13話 飛んで火に入る
「キージュ!キージュ!」
「は!?キヤメ!?なんでここに」
「助けに来たに決まってるだろ!」
キヤメは汗だくのキージュに追いついた。
キージュの持つ弓は細かく震えている。
「ヒニル様はいたか?」
「いえ、見つかってないわ。ルシェは?」
「村に残って治療をしてもらってる。見た感じかなり負傷者いたからな。それに、怪我させるの怖いし。」
強ばっているキージュの頬が緩む。
「ふふっ、ずいぶん優しいのね。」
「まぁ怪我をさせたくないのは本当だ。ただ、怪我をさせると俺の命も危なくて…。」
キヤメは暑い空気の中でブルっと震えた。
「え、どういうことどういうこと?」
「いやー…」
「た、たすけ、誰か!助けてくれー!!!」
つんざくような悲鳴が聞こえた。キージュとキヤメは声の方向へ走る。
「キヤメ!ごめんだけどあなたはそのまま走ってちょうだい!」
こういうと、キージュは翼を開き葉を掻き分けて羽ばたいた。
「え!?俺一人!?」
キヤメは木の葉に隠されてもう見えないキージュに叫んだ。すると、ぬめりとした感触をキヤメの足は捉える。地獄の土のような泥は、腐った生物を放置したゴミ箱のような悪臭を撒き散らしていた。
「あぁああ、たすけて、助けてくれ…。死にたくない!嫌だ…!」
男の悲痛な嗚咽が近くから聞こえた。ガサガサと茂みを掻き分け、泥の堆積物のような怪物と、それに飲み込まれそうになっている男が見えた。
「やめろ!その人を離せ!…くそっ!なんでっ…!?」
キヤメは泥に必死に手を伸ばす。光の剣を召喚しようとしたが、現れなかった。
下半身は既に飲み込まれている男は残された力で雑草を掴んでいた。キヤメは男の腕を引っ張る。あたりは非常事態でなければ決して近づかない程の悪臭に包まれていた。
「助けてくれ…まだ、まだ死にたくない…!」
「落ち着け!できる限り足掻け!助けるから…!」
男がぐじゅぐじゅになった顔を上げたその時、空から火の玉が降ってきた。ヒニル様の注意は火の玉に向けられる。その一瞬の油断を、キヤメは逃さなかった。全ての力を腕に注ぎ込み、男の腕を引きちぎるつもりで引っ張る。
男の下半身はずりずりと出てきた。キヤメは男を少し離れた茂みの中に放り込んだ。男は灰色の翼を小刻みに震わせながら放心していた。
「お前!歩けるか!?」
「!あっ、ああ!」
「ならいい!今すぐ村に走れ!ルシェっていうちっちゃな女の子が治療してくれる!あとお前!二度とキージュに弱虫なんて言うんじゃねぇぞ!!」
キヤメは火の玉が落ちてきた方角に駆け出す。
男は泥まみれの足を引きずりながら、村へ向かった。
先程の火の玉、もとい火のついた矢は、泥まみれの状態で横倒れていた。キージュが月を背景に降り立ってくる。
「キージュ!さっきのありがとな!」
「いえいえ、日頃から常にライターを持っといて良かったわ…。」
キージュはグッドサインをキヤメに見せながら、あたりを見回した。
「ヒドリ様を見失ってしまったわ。ドッバの森は木が多いから、飛んじゃうと音を頼りにするか開けたところを狙うかしか獲物を見つけられないのよ。」
「村の方はまだ明るいから、消火できてないんだろうな。」
キヤメとキージュはヒニル様の這いずった後を追った。すると、もう村の目と鼻の先の距離に泥の山が見えた。その光景を目撃していた村人は甲高く叫んだ。
「ヒニル様!!ヒニル様よ!!!みんな逃げて!!!」
その報告は、火事で混乱している村をさらに追い詰める。
「やばい!!」
キージュは舞い上がり、キヤメは泥へ向かって思い切り大きな石を投げた。
石は何事も無かったように泥まみれになって地面に転がる。キージュも矢を何本か撃つが、どれも貫通していく。ヒニル様は何事も無かったように火の方向へ進んでいく。キヤメは何か気づいたように目を見開いた。
「…っ!キヤメっ!やめて!!」
キージュが叫んだ。キヤメがヒニル様乗った前に躍り出たのだ。
ヒニル様は、まるでキヤメに気づかなかったように前に進み続ける。この結果から、キヤメは何かを確信した。
「キージュ!ライターを投げてくれ!」
キージュは疑問を持ちながらも、キヤメにライターをぶん投げた。キヤメはそれをキャッチし、足元に落ちていた木の棒に着火する。ヒニル様はぴたっと止まり、後退してキヤメに近づいてきた。
「やっぱりだ!キージュ!こいつは人になんて興味はない!火自体に近づいているんだ!人が襲われたのは火を持っていたからだ!」
キヤメは村の反対方向に逃げる。それを聞いたキージュは今までのヒニル様の被害を脳内で整理した。恐らくキヤメの仮説はあっているのだと結論を出す。
キヤメは相変わらずあの光る剣を出そうと必死だった。しかしどう足掻いても剣は召喚しない。
「……あっ!…やばい…。」
焦ったキヤメは、ヒニル様が這いずった後の泥に滑り、転んでしまった。ヒニル様がずりずりと近づいてくるも、先程から走り続けていたキヤメはすぐには起き上がれなかった。眼帯が緩み、解け落ちる。キヤメは火を消そうと必死に棒を地面に叩きつけるが、ヒニル様の泥は、簡単には火を消させてくれなかった。
この世のものとは思えない咆哮をあげ、ヒニル様はキヤメに襲いかかった。