12話 火事場
「おかえりなさい!あら!どうしたのキージュ!目ぱんっぱんよ!」
「おお、おかえりキージュと、旅人さんたち。」
「ただいま母さん、親父。」
「あ、お、お邪魔しています…?」
ルシェはぎこちなく挨拶する。キヤメは黙って一礼した。
「ははっ、そうかしこまらないでくれ。ドッバ村にいる間は、ここを家だと思ってくれて構わない。」
「そんなぁ…。ありがとうございます。こんな風に、お友達の家にお邪魔するのは初めてでして…。」
「え!?友達!?」
「え!?違うんですか!?ごめんなさい!!私このキヤメが初めての友達でして!!!」
「え!?うん!」
キヤメは自分を指さしてはにかむ。
ルシェは顔を真っ赤にして顔を隠した。
キージュは勢いよくルシェに抱きつき
「ルシェ〜!!ありがとう〜!そうだよね!!母さん!あたしの友達たちに美味しいご飯をちょうだい!!」
そう叫んだ。
「はぁ〜い!父さん、キージュの初めての友達よ!お高い桃でも買ってきちゃう?」
「おお、今日は記念日だな!」
「からかわないで!!」
キージュは顔を真っ赤にしながら、キージュ母の手伝いをし始めた。
テーブルの上には続々と豪華な品々が並ぶ。
「こんなにいただいていいんですかー!?」
「すごい、こんな綺麗な飾り切り見たことないな…。」
「食べて食べてー!久々に腕を奮ったのよ!」
「「いただきまーす!」」
その言葉を合図に、2人は新鮮な果物や猪肉の料理を食べ始めた。
「美味しいです!これはなんですか?」
「胡桃とりんごのサラダよ。このドレッシングもかけてみて!」
「お!この肉うまいな。何肉ですか?」
「さっきあたし達が仕留めた猪肉よ。新鮮だから尚美味しいわね〜。」
わいわい賑やかな食卓を囲んだ。
しばらくしてキージュの父は2人が食べる様子を訝しげに見ているのに、ルシェは気づいた。
「?どうかしましたか?」
「あぁ、いや、すまない。食べ方が本当に綺麗だなと思ってな。冒険者は、豪快な食べ方をする人が多いから…。まるで貴族のようだ。」
その発言に、キージュの父以外の顔が凍りつく。
「あっ、貴族と言えばな、ルシェ様が誘拐された事件があっただろ?少し進展があってな。ルシェ様の物と思われるスカーフを、我が鳥の民のトリニワさんが発見したんだ。」
「へ、へぇ!そりゃすごいわね!そうだ!キージュ!?おかわりはいかが?」
「貰う貰う!ルシェ達も食べるよね?」
「えっ、いえ私は…。」
「食べるよね?!」
「ルシェの分は俺が貰うから!キージュ、よろしく!!」
必死の事情を知っている者たちの演技に、父は違和感を覚えた。
「なんだなんだ、急に。おお、そうだ。キヤメさん、そのサポーターを外しなさい。重いだろう。」
キージュ父はキヤメの腕を指さす。キヤメは腕を勢いよく机下に隠した。
「あっ、私もう寝ちゃおうかな!うん!シャワー浴びて寝るね!ルシェも寝よう?お布団並べてさ!」
「いいですね!では皆さん、おやすみなさい!」
ガタッと椅子から立ち、2人はドタドタと走り去った。
「あの子の名前は、ルシェと言うのか。そしてキヤメ君、君の眼帯の下には何が隠れているんだい?」
台所で作業していたキージュ母は冷や汗を流した。キヤメは冷静に誤魔化すことを試みる。
「はは、嫌だなぁ。同じ名前の人なんて、ごまんといますよ。それに、ルシェ様は反対側の森に逃げたと、その証拠も出たとおっしゃっていたじゃありませんか。ルシェは、銀色の髪なんて持っていませんし。俺の眼帯の下は醜い跡があるので見せるのはちょっと…。」
キージュの父は訝しげにキヤメを見る。その後急にパッと笑顔になり、
「そうだよな!客を疑うなんて、悪いことをした。」
キージュの父は机の上で土下座のポーズをし、頭を下げた。台所の方から大きな安堵の息が漏れたのが聞こえた。
「あんなに楽しそうなキージュは久々に見た。こんなに賑やかな食卓もな。あの子は食事もとらずにずっと弓の練習ばかりしていたから…。」
キージュ父は腕を組み、寂しげに笑った。
「キージュの兄さんの話、聞きました。もしかしてそのせいですか?」
キヤメの質問にキージュ父は目を見開く。
「まさか、キージュが自ら話したのか?すごいな。ここ1年そんなことは一度もなかった。あの子には友達がほとんどいないからな。」
キージュの父は乾いた笑いを聞かせた。キージュ父はキヤメをじっと見つめる。キヤメは思わず姿勢を正した。
「あの子は、冒険に憧れている。しかし自身を『弱虫キージュ』と思い込んで、自分の強さに気づかないふりをしている。もし、もし君たちがよければ、あの子を君たちの旅に連れてってやってくれないか?」
頼む、とキージュの父は再び頭を下げる。キージュの母は黙々と台所で作業し続けながらキージュ父の言葉に耳を傾けていた。キヤメは突然の希望に戸惑った。だって自分たちはお尋ね者だ。キヤメ達の仲間になるということは、共犯になるということであった。
「あの、」
キヤメが返答をしようとしたその時、
「コケー!!!!!」
大音量の声が響いた。キージュの父は勢いよく立ち上がり外へ向かった。
「なにごと!?」
キージュ達は寝巻きのまま寝室から駆けつけた。ルシェばむにゃむにゃと目をこすっている。
「分からない。とにかく外へ向かおう。ほら、ルシェ着替えるんだ。」
「?はぁい。」
「こんな大声のトリニワさんの声、聞いたことがないわ。キージュ、あなたも急いで現場に向かいなさい。」
「わかった!」
ルシェとキージュはとんでもない速さで着替え、バタバタと扉を開けた。すると、目に映ったのは燃え盛る紅蓮の炎と、立ち上る黒煙と、それを消火しようと奔走する村人の姿だった。
「火事!?!?」
キージュは驚き叫ぶ。そして、そのまま火事の現場をキージュは無視して、ドッバの森へ突っ込んだ。
「キージュ!?なぜ」
「ヒニル様だ…。」
ルシェの疑問に被せるようにキヤメは答える。ルシェははっとしてキヤメと目を合わせた。
「ルシェ!君はここに残れ!俺はキージュを追うから!」
「嫌です!私も一緒に行きます!」
ルシェは叫び抵抗した。キヤメは静かに諭す。
「ルシェ、俺たちなら大丈夫だ。君はここで火事の怪我人を治療してくれ。絶対無事で戻ってくるから。」
「……分かりました。でも、絶対無事で帰ってきてください!!!」
「当たり前だろ!」
キヤメはニカッと笑い、キージュが飛び込んだ方向に森にかけて行った。ルシェはその真反対に走り、
「怪我人はいませんかー!?治療します!!」
自分の役目を果たすのだと、強く拳を握った。