14話 強き狩人の
少し前に遡る。
ルシェは村の中を奔走していた。
「やけどですか!?今治療します!あっ、その方はすぐ行きますから、もう少し耐えてください!」
ルシェは怪我人の特に酷い患部に手をかざす。目を瞑り手元に薄水色の魔法陣を展開した。みるみるうちに赤かった傷が元の色に戻っていく。
「はい!応急処置完了です!!次の方!運んで来ていただきますか!?」
ルシェは次々傷を治していく。消火作業中の人々は、そんなルシェの様子を見てざわついていた。
「あれ、魔法だよな?しかも治癒魔法なんて、使える方いたのか…?」
「かなりの魔力がないとできないと聞いたが…あの方は何者だ?」
「まて、あの方はルシェと呼ばれていたぞ?そしてあの銀色の髪…、まさか…!?」
ルシェは治療をしながらその噂話を聞いていた。思わずその方向を向いて絶叫した。
「うるせぇです!!!!!お黙れください!!!んな暇あったらさっさと火を消すか!怪我人を運ぶか!森に行きなさい!!」
「はい!!!!」
噂話をしていた人達はあまりの気迫に声を揃えて返事をした。
ルシェはまた患者に向き合う。
「た、たすけてくれ!ヒニル様に襲われたんだ!」
ガサガサと男が茂みから息を切らし、よたよたと走ってきた。村人の数人が一斉に男に駆け寄る。
「あの旅人と、キージュが助けてくれたんだ…。ルシェって言う人のところに行けば、治療してもらえるって…」
「それで!?キヤメとキージュはどこにいるんですか!?」
一通り治療を終わらせたルシェは男のそばに来た。男は首を振る。
「分からない。まだヒニル様と戦闘をしていると思う。俺は、見回り中に寒くなって、火をつけたら…。」
ルシェの顔はサッと青くなり、森に駆け出そうと踏み出した。が、キヤメの言葉を思い出す。
「〜!!もう!いいです!キヤメとキージュを信じましょう!!とりあえずあなた!怪我した場所を見せなさい!!」
ルシェが男の患部に手をかざしたその時、
「ヒニル様!!ヒニル様よ!!!みんな逃げて!!!」
村の端から女の叫び声が聞こえた。
「もー!!次から次へと!逃げられる人は避難してください!治療が終わったら私も消火作業手伝いますから!」
ルシェは自分の役割を全うするのだと決意を強めた。
「キヤメっ!!」
キージュは間一髪のところで急降下し、キヤメを救うように引っ張り、勢いのあまり転がって木に激突してしまった。
「あっぶねぇ…、ありがとうキージュ、助かった。でもお前…泥が…。」
キージュは起き上がるが、翼は泥まみれになってしまい、飛び立てなくなった。
「あんたが無事ならいいの。起き上がれる?火は?」
「あぁ、ライターはまだ持ってるから、まだ引き付けられる。」
キヤメはシュボッと音を鳴らし、ライターから火を出した。
ヒニル様はまたゆっくりと、キヤメ達へと向かう。キヤメとキージュはジリジリと後退した。
「これからどうする?物理攻撃効かないのは困ったな。」
「あれだけ弓を練習したのになぁ…。あの剣は?まだ出せないの?」
キヤメは再度剣を召喚することを試みる。それに応じるように、あの剣が現れた。月に照らされ、よりいっそう輝きが増している。
「ようやく出たよ…。なんか条件とかあんのかな。って、キージュ?」
キヤメはキージュがぶるぶると震え、顔面蒼白になっているのに気がついた。
「あ、ははは、だめだな、あたし。腕が、足が震えて…。」
キヤメはキージュの過去を思い出す。
「…なぁキージュ。俺は大丈夫だから、茂みに隠れろ。」
キージュは何も答えない。
キヤメはヒニル様に飛びかかり、剣で胴体を思い切り切りつけた。
飛び跳ねた泥は霧散し、大気に戻るかのように消えていく。
「よしっ!効果あった…あれ?」
ヒニル様の胴体は間違いなく切れた。が、泥がそれを覆い隠し、若干体積が小さくなっただけであった。それどころかヒニル様は今までとは比べ物にならないくらい素早く、キヤメを襲いかかった。ぐっぱりと黒い口がキヤメを迎える。
キヤメは剣を構え振りかざすが、僅かに遅れた。
目を閉じ、走馬灯のような光景が一瞬だけ見えたような気がした。
その瞬間
「やめてよ!!」
キージュが真っ赤な炎を纏った矢をヒニル様へ放った。ヒニル様は低く唸り、動きが緩慢になる。
「え…?なに、今の…。」
キージュは呆然とした。
「キージュ!口だ!口の中に魔陣がある!そこを撃て!」
キヤメは震えが収まっているキージュを起こすように叫ぶ。キージュは再び弓を構えた。
不思議と恐怖も緊張も感じなかった。ただ世界が止まり、キージュの炎だけがゆらゆらと揺れていた。
ヒニル様は、先程の矢を放ったキージュを逃さないように突進し、大口を広げる。
「兄貴…!」
ぽつりとキージュは呟く。構える弓矢に燃え盛る炎が踊る。キージュは一瞬だけ見えたヒニル様の魔陣に、美しい青い火を当てた。
「ぁ……り、と…」
ヒニル様は大きく膨らみ、爆発して空気中に消えた。キージュはぺたりと座り込む。ヒニル様がいた中心には、恐らく食われた人々の金属の装飾品が散らばっていた。キージュは見覚えがある金色の腕輪を手に取る。『つよいあにきへ!』腕輪の裏にはこう書かれていた。それは間違いなく、過去にキージュが兄の誕生日に贈ったものだった。
『えっ、これ貰っていいの?』
『うん!これね、街で買ってきて、あたしが裏にかいたやつなの!あにき誕生日おめでとう!』
『えー!ありがとうキージュ!これをつけ続けられるように、誰よりも強くなるよ!ちゃんとお前のことも守るからな!』
兄の嬉しそうな顔を思い出す。キージュは腕をぎゅっと抱き締め泣いた。
「ばか兄貴。」
キヤメは安堵の溜息をつき、一刻も早くルシェを安心させに向かった。
「俺は先に村に戻ってるから、ちょっと休んだらすぐ来いよ。」