軽めのダンベルみたいなもんですよ? 頑丈なんで、ちょっとやそっとじゃ風邪も引きません。〜

作者: 枝久

イケメン脳筋令嬢 x あざとカワイイ王子のお話⁉︎



「ルカリア! どうか私と再度、婚約をして欲しい……。」


 仔犬のようなウルウルとした上目遣いで、麗しい王子が(ひざまず)き、求婚の言葉を告げる。


 紺色の髪、金色の瞳……己の魅力を理解し、最大限に使う、魔性の青年。


 そんじょそこらの令嬢だったら鼻血ブーして気絶する神々しさだ。

日々鍛錬を積んでいるルカリア嬢だからこそ、この場で精神を保っていられる。


 そして、あざとい王子は凛々しい令嬢の手を取り……その甲にそっと口付けた。


 ちゅっ。


「なっ、何故ですか⁉︎ ラキト様……私達の婚約は10年前に破棄されたではありませんか‼︎ ……それに私は……呪われております。国母に相応(ふさわ)しくありません。」


 辺境の魔物に対して百戦錬磨(ひゃくせんれんま)なルカリア嬢でも流石に頬を赤らめ戸惑う。


 心の動揺と共に、紅色の長い束ねた髪が揺れ……かろうじて、彼女はそう答えたのだった……。



◇◇◇◇



 今、このカルスタット王国は危機に瀕している。

長い歴史の中で、近い皇族同士での婚姻を繰り返し……一族が皆、虚弱体質になってしまっていた。


 身体の弱い国王、病床に伏せがちな華奢(きゃしゃ)な王妃。

それでもこの国で謀反(むほん)が起きていないのは、ひとえに『加護』のお陰だろう。



魅了(チャーム)

神か天使の生まれ変わりかと思う麗しい見た目、圧倒的なカリスマ性。

カルスタット王族のみに与えられた聖なる加護。



 人間は単純な生き物だ。

人外的な美しさの暴力を前にしたら、モブ達はただ平伏(ひれふ)すしかないのだ。



◇◇◇◇



『魔法』

随分と遠い古代に滅びてしまった力。

近世では、僅かなおまじない程度の法力、辺境の魔物、教会の聖なる祈り、呪いのアイテムだけが、不思議な遺物として残っている。

時々、魔力を持って生まれた者が扱えるといわれている。



 第一王子ラキトの婚約者は、王子が5歳の時、国内の歳の近い、皇族以外の令嬢達から選び抜かれた。

家柄、美貌のみならず、知性、身体測定、体力検査による総合判断。


 その中で特に重視されたのは、数値化で優劣が付けられる……筋力だ。


 健康な令嬢が婚約者の第一条件になったのは、『元気な世継ぎを‼︎ どうか生きてるうちに孫を見せてくれ‼︎』という国王夫妻の願いからだ。


 そして、王子の婚約者に選ばれたのは、健康優良児な侯爵令嬢ルカリア(5歳)……そして彼女は6歳で呪われたのだった。



◇◇◇◇



 王子の婚約者になったことで、ただの元気モリモリ侯爵令嬢だった彼女の生活は一変した。


 王宮に通い、厳しい王妃教育を受ける日々……それでも幼くとも根性のある令嬢は、一生懸命取り組んだ。


 王子との交流の時間として設けられた機会は、いつもベッドに伏せ、眠っている王子をルカリア嬢がただ傍らに寄り添うだけの時間となった。


 王子は病弱で熱を出すことも多かったからか、二人はまともに話したことも、見つめ合ったことも無かった……。


 優しいルカリア嬢はいつも、熱に苦しむラキト王子の頭をそっと撫で、(ひたい)のタオルを取り替え、静かに看病するのだった。


「元気になぁれ。」

「……。」



 王子の婚約者が内定したこと、それをよく思わない貴族家の者による凶行は、この一年後に起こった。


 その者の息がかかった行商人にまんまと騙され、ルカリア嬢は両腕に『呪いの腕輪』を()めてしまったのだ……。



◇◇◇◇



 侯爵家夫妻は娘に告げた。


「すまない……これは決定事項だ、ルカリア。許してくれ。」

「ごめんなさい、ルカリア。」

「はぁ……はぁ……し、仕方ありませんわ、お父様、お母様。の、呪われた者は……王子の婚約者に相応しくありません。こ、婚約解消されて当然ですわ。」


 話すたびに息が上がり、動くたびに体力が削られる……呪いの腕輪の効果は抜群(ばつぐん)だった。


 己が婚約解消されたことよりも、自分が弱り苦しむ様を見た両親が悲しんでいることの方が、彼女にとっては酷く心苦しいことだった。


 そして……。


「健康がいかに大切か……身に染みましたわね。お、王子は……いつもこんな……辛い思いをしていたなんて……。」


 病気と無縁だった彼女は初めて、寝込む少年の心に少しだけ共感できた気がした。



◇◇◇◇



「手筈は整えた。気をしっかり持って……生きろよ。」

「ルカリア……貴方を抱きしめられない母を許して。」

「い、行って参ります。」


 都の侯爵家に呪われ者がいるわけにはいかず、遠縁のモーリス辺境伯領にルカリア嬢は養子へと出されることになった。


 辺境は『魔物』との争いの最前線だ……。


『魔物』

魔力を持った動物。

普通の武器では討伐出来ない。

魔物が落とした武器、アイテムを特殊加工して利用して、駆逐する。



「辺境伯領には呪いのアイテムに詳しい者がいるはず……。」

「あ、ありがとうございます。お父様。」

よたよたと美しくないお辞儀をして、ふらつく足取りで馬車へと向かった。



◇◇◇◇



 北方のモーリス伯爵領は年間を通しても気温が低い。

寒さはさらに容赦無く体力を奪い去ってしまう。

馬車の中で、意識が途切れそうになるのをルカリア嬢は必死で耐えた。



「ご、ご機嫌いかがでしょうか、ゼンルーダ様。」

「おお、よく来たな! いいかルカリア、よく聞け。呪いを受けたら、皆じわじわと死に向かう。生き残る為には……。

①呪いを解くこと。

②呪いに負けない身体を作ること。

この二択だ‼︎」


 モーリス辺境伯ゼンルーダ様は、70代の領主様だ。


 ルカリアが馬車で到着するなり、彼女を小脇にひょいと抱え、歩きながら熱弁し始めた。

ふらふらな少女は霞む目で、伯爵を見上げる。


「①解き方は……どうすれば良いのでしょう?」


 伯爵は首を横に振る。


「分からない……今、モーリス領でも『解呪』の研究は進めている途中だからな……呪いは……掛けた者が解くか、強力な呪い消しの聖なるアイテムで解くのが、安全だ……。」


「②負けない……身体……。」

「そうだ、そちらの方が、お前が生き残るには確実だ。」


 伯爵の言葉で少女は己の両腕の腕輪をじっと見つめる。


「腕が……凄く重い。ま、まずはこの重さに勝てるぐらいの……体力をつけないと……。」

そう呟き、彼女は小さな拳をぎゅっと握った。


 よく食べ、よく眠り、よく鍛錬……基本的であり、生きる上でとても重要なことを彼女は毎日毎日ただひたすらに繰り返した。



 そして月日は流れ……ルカリアが伯爵令嬢となって10年が経過しようとしていた……。



◇◇◇◇



 モーリス辺境伯領、白魔の森の定期巡回。

騎士団が半日かけて、決まったルートをぐるりと見回って行く。

大切な任務の一つ。


 森の奥深くには立ち入らないが、危険な魔物が人間の居住区に出てきては危険だ。


 けして無闇やたらに魔物を討伐しているわけではない。

だが必要とあれば、容赦無く魔物の命を狩る。


 大事なのは、人間と自然とでの共存だ。



◇◇◇◇

 


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 ザシュッ!!


 女騎士の一閃が熊の魔物を斬りつける!


 ずどぉぉぉぉん‼︎


 激しい音を立て、巨体は地面に倒れ込んだ。


「ルカリア様、お見事です!」

「そんな……これくらい容易い……最低限の令嬢の(たしな)みだよ。」


 さっと赤い前髪を書き分け、女騎士……ではなく伯爵令嬢がふっと微笑む。

彼女の周囲にはなんだかキラキラと星が輝いて見える。

そして、その腕にも光輝く、金色の……腕輪!


 日々鍛錬を積んだご令嬢は、それはそれは美しく、逞しく……そこいらの男なんて全く相手にならないくらいに、すっかりイケメンに成長していた。


 呪いの腕輪を付けて、もうかれこれ10年。

最近では、ちょっと重たいアクセサリー程度の扱い……もしくはダンベル? 

健康第一な生活において、見事に呪いに打ち勝っていたのだ‼︎


 巨大な両刃斧(アックス)を軽々と肩に掛けているメイドのキャロルが声を掛けてきた。


「ルカ様。普通の令嬢の嗜みはダンスとかお茶会とかですよ?」

「キャロル……えっ、そうなのか?」

 

 メイドは呆れながら溜息を吐く。


「そもそもお年頃の令嬢はバカでかい剣を持ってピクニック気分で白魔の森の討伐には行きませんよ?」

「……キャロルもメイド服のまま、その武器で討伐に来るのは、どうかと思うよ?」

令嬢もさらりと言い返す。


 キャロルはルカリア嬢がこの伯爵領に来てからずっと側仕(そばづか)えしているメイド、気心の知れた仲である。


「はい、ルカ様。お水です。」

「あぁ、ありがとう。」

渡された水筒の水をごくごくと飲む、男前な令嬢。


「そういやルカ様って……婚約者だった頃、眠っていた幼い王子に……手出したんですか?」


 ぶーーーーっ!


 ルカリア嬢は面白い程、盛大に水を吹き出した。


「げほごほげほっ!」

「ルカ様? どうしたんです? えっ、図星?」

「んな訳あるかぁーーい!」

令嬢が思わずツッコミを入れる。

……このメイド、なかなか不敬である。


「な、なんでいきなり、そんな話に?」

「第一王子が……ってこの国の王子はラキト様お一人だけだけど、なんか半年前くらいから急に元気になって、政務に取り組んでいるらしくって……。」

「えっ? あのラキト様が?」


 病弱な少年に彼女は思いを馳せる。


「元気になったのか……そうか、良かった……。」


 令嬢はずっと心に引っかかっていた。

己が『呪い』という身体の苦しみを知ったことで、自分より虚弱で重責を背負う小さな天使の様な少年のことが……ずっと……。


 ほっ、とルカリア嬢は安堵の笑みをこぼした。


「その顔……ルカ様親衛隊な子女達に見せたら駄目ですよ? 皆、妊娠します。」

「えっ? 何、どういうこと? 」

キャロルの斜め上な言葉に、ルカリア嬢の思考は追いつかない。


「で、そのラキト様なんですけど……最近、幼い頃に婚約解消してしまった侯爵令嬢を血眼(ちまなこ)になって探してるって噂が……。」


 ………………


「え、なんで?」

「いや、知りませんけど。ルカ様……再度、婚約者指名されるんじゃない?」

「ま、まっさかぁ〜〜。呪いの腕輪は今も外れてないんだよ? 『呪われ侯爵令嬢』って言われて、それで婚約破棄されてるんだし……それに……。」


 神妙な面持ちで口を開く。


「腹筋割れた令嬢なんて、誰が所望するんだ?」

「ルカ様、マジで良い身体してますもんね。」


「筋肉は一日にしてならずだ。」

「筋トレはいいけど、もう少し、座学もしっかりやって下さいよ。もし仮にでも細マッチョ令嬢所望する稀有(けう)な方がいらしても、領地経営出来ないんじゃ致命的ですよ? 脳味噌まで筋肉ですか?」

「うっ‼︎」

毒舌メイドの指摘に言葉が詰まるルカリア嬢。


「今はルカ様の野生のカンと、我が愛するゼンルーダ様の手腕でモーリス領は統治できてますけど……。」

キャロルは超枯れ専である。

そして、ご高齢な伯爵ゼンルーダ様(81歳)推しだ。


「わ、私はどこにも嫁がん! 私がいなくて誰がこの辺境伯領を護るんだ?」

「ま、いざとなったらどこかから養子を取って……。」


 パカラッ パカラッ パカラッ!


 その時、馬に乗った騎士が駆けてきた!


「ルカ様〜〜! 速馬で屋敷に書状が届いております!」


「なんだ決闘の申し込みか?」

「なんでも戦おうとしないでください。マジ脳筋ですか?」


「国からの書状でございます‼︎」

「「!?」」


 ルカリア嬢とキャロルは顔を見合わせた。



◇◇◇◇



 急ぎ屋敷へと戻ったルカリア嬢は書状を開け……ピタリと動きを止める。


「お、王子が……来る。こ、このモーリス領に……。」

「ルカ様、ちょいと失礼。」

キャロルがひょいと覗き込み、書状に目を通す。


「視察で各地を回っている……というのは表向きでしょうね。」

「と、いうと?」


「元婚約者のルカ様を探し回って……ここモーリス領にいると辿り着いたいんでしょうね。」

「……お父様、お母様からは『呪われた娘はもういない』と……国に報告して頂いてるはず……。」

「まぁ、嘘ではないですからね。」


 この国に、いやこの世に『侯爵令嬢ルカリア』はもういない。

いるのは筋トレをこよなく愛する『最強伯爵令嬢ルカリア』だけだ。


 呪われたまま、健やかに生き延びられている前例も少ないから、皆、疑わなかったのだろう。


 それが、10年経過した今になって、何故か王子は動き出した。


「なぜ、探してる? ……ばれたの? だからって、今更……この国には他に素敵なご令嬢がいっぱいいらっしゃるでしょうに……。」

「……ルカ様はご結婚に興味は無い、と。」

「これっぽっちも。」


 ………………


「全力で嫌われましょう!」

「⁇⁇」


 キャロルは力強く、作戦を語り始めた。



◇◇◇◇



 何故かメガネを装着し、女教師風仮装したキャロルが令嬢に問いかける!


「はい、ルカ様! ラキト様に聞かれたらどう答えるんですか!」


「はい! 私、ルカリア・モーリスは婚約出来ません。

①呪われてるので無理です!

②伯爵領を護りたいから都に行けないので無理です!

③自分より強い相手じゃなきゃ無理です!」


「はい、よくできました。これでいきましょう!」

「……ラキト様相手に、これ不敬じゃない? 大丈夫?」

流石のルカリア嬢も不安を隠せない様子だ。


「何言ってんですか! ご自分の人生かかってますよ! ほら、しょぼぼ〜んとすると、呪いの力に負けちゃいますから、ルカ様! シャキッと、気合い入れて!」

「気合い……そ、そうだな! よし、やるぞ!」


 二人は顔を見合わせて、意気込んだ!



◇◇◇◇



 速馬の知らせのすぐ翌日、伯爵家前ではゼンルーダ伯爵、ルカリア嬢、その後ろに大勢の騎士や使用人達が王子を出迎える為に整列している。


「あ、危なかった……時間ギリギリ……。ま、まさか……ルカ様のコルセット……締まらないかと思いましたよ。」

キャロルがじろりと令嬢を見る。


「す、すまない。最近、社交の場は男装の礼服で出てばかりだったから、ドレスは久々で……それに私には腹筋という天然のコルセットが付いてるからね。腰痛予防にも良いと(ちまた)でも……。」

「やかましいわい。」


 メイドが筋肉令嬢にツッコミを入れたと、ほぼ同時に、先頭従者が屋敷門の前に見えてきた。


 キーッ……カタンッ……


 馬車が止まり、扉が静かに開かれ、その御方はゆっくりと降りてきた。


 ばっ!


 皆、一斉に頭を下げる!


(おもて)を上げてください。」

柔らかな甘い声に従い、ゆっくりと顔を上げ……全員がはっと息を飲む。


「……妖精?」

「いや、違いますから、ルカ様。魔物相手しすぎて目がおかしくなってます? 人間ですよ! ラキト王子ですよ! ほら!」

ひそひそとキャロルが耳打ちする。


「ラキト……様……。」


 ぱちっ!


 王子と令嬢の視線が交錯する!

瞬間、この世の者とは思えない、神がかった微笑みを浮かべ、王子は声を上げた。


「ルカリア! ずっと、ずっと、会いたかった……!」


 そう言って、麗しき王子はぎゅっとルカリア嬢を抱きしめた!


 あまりにも突然のことに、ルカリア嬢はピキッと氷のように固まる。


 そこに助け舟を出したのは、ゼンルーダ伯爵。


「ラキト様、ようこそモーリス領へ……こんな遠い辺境の地へと足をお運び頂き恐縮に御座います。……ただ、失礼ながら申し上げますと、我が娘は呪われの身……王子が接触されることは、避けられた方が宜しいかと……。」

「きゃぁぁっ! ゼンルーダ様ぁぁぁっ! かっこいい!」

推しの一声にキャロルが歓声を上げる!


 興奮をなんとか抑えようと口を押さえていたが、声が漏れ出てしまっている。

……不敬だぞ、メイド。

周囲の者達が慌てて、彼女を取り押さえる。


 伯爵の言葉で、王子はそっと令嬢から身体を離し、そして見つめる。


「そうか……いきなりすまなかった。ルカリア、驚かせてごめんね?」

謝りながら、可愛く小首を傾げる。

そう、とても可愛い。


「きゃぁぁぁぁっ!」

黄色い悲鳴と共に、使用人数名がばたばたと倒れた。失神。

王族の『魅了』の威力のなんとも強いこと……。



 王子は今度は、そっとその場に(ひざまず)き、心からの言葉を目の前の愛しい者へと向ける。


「ルカリア! どうか私と再度、婚約をして欲しい!」

そう言って、令嬢の手の甲にそっと口付けた。


 ちゅっ。


「なっ、何故ですか⁉︎ ラキト様……私達の婚約は10年前に破棄されたではありませんか‼︎ ……それに私は……呪われております。国母に相応(ふさわ)しくありません。」

いつもの前線では冷静沈着なルカリア嬢も、流石に頬を赤らめ戸惑う。

困ったように、キャロルの顔をちらちらと見る。


 親友のメイドは口パクで『さ・く・せ・ん』とメッセージを送る。


「お、お、お義父さまの言う通り、私は呪われているので、婚約は、む、無理です!」

①は伝えられた。


「……。」

その言葉を聞き、王子は静かに立ち上がって、伯爵に声をかける。


「ゼンルーダ伯……モーリス領は、魔物退治と共に、武器の錬成等に大変優れていると伺っていますが……。」

「お、仰る通りです。」

王子の発言の意図が読めない伯爵は当たり障りない言葉を返す。


「呪いのアイテムも産出される……とか。」

「えぇ、魔物が落としていきます。」

「当然『解呪』の技術も進んでいる、とか……?」

「そ、それは……。」

王子の言葉の意味に気づき、伯爵がうぐっと言葉に詰まった。


 ラキト王子はくるりとルカリア嬢に向き直る。


「ねぇルカリア……少し不思議だったんだよ。モーリス辺境領は素晴らしいアイテム攻略術がありながら……何故、君は今もその10年前の腕輪をしているのか……もしや……呪われていれば、殿方と婚約しなくて済むから……とか思ってなんて……ないよね?」


 ぎくぎくっ!


 正直者なルカリア嬢。

大量の汗をかき、目は完全に泳いでいる。


 図星。


 本当なら、ルカリア嬢の腕輪を外すことは、今のモーリス領の技術をもってすれば可能なのだ。

……もしくは、本人の力技(パワー)でいけるかもしれないレベル。


 だが、ルカリア嬢は出来るのに、それをあえてしていない。

『呪われ者』ということを免罪符にして、割と自由気ままに筋トレしながら生きてきたのだ!


「まっ、そのお陰で君は今まで、誰のものにもなっていない……ね。」

「……。」

王子はキラキラとした満面の笑みを浮かべた。



◇◇◇◇



 屋敷の中の大客間へと王子を招き入れる。

意外なことに、なぜだかラキト様には従者がついていない。



 カチャッ……


 ソファに腰掛け、そっと紅茶を啜る青年の姿も、まるで絵画の様な美しさ。

地上に天使が降臨したのか⁉︎ と言わんばかり……羽根が舞うようなエフェクトが見えてくるようだ。


「10年前……こちら王宮側から一方的に侯爵家へ婚約破棄を言い渡しているからね。私としては、ルカリアの気持ちをしっかり聞いておきたいなぁ……で、他に再婚約できない理由は?」

ニコニコと優しく尋ねる王子。

だが、柔らかな口調とは裏腹に『逃がさないよ?』と言わんばかりの圧が滲み出る。


 王族の命令に貴族、一般市民は逆らうことは許されない。

意見しようものなら、反逆罪に問われても仕方ない。

 

 本来、ルカリア嬢とキャロルの作戦は……無駄なのである。


 再婚約の件も王子が一声『命令』すれば、一介の令嬢に拒否など出来ない……だけど、王子はルカリア嬢の気持ちを(おもんばか)ってくれる。


「モ、モーリス伯爵領は私が婿を取り(予定はないけど)、爵位と領地を護り続けたいので……婚約は無理です!」

②も伝えられた。


 ラキト王子はこの国唯一の王位継承者。

婿入りすることは不可能だ。


 『これなら、再婚約はできまい、くっくっくっ!』と、心で思ってるであろうルカリア嬢……隠しきれずに、ニヤリと邪悪な顔になっている。

令嬢よ……顔が怖いぞ。


「ふむ……。」

王子は少し考える素振りをしてから、部屋の中をちらりと眺める。


 この客間にはゼンルーダ伯、ルカリア嬢、メイドのキャロル、そして王子の四人しかいない。


 王子はゼンルーダ様に、にっこりと微笑みを向ける。

この美しい笑顔がかえって恐ろしい……伯爵はびくっと身体を強張らせる!


「ねぇ、ゼンルーダ伯。ちょっと提案なんだけど……そこのメイドを……君の養女にしないか?」

「「⁉︎」」

「わ、わ、わ、私ですかーーーーっ?」

キャロルが驚きの声を上げる!


「ルカリアから『解呪しないでお養父様〜〜!』とか懇願されて、呪いを解かずにいたんだろうけど……保護責任者としての責務放棄は……ちょっと見過ごせないなぁ。」

微笑みを浮かべた顔だが、目は笑っていない。


 もう、全てバレている。


 蛇に睨まれたカエルのように、ダラダラと脂汗を書く老伯爵。


 今度はキャロルに向けて、王子は声を掛ける。


「発言を許すよ。さっきから見てたら、君はルカリアとも仲が良く、ゼンルーダ伯を慕っているように見えたから……。」

「で、では、失礼ながら申し上げます……希望を叶えて下さるなら……養女は……嫌で御座います。私の生家は子爵の爵位を賜っております(ゆえ)……わ、私は……ゼンルーダ様の妻になりたいです‼︎ そして頑張って跡継ぎを産みます!」

「「「⁉︎」」」

皆の予想を上回るキャロルの返答に、三人が驚く!


 ゼンルーダ伯は驚きのあまり、魂が半解脱してしまっている。そりゃそうだ。

81歳のご老体に子作りを強要する、メイド。

頭がどうかしている……が、綺麗事だけを切り取って言うなら、それほどに……狂っているほどに愛している……のだろう。


「さて……『無理です!』な理由もまた一つ片付いたね。」

「うっ……。」


 次々と論破していく王子に、タジタジとなるルカリア嬢。


「な、ならば! わ、私……自分より強い殿方が好みなんです!」

もうヤケクソ気味に③を伝えた。



 バタバタバタバタバタッ!


 そこに騒がしい足音が近づいてくる。


 バタンッ!


「し、失礼致します! 緊急事態です! 白魔の森の安全区に魔物が出現しました!」


 ザッ!


「失礼致します! ラキト様は屋敷でこのままお待ち下さい!」

凛々しい令嬢が椅子から立ち上がり、振り返る。

そこには、いつもの冷静なルカリア嬢の姿。


 だが、モーリス伯爵領の緊急事態にもかかわらず、涼しい顔をした王子は彼女にこう答えた。


「よし……では私も出向こう。」

「えっ、えっ、えっ? いや、ラキト様……その……お、お身体が心配ですし……万が一にでも王子の身に何かあれば、我が領地はお取り潰し……。」


「身体は……今は、健康体そのものなんだ。それに、この辺境伯領は護国の(かなめ)。魔物の進行をくい止めてくれているモーリス領を潰すなんて、それこそあり得ないよ。」

「は、はぁ……それならば……私がラキト様をお護り致します!」

「ルカリアと一緒だなんて嬉しいなぁ。」


 がしっ! 


 王子に両手を握られ、至近距離から満面の笑みを向けられ……令嬢は顔を真っ赤にしてしまう。


「す、す、す、す、すぐに着替えて参ります!」

ドギマギしたルカリア嬢は、慣れないドレスの裾を踏み、コケッとよろける……が、素晴らしき反射神経で体勢を立て直すと、足早に客間を出て行った。



◇◇◇◇



 シャァァァァァァッ‼︎


 巨大な爬虫類の咆哮(ほうこう)が、森の木々を揺らす!


「近隣住民の避難は既に完了しております!」

「うむ。ご苦労!」


 颯爽(さっそう)と馬から降りて、報告を受ける令嬢。

一緒に乗ってきた王子は降ろさずに、そのまま馬上に待機してもらう。

万が一の時、すぐに逃げられるように……。


 今日は馬も緊張しているのか、動きにいつものキレがない。

魔物の気配に怖気(おじけ)付いているのか?


 元々、虚弱な王子。

元気になったとは言え、噂に聞くと、まだここ半年ぐらいでの政務活動。

鍛錬も王族の日課に含まれるだろうが、この戦場を動けるとは、とても思えない。

護らなければいけないこの国で最も大切な存在。


「うむ。……しかし、ここ最近では一番巨大な魔物……どう退治するか。」

「あれ……以外と速いから、厄介よ。」

メイド服ではないキャロルが隣で呟く。

彼女も今回は武装し、二人に帯同していた。


 対象から距離を取っているにも関わらず、肉眼で捕捉出来る程の巨体。

双頭の大蛇の魔物……その高さだけなら伯爵屋敷と同じ程度。

……何を食べたらそこまで、でかくなるのだろう?


「ラキト様はここでお待ち下さい。流石にこれより先にはお連れすることが……。」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 その時、騎士団員達の悲鳴が森に響き渡る。

けして、軟弱でない彼等が、次々と襲われていく!


「来るっ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ズダァァァァンッ!


 キャロルの大斧が唸り、大地に振り下ろされる!

白銀の鱗と肉片が舞うが、大蛇の尻尾の先を切り落とした程度。


「速っ!」

巨体に似合わず、うねうねと予測不能な動きを見せ……捉えられない!


「ラキト様! このままお逃げ下さい! ここは我々が食い止めます!」

「ルカ様! 後ろっ!」

「‼︎」


  予想以上の速さ!

敵の接近を許してしまったルカリア嬢はそのまま、双頭の大蛇に食いちぎられる……はずだった。


 ……………………


「んっ?」

ルカリア嬢が恐る恐る目を開けると、大きな口を開けたままの大蛇が、目の前でピタリと動きを止めていた!

 

 まるで……恐怖に、怯えるかのように……。


「なっ!」


「俺のルカリアに、傷一つつけることは許さない。」


 静かな美しい声が聞こえた。

王子は馬から降り立ち、そっと剣を抜き……そして……。


 ヒュン! ヒュン!


 風を切る音と共に、大蛇の二つの首はゴトリと地面に落ちた。


 サァァァァァァァァッ!


 赤い……血の雨が、首を失った大蛇の身体から噴水の様に吹き出す!


 ささっと、キャロルが傘を差し出した!

用意周到。

よくあることなのだろう。

魔物の血にも毒が含まれるから、なるべく浴びない方が身体には良い。



 ズドォォォォォォォォォォンッ!


 巨大な魔物は派手な音を立てて、地面へと倒れた。


「……えっ? えっ? えっ?」

「さっ、終わった、終わった! じゃあ帰ろっか。これでまた心置きなくルカリアとお喋りができるね!」


 呆気に取られたルカリア嬢に、王子は可愛らしい声で帰宅を促した。



◇◇◇◇



 馬に乗り、屋敷へと戻る。

魔物は倒したのに、いまだ馬の緊張は続いている……珍しい。


 行きは王子が前、令嬢が後ろだったが、今は逆。

ルカリア嬢を抱えるように、王子が馬を操る。


 ずっと、逞しく、男らしく生きてきたルカリア嬢にとって、女性扱いされることに慣れていない。

終始、顔を真っ赤にして、ただただ困惑している。


「……15年だ。」

「えっ?」

ぽつりと王子が話し始める。


「生まれつき体が弱くてね……このまま一生、ベッド上で俺は生涯を終えるのかと思っていた。」

「ラキト様……。」

王子はいつの間にか、令嬢を前に一人称が『俺』に変わっている。


「婚約者として君が王宮に通い、そばに居てくれた一年間……いつも、君が部屋を出る時に、そっと後ろ姿だけを見つめていた。」

「私のこと……覚えていらしたのですね。」


「忘れるもんか。呪いの腕輪で、君との婚約が解消になって……俺は生きる気力を失いかけた。だが、また君と一緒にいる為に、死に物狂いでやってきた。どんな手を使ってでも、ね。……ずっと……ルカリア、君に会いたかったよ。」

令嬢を抱える王子の手にぎゅっと力がこもる。


「な、なぜ、これほどまでに、お元気に?」

ずっと抱えていた疑問を令嬢が王子に投げかける。


「……不思議だったんだよ。この国の王族は虚弱なのに、比較的長寿だ。王子、王女が産まれる際に命を落としたという記録は無い。何かしらの『加護』が加わっている、と。」

「『魅了』だけではないのですね。」


「文献によると、この国の王族にはどうやら『天使の加護』がかかっている、と。……で、考えたんだ。『天使』がいるなら『悪魔』もいるんじゃないか……って。」

「……ん?」


 ……………………


 流石の脳筋令嬢も話の流れで気づいてしまったよう……ギギギッと首を回す。


「も、もしかして……。」

「うん。悪魔に魂を売ったんだ。寿命と引き換えに健康な身体にしてもらった。50歳になったらお迎えに来るんだ。」

ケロッと王子が答える。

 

 馬が緊張したのも、大蛇が動きを止めたのも……原因はこの王子だったのだ。


 悪魔との……契約⁉︎


「なっ、なっ、なっ……。」

「健康になって、君に会いに行こうと……悪魔に交渉し、契約したんだよ。寝たきりで生き永らえるよりも、少し寿命は短くなろうとも君の隣で……生きていきたかったから……。」

「ラキト様……。」


「……侯爵家に『君がもういない』と言われた時の……俺の絶望が……分かるかい? もう……二度と離さないよ。」

「……ま、まさか……私がせっせと体力作りしている時に、それ程までに想って頂いていたなんて……。」


 王子は背後からそっとルカリア嬢を抱き締める。


「ラキト・カルスタットはルカリア・モーリス嬢を心より愛しております。……さあ、君の婚約できない条件は全てクリアしたよ?」

「ゔっ……ま……参りました。」



 呪いの腕輪よりも重い重い……王子の愛。


 ルカリア嬢はこの悪魔の様に美しい王子と共に、この国を支えていくのだった……。

最後までお読み頂きありがとうございました。



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